父の日の贈り物


今から数年前、

人をダメにするソファだかクッションが

爆発的に流行った時があったと思う。


父の日にブラウン管テレビぐらい大きいクッションが届けられたのは、その時の流行がさせたものだろう。


家に帰るとリビングに件の灰色のクッションが置かれていた。


娘か息子か、お嫁さんか分からないが

気になっていたものの自分で買うには高い

ものだったから、この初老のおじさんは珍しく心を弾ませた。


すぐにでも使いたかったが、

それはもったいない気がして

結局クッションを初めて使ったのは

翌週の日曜日になってしまった。



昼間にバラエティ番組を見ようと、

腰を下ろして身を任せれば、

丸い形に密集していたビーズがザザザーっと音を立てて動き出し、体を包みこむ。


その心地良さに、これはダメになるなあとにやけてしまった。

いつもよりもゆったりとした気分でテレビを見る。


少し経ってからだった。


このクッションの特性だろうか。

少し体を動かしただけで鳴る、

ザザーとビーズが動く音が気になってしまった。



ザザー…ザザー…



最初は微かな音であったけれど、

その音が徐々に大きくなって、

というより、体を動かしていないにも関わらず

音が絶えずなっていることに気がついて硬直した。


クッションの中に虫でも混じっているのかもしれない。


その考えに応えるように

後頭部にうねる何かが触れた。



驚いて振り返りクッションから距離をとった瞬間、


ザザザッ!とクッションがうねって

人間の腕のようなものが三本

内側から突き出た



三本の腕は手のひらを大きく広げさせ、

こちらに向かってクッションカバーを必死に押している。

その様子はまるで、外に出たがっているようだ。



とうとう腰を抜かして床に尻もちを着くと、

ドスンという音とともに腕が消えた。




その日の夜、妻に「父の日に子供たちから貰ったけれど、あのクッションは捨てようかと思う。」と切り出した。



それを聞いて妻はきょとんとした顔をして

「子供達から貰ったものじゃないわよ。あれ。」と言った。


妻が言うには、

俺が仕事から帰ってきた後にあの

クッションがリビングに置かれていたから

てっきり自分で買ってきたとばかり思っていたという。



「いや、お前が荷物を受け取ったんじゃないのか?」

「もしそうだとしたら伝えてるわよ。」

「え、じゃあ、あれは一体…。」


妻と俺は怯えながらクッションを見た。





結局、出処が分からないそのクッションは

資源ゴミ回収の日に出した。




この日以来、

厚みのあるベッドからせんべい布団にしたし、

枕はバスタオルを丸めたものでまかなっている。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る