トイレの花子さん
大学生のキリコ(仮名)さんには少し年の離れた小学生の妹がいる。
小学校が楽しいのか、色々な話をしてくれる妹がとても可愛くてしょうがないという。
ある日、その日も食卓で話をする妹に
お母さんが「最近は学校で何して遊ぶのが流行ってるの?」と聞いた。
すると妹は「あのね。花子さんで遊んでるの。」
と言ったのだ。
「花子さんって、まさか、トイレの花子さん? 」
「うん!そうだよ。トイレの花子さんで遊んでるの!」と、自慢げに言った。
話を聞くと、体育館の女子トイレの1番奥でドアをノックするとノックが返されるというのだ。
そこまではどこでも聞くような内容だが、
一つだけ他とは違っているところがあった。
妹が通っている小学校の個室トイレは、誰も入っていないと、折れ戸が個室の方に倒れるようになっている。
その状態で個室に入り、内壁にもたれている扉をノックするというのだ。
花子さんは大抵、閉じられた個室を外側からノックして、誰もいないはずのところから声などの反応が返ってくるのを怖がるものだから、
妹のいう花子さんは全く別物のように思えた。
「叩くとね、ノックが返ってくるんだよ!
変でしょ?ドアと壁に隙間なんてぜーんぜん
ないのに!
みんな花子さんって言って遊んでるの。
誰がやってもなるんだよ。
私、怖くないの。」
妹は誇らしげに笑った。
キリコさんとお母さんは、顔を見合せて笑った。
壁に接した扉をノックしたら、反動で動いて壁が叩かれて音が鳴る。
それを子供たちは不思議がって遊んでるんだなと、微笑ましく思ったのだ。
「そうなんだ。それは変だね。花子さんはいるんだね。」
そんな風にその場は流した。
花子さんの話が食卓で出てから数ヶ月後。
妹の学芸会を見にキリコさんは母親と一緒に
小学校に来ていた。
低学年の妹は午前中で終わりなので、
帰る支度をしていると、妹とその友達数人に囲まれた。
「お姉ちゃん。花子さんに会いに来て!」
「ええ!もう出番も終わったんだから帰るよ。
お邪魔になっちゃうよ。」
「ねえ、おーねーがーい!先生も連れてったの!」
あまりにも駄々をこねるので、
そんな時間もかからないだろうと、
手を引かれるまま体育館のトイレへと向かう。
3つ並んだトイレは全て扉が開いており
どれも空室だということが分かる。
妹達はクスクス笑いながら奥のトイレに行き、
個室に入って戸をノックした。
コンコンコンと3回叩いたあと、
少し時間があいた。
そして、コンっと1回だけ鳴った。
キリコさんは頭が真っ白になった。
反響で鳴っているんだという予想が裏切られてしまった。
次の子も、次の子も、
3回叩いているのに1回だけ音が返ってくる。
キリコさんはすっかり肝を冷やしてしまっていた。
これは本当におかしい。
「お姉ちゃん、やって!花子さんに会いなよ!」
妹は笑顔で促す。
嫌だ。そう言いたい。
だけれど、ここで妙な動きをしたら子供達を怖がらせるのでは。
そうして、キリコさんは3回ノックした。
コン
戸を叩きながら、キリコさんは考えた。
子供達を怖がらせないように?
いや、大の大人の私でも怯えるような状況を
なんでこの子達は怖がらないんだ?
コン
そういえばトイレに来る時もおかしかった。
会いに来てって何?普通は花子さんを呼ぶって言わないか?
その言い方はまるで
コン
向こうがこちらを呼んでるみたいじゃないか。
そこでまたゾッとしたキリコさんの左頬に
刺さるような視線が。
黒目を動揺させながらゆっくり動かし、
視線を辿る。
壁とくっついているはずの戸の端から、
目から上が生えていた。
髪1本生えていない、真っ白な肌の何か。
牛みたいに大きな目は血走り、
黒目は左右別々の方向を見ていた。
肌が白いだけに血の赤が余計に際立って毒々しい。
キリコさんは声も出せないまま子供達の肩を掴んで外へ駆けた。
その時背後から「ちがう」とだけ聞こえた。
息も喘ぎ喘ぎ、子供達は平気かと見回して唖然とした。
3人は怖いでも、不機嫌でもなく、
無表情でキリコさんを見ていた。
走ってきたはずなのに
息も上がっていない妹は
低い声で、「また別の人呼ばなきゃ。」と
呟いた。
家に帰ってすぐ、キリコさんは妹に
二度と花子さんはしてはいけないと言い聞かせた。
「うーん。分かったあ。」と拗ねる妹に一抹の不安を抱いたが、
ある日、妹の方から「もう花子さん出なくなったの!」と言われてやっと、
肩の荷がおりたという。
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