第9話 打開策

 出口のない日々が続いた。

 年末年始をそれぞれ実家で過ごした三人は、年明けになって、あれこれ話し合ったが、妙案は出なかった。

 冬馬は父から、光と別れたんだろうな、と詰問され、

「もう少し待って」

 と応えるしかなかった。

「卒業までには、ちゃんと別れろ、いいな」

 そう宣告された。

 冬馬が大学を卒業し、隣町の実家に通って家業を手伝う。このマンションに住み続けることは許されたが、光の出入りは禁止、それが父の言い分だ。

 春になったら、三人での気ままな暮らしはできなくなる。少なくとも光は、ここに住み続けることはできない。

「実家に戻ろうかな」

 家業の米屋を手伝いながら、時々、冬馬と会う。どこで?

 おそらくホテルだ、そう思うだけで落ち込んでしまう。


「偽装結婚ってどうかな」

 凪子が突然、口にした。

「偽装って」

 冬馬も光も凪子を見つめる。

「平たく言えば嘘をつく」

 凪子は淡々と続けた。

「冬馬と私が結婚したことにするの。もちろん口先だけだよ、届けは出しました、って言えば信じてもらえるかも」

 冬馬も光も黙ってしまった。

「うまくいくかな」

 光は不安そうだが、凪子には勝算があった。

「私、冬馬のお父さんたちに受けがいいから。急にい知らない女性と結婚する、というよりは真実味があるよね」

 と凪子は言う。さらに、

「結婚届を書いて、お父さんに見せたらどうかな。これから提出します、って」

 もちろん実際には出さない、ただ「結婚しました」と嘘をつくより本当ぽい。

「二人で暮らすことにした、けじめをつけて結婚するって言えば?」

 冬馬は二十三歳になり、来月は卒業だ、タイミングとしても説得力がありそうだ。

 冬馬は髪を黒く染め、凪子を連れて実家に行った。

 日曜の午後で、休日受付に書類を出す、と偽り帰宅するという計画だ。

 上手くいきますように、と祈りながら光は二人を送り出したが、夜になっても冬馬たちは戻らす、今夜は実家に泊る、と連絡を受けた。


 翌日、冬馬から話を聞いて、光は蒼白になった。

「どういうこと、結婚したって」

 確かに婚姻届を目にして、父は大喜びし、母も笑顔になった。

「これから提出してきます」

 冬馬は立ち上がろうとして父に引き留められた。

「めでたい日じゃないか、飲もう。今夜は泊っていきなさい」

 一夜明けると、父は一緒に区役所に行くと言い出した。感激の瞬間を共に迎えたいと。

 どうすることもできなかった。

 冬馬と凪子の婚姻届は、正式に受理されてしまったのだ。

「そんな」

 俺はどうなるんだ、と光は訴えたが、

「大丈夫だよ、離婚届を出せば元通りだ」

「そうだよ、光。私、バツイチになっても平気」

 二人は光をなんとか落ち着かせようとしたが、どこか態度はぎこちない。


 春になり、冬馬は父の会社に入社した。

 ある週末、光が留守番をしていると、チャイムが鳴った。冬馬たちかとドアを開けると、冬馬の父が立っている。

「なんで、いるんだ」

 冷たい声で光は責められた。

「俺。凪子の友達だから」

「友達? うちの嫁にも近づくな」

 と、手を出した。

「合鍵持ってるんだろ。返しなさい」

「自分で返します!」

 光は、部屋を飛び出した。


「おじさん、ひどいよ。汚い物でも見るように、俺を」

 帰宅後、冬馬に口惜しさをぶつけたが、冬馬は、

「ごめん。でも俺たち、別々に暮らす方がいいかも」

 と言い出した。

「このままじゃ怪しまれる。部屋代はなんとかするから、別の所に越してくれないかな」

 俺から会いに行くから、という冬馬の言葉に光は打ちのめされた。

 それじゃ俺はただの愛人?

 法律上、凪子は正式な妻になってしまっている。

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