第8話 二人と一人

 お披露目パーティはレストランを貸し切り、二人の友人、マイノリティが集まり、温かい雰囲気の中で開かれた。

 純白のドレスに身を包んだ美咲。

 輝くばかりの姿に、冬馬は胸を熱くした。

 心から望んだ相手と結ばれるのだ、性別がなんだ。

 光を思い出し、どうしても胸が痛む。

 再会し、和解したものの、冬馬は釈然としない、凪子みたいに、光とはこれで終わり、人生は進む、とはいかないのだ。

 光はどうしているのだろう、俺の娘がレズビアンだと知ったら、どんな反応をするのか。


 冬馬は初めて真帆の母親、波留はると顔を合わせた。グレイヘアのボブに留袖。六十代後半には思えない若々しい雰囲気だ。波留は微笑み、

「若いお父様なんですね」

「若気の至りでして」

 冬馬とは二十年ほどの年の差があった。

 長年、教師を務め、今はボランティアで子供たちに勉強を教えているという。

 真帆の母親だけあって、さばさばして気持ちのいい女性だった。


 美咲が家を出て半年あまり。凪子は相変わらず冬馬とは最低限の会話しかしない。

 美咲たちが来るから家にいてくれ、と伝えていたが、凪子は朝から出かけてしまった、会う気ゼロなのだ。

「仕方ないですよ」

 真帆は気にも留めないようだ。

 しばし談笑の後、美咲は真剣な顔になり、

「パパ、お話があるの」

 結婚宣言以来の、改まった口調だ。

「私たち、子供をつくろうと思ってるの」

「私も美咲の子が欲しいです。できる限るサポートしていきます」

 精子バンクは現行法では利用できない、自力で精子提供者を見つけるしかない。

 真帆の友人が協力してくれるとのことだった。

 子供が将来、父親を知りたいとなったとき、身元を明かしてもよい、その条件も呑んでくれ、親の承認もとっている。

「いいと思うよ、準備も出来ているんだね」

 冬馬は静かに言った。

 驚かなかったと言えば嘘になるが、二人の選択を尊重したい。

「私、ずっとお母さんになりたかったの」

 夢が叶う、と美咲は嬉しそうだ。

「少しずつ、子供を持つカップルが増えてきてるのよ」

「私の友人にもいます。使えないダンナと違ってワンオペ育児にはならなくて快適だって」

「男は使えない、か」

 真帆の言葉に冬馬は苦笑した。

「男性の育児休暇が取りやすくなってきたけど。『取るだけ休暇』って言われてるんですよ」

 真帆が渋い顔になる。

 夫が育休の間、何もできずゴロゴロして終わるのを「取るだけ休暇」と呼ぶそうだ

「育休は私は取れません。その代り、有給休暇をためておいて、美咲をサポートします」

 真帆の真剣な声に、冬馬は、

「私も、できるだけ手伝うよ」

 本当は凪子が手を貸してくれたら心強いのだが、当てにできそうにない。


「ピアノがあるんですね」

 真帆が目を輝かせた。

「弾いてもいいですか?」

「どうぞどうぞ」

 美咲が幼い頃、凪子は張り切って習わせ、ピアノも買ったが、肝心の美咲はさっぱり上達しなかった。

 しっとりした調べは冬馬にも聞き覚えがある。「別れの曲」だったか。

「すごい、真帆。ショパンが弾けるなんて」

「これ一曲だけ、どうしても弾きたくて猛練習した」

「私なんかすぐ挫折しちゃった」

 凪子は美咲にピアノ、バレエ、スイミング、と色々習わせた。泳ぎだけはなんとかこなしたが、他はダメだった。凪子は、自分が習えなかったから、と美咲に強要したが、美咲には負担で、早々にギブアップ。

「三人って難しいですよね」

 ピアノの上の写真を目にして、真帆が言う。幼い美咲と両親の写真。

「どうしても二対一になってしまう」

 真帆が言及したのは、冬馬と光のことらしかった。


 美咲は冬馬から光の話を聞き、眠れなくなった。翌日、真帆に泣きながら訴えた。

「私、生まれてきちゃいけなかったのかな」

「なに言ってるの、怒るよ」

「だって、私のせいで、パパは恋人とダメになった」

 母は、光という男性から父を奪ったのだ、その母の娘であることは罪?

「美咲と出会えて、私がどんなに幸せか、美咲は分かってないんだね」

 真帆は美咲の目をまっすぐに見た。

 大学生だった美咲がバイトとして自分の元にやってきた、ひと目で恋に落ち、徐々に接近。美咲も同じ思いだと知った時の歓びを、今も忘れない。

「美咲がいない人生なんて意味がない、美咲を生んでくれたご両親には、いくら感謝してもしきれないよ」

 だからそんなこと考えるな、と真帆は美咲を抱きしめた。

 それにしても、と真帆は思う。

 光という男性、どこでどうしているのだろう。

 元気で、幸せでいてくれるといいのだけど。


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