お騒がせいたします


私の実家って、隣のB市なんです。なんも無いところでしょ。最近は空き家も増えまして、凄く寂しいところになりました。


先日、仕事もちょっと落ち着いたんで、大学を卒業してから初めて実家に帰って1泊することにしたんです。


その日は母も休みでした。


さっきも言った通り何も無いところなんで出かけるのも面倒だし、リビングで寛いでいたんです。


母と世間話していると、インターホンが鳴りました。

周りが静かだからやけに大きく聞こえましたね。


対応しに行った母の笑い声が気になり顔だけ廊下に突き出して、客の姿を見た瞬間、鳥肌が立ちました。


元々150cmと小さな身長の彼女ではありますが、それを加味してもあまりにも大きな人…が玄関の外にいました。

黄土色の着物に茶色の袴を締めた時代錯誤な格好よりも、私がゾッとしたのはその人の容姿でした。


肌の色が土色で、異様に長い手にはびっしりとイボがありました。

首はなく、着物の衿から

直接平べったい頭がにょきっと生えてるみたいにあって…

とにかく全体のバランスが悪いんです。


そんな人…人と言っていいか分かりませんが、そんな奴と母は笑顔で会話をしておりました。


奴は風呂敷に包まれた何かを母に渡し

しゃがれた声で

「長らくお騒がせ致しますが、よろしくお願いします。」


と言って去りました。


扉が閉まると母は私を見てどこか諦めたように笑いました。


「何、もらったの?」

尋ねる私に母は無言で、風呂敷の結び目を解きました。


「え?何これ…ひっ!」


植物の蔓で複雑に編まれた小さな籠の中に、ブンブン飛び回る肥えた蝿が一匹いたのです。


「きっと、ご挨拶のつもりなのね。

人間と同じことをして、自分たちの権利を主張しているの。毎年のことだから慣れたわ。」

「そ、そんなもの突っ返せば…!」


母はキッと目だけで私を睨みました。

そして、目を伏せて言いました。


「冴木さん、加茂さん、明智さん…覚えてる?」


「え、あ、うん。もちろん。」

「その人の家、見た?」

「見たというか、前を通ったけど、誰もいなかった…。」


私はここで、母の意図が分かりました。

唐突に出した近所の人の名前、

その人たちの家に人気がなかったことを思い出させるようした質問。


繋がって導き出された答えに

私は絶句しました。


「今はもう、空き家になっちゃったわね。」


ポつりと母は言いました。


「だから、包みは必ず受け取ってるの。蝿は逃がさないように叩き潰して包んで捨ててるの。」


結局あれが何か分かりませんが、

その日の夜に蛙の合唱があって、翌朝のニュースが梅雨入りを伝えてました。


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