第5話 改めまして自己紹介
「わぁー!こんな狭い家がこの世に存在するなんて!世の中にはまだわたくしの知らないことがたくさんあるのですね!」
出ましたよ、お金持ちの固有スキル「無邪気で貧乏人に傷つける」が。
ギルド長がそう決めてしまったのなら仕方ないので、僕らはトモエさんを家に連れ帰りました。
家、とは言っても借家ですけどね。
この世界に来た時、とにかく住むところを探そうという話になりまして。
なにせ家族丸ごとの転生。一人だったら安い宿にでも泊ればいいでしょうけど、家族四人に猫1匹が泊まれる宿などそうそう無いし、大きな部屋や複数部屋を借りるとお金がいくらあっても足りません。
つまり、借家を探すしか選択肢が無かったのです。
なんとかギルドにお金を借りて、必死で安い家を探し、日本で言うところの間取り2Kのプレハブみたいな一軒家を借りました。
ボロボロだった家をみんなで掃除して修理してなんとか住めるようにしたのは良い思い出です。嘘です。辛かったです。右も左もわからん世界でまずやる事が家の修理て!地味ぃ!なのに大変!って思いながらやったもんです。
まあともかくそんなわけで、僕らはこの狭い家で借金を少しずつ返済しながらの厳しい生活なのです。
なのに、居候が増えるとは……どうしろと。
「それで、わたくしのベッドはどこですの? あ、夕食はステーキが食べたいですわ」
僕は初めて、女性を殴りたいと心から思いました。
生まれて初めての気持ちでした。
そもそも見たらわかるでしょう? この家は、キッチンが一つに部屋が二つの2Kで、一つの部屋が3~4畳程度しかないのです。
便宜的に畳と言ったけど、異世界なので畳はありません。
この世界の基本のスタイルはいわゆる洋風のスタイルで、フローリングに机と椅子なのですが、狭い部屋に椅子まで置いたらさらに狭くなるので、下に絨毯代わりの魔物の毛皮を引いて、その上にみんなで座っているのが日常です。
ちなみにこの魔物の毛皮は、ふかふかしたモンスターを倒したら宝箱から出てきたやつです。一個一個はそれほど大きくないけれど、器用に縫い合わせて大きな一枚にしました。父が。さすがは手先が器用な父です。
部屋の中にはその絨毯と、タンス代わりの簡素な棚と、小さな机、あとは寝る時に使ってるマットレスが畳んで部屋の隅に置いてあります。以上です。
物置や押し入れといった収納が無いので、必要最低限のものしか置けません。
あとは暇つぶし用に古本屋買った本が何冊か置いてあるだけの、本当に簡素な部屋なのだ。
隣の寝室もほぼ同じなので、ベッドなんて置ける場所があるわけがない。
「トモエさん、まず理解してください。この家にお金はありません。豪華な食事も奇麗なベッドも期待しないでください。そして住むなら働いてください。仕事をしてください。金を稼げないなら出ていけこのやろう」
いけない、思わず口が悪くなった。冷静に冷静に。僕がキレたらこの家にまともな人間が居なくなる!!
「どうしてお金がないんですの?」
ド直球煽り!!!
いや落ち着け、無邪気だ、これは無邪気なのだ。
「どうしてとかじゃないんです。無いものは無いんです。なので、働いてください」
改めて伝える。根気よく根気よく。
「働く……ですか……はっ!!まさか……そういうことですのね!?」
急にびっくりしたように顔を覆って立ち上がるトモエさん。
なんですか今度は。
「お下劣ワークですわね!?わたくしにお下劣ワークを強要しているのですわね!?」
……家族の前で何を言ってるんだこの人は。親居んだぞ!!
思春期男子の気持ち考えろ!!
「しませんよ!」
「でもだって! 姫が仕事をさせられるって言ったら、そういう事でしょう? 物の本に書いてありましたわ!」
どんな本読んでんのよ。
いかん、妹の顔が真っ赤だ。
自分から下ネタ言うのはわりと好きなくせに、人から発せられるとめちゃめちゃ照れるのだこの妹は。テレビでキスシーン流れただけでも耳を真っ赤して下を向いてしまうというのに! 姫がお下劣ワークはもう限界突破だよ!!
「とりあえず、落ち着いてください。仕事のことは後々考えますし、変な仕事はさせませんから安心してください」
「あら……そうですの?」
……なんでちょっと残念そうなんですか?
いや、こっちとしては夜の仕事してくれるならそりゃ稼ぎにもなるだろうから、本人がやりたいっていうなら止める理由もないですが……とはいえ、どうせ本で読んだだけの知識で変な憧れがあるだけでしょうから、実際やらせたらすぐやめそうです。
こっちとしても拾った女の子を夜の店に売ったとなると世間の評判が悪いので避けたいところではあります。うん、やめとこう。
さて、わけのわからない会話が一段落したところで……どうしよう。
正直会話も無いというか、家族の中に急に親しくもないお客さんが来たこの状況、あまりにも気まずい。この家に部屋が何個もあればどっかの部屋に居て貰えばいいけど、なにせ2Kなので、キッチンと、リビング替わりに使ってるこの部屋と、隣の寝室しかない。
「えーと……とりあえず、改めて自己紹介でもしますか」
冷静に考えたら、僕らはまだお互いのことをよく知らない。
どのくらいの期間になるかはわからないけど、ひとまず自己紹介が必要ですよね。
「そうですね、そうしましょう! わたくしまだ皆さんのお名前も聞いてませんでしたもの!」
そういえばそうでしたね……名前も知らない人間によくついてきましたね?
世間知らずのお嬢様は恐ろしいです。下手すりゃ本当に夜の店に売られてましたよ?
「えーと、じゃあまず……母さんから紹介しますね」
僕の言葉を受けて、母が猫背で座ったまま気怠そうに軽く手を上げる。
「母のフユセです。ちょっと暴力的ですけど、根は優しいというか、うん、そうです。優しいです。優しさを暴力で表すタイプです。基本的に家事はあまり出来ませんが、この家の絶対的な頂点だと覚えておいてください」
優しさを暴力で、のくだりは言い得て妙だな、と自分で思った。
「はあ……お母さん、ですか?」
なんだか納得いかない表情のトモエさんだけど、まあかまわず続けよう。
「そしてこちらが父のシロウです」
笑顔でペコリと頭を下げる父。人当たりが良い。
「見ての通り丸の擬人化みたいな人です。人の良さと料理の上手さが自慢ですが、人が良すぎるのと料理にこだわりすぎるのが欠点でもあります。あとはその……母をとても大事にしています」
母に対する異常なまでの愛と、異常性癖をオブラートに包むとそういう表現になります。間違ってはいない。
「夫婦仲がよろしいのですね、それはとても良い事なのですが……?」
やはり何か納得がいかない様子のトモエさん。
……さすがにちょっと気になります。
「何か疑問があるようでしたら、お聞きしますけど」
「疑問というかその……お二人がご両親ということは、あなたとそちらの女の子はその息子と娘、ですわよね?」
僕と妹の事を言っているのなら、「はい」としか言いようがない。
そりゃそうでしょう。
「それにしてはその……ご両親がだいぶお若いな、と思いまして……お父様もですけど、お母さまはどう見ても10代ではなくて?」
ああ、ああーーーそうかそうか。
そこの説明を忘れていました。
「実はですね、その――……」
正直これはあまり外の人に言いたくはないのだけど……言わないと説明出来ないので仕方ありません。
「実は僕らも、異世界……別の世界からここに来たんです」
「まあ!そうなんですの!?お揃いですわね!」
外に広まると非常に面倒に巻き込まれそうなのだけど、まあトモエさんも同じ境遇だし、あとで口止めしておけば大丈夫でしょう、きっと、たぶん、そうであれ。
「それで、不思議なんですけど……この世界に来たときに、みんなこの姿になっていたんですよ」
そう、この世界で目覚めると母は16歳に、父は23歳に、妹は8歳になっていた。
僕だけが、前世と同じ17歳だった。ここでもか!ここでもなのか!僕だけが!
「不思議な話もあるものですね……」
宝箱から出てきた人に言われたくないという気もしますよ?
まあ確かに不思議な話で、僕らもいろいろ話し合った結果、全盛期の姿なのではないか、という話になった。
母はレディースのリーダーとしてブイブイ言わせてた16歳の頃だし、父は母と結婚したのが23歳だったので納得だし、妹は……9歳の頃から学校でまあその、イジメみたいなやつを受けてまして、それにブチギレた母が学校に乗り込んで暴れて、それによってイジメは無くなったけど周りから怖がられて孤立し、結局学校に行かなくなってしまったという流れがあるので、一番元気で明るかった8歳の姿なのは理屈としては納得です。
ちなみに僕は、物心ついてからはさほど……うん、大きな波も無い人生を送ってきたので、普通に17歳の今が全盛期ということなのだろう、きっと。決して全盛期が存在しない人生とかそういう訳ではない……と思いたい。
まあ僕、大器晩成タイプだしな!と自分に言い聞かせてメンタルを保ちます。
さて話を戻そう。
「で、まあ僕が長男のツバメ。17歳の常識人。そして妹のユウミさん、ちょっと人見知りで目つきは悪いけど、実は甘えん坊で超可愛いです」
僕の背中に隠れているユウミが、ゴスっと背骨を殴ってきた。背骨ピンポイントは痛いな妹よ。許しますけど。それはもう許しますけど。
ちらりと視線を向けると、上目遣いで僕をにらんでいた。三白眼が可愛いぜっ。
「えっと、ミフユさんに、シロウさん。そしてツバメさんとユウミさんですね、よろしくお願いいたします」
……おっと、一度聞いただけで名前を覚えるとは。記憶力は良いご様子。
まあ、姫っぽいですし、貴族の世界……社交界?とかでは人の名前を覚えるのは大事だと聞いたことがあるような気がするので、そういう事なのかもしれません。
「にゃー」
おっと、お前のこと忘れてたな。ごめんごめん。
膝に両前足を乗せて訴えてくるピィの頭を撫でる。
「この子は、猫のピィです。大事な家族の一員です」
にゃお、と声を上げるピィ。
ピィもこっちに来てから、どうも頭が良くなったというか、僕らの言うことを完全に理解している感じがします。そもそも口に短刀を加えて戦ってる時点で普通の猫ではないしですし。
「あらあら、ピィさん。……ねこ?というのは種族かしら。可愛いですね」
おっと、トモエさんの世界には猫が居ないのだろうか。
そりゃそうですよね、世界によって生き物の生態系は大きく変わるのですし、猫のいない世界があっても不思議ではありません。
「――――では改めて、わたくしからも。チュマワリ王国の第一王女、トモエリン・ネルメール・ソルベですわ。気さくにトモエ、と呼んでくださいましね」
自己紹介と同時に、再びの奇麗なお辞儀。思わずみんなから拍手が上がる。
っていうか……ちょっと待って?
「第一王女?第一王女ってことは……」
「はい、わたくし、チュマワリ王国の次期王女でございます」
なんてこったい、本物も本物の姫じゃないですか。
「そ、そんな人がこんなところに居て平気なんですか?」
「さあ、知らないわ?」
そんな無責任な……と半ば呆れていた僕らに、トモエさんから衝撃の告白が飛び出しました。
「だってわたくし、家出をしてきたのですもの!」
……なんでそんなに誇らしい感じで言うんですか……?
これは、思った以上に厄介ごとを背負い込んでしまったのでは……めくどくさぁぁあぁぁぁぁぁぁい!!
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