第6話 逆さ吊りミノムシ姫と巨大鬼。

「あの……ちょっとよろしいかしら?」

「なんでしょうか」

「どうして、わたくしは縄で縛られて逆さ吊りにされた状態で運ばれているのでしょうか?」

 トモエさんが戸惑うのも無理はありません。

 なにせミノムシのように全身ぐるぐるに縄で巻かれて、足の辺りからぴょろっと一本伸びた縄を母さんの大剣の剣先に刺した状態で逆さ吊りのままダンジョンまで連れてこられたのですから。

「すげぇだろ、こいつは名剣だからな。アタシが斬れろと思えば斬れるし、思わなければ斬れない。おかげで、あえて斬らずにすり潰す!とかが可能な残虐心に優しい剣なんだ!」

「凄いけど凄く嫌な剣!」

 自慢気な母ですが、トモエさんの反応の方が正常です。

「ではなくて!なぜわたくしは運ばれているのですか!?」

「なぜって……アンタを元の世界に戻すためだよ」

「……えっ!? ど、どうしてですの!? というか、そんなこと出来るんですの!?」

「それが出来るんですよねー」

 驚くのも無理はない、僕らは知っているのです。

 違う世界へと行く方法を。まあ、条件付きで、なのですが。

「というか、わたくしは帰りたくなんてありませんわ!!お話ししたじゃありませんの! わたくしがどうして、こちらへ来たのかを!!」

 そう、あの時僕らは確かに聞きました。

 トモエさんの家出の理由を――――




「家出って、どうしてそんなことに?」

 自己紹介の流れで突然家出娘……というか、家出姫だったことを知らされた僕らは、当然その理由を質問します。

「聞きたい? 聞きたいですの!? ではでは、話してあげても良いですわ!!」

 めちゃめちゃ話したそうだ!目が輝いておられるよ。

「聞いてくださいまし!お父様もお母さまも酷いんですのよ!!」

 堰を切ったように話し始めたのは、トモエさんを国を発展させるための道具としてしか見ていないという両親への愚痴でした。

 子供の頃から自由な時間はほぼ与えらず、第一王女故に国を継ぐための勉強を散々させられてきたのにも関わらず、いざ結婚できる年齢になったら隣国の王子の元へと嫁に行くように命じられたのだとか。

「信じられませんわ!!わたくしは自由が無いのも、勉強が大変なのも、国を継ぐためならば仕方ないと思って頑張ってきましたのに!! 学友たちが青春を謳歌しているのを羨ましく思いながらも、この国の未来のためにと思って生きてきましたのに!! 完全に政略結婚の道具に使われたのですわ!!」

 天候による影響で作物が上手く育たない状況が数年続くことで食糧不足に陥ったチュマワリ国は、資源が豊富な隣国から優先的に食料を回してもらうことを条件に、第一王女を差し出したらしい。酷い話です。

「きっと、お父様の妾が男児を産んだからですわ……それだけの理由で簡単に外に出されるなんて、わたくしの人生はいったいなんなんですの……? なんなんですの!?!?」

 話を聞いて、怒りはごもっともです。

 確かにあまりにも理不尽だし、親に対して抵抗もしたくなるだろう気持ちもわかります。

 けど――――

「だからわたくし、城の秘宝を使いましたの! 「ここじゃないどこかへ行ける」とだけ伝えられていた秘宝を。まさか、別の世界にまで来てしまうとは思ってなかったですけど……丁度良かったですわ!ここから、ゼロから新しい人生を始めますの!!」

 僕ら家族はみんなで顔を見合わせて、そして頷いた。

 どうやら考えていることはみんな同じみたいだ。

「お話はわかりました。ではトモエさん、ちょっと立ち上がっていただけますか?」

「……なんでですの?」

「まあまあ、いいからいいから」

 不思議そうにしながらも、立ち上がるトモエさん。

「じゃあ、そのままじっとしといてくださいねー」

 そして僕は、トモエさんにロープを巻き始めます。

 ぐるぐるぐるぐる。ぐるぐるぐるぐる。

「えっ!?ちょっ、なんですの?」

「まあまあ」

「まあまあではなくて!?」

 そこに妹も加わって、最終的には父がスピードアップの補助魔法の中でも最上位の「神速」をかけてくれたことにより、目にもとまらぬスピードでミノムシトモエさんが出来上がったのでした。いや、そんな上位魔法でやることかと言われると疑問だけどもさ。



「頭に血が上ってきたのですけど!?」

 進む進む、逆さづりのままダンジョンを進む。

「大丈夫」

「……いや何の根拠もなく!?」

 さすが母、大雑把です。

 まあ実際は、徐々に体力が回復する継続回復の術を父がかけているので、大丈夫なのです。

 その辺はちゃんとしてます。

 逆さ吊りの時点でちゃんとしてない、という意見は受け付けません。


 そのまま歩き続けていると、少し広い空間に出ました。

 このダンジョンはいわゆる洞窟で、壁は土がそのまま見えている。

 そんな中に突然現れたこの空間は、縦横10メートル近い半円形のドームのような、明らかに異質な場所。

「あ、もしかして目的地ですの? ようやく解放されますのね!」

「いや、目的地はもうすぐ先ですけど……たぶん、ここで小休止ですね」

「そうですの? どちらにしても降ろして―――」

 トモエさんの安堵の言葉を遮るように、大地を震わせるような咆哮が洞窟全体を震わせました。

 その声の衝撃派だけで、全身の筋肉が硬くなるほどの圧を感じる。

「なん……ですの、今のは」

 心の準備が出来てる僕でもこうなのに、何もわからず連れてこられたトモエさんの不安と恐怖は相当のものでしょう。

「来ますよ。気をしっかり持ってくださいね」

 地鳴りのような足音が何度か響いたかと思うと―――洞窟の奥の暗闇から、それはやってきた。

 巨大な三つ目の一角鬼、トロガイアです。

 緑と赤が斑に入り混じる肌に、全身筋肉のような巨大な体躯。

 10メートルの天井スレスレのその巨体からすれば、僕らなんて指一本以下の小ささだろう。

 腕には巨大なこん棒を持ち、それを振り回すと風圧だけで吹き飛ばされそうな強烈パワーを持っています。

「ちょ、ちょっと!!に、逃げ、逃げ!!」

 慌てすぎて言葉にならないトモエさん。しかも身動きが取れない状態では焦りも倍増でしょう。

 普通なら、こんな相手に遭遇したら慌てて逃げだす以外の選択肢は存在しない。


 ――――普通なら、ですけどね。


「んじゃま、やるかぁ!!血が滾るぅ!!」

 母が声を上げると同時に、剣を頭上でぶるんと振り回す。

「ひやああああ!!」

「母さん!!母さん!!トモエさん吊るしたままだよ!!」

 慌ててトモエさんの下に移動して、手を伸ばします。

「おっと、そうだったかね」

 母が何かしら気合を込めると、ロープが切れてトモエさんが落ちて来たのでそれをキャッチします。重い!!言わないけど!

 僕の筋力は本当に平均値なので、上から落ちてくる同世代女子をキャッチするのは結構つらいよ!

「うーん、いたたた……あっ、助けていただいて感謝しますわ」

「いえいえそんな。そもそも助けなくちゃいけない状況にしたの僕らですし」

「そういえばそうですわね……」

 さすがにこの状況でお礼を受け取るのは自作自演が過ぎます。

「というか、どういうつもりですの!? まさかわたくしをあの怪物の生贄に……はっ!?エロ奴隷!?エロ奴隷ですのね!?」

「……おやめ下さいドスケベ姫」

「誰がドスケベ姫ですの!?」

 あなたですけども。

「まあ見ててくださいよ。あいつはまあいうなればこのダンジョンのボスです。何度倒しても出てくるようになってるらしいので、仕方ないんですよね」

 ダンジョンというのは本当に不思議なもので、毎回通るたびに同じ場所に同じ罠があり、同じ宝箱があり(中身はランダム)、そして毎回同じボスが出る。

 誰かがメンテナンスしているわけでもないのに、3日経つと自然と最初の状態に戻るようになっているのです。

 便利とも言えるし、面倒とも言えます。

 宝箱だけ復活してくれれば最高なのに、世の中そう簡単には出来ていないようですね。残念。

「いや、そういう話では無くて、あなた方はここでどうするつもりですの!? まさか、あの怪物を倒そうなんて、馬鹿なこと考えてるわけじゃないですわよね!?」

「倒そうと考えているというかまあ……倒しますよね」

「冗談でしょう……?」

 まあ、普通はそう思いますよね。

 自分の何倍もあろうかという大きな怪物に勝てるわけがないと。

 けど、見くびってもらっては困ります。


 なぜなら僕たちは、最強転生一家なのだから!!僕を除いて!!


 ……自分で言っててちょっと悲しくなるな!!


「シロ!!」

 母さんが一声名前を呼ぶと、その全ての意図を察した父さんが動く。

 ああ、父さんの頭と尻に生えた犬の耳と尻尾が嬉しくてぴくぴくぶんぶん動き回っているのが目に見えるようです。いや、実際には生えてないですけど。

「ギァオオオオオオオオオ!!!」

 しかし次の瞬間、巨大モンスタートロガイアの大きなこん棒が振り上げられ、そして、母さんを目酒て一直線に振り下ろされる。

「危な―――」

 トモエさんが危険を伝えようと叫ぶより先に、父さんはもう動いていた。

『鈍足・亀』

 敵の動きを遅くする阻害呪文・『鈍足』。

 そのあとに遅いものをイメージすればするほど効果が高くなる性質があり、父さんにとって最上位の遅いイメージは亀のようです。

 他にも、三輪車とかチェンジアップ(父さんは昔野球少年だったから)とかいろいろあるので、場面によって動きの遅さをコントロールできるが、戦いの場面ではだいたい亀です。

 しかし、遅くなったからと言ってパワーが落ちる訳じゃないのがこの呪文の不思議なところで、直撃すればいくら母とは言え怪我では済まないでしょう。

 けれど――――

『空気の壁(エアーシールド)、風の壁(ウィンドシールド)、土の壁(アースガード)』

 相手の攻撃を防ぐ壁の呪文を3種類空中に発生させ、トロガイアの攻撃を止める。

 鈍足はあくまでも壁を張るまでの時間稼ぎなのです。

 壁に攻撃が当たった衝撃波で洞窟全体が震えて天井にヒビが入るのを見ても、その威力の凄まじさが伝わってくるが、それを止める父さんの防御呪文も凄い。

 さすが、攻撃魔術以外はなんでもござれのハイプリーストだ。

「いくよー!ユウミ!!」

「あいさっ!」

 母さんの声に、妹のユウミが僕の肩の上に立ちます。

 今回は肩車ではなく肩の上に足の裏を乗せて立つパターン。これはあまり嬉しくはない。肩車はちょっとこっちも楽しいけど。いや変な意味じゃなくてね?

 母さんがぶんぶん剣を上空で振り回すと、そこに父さんが加速呪文「神速」を、マジックアーチャーの妹が弓を構えて魔法を唱えていると、妹にも父さんは魔力増強呪文「魔力貸与」をかける。忙しいなぁ父さんは。

 僕は見てるだけ。いや違う、妹の踏み台という大事な役目があるのです!あるのです!大事なお役目が!!


 呪文で素早さを強化された母さんの振り回す剣は、その速度を上げ、空気を切り裂き始める。

「準備良いかぁ!?」

「あいさっ!」

 妹はなぜか母さんの呼びかけには「あいさっ」と返事をする。レディースのDNAだろうか。

 返事を確認すると、母さんは剣を振り回しながら足を広げ姿勢を低くして、一つ深い呼吸をすると――――それを放った。

「粗肉無礼弩(ソニックブレイド)!!」

 当て字がダサい!!のはこの際置いておこう。

 振り回していた勢いをそのまま乗せた一振りを繰り出すと、母さんの大剣から鋭い三日月形の衝撃波がトロガイアに向かって飛ぶ!!

「ボルケーノアロー!!」

 妹の魔法弓からは、もはやそれは矢なのか?と言いたくなるような、ほぼ溶岩の塊のような赤い熱気が放たれ、それは一瞬でトロガイアの顔面にヒットして、激しい爆発と熱をまき散らします。

 次の瞬間、母さんの剣の衝撃波がトロガイアの大きな体躯を腹のあたりで真っ二つに切り裂いた!

 それは本当に一瞬の出来事。

 先ほどまで圧倒的な脅威に思えたトロガイアは、今はもう頭部が熱で溶け、体は真っ二つになり、ただの巨大な肉塊へと成り果てたのです。

「ものたりーん!!」

 蹂躙欲が満たされない母は、巨大な肉塊を次から次へと細切れにして回っている。

 それすらもしっかり魔法で補助する父の忠犬っぷりときたら。

「素敵だよー!!今日も蹂躙するママが見られてこんなに幸せなことはないよー!」

 前言撤回。ただの性癖でした。

「はあ、しょうがないよねぇウチの親は……」

 肩から降りた妹がため息ながらに呟いた言葉に、頷くしかない僕でした。

 父さんのフードの中で寝てるピィのあくびも、両親に呆れているようにすら見えるよ?


「あ……あなたたち、いったい何者なんですの!?あんな巨大なモンスターを一瞬で……!」


 驚きで目を真ん丸くしているトモエさんに、僕は改めて伝えた。


「どうも、最強転生一家、風霧家です!」


 僕も一家には含んで良いよね!?よね!?家族だもんね!!??




 あ、ちなみにこれは余談ですけど、父は自分の使う技を「呪文」、妹は「魔法」、と呼んでいて、これは各々が好きなゲームに由来しています。

 ええそうです、父がドラゴンで、妹がファイナルです。

 それを尊重して僕も、父の使うのは呪文、妹のは魔法、と呼称していますが……本当はこの世界だと、全部ひっくるめて「魔術」って言うらしいのです……ややこしいですね。

 でも、本人がなんかこだわってるので仕方ないです。ややこしいですね(二回目)

 特に父は、あのゲームの呪文と同じような効果のものを全部使えるようになりたいといろいろ研究しているほどのこだわりです。

 僕はよくわからないのですが、この世界の魔術……呪文の発動条件的に、ゲームの呪文の名前をそのまま使うと発動が難しくて悔しい、と嘆いていました。

 使えるだけいいでしょ!と言ってやりましたけどね。


 以上、余談でした。

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