入院生活でいちばん寂しさを感じるのは食事の時間だ。慌ただしく配膳されたプラスチックの食器。乗っているのはハンバーグとほうれん草ソテー。ぶどう色のゼリーは小さな容器に入ったままで、何故だか物悲しさが倍になるように感じる。

 プラスチックの箸で味噌汁をかき回していると、カーテンが揺れて、看護師さんが顔を出した。僕は手を止めてそちらを見る。

 看護師さんは持ち回りでの担当なので、特定の誰かが担当って事はない。だから、知らない看護師さんが現れたところで僕は何も思わなかった。けれど。

 その看護師さんは少しばかり様子が違うように見えた。忙しそうに立ち働く看護師さんが多い中で、何だか少し楽しそうで、キョロキョロと辺りを見回したりなんかしてて。毛色が違う、という言い回しがしっくりあてはまる。

「……検温、ですか?」

 思わず声をかければ、看護師さんは僕をじっと見て二、三度瞬きして、それから、ふにゃりと微笑んだ。

「少年、ご飯は美味しいかい?」

 病院でそんな風に話しかけられたことがなかったので、呆気にとられてしまった。

「美味しいわけないか」

 看護師さんは、自分で言ったことに自分で笑ってから、僕のご飯を覗き込んだ。

「おっ、ハンバーグ!」

 子供騙しの大げさな声には聞こえない。本当に嬉しそうな声だ。献立なんてあらかじめ知ってるだろうに、何だか変な看護師さんみたいだ。

「……あげませんよ?」

「わかってるってぇ」

 今にもつまみ食いしそうな横顔。油断してると本当に取られそうな気がして、僕は箸でハンバーグを切り分けて口に運ぶ。


 それからその看護師さんは食事の時間になるとやって来るようになった。

 申し訳程度に点滴の様子を見るくらいで検温も血圧測定もしないし、僕くらいの年頃の子供の食事に付き添いするのがこの人の仕事なのかと思ったけど、不思議とお母さんが来ている時には現れない。他の看護師さんに聞いてみても「そんな役割りはないですねぇ」と首を傾げられてしまった。もしかしたらサボりに来てるのでは、という可能性に思いあたる頃には、その看護師さんの「佐々木マリエ」という名前や、好きな食べ物を覚えていた。

「わぁ、焼き魚だ! 今日はサバかぁ!」

「……あげませんよ?」

「わかってるってぇ」

 佐々木さんは焼き魚が好きらしい。お魚の上からレモンを絞っていると、今にもつまみ食いしそうな顔で覗き込んでくる。

 僕は急いで箸を手に取ると、サバをひと口大に切って口の中に放り込む。

「好きなんだよねぇ、病院の焼き魚。だって骨が取ってあるでしょう? 食べやすいし、意外とレモンが合うんだよね」

「……佐々木さん何でそんなこと知ってるんですか? ……あ、まさか」

「……まさか?」

「食べたんでしょ、患者さんの」

 あっはは! と大きな声で笑ってから、佐々木さんは僕の髪をくしゃくしゃとかき混ぜるように撫でた。子供扱いされたくないような、そうでもないような、なんとも胸がざわつくのを感じる。

「たくさん食べて元気になりなよね、少年」

 レモンの酸味が心のどこかに染みてくるようで、僕は白ごはんを口いっぱいに頬張った。

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