第7話

 麻美は冷やし中華を作った。琵琶湖疏水近くの大地のアパート、3階から見る夜景は素敵だった。

 皿全体に麺をなだらかに盛り、具として細切りにした、蒸し鶏、カニカマ、錦糸卵、キュウリとトマトを放射状に彩り良く配し、ゴマだれをかけ、薬味として辛子を添えた。

 大地は最近、食欲がないらしい。

「胃薬でも飲んだら?」

 麻美は残間の顔を思い出した。どことなくケンドーコバヤシに似ていた。彼からもらった銃は未だに使えていない。

堂ヶ島どうがしまってオッサン、タバコくせーんだよな。だから殺した』

 大地は養父の和島が経営する派遣会社『エボリューション』に勤務していた。確か英語で革命って意味だ。

「仕事は順調なの?」

 麻美はお茶碗にご飯を盛りながら言った。大地の家の炊飯器は最新式だ。食欲ないって言うから少な目にした。自分には多めに盛った。

「うん。このまえ、バーベキューをやったよ」

 テレビでは健康番組をやっていた。司会者は坊城ぼうじょうポップっていう芸人だ。  

 コロナについてやっていた。

『COVID-19 による症状は、人によって異なりますが、ほとんどの感染者では軽度から中等度の症状であり、入院せずに回復します。最もよくある症状としては発熱、咳、倦怠感、味覚または嗅覚の消失。

時折みられる症状は、喉の痛みや頭痛、下痢、皮膚の発疹、または手足の指の変色、眼の充血または炎症などです』

「あ!」

 大地が急に大声を出したので麻美は驚いた。

「急に何?」

「いや、会社に忘れ物したかも知れない」

「何を忘れたの?」

「ボールペン」

「びっくりさせないで」

「ゴメン。麻美が作る料理は本当に美味しいな」

 健康番組が終わり、ニュースがはじまる。宇治川近くのホテルで起きた事件についてだ。この事件の被害者は3名。雷電竜馬、遠藤玲美、青木陽太。3人とも池から死体が見つかった。青木って奴は銃を手にしていたらしい。監禁されていた青木の奥さんは入院したらしい。相当、精神的に参ってるはずだ。

 この事件の犯人はホテルのオーナー、辺銀和之ぺんぎんかずゆきだ。事件を目撃した刑事の話では逮捕された辺銀は刑事に1度撃たれたのだが、ゾンビみたいに蘇ったらしい。

「マジかよ?」

 大地の右の頬にはご飯粒がついている。

 麻美は取ってあげた。

「ありがと」

「早くワクチン打ったほうがいいよ。ゾンビになる前に」

 姉小路公知プルートの出現により、コロナはかなり進化してしまった。

「電話してんだけどさ、全然繋がんないんだよ」

「時差出勤とかしてるからね〜」 

 大地は突然、涙を流した。

「どうしたの?会社で何かあったの?」

「最近、高校時代の友達を亡くしてな?いい奴だったけどバイクに轢かれたんだ」

「可哀想に」

「麻美も事故には気をつけるんだぞ」

「うん。ご飯片付かないならさ〜早く食べちゃってよ」

「ヒドっ、この状況下で……」

 

 茶碗を洗ってると突然、大地に背後から抱きしめられた。

「急にどうしたの?」

「いい匂い」

「洗剤変えたんだ」

 外で雨音がしている。

「結婚したい」

「……」

 麻美は困っていた。私の手は汚れている。大地を苦しめることになるかも知れない。

「何で黙るの?」

「私、まだ学生だよ?」

「俺はもう35だ。早く両親を安心させたい」

「ご両親は元気なの?」

「うん、実家は鹿児島なんだ」

「桜島で有名ね」

 食器を洗い終え、リビングのソファでおしゃべりした。

「桜島って毎回噴火してるんだ」

 大地は麻美の肩を抱き寄せた。

「ふ〜ん、長渕剛って鹿児島出身だよね?」

 麻美はロックが好きで、長渕だけじゃなく矢沢永吉や布袋寅泰なんかも聴く。

「『ひまわり』とか『とんぼ』とか有名だよね?お盆には君を鹿児島に招待するよ」

 麻美はこの幸せがずっと続いたらいいのにと思った。


『西園寺食品』は嵐山の麓にあった。シャトルバスから降りて、大地は工場の敷地内に入った。タイムカードを専用の機械に入れる。ピピッ!と、電子音が鳴り緑色にランプが光る。男子更衣室に入り作業着に着替える。上が青、下が白。『半分青い』って連続テレビ小説を思い出した。永野芽郁が主演だった。

 高峰たかみねって豚みたく太った奴が入ってきた。

「牙城君、おはよう」

 大地と同じ『エボリューション』の派遣社員だ。

「おはよう」

「朝ご飯何食べたの?」

「卵ご飯にシーチキンサラダ、みそ汁」

「卵なんて見たくもない」

『西園寺食品』ではマヨネーズを作っている。

 高峰は南城なんじょうって中年から殴られたり蹴られたりしていた。

「掃除のやり方が雑なんだよ!」

 それに逆上した高峰は、南城の腹を仕事中に包丁で突き刺して殺した。

 工場内の牙城たちは夜8時までに解放されたものの、工場長の矢島雷蔵やじまらいぞうだけは取り残されてしまった。60歳近い太っちょだ。高峰は警察内部の5億円の裏金の引き渡しを要求する。高峰はかつて刑事だったそうだ。高峰の上司の話では部下に銃を突きつけたり、遅刻を繰り返すから懲戒解雇にしたらしい。

 機動隊も出動し、ベテラン隊員の原雅也はらまさやはガス銃を準備した。M79グレネードランチャーを模倣して開発された。暴動鎮圧の際に使用し、ガス筒(催涙ガス弾)を発射する。弾が群衆の中に上から飛び込むよう、打ち上げるのが正しい用法。直接照準(水平撃ち)したものが人に当たると、箇所によっては内臓破裂、眼球破裂、頭蓋骨陥没など重大な傷害を与える可能性があるため、水平撃ちは原則禁止されている。

 矢島を助けるべく京都府警の近田は、単身工場内に潜入するが、エアー室に苦戦する。作業室に入る前に30秒手を洗わないと自動ドアが開かない。手洗いをすませ、エアーを浴びた。メチャクチャ寒い。

 警察上層部は裏金なんて知らないの一点張りだ。

 タイルに転がってる矢島の血塗れの死体に、近田は吐き気を覚えた。

 頸動脈を切られていた。

 高峰の作業着は返り血で真っ赤だった。高峰は右手に包丁を握っていた。

「南城の死体は?」

「冷凍庫の中だ」

「休み時間は昼休みだけだし、鳥のウンコは洗い落とさないといけないし。ハワイ旅行だって正社員だけだ!」

「我々も今年はコロナで旅行には行けないよ。遅刻はいけないよ。それから、部下に銃を突きつけるのもね?」

「言う事きかねーからしつけてやったんだ。たかだか5回寝坊して何が悪いんだ」

 どうしょうもないクズ刑事デカだったようだ。

 観念したのだろうか高峰は包丁を捨てた。

「どうしてこうなったんだっ!!」

 高峰は泣き叫んだ。

「うるせーよ」

 近田は無抵抗な高峰の頭をリボルバーで撃った。

 近田はこのときを待っていた。妻の正体は結婚詐欺師だった。宝くじで儲けた金も全部盗まれた。こんな時代に未練なんてなかった。

 ジャケットからイズミを取り出した近田はノックを押した。


 近田がやって来たのは2040年の6月だった。

『西園寺食品』は研究所に変わっていた。夜間だったので人気があまりない。目覚めたところがトイレだったのも幸いした。リボルバーはタンクの中に隠した。

 最難なことにテロリストが研究所内に侵入した。

 テロリストは3人。3人とも防護服とガスマスクを装着してる。近田は大学時代、マラソン選手をしていたこともあり、走るのは得意だ。一応、防弾チョッキを着てきたが、銃はタンクに残すことにした。トイレに戻ってる時間はない。

 マッチロック(火縄式)、フリントロック(燧発式)、パーカッションロック(管打式)といった薬莢を使用しない銃は水に弱く、湿ったり水に触れては使い物にならない。

 しかし、1812年にフランスのジャン・サミュエル・ポーリーによって弾と装薬が一体化された金属カートリッジが発明されて以降、弾薬の防水性能が飛躍的に向上した。

 現代の弾薬は装薬を薬莢内に封じ、弾頭がフタをする状態となっているため一定の防水性能を持っている。

 たとえ銃を水没させても、それを拾い上げて射撃することは可能だ。

 研究所は材料科学をはじめ、天体物理学、原子核、基本粒子および基本相互作用の研究活動に従事している。他の活動には国家級の材料研究、原子炉、レーザー、核磁気共鳴その他など高度な手段を用いて達成している。

 階段の手前で男性研究員に遭遇した。

「おまえ、何者だ!?」

 話してる暇はない。近田は研究員からカードキーを強引に奪った。

 テロリストの1人がサブマシンガンをぶっ放した。研究員は蜂の巣になった。

 サイレンがけたたましく鳴り響いている。

 カードキーを使いクリーンルーム内に入った。

 脇坂わきさかって白髪頭の博士は「テロリスト、出てけ!」と叫んだが、近田は警察手帳を見せた。

「潜入捜査って奴か?」

 テロリストはカードキーがないのでクリーンルーム内に入れない。例の奴がサブマシンガンでドアを壊そうとしたが防弾ガラスた。

「どことなく息子に似ているな? 今頃どこで何をしてるのやら。昔は釣りに連れてったりしてたんだが突然口を聞かなくなってな……」

 近田は脇坂に気に入られて、透明になる不思議なジャケットをプレゼントしてくれた。見た目は何の変哲もない黒のジャケットだ。 

「頑張ってくれよ?」

 近田はジャケットを着た。

「バッチリだ」

 と、脇坂。

「博士、肩凝ってません? こう見えても昔、マッサージ屋で働いてたんですよ」

「じゃあ、頼もうかな?」

 脇坂は背中を向けた。近田はマッサージをするふりして首を絞め上げた。

「グゥッ……何をする!アッ、アァァァァ!!」

 脇坂は血の泡を吐いて絶命した。

 近田はイズミのノックを押した。

 

 

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