第7話 姫様 言いくるめチャレンジ。
「さて、ここが目的地になります」
きっちりダンジョンのボスであろトロガイアを倒した僕たちが到達した最深部にあったのは、一つの井戸です。
ちなみに、トロガイアを倒して出現した宝箱からは1000ギルカしか出てこなくてガッカリしたことはここに記しておきます。
まあ、特製の巨大こん棒が出るよりはマシですが。あれ持って帰るのも面倒なうえに800ギルカでしか売れないんですよ……。なので、1000ギルカは下から2番目です。
強いのに全然良いアイテムドロップしない敵って萎えますねぇ。
とは言え、このダンジョンに関していえば本来ならこの井戸に辿り着くことこそが最高のご褒美なので、宝箱が渋いのも仕方ないことなのです。
「ここは……一体何なんですか?」
当然の疑問を口にするトモエさんは再び逆さ吊りにされている。さすがにもう降ろしてあげようよ……という気もするけど、本人も若干慣れてきた感があるし まあ良いか、の気持ちで話を進めます。
「ここはですね……実は、時空移動井戸なんですよ」
「……なんて?」
「時空移動井戸です」
「いどういど?いどいど?」
確かにややこしいけども、移動井戸ややこしいけども!!
「簡単に言うと、別の次元であろう異世界であろうと、望む場所に移動させてくれるという凄い井戸なんです」
「そ、そんなすごいものがありますの!?」
驚くでしょうそうでしょう。僕らも最初に見つけたときはビックリしたもんです。
「……あれ? けれど、皆さんも別の世界から来たって話でしたわよね……? どうしてその井戸で元の世界に帰らないのですか?」
そう、元々は僕らも日本に帰る方法を探していて、ここにたどり着いたのです。けれど――――
「それが、この井戸は一人ずつしか使えないんです。そして一度使ったら、30日は使えなくなってしまう。僕ら家族が使うのは難しいんですよ」
もちろんいろいろと考えたけれど、一人欠けるとそれだけトロガイアを倒すのが大変になるし、何より問題なのは最後の一人を誰にするのか。
最後の一人でもトロガイアを倒せる可能性があるのは母さんか妹だけれど、どちらも30日間も一人にするのはあまりにも心配過ぎるし、確実に一人でも倒せるという確証がない以上危険すぎる。
あとは、ピィを一匹であの井戸に入れてもちゃんと元の世界に戻ってくれる確証が無さすぎるし、いっそこの井戸の前に泊まり込んで30日待ったらどうだろうという話も出たが、2日経過すると自然に外に出されてしまうことが確認されてどうにも手段がなくなったという経緯がある。
「僕らは、一か八かの賭けで一人ずつ元の世界に戻るよりも、この世界で家族みんなで生きていこう、ってそう決めたんですよ」
けれど、トモエさんならこれを使って元の世界に戻れるはずです。
「だから、行ってくださいトモエさん」
「――――嫌ですわ!!」
僕らの提案を拒否するトモエさん。気持ちはわかります。
「めんどくせぇ、このまま頭から井戸に沈めてやろうか……」
剣にロープを刺したままのトモエさんを、井戸の上までもっていく母さん。
「ぎゃーーーーー!!!!」
「やめてあげて!?縛られたままだと溺れ死ぬかもしれないし!」
一応井戸だし!
「……ちっ……」
舌打ちして、トモエさんを僕の方に投げる母さん。はいはい、説得しろってことですねわかります。
「し、死ぬかと思いましたわ……けど、それもいいかもしれませんわね……あんな家に戻るくらいなら――――」
トモエさんのその言葉に、母さんの怒りが沸騰して手を出しそうになってるのが見えたが―――
「こら、そんなこと言っちゃだめですよ」
先に僕が、頭をぽかりと叩いたことで母さんの動きが止まった。危ない……危機一髪過ぎる……!!
「けど、わたくしはどうしたら……」
逃げて来たのに変な家族につかまり、元の世界に戻されようとしている。
悲しくて涙を流す気持ちもわからなくはないのだけど―――でも、僕らにはそれを看過出来ない理由があるのだ。
「……少し、話をしましょうか。ほんの少しだけ、昔の物語です」
僕たち風霧家は、ごく普通の家族だった、と思う。
母さんは年齢を重ねてだいぶ落ち着いていたし、父さんは祖父から受け継いだ工場が絶好調とは言えないまでもそれなりに安定していた。
いや……考えてみれば、両親が居て、家があり、贅沢は出来ないけど生活に困る事は無く、兄妹にペットの猫が居る。これはかなり幸せな家庭というべきだろう。
もちろん、何も問題が無いわけではない。
特に妹が引きこもりに近い状態になっていたのはかなり憂慮すべき事態ではあったけど、まあ今の時代珍しいことでもない。
そういう意味でもやっぱり、普通であり幸せであったのだろう。
「は?なんですの?自慢話ですの? わたくしの身の上話を聞いたうえで、ウチは幸せだったと、そんな話をしたいんですの?」
トモエさんだいぶ やさぐれてきたな……。
「まあ落ち着いてくださいよ、話はここからで、まあその……簡単に言うと、その父の工場が倒産するんですよね。倒産ってわかりますか? お金が無くなって潰れるってことです。貴族で言うと……没落、みたいなことですかね?」
それは本当に、突然だった。
その日、父さんが全面的に信頼していた経理の責任者が全ての金を持ち逃げしたのだ。
「全てって……どの程度ですの?」
「全ては全てですよ。会社の運転資金、従業員の給料、いざという時のために貯金しておいた祖父母の遺産まで、全てです」
「…それは……エグイ話ですわね」
そう、エグイ。死ぬほどエグイ。
なにせその月の従業員の給料も払えなければ、購入予定だった原材料費なども払えなくなり、全く仕事が進まなくなった。
しかも世間は不況真っただ中で、周りも手を差し伸べてくれる余裕はなく、あっという間に会社の経営は行き詰まってしまった。
もちろん警察には相談したが、見つかる保証はなく、見つかったとしてもお金が返ってこない可能性が高い。裁判なんてしてる間に会社は確実につぶれるし。
何とかお金を集めようとあちこちから借りた借金はどんどん膨らんでいき、気づけば会社を手放してもなお返しきれず、家も売り、保険も解約し、ありとあらゆる手段を取っても返しきれずに、結局僕らは一台の車だけにわずかな荷物を詰め込んで夜逃げするしかなかった。
「夜逃げ……ってなんですの?なんだかちょっといやらしい響きの言葉ですわね……」
「話の腰を折るのやめて貰えますかドエロ姫」
「腰を……折る……」
「どっちもエロい言葉じゃないから!」
まあともかく、僕らはそこから2か月程の逃亡生活を送ることになる。
父さんの借金した相手の中にはヤバい闇金も含まれていて、捕まったら本気で何をされるかわからないレベルだった。現代日本で許されるのか?という事の連発だったが、巧みに法律の穴をすり抜けているらしく、警察もなかなか手が出せず逃げる以外に選択肢が無かったのだ。
けれど、何とかわずかに残ったお金と、家が無くても雇ってもらえる日雇いの仕事だけではもう限界が近く、家族の空気も悪くなっていき「こうなったらもう心中でもしてしまおうか」なんて話も出るくらい僕らは追い詰められていた。
しかしそんな時に、昔祖父母にお世話になっていたという人が僕らの話を聞きつけて、連絡を取ってきてくれた。
良かったらうちの会社で働かないかと父の就職を世話してくれると同時に、自己破産の手続きなども詳しく教えてくれて、住むところも「会社の寮で良ければ」と考えうる限り最高の提案をしてくれたのだ。
「あら、良かったじゃなりませんの!!どうなるかと思って心配してましたけど、ようやく希望が見えてきましたわ!!」
「そうでしょう、そう思うでしょう? 僕らもそう思いましたよ」
けど、苦しい中でようやく手にしたその希望を胸に、教えてもらった会社の寮へと向かうその途中で――――僕らは事故にあい、全員死んだ。
赤信号で止まっているところに、向かいから信号無視のトラックが突っ込んでくるという、こっちには全く非の無い避けられない事故だった。
死ぬ寸前にはスローモーションに見えるっていうけど、そのトラックの運転手が居眠りしてるのが見えてしまうなんて、あれは本当に嫌な最期だったなぁ……。
「ということで、僕らは家族全員死んで、この世界に転生してきたんですよ」
あまりにも不運が過ぎる結末に、しばらく言葉を失ってしまわれたトモエさんです。
「あの……トラック、というのがよくわかりませんでしたけど、事故で無くなられたというのはわかりました。ご愁傷さまです」
転生した場合、ご愁傷様と言われるのは果たして正しいのかと疑問ではあるけど、まあ間違っても居ないのだろう、実際死んだのですし。
トラックの説明は……難しいから、まあ巨大な乗り物、というくらいの説明に留めて置きましょう。転生と言えばトラックだよね、みたいな話もしたいけど、通じるわけないですよね。
「ただ、それは気の毒に思いますけど、だからってわたくしにどうしろというのです? 自分たちに比べたら幸せなもんだから我慢しろと?」
「まさか、そんなこという訳ないですよ。幸せも不幸も人と比べられるものじゃないので、トモエさんの状況はトモエさんにとっては全てを捨てたいくらい辛いものだったのだろうと思います」
「じゃあ……」
「でも―――それって、本当に全てを捨てて逃げ出さなければならないほどにどうしようもないことですか?」
「……え?」
僕は、思いを馳せる。今までの人生に。あの頃の自分たちに。
「僕はね、今でも考えるんですよ。あの時本当は、もっと何かできたんじゃないかって。自分はまだ子供だから何もできないなんて悔しがってる暇があったら、もっともっと考えて調べて知識をつけて、あの状況をどうにかする方法を探し出すために努力すればよかったんじゃないか、って」
「ツバメ、それは……」
後ろから父さんが話しかけてくるけど、「いいから」と目線とジェスチャーで伝える。
「トモエさんは、本当に後悔しませんか? これで二度と家族や周りの人たちに会えなくなって、その後自分の国がどうなったのかもわからず、今までの王女として積み上げて来た努力も何もかも全部無駄にして、この世界で生涯を終えますか?」
僕の言葉に黙り込むトモエさん。
きっと家出は衝動的なもので、そこまで深く考えてはいなかったのでしょう。
「あの、別に責めてる訳じゃないんです。ただ、まだ取り戻せるものがあるなら、まだ変えられる未来があるなら、可能性が残っているなら、トモエさんはここに居るべき人じゃないと、僕は思います」
家族だから絶対に分かり合えるなんて、そんな奇麗事言うつもりはありません。
だけど―――
「戦ってください。相手が間違っていると思うなら、戦って、酷いお父さんを叩き潰してください。どんな手段を使ってでも、あなたの正しさを貫いて、あなたの居心地の良い世界を作るために。それを始めるならきっと、早い方が絶対に良いと思います。こんなところで無駄な時間を使ったせいで、1日でも時間が足りなかったら、勿体ないじゃないですか」
家族を、家を、全てを捨てる前に戦ってほしい。
戦って戦って、その結果どうにもならないなら仕方ないと思うけど、自棄になる前に全てを手に入れるために戦ってほしい。
「結婚って、いつするんですか?」
「え……っと、婚約は、50日後。実際に結婚するのはわたくしが18歳になってからですわ」
「今何歳でしたっけ?」
「16歳ですわ」
「じゃあ、二年あります。二年もあればきっと、全てをひっくり返すことだって出来ますよ。こんな何も知らない世界で生きていくより、よっぽど素敵な未来にたどり着けます。んで、どうしてもダメだったらその時こそ逃げちゃいましょう。そう考えれば、この二年……戦う価値があると思いませんか?」
その言葉に、考え込むそぶりを見せるトモエさん。
けれど、時間が経過すればするほど、その目は先ほどまでとは違う……覚悟が宿っていくような、そんな気がした。
そして―――30分ほど考え込んでいたトモエさんがゆっくりと口を開いた。
「―――――そう、ですわね……。わかりました。わたくし、全てを諦めるのはやめて、全てを手に入れるために、戻りますわ!!」
こうして、トモエさんは元の世界へと戻っていき、僕ら家族に訪れた宝箱姫の話は、一応の決着をみることになったのだった。
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