episode 1 「宝箱の姫」
第3話 困った時のお姉さん。
「えーと、まずここはタストル草原です。そして僕たちは風霧一家です」
「タストル……?」
そこからか。おかしいな。この国の人間ならだれでも知ってる有名な草原だって話だったのですが。まあ僕らも今回初めて来たんですけど。
「そうです、クレウイン王国のタストル草原。ご存じですか?」
「……いいえ、すみません。存じ上げません」
うーむ、そうなると国外から来たのかな……僕らもまだ来て日が浅く、このクレウイン王国以外の国はよく知らないので何とも言えません。
言葉は通じてるから……いや待て、そもそもこの異世界で日本語が通じてること自体がおかしいのでは……?
そこはずっと疑問でしたけど、クレウイン王国がたまたま日本語だった可能性もゼロではなく、別の国の人でも話せるってことは僕たち全員に何かしらの翻訳能力が付与されているのか、それとも世にも珍しい世界中で単一言語なのか。
まあ、地球なんかは各大陸が海で阻まれたことでそれぞれ独自の文化が発展したから色んな言語があるわけで、もしこの世界に海が無く一つの大陸であるならば、単一の言語でもおかしくはないです。いやまあ、それが日本語なのはなんでだよ、という話ではあるのですけど。
いや、それはひとまず置いておきましょう。
「ともかく、ここはクレウインのタストル草原だということはご理解ください」
「……はい、わかりました。それで、あなたたちは……?」
「だから、風霧一家です。家族です。まあ……冒険者、ですかね」
冒険者、という概念は伝わるのだろうか……と少し不安になりましたが……
「まあ!冒険者!!そうでしたのね!」
伝わったようだ、やっぱり異世界って絶対冒険者とセットなのですね!
ふっしぎー!
・
・
・
「それで、わたくしが宝箱に入っていた、という事なのですね?」
「まあ、そういうことです」
ほかに説明のしようもないので、起きたことをそのまま話しました。
それを受けて何か考え込んでいる姫様(仮)。
そりゃそうですよね、自分がモンスターを退治したら出てきた宝箱に入っていたなんて、どう受け止めていいかわからないでしょうとも。
「つまりそれは……わたくしは宝物、ということですのね?」
……ん?
……なんです?なんか妙なことを言いだしましたよ?
「あなたたちが冒険者で、モンスターを退治してゲットした宝箱から出て来た……。つまりそれは、わたくしは宝物、ということですのね?」
さっきより丁寧に言いなおしたましたよこの人。
いやまあ、間違ってはないけど……自分でそんなこと言います?
っていうか、どういう受け入れ方なんです?
「そうなると、ぜひ大事にしてほしいですわね。よろしくお願いいたします」
「いや、お願いされても困るんですけど……」
後ろを向くと、家族がみんな面倒くさそうな顔をしている。
……どうすりゃいいんでしょうねこれ?
「困った時にはお姉さんに相談だ!!」
僕はそう言いながら、ギルドの扉を開けます。
冒険者が居るなら、ギルドもある。異世界ってのはそういうもんです。
そして受付には―――
「困ったことがあったら何でも相談してくださいね! ギルドへようこそ!」
受付のお姉さんが居ます!
それはもう、そう決まっているのです!
クラシカルなメイドさんみたいな衣装に赤い艶やかなロングヘア―、毛先だけ少しウェーブがかかっているのがお洒落な、美人のお姉さんが声をかけてくれます。
「……って、風霧さん一家じゃないですか……何しに来られたんですか?」
さっきまでニコニコ笑顔だったお姉さんが、僕たちの姿を見た瞬間あからさまに顔を曇らせます。
まあ仕方ない、仕方ないのです。だって――
「釘を刺しておきますけど、今度ギルド内で暴れたら冒険者の資格を剥奪しますからね」
初対面の時に、いきなりギルドを半壊させましたからね僕たちが。
というか、主に母が。
転生して少ししてから、自分たちがどうやら強いらしい、と気づいた僕たちは戦いを仕事にできないか、と思い立ちました。
特に母は戦えば戦うほどに蹂躙中毒になっていったので、そうでもしないと禁断症状が出そうでしたし。
なんだよ蹂躙中毒って、というのはこの際置いといて欲しい。
そんなの僕が一番そう思ってるんだからな!!
というわけで、どうやら冒険者ギルドがあって、そこなら依頼を受けてモンスターを倒したりすればお金がもらえる様子。
これは行くしかないと来てみたものの、意外と荒くれものも多く、
「ガキの来るとこじゃねぇぞ? 帰んな!」
と妹を突き飛ばして転ばせたからさあ大変。
母がそれはもう大激怒でそいつを見るも無残なフルボッコにしたのはまあまだ良かった。良くない気もするけど、それは僕もムカついてたし、向こうから手を出してきたから自業自得でしょう。
ただ、まさか仲間が30人もいるとは思わないし、そいつらが全員襲い掛かってくるとは思わないですよね?
まあそこからはお察しの蹂躙タイムで僕らは特に怪我もしてなかったけど、建物が半壊したのはさすがにまずかったですよね、うん。
「……絶対ですよ? 次壊れたらもう保険効かないんですから……!」
お姉さんが涙ながらに忠告してきます。
良かった、本当に良かった、この世界にも保険の概念があって。
全部弁償とか言われたらどうしようかと思ったよ!!
まあでも、死人は出なかったのが不幸中の幸い。
それは父が、母が倒した相手を父が死なない程度に回復したからなのですが。完全に回復したらまた母の蹂躙が襲い掛かるので、死にはしないけど怪我はめちゃめちゃするし起き上がることはできない、くらいに加減して回復した父の器用さよ。
普通ならあまり必要ない能力だと思うけど、母がバーサーカーの場合はとても助かる能力です。さすが父です。
……なんだよ母がバーサーカーの場合だけとても助かる能力って!!
限定されすぎだろ!!
「ど、どうしたんですかそんなにこぶしを強く握られて体を震わせて」
お姉さんが心配して声をかけてきて、初めて自分がそんな状態だと気付きました。
「え、ああ、すいません。ちょっと世界の理不尽さに震えが来てたところです」
「………そうですか、頑張って生きてくださいね」
励まされたのか真面目に相手するのを諦められたのか……どっちでしょうね?
「えーと、では改めて……ギルドへようこそ! お姉さんは受付のミミミルル!気軽に「お姉さん」って呼んでくださいね!」
お仕事モードに切り替わり、毎回のお馴染みの挨拶。
それを受けて、僕は遠慮なく「お姉さん」と呼ばせていただいています。
「ではお姉さんさっそくですけど……」
基本的に交渉事や会話は僕の役目なので、僕からお姉さんに告げます。
バーサーカーや異常性癖や人見知りに任せたら大変なことになるからね(経験談)
「はいなんでしょうか? クエストをお探しですか? それとも報酬のお問い合わせですか?」
「宝箱から姫が出てきた場合、どうしたらいいですか?」
「…………ん?」
おやおや、お姉さんの頭の上に、天井を突き破らんばかりの「?」が出ているのが見える気がしますよ?
一応このギルドはクレウイン王国内でもかなり大きなギルドで、木製ながらも床も壁もかなり頑丈で、100人は入れる広いロビー、普通だったら3階建てくらいの高さまで吹き抜けの天井、奥には医療所まで備えてある豪華な作りです。
その空間全てが「?」で埋まるんじゃないか、というくらいの「?」顔を見せるお姉さん。
「宝箱から姫が出てきた場合、どうしたらいいですか?」
試しにもう一回言ってみたが、お姉さんが笑顔のままフリーズしています。
ローディング……ローディング……ローディング……。
「……ごめんなさい、お姉さんプロだからこんなこと言いたくないんだけど……まっっっったく意味が解らないわ……!」
頭を抱えてしまわれた。
検索失敗のようです。
どうやら宝箱から姫が出てくるのはこの世界でも珍しいことの様子。
「もうちょっと詳しく話してもらえる?」
困っているお姉さんが詳細を聞いてきますが、起きたことをそのまま伝えてるだけなので、詳しくと言われても困ります。
「えーとですね……ちょっとー、こっちですー。あ、この人が、宝箱から出てきたトモエ姫です」
僕は後方に待機していたトモエ姫をお姉さんに紹介します。
「初めまして。わたくし、宝箱から出て来た、宝物の姫、トモエリン・ネルメール・ソルベです。お気軽に「トモエ」と呼んでくださいませ」
僕らにしたようなのと同じ、優雅な挨拶を決めるトモエ姫。
でもお姉さんはさっきよりさらに頭を抱えてしまわれました。そんなに抱えたら体ごと丸くなってしまうのでは?というくらいの抱え方で。
「あの……もう少しちゃんとした話が聞きたいので、少し裏まで来てもらえますか?」
呼び出しを食らいました。
さすがに今回は僕ら悪くない……よね?
うん、悪くない!悪くないはずだ!そうであれ!
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