第4話 初めましての偉い人。

「ワシがギルド長のゴンタだ!よろしく頼む!」

 豪快な椅子にどーんと座ったまま挨拶してきたのが、偉い人です。

 なんたってこのギルドの長ですから。

 とは言え、来客があってもふかふかの一人掛けソファの背もたれに思いっきり体重預けて寄っかかりながら挨拶するのは礼儀もくそも無いな、とは思いますが、偉いから仕方ないのでしょう。

「偉い人って、大体バカだよね」

 妹よ、口が過ぎるぞ。まあ、基本そうだけど。

「それで?ミミミルルくん、わざわざこのワシに話を持ってくるということは、それなりの話だろうね! 何せワシは忙しいのだ!偉いから!!」

 あっ、バカです。これは偉いバカの人です。

 ミミミルルさんも一瞬嫌悪感丸出しの顔をしたけど、すぐに笑顔に戻って話を続ける。さすがプロ。嫌な客もたくさん来るでしょうしね、ギルドの受付というお仕事は。

 そういう人の相手をするのに比べたら、まあマシでしょう。なにせ偉い人ですし。

「それがですね……とても説明が難しいのですが……」


 僕らもソファに座り、お姉さんの補足をするように僕も説明に加わる。家族では僕だけが説明をする。なぜならその方がスムーズなので。

 ちなみにここはギルドの中にある応接室。

 真ん中に少し低めのテーブルと、その両サイドに5人掛けのソファが置いてあり、奥にはギルド長の座っている一人掛けのソファがある。

 お姉さんと僕と妹が右側に、父と母とピィと姫が左側に座った。

 正確には、ピィは父の法衣のフードの中で寝ている。移動するときはあそこに入るのが定位置なのです。なので、フードがあるのにかぶることが出来ないし、背もたれに寄りかかるとつぶしてしまう、と父はしょっちゅう困っていますが、ピィを溺愛してるのでそれも嬉しそうですし、ちょっと羨ましいです。


「ふうむ、話は分かりました。ワシは偉いので理解力が高いのです」

 うぜぇ。

 ごめんなさい本音が出ました。

「つまり、モンスターを退治して出て来た宝箱から、そのお姫様が出て来たというのですな?」

「そうです」

「さすがワシ!えらいな!」

 はいはいえらいえらい。

 というか、最初からそうとしか言ってないのでそれ以外にどう理解出来るのか教えて欲しいくらいです。

「それで、こういう場合はどうするのが良いのでしょうか?」

 お姉さんが率先して質問してくれる。さすが困った時のお姉さんだ。

「そうだのぅ……前例のない事だからのぅ……」

 偉い人は前例のない事は決めたがらない、どの国でも同じなんですね。

「街の中での迷子なら自警団に任せるところだが……別の国から来たとなると、そういうわけにもいかんし……軍の管轄でもないからのぅ」

 この世界にきてまず驚いたのは、いわゆる警察のような組織が存在しない事。

 軍隊は居るけど本当に戦闘のための組織だし、街の中の揉め事は自警団が解決することになっているのですが、街の外の平和まで守っているわけではありません。

 なにせ、あちこちにモンスターが居る世界。外に出るなら襲われる覚悟で、自己責任で。そういう世界に自然となっていったのでしょう。

 町から町への馬車移動などは自警団が、場合によっては冒険者が警護についたりもするけど、それだって絶対に安全じゃありません。

 シンプルに危険な世界なのです。


「そもそもお嬢さん、あんたはどこから来たのかね?」

「チュマワリ王国です」

 僕らも道すがら聞いたのだけど全く知らない国だったのでどうにも出来なかった。

 だけど、きっと偉い人なら知ってるに違いないのです。

「……チュマワリ……聞いたことも無いな……ミミミルルくん知ってるかね?」

 知らんのかい!!

 偉いなら役に立ってくださいよ!!

 ……我ながらそれはそれで理不尽なツッコミですけども。

「……いえ、私も初耳です……」

 お姉さんまで!?

「少なくとも、この大陸には……いえ、おそらくこの世界には存在しない国だと思います」

 ええー……?

 そんなことあります? と思ったけれど、日本から来た僕らが言えた義理ではありません。

「つまり、トモエさんは別の世界から来た人間、ということですか?」

 僕の言葉に、部屋の中が静寂に包まれる。

 そりゃあそうでしょうね、別の世界から来た人間なんて、どう扱っていいのかそれこそ前例があるはずもないのですから。

「そうなのか?ってことは、アタイたちと同じ……」

「ノォォォォォーーーウ!!ゲフンゲフン!!」

 何を言おうとしてんの母さん!!

 僕らが別世界から来たことは内緒にしとこうって言いましたよね!?

 アイコンタクトと咳払いで伝えると母は、てへぺろっ、舌を出した。

 ……傍から見たら美人だから可愛いのかもしれないけど母だからイラっとする!

 というか、妹とごまかし方が全く一緒じゃないか、このDNAめ!

「なんだね、急に大きな声を出して。偉い人の前だぞ!」

「すいません偉い人」

 自分で言うなよ、と思いつつもとりあえず謝っておく。偉い人ですし。

「うむ、わかればよろしい。このワシが偉い人だと、わかればよろしい!」

 なんでこんな人がギルド長になれんだろうか……コネだな、きっとそうだ、そうであれ。


「しかし、別の世界の人間となるとさらに困ったな……」

 考え込んでしまう偉い人。

 困ったな、と言われてもこっちも困ってるのでどうにかして欲しい。

 ギルド長はしばらく考え込んでいたと思ったら、突然何かを思いついたように膝をパンっと叩いた。そしてこすった。痛かったようだ。力加減も出来ないのか偉い人。

「うむ、決めたぞ!偉いワシの決定を今から告げる!」

 ああ良かった、どんな形でも、これで進むべき方向がハッキリするし、トモエさんには少し悪いけど、これでさよならだ。

 僕らも見ず知らずの人にかまっていられるほど余裕があるわけじゃないし、そこは許してほしいところです。

「規定には、宝箱から出て来たものはクエストの依頼品でない限り冒険者のものとする、とある。


 ―――よって、その別世界の姫は風霧一家に所有権があるものとする!!」


 …………は?

「それは、あの、どういうことですか?」

「どうもこうも、君たちに所有権があるのだから、君たちの好きにすればいい、ということだ」

「………丸投げじゃねぇか!!!」

 思わず声に出してツッコミを入れてしまった。

「偉い人の決定であるぞ!ワシは偉いんだぞ!」

 この偉いバカやろう、その一本鎗で貫くつもりですよ

 しかしそれは強い、単純故に強い。この人に逆らったらこれからこのギルドでクエストの受注をさせてもらえなくなるかもしれないしなぁ……。

 僕はお姉さんに対して、助けを求める視線を送るも、目線で「ごめんね」と謝られてしまった。

 ……こうして、僕らはどこの誰かも知らない姫を、家族に迎え入れることになってしまったのでした……。

 おのれ偉い人め!!バカな偉い人め!バカい人め!



 ……さてさて、ここから先は余談なので忘れて貰って構わないのだけど――――


 話を無理矢理終わらされて、仕方なく僕らは席を立つ。

「それでは、私も失礼します」

 とお姉さんが立ち上がった瞬間、今まで背もたれに寄っかかっていたギルド長が急に体を起こしたかと思ったら―――凄いスピードで、お姉さんのお尻を触りやがりました。

 あっ、このやろう!バカなうえにセクハラとは!!いや、バカだからセクハラするんだな!?

 お姉さんが、きゃあ!と悲鳴を上げて、

「もう!本当にそういうのやめ……」

 と抗議の声を上げるのとほぼ同時だった。

 母さんのケンカキックがギルド長の顔面をぶち抜いたのは。

 それはそれはもう、蝶野正洋くらいの見事なケンカキックで、椅子ごと後ろに倒れたギルド長の顔には、母さんの分厚い靴の裏の痕がくっきり残っている。あと鼻血も出ている。

「クソがよぉ……!」

 足の裏から煙が出てるくらいの勢いで蹴っ飛ばした上に見事な罵倒です母。

「ああ、すいませんねえ」

 父が駆け寄り、ギルド長に回復魔法をかける。父は人が良い。

「シロ!治すなそんなヤツ!!」

 母は、それはもうああいうセクハラが嫌いです。

 理由はちゃんと聞いたことないけど、前世ではテレビでそういうシーンが流れるたびに激怒していたので、昔からずっとです。

 いやまあ、セクハラが好きな人間なんてクソみたいなおっさんしか居ないと思うので、嫌う理由なんて別にないと言われればそれまでだけど、ちょっと過剰なので昔何かあったのかな……と考えたりもするけど、母親のそんな話は聞きたくないという息子の気持ちもわかって欲しい。ので、謎のままです。

「いやいや、ごめんねママ。でも僕は、ママにあまり人を傷つけてほしくはないんだよ。でも殴るな蹴るなとは言わない、それではママの良さが薄れてしまうからね!」

 どこまでもな性癖だぜ父よ。

「その代わり、殴ったり蹴ったり後で僕が治す、それでバランスとらせてね。あとモンスターはいくらでも殺していいからね!!!」

 バランスが取れてるのかは怪しいところだよ父。殴った事実は消えないのだし。

「な、なにをするんだこの偉いワシに向かって!!」

 ほら怒ってる。

「まあまあ、落ち着いてください。ほら、もう痛くないでしょう?」

「そういう問題ではない!この偉いワシを蹴ったのだぞ!?」

「ああぁあ!?今度は治せないレベルで蹴りつぶしてやろうかぁ!!」

「ちょっと、落ち着いてくださいフユセさん!!」

 慌ててお姉さんが母を止めに入る。お姉さんはセクハラ被害者だけど、暴力での解決は望んでいない様子です。っていうか、ちゃんと母の名前覚えててくれてるのさすがですお姉さん。

 母は、被害者であるお姉さんに止められてはそれを振り払ってまで蹴飛ばすわけにはいかず、ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ、と声に出して耐えている。

 良かった、お姉さんすらも吹き飛ばすほどのバーサク具合ではなさそうだ。まだ正気!!

 しかし、偉い人の怒りは収まることを知らずに、母を自警団に引き渡して罰を受けさせるとか言っている。

 ……やれやれ、仕方ないなぁ……。

「ギルド長さん、この度はすいませんねうちの母が」

 僕はなるべき丁寧に話しかける。

 が、怒りは続く。

「全く!!なんだ君の母は!!常識というものが無いのかね!」

 それに関しては返す言葉もないが、お前に言われたくねぇよクソバカ野郎。とは思っても声には出さずに、笑顔のまま話を続ける。

「母を自警団に引き渡すのですか?」

「当たり前だろう!!これは暴行事件だぞ!!」

「そうですか……そうなると、『どうして母があなたを蹴飛ばしたのか』、ということを世間に公表せねばなりませんね。理由も無しに罰は与えられないでしょうから」

 その言葉に、ギルド長の動きがピタリと止まる。

「そ、それがなんだというのだ!」

「いえ、別に僕は構わないんですよ? ギルド長が受付のお姉さんに日常的にセクハラを働くスケベおやじだ、という評判が街中に広まっても」

 顔色が悪くなってきた。もう一押しだ。

「ギルド長は確かご結婚されて、10代の娘さんがいらっしゃいましたよね? 奥さんや娘さんに軽蔑されないと良いのですが……」

「き、キサマ脅すつもりか…?」

 凄い汗ですよ偉い人。

「まさかまさか、ご忠告差し上げているのです。怒りに任せて母を自警団に引き渡した結果、何が起こるのかと。家族から軽蔑されるのは当然として、娘さんは学校で肩身が狭いでしょうねぇ。父親がクソセクハラ野郎として街で有名になったら、いじめられるかもしれませんねぇ、かわいそうに……」

「そ、そんなことは……!!」

「無いと思いますか?本当に?? ……それにね、ギルド長はご存じないかもしれませんけど、お姉さんのファンってたくさん居るんですよ。街の男たちはもちろんとして、荒くれな冒険者もお姉さんの前ではデレデレだったりします。……そんな男たちが、お姉さんが普段からセクハラを受けて辛くて泣いている、なんて知ったら―――――ギルド長、何されちゃいますかねぇ……?」

「な、泣いてなどいないよな!なぁ、そうだよな!!」

 お姉さんに助けを求めるギルド長。

 しかし、僕の意図を察すると同時にこれは職場の改善チャンスと悟ったのか、泣いたふりをするお姉さん。

「私、いつも本当に嫌で……でも、ギルド長が偉いから言い出せなくて……!しくしく!しくしく!」

 しくしく!とハッキリ声に出す辺り、演技は下手ですねお姉さん。

 まあでも――――牽制には十分です。


「噂が広まったら、せっかく上り詰めたギルド長という座も、もしかしたら追われるかもしれませんねぇ……立場を失い、信用を失い、家族から嫌われ、命を狙われる――――それでも、自警団に引き渡すというのなら、止めません。ただ……そもそものきっかけを作ったのは自分自身だということは、お忘れなきように」


 あ、完全に戦意を消失したなギルド長。

 へなへなと座り込んで、小さく「もういい、出ていけ」とだけささやいた。


「ではお言葉に甘えて。みんな帰りましょうー」


 こうして僕らは、無事に部屋を出られたのでした。


 ……こういう交渉事も、僕の役目だ。

 おかしな家族を持った常識人の長男ってのも、なかなか大変なんですよ!

 やれやれ。

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