蝶の標本


蝶の標本を丸ごと捨てたというDさんの話。


彼は昔からかなりの昆虫好きだった。

特に美しい蝶が好きだった彼は

博物館で見たモルフォ蝶の標本に衝撃を受け

ずっと標本を作りたいと思っていた。



しかし、幼少期は両親が虫嫌いだったこと、

学生時代は勉強に忙しかったことで、

なかなか作ることが出来なかった。



大人になり仕事も安定してきたDさんは、

ようやく夢だった標本作りに着手できた。



野山にでかけては蝶を捕まえ、

処置し、針を刺す。


数年で木箱の中は

宝石のように輝く蝶が並んだ。




ただ、蝶が数を増やすごとに

Dさんは嫌な夢を見るようになる。


悪夢は様々だが、起きると大抵ひどい汗をかいているので、うなされているだろうことは分かった。



そしてある秋の夜。


また悪夢に襲われたDさんは

耐えきれずに絶叫し目を覚ました。


同時に体が硬直し、金縛りにとらわれてしまった。

真っ暗闇に目が慣れてくると、

自分の上に何かが乗っていることが分かった。


太くなったり、細くなったりを繰り返す何かが、

体にのしかかっている。


その全貌が見えたとき、Dさんは戦慄した。


それは大きな蝶だった。

毒々しい赤色の羽根をゆっくりと動かしている。


蝶の目は本来の複眼ではなく、人間の目が無数についていて、全てが彼のことを睨んでいる。


ぐるっと巻かれていた吸収管がのびて

眼前に迫ったとき、Dさんは

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

とか擦れた声で絶叫し気絶した。



昆虫が大好きなDさんが、

苦労して作った標本を捨てたのは

そういったわけだった。




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