フミちゃんのお母さん


高校生2年生の洋子(仮名)さんには、

今は亡き3つ歳が離れた姉の真紀子(仮名)さんがいた。


彼女は年齢の割にかなり大人びていた。


それが強く感じられたのは真紀子さんがお母さんと関わる時だった。




洋子さんが小学校3年生の時。


まだ小学校6年生の真紀子が夕食を作っているところへ、仕事から帰ってきたお母さんが、

「ただいま!今日はなあに?」と擦り寄るのだ。


この、夕食を作るというのは、

真紀子さんが少学校に上がってから

率先してやっている事で、

これ以外にも掃除に洗濯というのを

誰に教えられたわけでもなくテキパキこなしていた。


仕事が大変だったことや夕食の献立を聞くお母さんに、真紀子さんは

「フミちゃんだめよ。ほら、火がついてて危ないでしょ。」と、文代という名前である母を愛称で呼んであしらう。


一般的に見ればおかしなこの光景も、

洋子さん宅では当たり前の光景だった。



自分の家が他とは違うと知った洋子さんが

お父さんに、

「お母さん、お姉ちゃんに甘えすぎじゃないかな。」と聞いたことがある。


すると、お父さんは

「お母さんは、まだ小さかった頃に自分のお母さんと死に別れたから、お姉ちゃんにお母さんの姿を重ねてるのかもね。もう少し見守ってあげようね。」と教えてくれたそうだ。



洋子さんにとってはお母さんが母親なわけだから、お姉さんにべったりなことに面白くないと感じていたらしいが、このことを聞いてから、

お母さんがお姉さんに甘える姿を見る度、少し胸が締めつけられるような思いになった。




洋子さんが小学校6年生に上がってすぐの頃、

洗濯物をたたむ真紀子さんの隣にお母さんが座り

じゃれることなくタオルをたたみ始めた。


「フミちゃん、私がたたむからいいよ。」

優しく言うお姉さんに、お母さんは

「うーん。こっちのたたみ方の方が取りやすいから。自分でたたむからいいよ。」と返した。


いつもとは違う、家事を黙々とこなす母親の姿以上に、洋子さんをぎょっとさせたのは

お姉さんの今まで見た事もない、泣きそうな顔だった。



その次の朝、真紀子さんはベッドの上で亡くなった。

まるで眠るように穏やかな顔だった。


泣きわめくお母さんをお父さんがなだめ、

救急車に連絡したりと朝からバタバタしていた。


家に戻ったのは夜遅く。


お姉さんが亡くなったことを受け入れられなかった洋子さんが向かったのは、彼女が今朝まで寝ていた子供部屋だった。


部屋に入ってすぐ、勉強机の上にある、3つの封筒が目に入った。



一つ一つに、孝さんへ(父の名前)、フミちゃんへ、と名前が書いてあり、そこには、洋子ちゃんへ、という自分宛のものがあった。



朝にバタバタしていたのもあったが、

手紙の存在に気づかなかった。


これは、いわゆる遺書であろうということが読む前から分かる。


お姉ちゃんは自分が死ぬ事が分かっていたのか、という疑問で混乱しつつ、手紙を広げた。



中学生とは思えないほど、達筆な字で書かれた文章。


姉としてというよりは、もっと大きな愛情で包むような、そんな温かみのあるものだった。


『勉強はしっかりね。』


『貴方のやりたいことをしてね。応援してるから。』


洋子さんの背中を押すような言葉が続く。


そして、2枚目をめくった。


そこにはこうあった。




『フミちゃんは、私が連れていきますから。』




お母さんを連れていくとはどういうことか。

まさか…


全身の毛が逆立ち、洋子さんは手紙を放り投げてリビングへと転がり込んだ。



そこに居たのは、冷蔵庫の前で立ち、驚いた顔で洋子さんを見るお母さん。


お母さんはにこりと笑って洋子さんに歩み寄り、

「美味しいお弁当買ってきたから、とりあえず食べようか。」と強く抱き締めた。





洋子さんの心配をよそに、お母さんは今も元気で働いている。


あの、連れていく、という不穏な文章の真意は分からないが、

お姉さんが亡くなってから、甘えん坊で子供っぽい“フミちゃん”はお母さんの中からいなくなったという。



だけれども、最近は受験がどうのと口うるさいものだから、フミちゃんが戻ってくれないかな、と時々思ってしまうそうだ。

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