怒りの矛先


社会人5年目の八瀬は、仕事が板に着いてきた青年である。


新人当初は俯き歩くだけであった帰路に

お気に入りの町中華を見つけていた。



今日も店のカウンター席でラーメンをすすりながら、天井近くの棚に小さく押し込まれたテレビを眺める。


バラエティの合間に、ニュース番組が流れはじめた。


3つほどピックアップされた内容を

男性アナウンサーが淡々と話す。


1つ目は動画配信者による不法侵入のニュースだった。


なんでも、無許可で深夜に建物に入り、動画撮影をしていたという。


配信者の顔を見て八瀬は顔をしかめた。


八瀬は元々、ホラーやオカルトといった類のものが好きなのだが、

その配信者というのは心霊スポットを揶揄したり、悪ふざけするといった悪質な内容の動画を投稿していたので、

動画が話題になる度に、己自身のプライドをにじられている気がして腹立たしかったのだ。


今も、奴の動画のハイライトが流されて、

廃墟となった家屋の壁にHappyだのなんだの書かれるのを、苦々しい面持ちで見ていた。


その家は有名な廃墟で、過去に一家殺人事件という痛ましい事件が起きている。



「許せない!!」


突然の怒りの声は、八瀬によるものでは無かった。

彼が振り向いた先の小さな赤いテーブルに、ちょこんと座った女が、机を叩きつけている。



「私わねっほんとああいうの許せないの!

 心霊スポットなりパワースポットなり、

 ちゃんと敬意をもって、入らせていただきますって、そんな気持ちがないとダメなの!

 心霊スポットはねっ聖域なんだよ!

 全てに敬意がいるんだ!」



激しく叩かれる机、ガチャッガチャッと鳴る調味料。


八瀬は彼女に共感しつつも、それ以上に

やばい人が居るもんだと慌てて麺を胃に詰め込んだ。


ニュースは2つ目に移り、国会の様子が流れている。

それでも女は止まらない。


「敬意、敬意よ!

 尊敬が足らないの!信じられない。

 聖域にも、私にも!あいつらだって!

 何事もね、敬意が必要なの!

 う、や、まえ!

 こんななら、なんのために!」


バァンと叩きつけられた机。

その音にかき消されるかいなかというぐらい低い声で女は言った。



「せっかく

 あの家を聖域にしたって

 いうのに...。」



不気味なほどの静けさに、

八瀬は恐る恐る振り向いた。



そこに、女はいない。


唖然とする彼の耳に最後のニュースが飛び込む。



『連続殺人犯として死刑判決を受けていた

 〇川×子の刑が今日執行されました。

 彼女は家族ばかりを狙った連続殺人を

 行い...』


テレビを見てまた、八瀬は言葉を失った。



映し出された〇川×子の写真。



それは、つい先程まで机を叩き、声を荒らげていた女、その人だったのである。








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