幽霊なんて


「幽霊なんて、もう見たくもありません。

 ホラーも大嫌いなんです。」


怪談収集をしている某作家に

話を聞いて欲しいと言って会いに来た

齋藤(仮名)さんは第一声にこう言った。


驚く作家に、彼女はポツポツと

嫌いになった理由を話し始めた。



今から数年前、齋藤さんが30代だった頃。



趣味で神社巡りをしていて、

会社が休みの日に、全国的には有名では無いものの、雰囲気のいいこじんまりとした神社にお参りに行った。


その神社の境内には公園があって、

カマキリのイラストが描かれた背の低い滑り台やブランコ、錆び付いた鉄棒が、誰にも遊ばれることなく佇んでいた。



なんだかノスタルジーを感じて、思わず写真を撮ったという。



本殿にお参りをして、帰ろうとした時。


背中に視線を感じて振り返った。


確かに誰もいなかったはずの公園に、おかっぱ頭の女の子が立って、こちらをじっと見ている。



軽く会釈してみても返してこない。


ただ、その目にはせまるものがあり、

助けを必要としているように思えたため、

齋藤さんはそっと近寄って

「どうしたの?」と声をかけた。



まだ、6歳にもなっていないだろうその子は、

力強い目できっと齋藤さんをじっと見かえす。


そして、「■■はもう来るの?」と強い口調で言った。



口の動きも分かる。

声もはっきりと聞こえる。


なのに、肝心の部分が、そこだけ音がなくなり聞き取れないのだ。



「え?何?何を待ってるの?」

「■■!」

「え?」

「■■!」


女の子の目がだんだんと潤み唇がわなわなと震えてきた。


齋藤さんはこうなった子供の対処法が分からない。

だからといって声をかけた手前、ここで立ち去るのは非情だと思えてはばかる。



齋藤さんは、聞き取れないけどきっと親御さんを待ってるんだろう、そう考えて

「大丈夫よ。必ず来るよ。」となだめた。


女の子は曇り空を突き破った太陽のようにぱあっと笑顔になった。



「じゃ、それじゃあね。」

齋藤さんは後ろめたい気持ちを抱えながら

手を振って神社を抜け出した。




その日の夜。



齋藤さんは撮った写真を確認して青ざめた。



誰もいなかった公園を撮ったはずなのに、

あのおかっぱ頭の女の子がいて、

こちらをじっと見ていたのだ。


体は透けていて、目の周りは泣き腫らしたように真っ赤になっている。



その子と目が合った瞬間、

齋藤さんの体が動かなくなった。



気がつくと自分は公園にいて、

目の前に女の子がいる。


体を動かすことはおろか、声も出せず、

更には目を閉じることも出来ない。


そんな齋藤さんをしばらく眺めていた女の子。


次の瞬間、無表情だったその顔がぐしゃっと、

泣き腫らした顔に変わった。


笑っているかのようにも見えるその顔には

だらだらと涙が流れていて、

子供にあるまじき虚ろな目を伏せながら女の子は


「嘘つき」


とだけ叫んで消えた。




気がついたら元いた部屋に戻っていて、

手にはカメラが握られている。


表示されていた写真には、

誰もいない公園が写っていた。


齋藤さんはしばらく、体の震えが止まらなかった。




「思えば、今どきおかっぱ頭なんて

 見たことありませんし、

 服装もまるで昭和初期のようで、

 今の時代には不釣り合いな子でした。」



齋藤さんは頭を抱えて続ける。



「私には霊感なんてありません。

 その一度きりです。

 こんな私が言っていいのか分かりませんが

 れい…彼らは、生きているものよりもずっと

 深い感情を持っているんだと思います。

 そんな彼らの思いや抱えているものに

 触れることが怖いのです。

 だから、私は、

 幽霊なんてこりごりですし、

 ホラーなんて大嫌いなんです。

 なんて、なんて、

 対応したら良かったのか…。

 あの細くて小さな子は、何を待っていたのでしょうか…。」



齋藤さんはそこまで言って、

涙を流した。


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