最終話 翼あるもの
秋の午後、「古城」の店内は賑やかだ。
女性の二人連れやカップルが、クリームソーダなどを注文している。
「懐かしいモンを頼むんだな」
冬馬は驚いた。
クリームソーダなんて子供の頃にオーダーしたきりだ。
「純喫茶ブームなんだと。ここも、平日だからこんなもんだけど、土日は満席だよ」
「マジ? すごいな」
カウンターでは若いマスターと妻がきびきび動いている。店が息を吹き返し、息子が跡を継いだらしい。
光はコーヒーを飲みながら、
「コウがさ。俺が帰るとき、パパ、また来てね、って手を振ってくれるんだ」
嬉しいもんだな、と光は破顔する。
「よかったな」
光輝の祖父と、二歳違いの父親とが喜びを分かち合う。
共に五十代を迎えていた。
光輝はすくすく成長し、四歳の今は保育園に通っている。
米の配達がてら渡会家を訪ね、光輝と一時間ほど遊んでいく、光には至福の時間だ。
こんなこと、五年前には夢にも思わなかった。
何故、美咲の願いを受け入れたのだろう。
冬馬の幸せなんて知ったこっちゃなかったが、「親が変わらなければ」という言葉は響いた。
冬馬は娘の選択を尊重し、出産にも賛成した。
同性を愛することで苦しんだ美咲に協力してみるか、という気になったのだ。
俺の息子だ、と光輝を連れて行くと、母も弟夫婦も仰天した。母親とは良好な関係でトラブルの恐れはないと知ると、なんとなく受け入れてくれたし、二人の甥は手放しで喜んだ。
「こんにちは」
光の甥たちが店にやってきた。
上の
どちらもコウちゃんのじいじが来るのを楽しみにしているのだ、「古城」でおごってもらえるから。
「コウちゃんは?」
康人が尋ねる。
「今日は来てない、また今度ね」
「うん」
康人は弟が欲しかったそうで、光輝をとてもかわいがっていた。
幸男はクリームソーダ、康人はチョコパフェを注文し、嬉しそうに平らげる。
学校であったことを、康人が冬馬に報告する、学校生活が楽しいようだ。一方の幸男は口数は少ない。来年は中学生、はじめて会ったた時はピカピカの一年生だったのに、子供の成長は早い、とつくづく思う。
光輝はどんどん美咲に似てきた、たまに光の面影があってハッとするし、ごくまれに自分自身を見ることも。
俺と光、凪子。「いつまでも三人で」なんて幻想に過ぎなかったが、光輝の中には間違いなく俺たちがいる。
いつか光輝が出生について疑問を抱いたら。
誕生を待望され、愛されて育ったことを話してやろう。その時もう自分がいなかったら、美咲や真帆が、きっと光も。
離婚に続いて美咲がシングルマザーになり父は激怒したが、光輝に会うと夢中になった。男児だからなおさらだ。
昨年、父は他界し、三代続いた不動産会社を冬馬は廃業した。今は雇われの身、経営に頭を悩ませることもなく気楽になった。
香苗は結局、父の葬儀に顔を出さなかった、そもそも連絡が取れなくなっていたのだけれど。
「またな」
「古城」の前で三人と別れ、冬馬は駐車場に向かう。
今日も抜けるような青空だ。
頭上を見知らぬ鳥が舞っている。
冬馬は、ふいに気づいた。
俺は、鳥だったんだ。
その気になれば、きっと光のそばに飛んでいけたはず。
たぶん俺は、鳥だと気づくのが怖かった、飛べないと信じていたかったんだな。
高く澄んだ空、自由に飛びかう鳥。
あの頃、青空を悲しいと思ったが、今は違う。
俺は、光と同じ空の下で生きている。
(了)
2022.10.29
【あとがき】
「モアザンワーズ」のラスト、美枝子と娘が川べりを手を繋いで帰っていきます。たった今、「子供に会いたい」と訪ねてきた、自分たち夫婦が裏切った男と別れたところです。
なんなの、これ。
目を疑う、とはこのことでした。
さんざん彼を苦しめておいて、何食わぬ顔で平和な家庭生活に戻っていく。
こんなの嫌だ、と、本作を書く原動力になりました。
娘が、思い通りにならなかったら、どうなるか。
「(この結婚が)いつまでもつかな」というシニカルな感想を目にして、やはり離婚だ、と決めました。
凪子も一度はいい思いをしたのだから、最後は男二人がほんのり幸せでもいいじゃないか。
いろんな感想に助けられ、思いのほか長い話を書けました。
「モアザンワーズ」をさんざんこき下ろしてきた、と思われるかもしれませんが、不満があるだけでは、わざわざこんなに書きません。
いろいろ考えさせられる作品で、自分なりの解釈を加えて書き足したい思いが募りました。
好きな場面もたくさんあります、特に第5話「まぶしい思い出」が書けたことには感謝しています。
さて。
実はまだ、あとがきに書き切れなかったことがあります。
次回は【総括】を書いて、今度こそ終結させます。
よろしければ、どうぞお付き合いください。
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