彼を求めて
どういった類の話になるのかは分からないのですが…と、苦悶した顔で話すのは、Fさんという女性だった。
「数年前…の事なんですが…」
彼女は1人で和歌山県を旅行していた。
夜道を駅に向かって歩いていると、声をかけられた。
そこに居たのは美しい顔立ちをした青年で、ひと目で恋に落ちた。
彼は微笑をたたえたまま、何も言わない。
だけれども、Fさんはついてこいと言われている気がした。
心弾むままに近寄ると、さささっと離れる。
近寄ると離れる、これを何度も繰り返すのに、彼は微笑むばかりで逃げはしなかった。
こうなると意地でも捕まえたくなって両手を伸ばし追いかけた。
声も枯れ、視界がぼやけたところで
ああ、もう自分は死ぬのだろうかと意識が遠くなったところではっと正気に戻った。
彼女はなんと、真昼間のスクランブル交差点に居たのだ。
まわりが自分を見る目の冷たさから、つい先程まで自分が声を上げ手を伸ばしながら歩いていたことを察した。
青年に出会った日から3日も経っていたという。
いわく付きのところをまわったわけでも、禁忌を犯した訳でもない。一体なぜこのような目にあったのかが分からない。
「正気に戻ってなかったら、私、どうなってたんですかね。」
Fさんは身体を震わせた。
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