第6話

 6月23日

 介護士の遠藤玲美えんどうれみは、利用者の江波元太えなみげんたとトラブルになり、雇い主の善光寺伝蔵ぜんこうじでんぞうから老人ホームを追い出される。行く当ての無い玲美を、気の毒に思った新人ヘルパーの別所は彼女に現金を渡し、その夜は宇治川近くに建つホテル『ペンギンハウス』に泊まるよう勧める。

「別所さん、いろいろありがとうございます」

 玲美は深々と頭を下げた。別所はどことなく吉川晃司きっかわこうじに似てる。コロナ前にカラオケに行ったときに『モニカ』を歌ってくれた。

「困ったことはお互い様だ。善光寺は鬼だな? 俺、大卒なのに高卒と同じ扱いなんだ」

 そして、別所は玲美に『ペンギンハウス』に泊まることは周囲の人間には言うなと忠告する。

「どうしてです?」

「他のヘルパーたちが君を恨むかも知れない。ここのヘルパーたちは怖いからな?」

「確かに……」

 生沼香美おいぬまこうみって50代の女性ヘルパーは排泄介助の仕方がなってないと、玲美を叩いてきたし、副島俊樹そえじまとしきってケアマネージャーは言うことを聞かない利用者に暴力を振るう。

『ペンギンハウス』にやって来たときは午後7時を過ぎていた。

 オーナーは辺銀ぺんぎんって名前だった。ホテルは寂れていた。建物に隣接する沼にはワニが飼われていた。


 辺銀は泊まりにきた玲美を部屋へ案内する。玲美は自分の腰を擦った。彼女はヘルニアを患っていた。

 野島豊助のじまほうすけって老人の体位交換をしてるときに腰を傷めた。ヘルニアになってから様々な災難が降り掛かってきた。元気だった両親はコロナで亡くなり、玲美は婚約者から逃げられ、仕事まで失うことになった。ヘルニアは英語で『地獄が近い』って意味だ。

「この鬼!」

 突如、辺銀が叫んだ。

 玲美はもしかしたら、彼は九鬼家の関係者なんじゃと思った。玲美の正体は5人組のボス、スピロヘータだ。

 スピロヘータとは、らせん状の形態をしたグラム陰性の細菌の一グループである。門名の由来は『コイル状の髪』を意味するギリシア語σπειροχαίτηをラテン語に音写したもので、古典ラテン語の発音に従えばカナ表記は『スピーロカエテス』である。

 他の典型的な細菌とは異なり、菌体の最外側にエンベロープと呼ばれる被膜構造を持ち、それが細胞体と鞭毛を覆っている。細胞壁が薄くて比較的柔軟であり、鞭毛の働きによって、菌体をくねらせたりコルク抜きのように回転しながら活発に運動する。


 自然環境のいたるところに見られる常在菌の一種でもある。一部のスピロヘータはヒトに対して病原性を持つものがあり、梅毒、回帰熱、ライム病などの病原体がこれに該当する。またシロアリや木材食性のゴキブリの消化管に生息するスピロヘータは、腸内細菌として宿主が摂った難分解性の食物から栄養素を摂取したり、エネルギーを産生する役割にかかわっている可能性が指摘されている。

 スピロヘータは梅毒、回帰熱、ライム病、レプトスピラ症などを発症させる。


 マスコミは九鬼夫妻を悲劇の犠牲者みたいに取り上げたが、とんでもない鬼だった。

 特に和義はクズの中のクズだった。ボーナスを渡す代償として関係を求めてきた。玲美には婚約者がいたから断った。茂木もぎっていう同僚だったが、残業が続いたこともありクモ膜下出血で亡くなってしまった。

 辺銀は必死に逃げようとする玲美を隠し持っていたダガーナイフで何度も突き刺し、彼女の死体を沼へ投げ入れてワニの餌食にする。🐊

「姉さん、1人始末したぞ」

 🌌

 辺銀は星空を見上げた。辺銀は2010年の4月に殺された九鬼彩子の実の弟だ。

 高校時代の友人、別所の協力もあり玲美がヘルパーをしてることを突き止めた。

 別所は江波に金を渡して虐待される演技をさせた。さらに玲美になりすまして、『虐待なんかしてない。おまえたちを訴える』という手紙を善光寺に送りつけて老人ホームから追い出す作戦に出た。

 善光寺は國村隼に似たロマンスグレーだった。

 玲美にクビを告げるときの姿は松田優作の遺作となった『ブラック・レイン』で殺し屋を演じた國村に似ていた。


 続いて旅行中の若い夫婦の車が『ペンギンハウス』の前に停まる。夫の陽太がトイレを借りに行き、妻の路美ろみと、陽太の父親の権蔵ごんぞうも車から降りる。

 陽太たちは伏見にある『ゴージャス伏見』ってアパートに住んでいたがカビが酷いし、隣の部屋の騒音が酷いので『ペンギンハウス』に移り住もうと決めた。

 路美たちが眼を離した隙に、権蔵の飼ってるフェレットがワニに喰われ、半狂乱となった権蔵を落ち着かせるために一家は部屋をとる。


 その直後、玲美を探しに来たマイコプラズマとサルモネラが、部屋をとりに来る。辺銀に玲美の写真を見せるも知らないと言われ、2人は探偵事務所に向かう。

 マイコプラズマは、細菌の一属。真核生物を宿主とする寄生生物で、細胞壁をもたず細胞やゲノムが非常に小さいという特徴をもつ。現在、124種と4亜種が登録されている。

 マイコプラズマ肺炎は発熱や全身倦怠感、頭痛、痰を伴わない咳などの症状がみられる。 咳は少し遅れて始まることもある。 咳は熱が下がった後も長期にわたって(3~4週間)続くのが特徴だ。 多くの人はマイコプラズマに感染しても気管支炎ですみ、軽い症状が続くが、一部の人は肺炎となり、重症化することもある。

 サルモネラは主にヒトや動物の消化管に生息する腸内細菌の一種であり、その一部はヒトや動物に感染して病原性を示す。

 

 トイレから戻った陽太は、辺銀の説得を無視してフェレットを襲ったワニを銃で射殺しようとしたところ、辺銀でナイフに襲われ、ワニの餌食にされる。


 一方、何も知らない路美は、権蔵が落ち着いたので大浴場へと向かう。足の美しい路美に辺銀は次第に彼女への欲情を強め、とうとう大浴場に侵入して中にいた彼女をシャワーカーテンと縄で縛りあげる。悲鳴を聞いて駆けつけた謎の男性は暴行される路美を目撃、男性は持っていた銃で辺銀を射殺した。

 男性は半狂乱で陽太を呼びに出て行く。が、死んだはずの辺銀が、ホテルから出てくるのを物陰から見て息を呑む。

 男性は命からがら物置小屋に逃げこむ。


 路美は後ろ手に縛られながらも浴室を脱出するが、戻って来た辺銀につかまり、今度は部屋に監禁される。直後、ワゴンRで送られたマイコプラズマがホテルに戻ってきたので、一度はあきらめる。建物に近づいたマイコプラズマは男性の声に気づくが、辺銀にスパナで襲われ、沼のワニにの餌食にされる。


 さらに、私立探偵の増上寺ぞうじょうじが恋人の麗を連れてホテルに来る。

「うわっ! ボロいホテル」

 麗は思ったことをすぐ口にする性格だ。

 辺銀の制止も聞かず、増上寺は強引に部屋をとり、麗を連れ込む。

「あのときはあんな口の聞き方してごめんね?」

「何のことだ?」

「親がヒドい名前つけたなんて言って悪かった。名付け親は私なのに……」

「じゃじゃまる、ぴっころ、ぴろり〜」

「それをいうならぽろり」

 増上寺の正体は見張り役のピロリ、麗の正体はサルモネラ。

 

 別室ではベッドに縛られている路美が、縄をほどこうと必死にもがいている。そのときの音がした。騒音でムードを壊されたピロリが部屋の外に出ると、サイレンの音が聞こえてきた。

 パトカーを呼んだのは物置に隠れた男性だった。

 覆面パトカーの後部席から伏見署の江戸川と、府警の近田が降りた。

「ウワッ!」

 池でプカプカ浮いている首を見て近田は驚いた。

 旧友の雷電竜馬だ。祇園って奴からイジメられ不登校になってしまった。さらに、竜馬の正体はマイコプラズマだ。

 物置から男性が出てくる。

「仙道、無事だったんだな?」と、江戸川。

 男性の正体は仙道徹也だった。

 メロンって最初聞いたときは猫か犬かと思ったが、あのオバサンの娘だった。『ゴージャス伏見』ってアパートから行方不明になっているらしい。

 メロンは『ペンギンハウス』に勤務していたのだ。

「メロンは見つかったか?」

「まだです」

 

 

 

 

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