第11話

 サイコメトラーの今川義一いまがわぎいちは晴れ渡った神津島にやって来た。警察艇から降りると現場に向かった。

 今川は色部ってホテルのオーナーの案内でホテルを巡回した。今川には月島刑事も付き添っている。色部は牙城に監禁されていたが、月島によって助け出されている。

 ホテル内はたくさんの死体が転がっていた。

 ロビーに転がる男性、腹から夥しい血を流している。2階のゼウスの間にはボーガンで胸を射抜かれた女性、中庭には斧で頭を潰された女性、1階のポセイドンの間には背中をナイフで刺された女性の死体と、頭を銃で撃ち抜いた男性の死体。

 2階のオルペウスの間のクローゼットからはダイナマイトが見つかった。


 オルペウスは、ギリシア神話に登場する吟遊詩人であり、古代に隆盛した密儀宗教であるオルペウス教の始祖とされる。

 オルペウスの妻エウリュディケーが毒蛇にかまれて死んだとき、オルペウスは妻を取り戻すために冥府に入った。彼の弾く竪琴の哀切な音色の前に、ステュクスの渡し守カローンも、冥界の番犬ケルベロスもおとなしくなり、冥界の人々は魅了され、みな涙を流して聴き入った。ついにオルペウスは冥界の王ハーデースとその妃ペルセポネーの王座の前に立ち、竪琴を奏でてエウリュディケーの返還を求めた。オルペウスの悲しい琴の音に涙を流すペルセポネーに説得され、ハーデースは、「冥界から抜け出すまでの間、決して後ろを振り返ってはならない」という条件を付け、エウリュディケーをオルペウスの後ろに従わせて送った。目の前に光が見え、冥界からあと少しで抜け出すというところで、不安に駆られたオルペウスは後ろを振り向き、妻の姿を見たが、それが最後の別れとなった。

 

 妻を失ったオルペウスは女性との愛を絶ち、オルペウス教を広め始めた。ディオニューソスがトラーキアに訪れたとき、オルペウスは新しい神を敬わず、ただヘーリオスの神(オルペウスは、この神をアポローンと呼んでいた)がもっとも偉大な神だと述べていた。これに怒ったディオニューソスは、マケドニアのデーイオンで、マイナス(狂乱する女)たちにオルペウスを襲わせ、マイナスたちはオルペウスを八つ裂きにして殺した。


 マイナスたちはオルペウスの首をヘブロス河に投げ込んだ。しかし首は、歌を歌いながら河を流れくだって海に出、レスボス島まで流れ着いた。オルペウスの竪琴も、レスボス島に流れ着いた。島人はオルペウスの死を深く悼み、墓を築いて詩人を葬った。以来、レスボス島はオルペウスの加護によって多くの文人を輩出することとなった。また、彼の竪琴はその死を偲んだアポローン(一説にはアポローンの懇願を受けたゼウス)によって天に挙げられ、琴座となった。

 

「牙城って男と、麻美って女が泊まっていました。増上寺を殺したのは牙城です」と、月島。

「増上寺?」

「ロビーにあったでしょ? 腹から血を流した死体」

「あ〜、あの死体?」

「早くサイコメトリーしてください。そのダイナマイトとかなら出来るんじゃないですか?」

「サイコメトリーするには条件があります。悪いことをさせてください。魔力ってのは悪いことをしないと備わらないものです」

「それじゃあー、女子風呂覗いて来い」

 月島は刑事らしからぬ発言をした。

「分かりましたー!」


 麻美は体をタオルにボディソープをたくさんつけてゴシゴシ洗っていた。

 まさか、大地がパパやママを殺した人間の1人だったなんて……麻美は涙を流した。シャワーのお湯で泡を落とした。

 露天風呂に浸かった。紺碧の海が一望出来た。

 そのとき、脱衣所のガラス戸が開く音がした。入ってきたのはスーツ姿の男だ。

「ちょっと! 何やってんですか!?」

「ウワッ、スゴい胸!」

 麻美はお湯を男にバシャバシャ掛けた。

「出てけ!!」


 今川がオルペウスの間に戻ってきた。ダイナマイトに手を触れた。目をきつく閉じた。しばらくして、「牙城って奴は今、横須賀にいます!」と叫んだ。

 横須賀には月島の警察学校時代の同期、城島じょうじまがいる。ゴリラみたいな屈強な奴だ。

 月島はスマホで城島に連絡をし、牙城を捜索するように頼んだ。

 スマホを切ると、月島が「善光寺ってマジで自殺したのか調べてほしい」と頼んできた。

「人使いが荒いな〜」

「生まれつきだよ」

「ここから先は有料だ」

 月島は財布から5000円札を出して、今川に渡した。

「話が分かるな」

 今川と月島はポセイドンの間に移動した。

 善光寺の遺体には白いシーツが被されていた。

 今川はサイコメトリーしようとしたが、何も頭に浮かび上がらなかった。

「僕を恨まないでくださいね!?」

 今川は月島の顔面にパンチを見舞った。

「てっ、てめぇ! 何しやがる!?」

「気が散るから静かにしてください」

 今川は再サイコメトリーした。

『あなた、労災隠ししてるわよね!?』

 坂東パリスがナイフを片手に持ち、善光寺に詰め寄るシーンが今川の脳裏に浮かび上がる。

 パリスの正体は多額の金を騙し取る偽弁護士だ。

『何のことだ!?』 

『隠しても無駄よ。屏風ヶ浦びょうぶがうらってヘルパーからトイレ交換のときに腰痛になったのに、労災にしてもらえず自腹を切る羽目になって、さらにクビを切られたって訴えがあったの』

 屏風ヶ浦は今じゃ姉小路の腹心だ。

 善光寺は早業でパリスからナイフを奪い取り、彼女の背中を刺した。床の上で痙攣し、金魚みたく口をパクパクしてパリスは死んだ。

『もっ、もう終わりだ……』

 善光寺は枕元のオートマチック拳銃の銃口にサイレンサーを装着し、自らの頭をぶち抜いてケジメをつけた。

 

 牙城は西脇と共にたいげい潜水艦で神津島を脱出した。

 たいげい型潜水艦は、海上自衛隊の通常動力型潜水艦の艦級。先行するそうりゅう型11・12番艦(27・28SS)と同様にリチウムイオン蓄電池を搭載するが、その性能を最大限に活用できるように設計を改訂するなどした発展型として、平成29年度計画より建造を開始した。ネームシップの建造費は約800億円。

 本型は、27SS(2,950トン型)をもとに艦型を3,000トン型に拡大し、リチウムイオン蓄電池の搭載を前提に、最大限に能力を発揮できるように設計されている。


 船体構造における新機軸が、浮架台の採用である。これは諸外国の潜水艦で採用が進みつつある浮き甲板(フローティング・デッキ)と同様の構造により、低雑音化・耐衝撃特性向上を図るものである。


 また、潜水艦への女性自衛官配置制限の解除を受けて、居住区内に仕切り等を設けて女性用寝室を確保するとともに、シャワー室の通路にカーテンを設けるなど、女性自衛官の勤務に対応した艤装が行われている。


 建造開始後も本型に関する研究開発は行われており、各種駆動装置から発生する雑音を低減する新型の駆動装置を開発する『潜水艦用静粛型駆動システムの研究』が行われている。


 本型では、光ファイバー技術を用いた新型の高性能ソナーシステムを装備して、探知能力が向上している。防衛省では、平成18年度より「次世代潜水艦用ソーナーの研究」に着手しており、平成21年度にかけて研究試作を実施したのち、平成20・21年度まで所内試験を実施した。これは艦首型アレイのコンフォーマル化および側面型アレイの吸音材一体面受波器化による開口拡大、光ファイバー受波アレイ技術による曳航型アレイの指向性補償処理による探知能力の向上、信号処理部における探知情報の自動統合アルゴリズムの構築等による異種ソナー間の探知情報自動統合化を図ったものであった。


 本型の魚雷発射管は艦首最前部に集約されており、ここから発射する魚雷としては、最新の18式魚雷が見込まれている。また水雷兵器だけでなく、潜水艦発射型対艦ミサイルであるハープーン・ブロック2(UGM-84L)も搭載できる。国際軍事情報グループの英ジェーンズによると、このミサイルの射程は248キロ、接近すれば対地兵器としても使用可能とされ、敵基地攻撃能力の1つにもなり得る。

 

 牙城は潜水艦内でピラルクーって整形外科医の手によって別人に生まれ変わった。

 どことなく小栗旬に似ていると鏡を見て思った。

「顔が変わったからって気を抜くなよ」

 潜水艦を降りる際、西脇は言った。

 名前は海野邦夫うんのくにおと変えた。本物の海野は姉小路のボディーガードだったが、余計なことに首を突っ込んで処理された。

 横須賀を練り歩いた。

 神奈川県南東部に位置する三浦半島の大部分を占め、市域の東側は東京湾(浦賀水道)、西側は相模湾に面する。東京湾唯一の自然島である猿島も行政区域に含まれる。行政区域内標高の最高点は大楠山の標高242mであり三浦半島の最高峰となっている。それほど標高が高い山はないが、中央部は山間部や急峻な丘陵部(三浦丘陵)が中心で平地は少ない。そのため、古くから海岸線の埋め立てが行われており、現在の中心市街地(京急の横須賀中央駅周辺)も大部分が埋立地にある。また、海岸沿いまで山が迫る地形のためトンネルが多いのも特徴で、神奈川県にある道路・鉄道トンネルのおよそ半数が市内に集中している。直下には三浦半島断層群が所在している。


 市内の行政・経済的都市機能が集中する東京湾岸には大工場や住宅群がひしめきあうが、相模湾岸には自然が多く残され農業も盛んである。市内中心部から東京都心までは京急本線で約1時間の距離で、JR横須賀線では約1時間10分かかる。また横浜横須賀道路など地域高規格道路が整備されており、車では平日朝の通勤時間帯だと東京国際空港まで約1時間、東京都心へは1時間15分程度となっている。


 東京湾の入口に位置するため江戸時代から国防の拠点とされ、大日本帝国海軍横須賀鎮守府を擁する軍港都市(軍都)として栄えた。現在もアメリカ海軍第7艦隊・横須賀海軍施設および海上自衛隊自衛艦隊・横須賀地方隊および陸上自衛隊武山駐屯地・久里浜駐屯地や航空自衛隊武山分屯基地などの基地が置かれており、現在でもかつての軍都・軍港としての名残を多く残す。また自衛隊関係の教育施設(防衛大学校、陸上自衛隊高等工科学校)も置かれている。


 三浦丘陵に位置するため地形が山がちという地理的要因から、今後大きな人口増加は望めないため、「国際海の手文化都市」をスローガンに「交流人口」(仕事やレジャーでの流入人口)の増加、そして「また来てもらえる街」をめざしている。施策として横須賀リサーチパーク (YRP) 開設やよこすか海辺ニュータウンの開発、高等教育機関(神奈川県立保健福祉大学、陽光小学校跡地への福祉系4年制大学)の誘致、海軍カレー、ヨコスカネイビーバーガー(ご当地バーガー)による街興し、異国情緒漂うどぶ板通り、映画撮影や市内が登場するアニメ作品の誘致やタイアップ企画、ヴェルニー公園(1万メートルプロムナード計画の起点)、三笠公園、くりはま花の国、長井海の手公園 ソレイユの丘、横須賀美術館等、観光施設の整備などが積極的に行われている。


 また、基幹産業が景気に左右されやすい重厚長大産業であることが災いして、市民の所得水準が県内では三浦市についで低く(ただし、他都道府県の市町村と比べれば高めの方ではある)、多くの人口を抱えながら市民税の収入が県内でワースト3であり、市の財政は市債と地方交付税に頼らざるを得ない。市債償還が財政を圧迫しており、市の財政は非常に苦しいものとなっている。一時は年間数千人単位の人口減にもかかわらずYRP効果で法人市民税が増加していたが、ここ5年はほぼ頭打ちとなり横ばいである。

 ピロリはハートのQUEENを持っていた。

 ハート以外のQUEENを手にすればカウントされる。今のところは式(クラブとハートのKING)が1勝している。  

 

 牙城はどぶ板通りを歩いていた。  

 もうじきで正午だ。  

 どぶ板通りとは、神奈川県横須賀市中心部にある全長300mほどの通り・商店街である。スカジャンの発祥地として有名。 アメリカと日本の文化が融合した独特の雰囲気を持つ商店街で、市内の代表的な観光地のひとつ。

 第二次大戦前、この通りには道の中央にどぶ川が流れていたが、人や車の通行の邪魔になるため海軍工廠より厚い鉄板を提供してもらい、どぶ川に蓋をしたことから「どぶ板通り」と呼ばれるようになった。その後どぶ川・鉄板ともに撤去された。

 牙城の視界にガラの悪いスキンヘッドが入った。

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