霊媒師勝川さんの話【前編】



「こんな仕事に就いておいてなんだけど

 怪談というものがどういうものか分かってないんだ。

 だから、ただ、私の体験談を話すって感じになるけれど、いいかい?」


霊媒師をしている勝川(かちがわ・仮名)さんはこう前置きして、今までに体験したなかで印象に強く残っているお祓いの話をしてくれた。



今から十数年前のこと。


依頼主は五十代男性の坂東(仮名)さん。

彼からの依頼は公衆電話でされた。


すっかり携帯電話が普及していた頃だから

久々に見る非通知の番号にドキッとしたそうだ。


それに加えて、弱々しいのに変に明るい調子の声で喋る彼に、一抹の不安を覚えたという。


依頼内容は、自宅でラップ音や話し声がするため、その現象を引き起こしている何かからのメッセージを聞きたいというものだった。


『分かりづらいと思いますが、

 ××通りの裏を入ってすぐ近くにある

 海老茶色の平屋建てが私の家です。』



では、3日後の昼にお邪魔しますとか、そんな風に返事をして電話を切った。


相手の会話の相槌の仕方と、電話越しに伝わってくる雰囲気で、数分だけの通話でいたく疲労した。





約束の日に教えられた道順で坂東宅を訪れた勝川さんは、出迎えた男の容姿を見て息を飲んだ。



骨が浮き出るほどがりがりにやせ細り、

落窪んだ目は白くにごっていた。


頭髪ははげあがって、とても五十代には見えなかったという。



“来てくださってありがとうございます!

 よろしくお願いします。”


坂東さんは目をぎらりと輝かせながら言った。


彼に促され玄関の前に立った瞬間、

独特の違和感に襲われた勝川さん。



「サウナに入る時ドアを開けると、

 むわって熱気や湿気が

 重みを持ってのしかかってくると

 思うんだけど、

 そんな感じで家にはぎゅうぎゅうに

 禍々しい気が充満していて

 どうも、入りたく無くなったんだ。」



先導する坂東さんにつづいて家の中に入る。


短くて狭い廊下を、1列になって進み

角を曲がってすぐの居間に通された。


擦れた畳の上にちゃぶ台が一つだけあって

上座に座ると仕切りのない台所が一望できた。



家は整頓されている…

というよりも、あまりにも物がなかった。


埃ひとつなく、陽の光が入って明るい空間なのに、居心地が悪くて仕方ない。


坂東さんは冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出した。



“公衆電話での依頼、あいすいませんでした。

 実は私はなかなか働けなくて

 親父が残してくれたこの家を

 維持するのがやっとで…

 電話代も払えないんです。

 電気もガスも止まってまして、

 あ、いや、これはさっき買ったものですよ”



勝川さんは目の前に置かれたお茶に触れた。


ペットボトルは、常温であった。





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