第8話 宝箱の姫、その後。
風霧家の朝は遅い。
それはもう遅い。なぜなら早起きする必要が無いからです!!
現実世界で辛い思いをしながらも早寝早起きをしていたのは、学校や仕事があって仕方なくやっていたこと。
しかしこの世界では、そんなものはない!
なんて自由な世界!時間に縛られない世界!!
いやまあ実際はちゃんと朝も夜も存在するし学校も仕事も人によってはあるのだけど、何せ僕らは気ままな冒険者。
依頼さえこなせば何時に寝ようと起きようと関係ないのです!
素晴らしい世界!!
代わりに命の危険が凄いけどね!
……じゃあダメでは……?
いかん、急に冷静になってしまった。
ゆっくり寝てられる幸せで少しハイになっていたようだ。
「おはよー」
目を覚まして隣の部屋へ。
前にも言ったけどこの家は2Kなので僕と妹が一部屋使い、普段は居間として使っているもう一つの部屋を、夜は机を片付け布団を敷いて両親が寝ています。
「おう、もう昼だぞ。おそよーだな」
「おはようツバメ」
既に起きてた両親が挨拶を返してきます。
見た目は16歳の母だが、「おそよー」に年齢が出ている気もします。
まあ確かにもう陽は高いのだけれど。
この世界には正確な時計というものが存在しないので、みんな太陽の位置を見て感覚で動く大雑把な世界です。
一応町の広場には日時計のようなものが置いてあるが、厳格に時間を気にしているのは警備として街のあちこちにいる王国軍の兵士だけ。
というわけで、僕らも時間に追われることなくのんびり過ごせるわけです。ただまあ、習慣というのは怖いもので、だいたい今は朝10時ごろかな?とか考えてしまうくらいに元の世界での時間感覚が染みついてはいるのがなんとも。
異世界に来ても染みついた感覚は抜けないもんですね。
「机出しといてくれるかい?」
キッチンでご飯の用意をしている父に背を向けたまま言われて、「はいはい」と動く僕。
父が食事の用意をしている間に、母が布団をたたみ隅に寄せ、僕が机を戻すのが風霧家の朝のルーティーンです。
まあ机と言っても、両手を広げれば持てるサイズのちゃぶ台みたいなもので、足が畳めるタイプ。見つけた時には「こっちの世界にもこういうのあるんだ!」と感動したもんです。やはり人間が生きている限り利便性の追求は行われるし、同じような答えに行きつくのだな、と。
「よし、ごはん出来た。ツバメ、ユウミを起こしてくれる?」
「うーい」
行動を起こそうと立ち上がる僕に母の注意が飛ぶ。
「返事はちゃんとしな」
「はーい」
「伸ばさない」
「はいはい」
「繰り返さない!」
「はいよ」
母との会話が、我ながらなんてありがちな親子のやり取りだろうと笑ってしまうな。
まあ許して欲しいところです。以前より関係性は改善されたとはいえ、こちとらまだまだ思春期なのですから。
とか考えつつ、僕はさっきまで寝ていた子供部屋へ。
子供部屋、とは言うけど簡素なドアと薄い壁で仕切られてるだけの狭い部屋で、二人分の布団を敷いたらもうギリギリの横幅。
布団のほかには、その部屋の横幅にほぼピッタリ収まる長い机が部屋の隅に一つあるだけの簡素な室内。
机の正面に大きな窓があって開放感を感じられるのが救いです。
ちなみに、机は僕と妹が共同で使っているのだけど、僕の使っている左側は一応整理整頓された本などが積まれているのに対して、妹の使っている右側は綺麗な石とかよくわからない雑貨とか何冊かの本が適当においてある。
机の使い方には性格が出るもんですね。
「はーい、ユウミさん起きましょうねー」
布団に頭まで潜って寝ている妹を起こすも……
「うぬぬぬーうにゅー……」
妹は寝起きが悪いので、そう簡単には起きません。
「ほら、ご飯だぞー」
布団をめくって顔を確認する。あーあ、よだれ垂らして寝てるよ。だらしないですね。しかし可愛いですね。
「……えいえいっ」
ほっぺをツンツンしてみる。柔らかいなー。
さすが8歳の肌。まだ子供の柔らかさです。
「うにゅにゅーー…ふしゅるる~~~……」
口と鼻から空気が漏れる音がする。いやもうほんと可愛いな僕の妹は。
とは言え、このまま見てるわけにもいかないので、布団の上から体を揺さぶって起こす。
「にゃー……!」
おっと、妹の布団にピィが潜り込んでいた様子。
「なんだピィ、一緒に寝てたのか。おはよっ」
ピィの頭をナデナデすると、手に頭と顔を摺り寄せてくる。いやほんと可愛いなうちの猫は。
「一緒にユウミさんを起こしてくれるかな?」
「にゃっ」
ピィはすぐに理解して、寝てる妹の顔を肉球でぷにぷに押す。
僕も妹の体を揺する。
「ん、んん、んんんーー……まだ眠いのにー…」
目が覚めた様子です。
「おはようございますユウミさん。起きれて偉いっ」
ユウミの頭をなでなで。髪がサラサラでピィとはまた違う心地良さがある。
「……頭撫でるなし……」
抗議の声を上げつつも手を振り払ったりはしないユウミさんです。
これもまあ、一種の朝のルーティーンである。
そんなこんなで妹と猫の頭を撫でる至福の時間が1分程度経過すると、妹もようやくお目覚め。
まだ眠そうに目をこすりつつも、隣の部屋へと向かうので、僕も後に続きます。
「おはよ……」
「来たなお寝坊さんめ」
「ご飯出来てるから手を洗ってねー」
二人でそのまま洗面所へ向かい順番に手を洗い、一人一個置いてある色違いのコップでうがいをして、水を一杯飲む。
これでようやく本格的に目が覚めるのです。
その頃には食卓……と言っても先ほど出したちゃぶ台だけど、その上に食事が並んでいるので、みんなで机を囲んで座る。
そして皆で手を合わせて……
「「「「いただきます」」」」「にゃー」
しっかりといただきますを言ってから食事開始です。
ちなみに今日の食事はフレンチトーストです。
この世界はパン食が基本なのでたまにご飯が恋しくなるけれど、そもそも米がほぼ無いし、有っても日本の米には遠く及ばないので、それならパン食べよう、となっています。パンは普通に美味しいので。
食事をしながら、今日はどうする?なんて話を軽くします。
テレビもラジオもネットも無いので、ご飯の時は会話するしかないのだけど、そのおかげでいろいろと家族への理解が深まった気がする。
というか、別にテレビやラジオやネットが悪いわけじゃなくて、昔の僕はそういうものに逃げてあまり家族に向き合ってなかったのだろう。
その気になれば、そういうものを会話をきっかけとして使うことも出来たし、一緒に盛り上がることだって出来たのに。
失ってから気付くというのも皮肉な話です。
そのうえで言うけど、テレビもラジオもネットも欲しい。ゲームも欲しいし漫画も欲しい。娯楽に飢える……!
異世界転生モノの主人公たちって、どうやって暇つぶしてたんだろうか……いろいろなことが次から次へと起こる展開とはいえ、何も起こらない日々もあったろうになぁ。
なんて思いを馳せながら食事も終わり、みんなで「ごちそうさまでした」。
後片付けは僕の仕事なので、みんなの食器を持ってキッチンへ。
水はさすがに水道は無いけど、家のすぐ外に井戸があるからそこから水は調達できるし、今はキッチンの木桶に貯めてあるから洗うのに困ることはない。
「じゃちょっと見てくるー」
その間に妹が僕の後ろを通って玄関へ。
外にあるポストに手紙が届いてるか確認するのが妹の仕事です。
とは言っても、新聞がある訳でもないので、基本は何も入っていない。たまに宣伝のチラシみたいなものが入っている時はある。そこは日本と同じなんだな。
ただ、ほっておくとチラシも溜まってしまうし、まれに動物が入り込んで巣を作ったりするから、そういうものの防止の為にも毎日チェックすることになりました。
まあ正直に言うと、妹だけ朝 特にやることが無かったので、その仕事を与えているという感じではあるのだけど。
なにせ8歳なので、出来る事は限られているのです。
背も小さいし力も弱いので危ないことはさせられないし、かといって何もさせないのもなんか仲間外れっぽいし、と考えた末の「ポスト確認」なのであります。
下手すれば何日も外に出ない引きこもり気質の妹を、一日一回は外に出して太陽光と外気を浴びさせる、という目的もあるので一石二鳥です。
たったったっ、と軽い足取りでポストまで行って、同じ足取りで戻ってくる妹。
……これはポストに何か入ってたな?
何も入ってないとちょっとガッカリして足取りが少し重くなるので、戻ってくるときの足音でわかるのですよ。
「ねー、なんか手紙来てるよ。トモエさんからだ!」
トモエさん!?昨日別れたばっかりなのにもう!?
僕らはさっそく家族でちゃぶ台を囲み、手紙を開封する。
代表で僕が読み上げることになった。気恥ずかしい!!
えーと、なになに……
『ハロー風霧家のみんな!びっくりした? そっちはまだ一日しか経ってないだろうけど、わたくしはあれから3年の時間を過ごしました』
3年!?翌日なのに3年!?
『あれからわたくしは言われた通り必死に戦いました。それはもうありとあらゆる策略謀略を巡らせ、人心の掌握に努め、表から裏から手を回しお金を回して、お父様を追い詰めてやりましたわ!!
けれど、どうしても国を救う為には結婚自体は避けられず、結局私はお嫁に行きました。
ただ、3年の間に作った人脈で、気心の知れた信頼できるお供を5人連れていくことを許可させたから、まあ……3割くらいは勝利って感じかしらね。
それになにより、相手の国の王子っていうのが、イケメン……ではないけれど憎めない感じの人で、ちょっとあなたたちのお父様に雰囲気が似ているかもね』
「ええっ、照れるなぁ。えへへへ」
急に自分の名前が出てニヤケてしまう父と、その父に冷たい目線を送る母と妹です。気持ちはわかるよ父、性格はともかくトモエさん美人だったもんね。
『しかも、だいぶ気弱なタイプで、わたくしの言う事をかなり聞いてくれるというか……もはや従わせていると言っても過言ではないわね!』
……なるほど、そういう意味でも父さんに似ている。
むしろそういう意味でだけ似ているのでは……?
『結果としてわたくしは、今まで自分の国の為にと勉強してきたことを活かして、この隣国の王女として暗躍し、ここをわたくしの王国にする計画を着々と進めているところですのよ!!』
この後、そのための準備としてかなりエゲツない計画や、エロい手段で夫となった王子をいかにメロメロにするか、という話が書いてあるのだけど……声に出すのは自重しよう。っていうか、僕らがトモエさんをけしかけたせいでなんかごめんね隣国。
『わたくしの王国、それはわたくし自身が幸せであると同時に、わたくしの国に暮らす全ての民、そしてわたくしの祖国チュマワリ王国の民も、にっくきお父様さえも幸せにしてやるのですわ!全てを手に入れるわたくしを、楽しみにしていてくださいませ!!』
けどまあ……この決意があるのなら、きっと不幸なことにはならないだろうと思う。トモエさんを戻したのは、良かったのだ、きっと。
『あ、ちなみにこの手紙は、その隣国にあった国宝を勝手に使わせてもらってますの!どの世界のどの時間にも送れる手紙!すぐに結果を知りたいと思って、別れた翌日を指定しておきますわね! 国宝ですけど、2つあったから1つは使っても構わないですわよね、どうせ将来的には全部わたくしのものになるのですし!!』
良かった……んだよね?
うん、きっと良かった、に違いない。うん。
家族もみんなちょっと表情が曇っているけど、大丈夫!良かった!
トモエさんの将来に期待するよ僕らは!!
『それでは、名残惜しいですが、今回はこの辺りで失礼いたしますわ。
あなたたち家族に、心から感謝と敬愛を。
出会えて良かったですわ。本当に。
トモエリン・ネルメール・クルム』
……そう言ってもらえれば、僕らもやったかいがあるというものだ。
いつかまた、トモエさんのその後を知る事があるだろうか……いやまあ、その時はたぶん最後に残ったもう一つの国宝を使ったってことだろうからそれはそれでどうだろうっていう気もするけど!
「まあともかく、良かった、ってことで!」
僕のその言葉に、家族もみんな頷いてくれた。
全てを失い、別の世界で一からやり直した僕ら家族が、一人の人生を救うことが出来たのなら、こんなに嬉しいことはない。
あの時、事故で死んだままなら救えなかった人がいたのだとしたら、僕らが転生した意味はあったということなのだから。
それはきっと、みんな同じ気持ちだろう。
まだまだ不慣れなこの世界で、僕ら一家の未来がどこへ向かうのかは誰もわからないけど……こんなことがあるなら、きっとそれほど悪くない。
「よし、じゃあ行くか!」
母さんの号令で僕らは動き始める。
新しい今日を始めるために。
新しい未来を始めるために。
新しい家族の形を、見つけるために。
今日も風霧一家の冒険は、続いていくのです!!
episode1 宝箱の姫。
おしまい。
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