戦中八話 さいごの夏の少年少女たち・・・とオッサン 第4話

(これまでのあらすじ)

 事実上最後となるエドナ杯。

 それは史上最高の手合い評論家と史上最高の手合い分析家の想定外だった。

 並んで観戦していたライゼル・ヴァンフォート伯爵とビルビット・ミラー少佐はちびっこ騎士エレナ・スレイマン、オラトリエスの真の王たる『剣皇カール』と女神ウェルリッヒの化身たるミュイエ・ルジェンテ妃の長子でオラトリエス王太子リシャール・ルジェンテの参戦に加え、傭兵騎士団エルミタージュの脱走兵ヴァスイム・セベップが決勝トーナメントで激突する流れとなったことに動揺していた。

 そして、ディーンの妹で“魔女”と通称される隠密機動セリーナ・ラシールがヴァスイム・セベップの真意を図りかねる中、《軍神》ロムドス・エリオネアの甥で養子のコナン・エリオネア少佐は女皇騎士団が追い求めた《アイラスの悲劇》の真相を語る。

 騎士として平凡な力しか持たないエリオネア家と、剣聖一族ラファール家の確執と嫉妬。

 現場不在の叔父ロムドスにかわり、傭兵騎士団エルミタージュを手引きしていたのは、誰もが善良で平凡と見做すロムドスの元副官コナン・エリオネアだった。

 そのコナン・エリオネアは「フィン・フォーマルハウト」の名を持つ覚醒騎士として決勝トーナメントに勝ち残り、ビルビット・ミラーことベルベット・ラルシュに《真・鏡像残影》による認知改竄でヴァスイムとの対戦を希求する。

 《砦の男》ライゼル・ヴァンフォートが予感する奇跡。

 そして、ベルベット・ラルシュこと剣聖エドナが自身の名を冠する大会への介入に躊躇しながらも「人の可能性」として了承したヴァスイムvsコナンの一戦。

 その前の試しとしてかつてヴァスイムが殺めたアストリア大公国ホーフェン騎士団長マグノリア・ハーライトの遺児で剣皇騎士ケイロニウスとの一戦。

 遺恨を超えて覚醒した両者の激闘に会場は沸き立つが、天技である《飛燕》と《裏飛燕》のぶつかり合いにより水入りとなる。

 覚醒騎士化したヴァスイムは破天の巫女セリーナの導きにより、セカイの真理について知覚していく。

 《光の剣聖》というエドナのギフトである天技たる《鏡像残影》の中で、ヴァスイムは自身に与えられた加護と役割とを知覚していく。

 試合再開かと思われたそのとき、ケイロニウスが棄権を言い出した。


「臆したのか、ケイロニウス?」

 ヴァスイムは思わず叫んでいた。

「違う。刻が惜しくなった。お前とのこれ以上の戦いに意味はない。お前を傷つけたことへの動揺は俺の中の別の確信を呼び覚ました」

 ケイロニウスの顔が立ち直った筈の激しい動揺から明らかに青ざめている。

 それを問うヴァスイムの顔だって動揺に戸惑っていた。

「良いのかね、カリウス・ランベール?」

 主審の再度の確認に対してカリウス・ランベールははっきりと答えた。

「はい。私はミロアの剣皇騎士ケイロニウス・ハーライトです。大会への参加はあくまで腕試し。ヴァスイム・セベップとのこれ以上の戦いは無意味だと判断しました。抜き身の槍による反則攻撃での敗退で構いません。潔く棄権します」

 主審は眉根を寄せて苦り切った顔をしつつも、ケイロニウスの判断の妥当性は感じていた。

「実に惜しい。だが、続けさせるのは危険だとも感じていたところだ。そなたの意志を尊重しよう」

 主審がヴァスイムの居る右手側を指し示し、名勝負に訪れた呆気ない結末に会場中がどよめいている。

「抜き身槍による反則攻撃の自己申告にてカリウス・ランベール選手の反則負けとします」

 場内アナウンスが流されると僅かにどよめきが収まった。

 かわりに万雷の拍手がヴァスイムたちの耳朶を打った。

(こんなに大勢の拍手を受けたことなどないし、真戦兵で戦って褒められたこともない。エウロペアの騎士とはこれほど大勢の人々に期待され応援されているのか)

 一瞬呆然としたヴァスイムは礼節に則りケイロニウスと握手を交わし、同時に言葉を交わす。

「刻が惜しいとはどういうことだ?」

「フィン・フォーマルハウトへの対策だ。俺達に一歩及ばないエレナちゃんではアイツには勝てない。それに絶技シールドオブイージスはまともに食うと大変な事になるぞ。仮に俺が勝ち上がったところで、《電光石火》で挑んでも、全てを阻まれるのがオチだ」

 シールドオブイージスという耳慣れない言葉にヴァスイムは脅威を感じていた。

「シールドオブイージス?」

「正式には《アイギスの聖なる盾》。そういう名の絶技だ。龍虫戦争の劣勢の中でネームドの騎士たちの間で何度か確認されている」

「何度か確認されている?つまりどういうことだ?」

「使った騎士は悉く人として帰って来れなかった。本来なら命ばかりかその魂と引き換えに発動する大技であって、あらゆる攻撃をそっくりはじき返すか、あるいは吸収する奇跡の技だが絶技が禁忌とされる最大の理由だ。俺の中での知覚でお前が禁断の絶技である《紅蓮剣三閃》を使いその威力を弾き返されて絶命するイメージがあった。お前の苦悶する様子を精神感応したときに、そのイメージが脳裏に浮かんだ」

 真剣な表情で語るケイロニウスにヴァスイムは絶句していた。

 《紅蓮剣三閃》というのはナノ・マシンを加速暴走させて物質情報を強制的に書き換えた長剣から繰り出す剥き出しのエネルギーという非実体剣であり、三閃させると長剣が燃え尽きたナノ粒子の山に変わり、屈強な龍虫といえど首を落とされて事切れる。

 かつてメルヒンの《黒髪の冥王》アマンダ・キャラハンが飛行巨大龍虫ヒュージノーズを倒すために編みだしたとされる幻の大技であり、歴代の《黒髪の冥王》たちはその後使う事をしなくなった。

 セカイとナノ・マシンを労るように戦う今の《白の剣聖》ディーンはナノ・マシンに負担を掛けすぎてしまう破壊力の高い大技はほとんど封印している。

 かわりにタイアロットオリジナルと呼ばれる《ゼピュロス》の現代戦仕様機の量産機開発に心血を注いでいると知覚していた。

 ヴァスイムが《傀儡回し》という絶技を使うレイス・レオハートの血統だというのなら、技のイメージに実際の技を近づけることは付け焼き刃的だとしても十分可能だ。

「いや、俺の中では別のイメージがあった。東方戦争ウェルリの攻防戦をお前やリシャールと戦うイメージだ。馳せ参じた《剣鬼》の突破口を作り出すためにタタールやエルミタージュハイブリッドたちと死闘する。その前に俺は包囲制圧状態のパルムドール潜入のためにティリンス・アウグスト・ブランに力を貸す」

 あまりにも具体的過ぎるヴァスイムのイメージ内容にケイロニウスは口許を歪めた。

「ウェルリの攻防戦は俺もイメージした。そうかお前は親父の仇だが、弟も同然のフリオニールと同様に女皇戦争と東方戦争で大切な役割を担っているのだと。《天ノ御柱》と精神感応出来るし、モスカの御柱エカテリーナの加護があるお前には精神感応系の攻撃がほとんど無効化する。だから天技のひとつ《影縫い》は無意味だと使わなかったんだ」

 《影縫い》という天技は実際には認知干渉する精神感応系の攻撃であり、機体か搭乗者のナノ・マシンを外部操作して動きを封じられたと錯覚させるものだ。

 選手控え室に戻る道すがらケイロニウスとヴァスイムは忙しなく話し続けていた。

 対戦相手との激闘の後に友情が芽生えるというのは割とよくある話だったが、長年の戦友のように真剣に語り合う様に、イセリアとセリーナは呆れ返っていた。

「男の子たちってどうしてああなんだろう。なんかベクトルが一致しちゃうと遺恨だとか恩讐だとか平気で乗り越えて行く」

「あれじゃ慰めの言葉だとかなんだとか掛けるタイミングもないわね、セリーナ。必要ないと言えばないか」

「まぁ、相棒であるリンツの修理の事はすっかり忘れているみたいだから、次戦までに修理を終えてくれるようにこの子のダウングレードを担当したメンテナンサーのところに持ち込んでおきますか。今日の一戦はマルガの街中で話題になるだろうし、激闘に勝ったヴァスイムのメンテナンサーとなれば一気に名前と評判も広まるわ。本来、素体修復は高くつくけれど、かなり割引して貰えそう」

「なんだか世話女房みたいね、セリーナ」

 悪戯っぽく笑うイセリアにセリーナは溜息をつく。

「あの子は私の騎士になるのよ。破天の巫女の雇われ騎士。そして東方戦争を勝ち抜くための重要なピース。皮肉ね、その東方戦争の黒幕だったコナン・エリオネアの化けの皮を剥ぐ。エルミタージュの本国騎士が東方戦争の英雄への道を歩み始めた」

 驚愕したイセリア・レオハートはセリーナに問うた。

「どうして冷酷な本質主義者の貴方がヴァスイムもコナンも放置していたの?」

 セリーナは黒髪を掻き上げてポツリと呟いた。

「このセカイに必要だと感じたからに決まっているでしょ。純粋で負の感情にも呑まれるし、その逆に何色にも染まる。覚醒したエウロペア聖騎士(ホーリーオーダー)というのはそういうものなのよ。狂信する程の対象もない中で産まれるから稀なのだし、ヴァスイムの場合は特に稀でアタシと同じ価値観。その命よりも大事なのは国じゃなくてセカイ」


「奇跡への予感は一つ的中したな。ルーシアの傭兵騎士ヴァスイム・セベップがこちらに降った」

 放心気味の《砦の男》ライザーの言葉に《光の剣聖》ベルベット・ラルシュは自嘲混じりの苦い顔をした。

「それも貴方の撒いた種が実ったという事です。敵を敵だと決めつけない貴方の懐の深さが奇跡を呼ぶ。《命名権者》たる貴方が私の剣聖名を《光》にしたことは皮肉だと思っていました。でも《光》で正しかった」

 龍虫大戦を引き起こした《闇の剣聖》マガール・ブラウシュタインは伝説の中にしか存在せず、大戦の惨禍から這い上がる十字軍戦争において、帰化した龍皇子に《光の剣聖》エドナ・ラルシュと名付けたのはウェルリの選王侯爵ライザー・ウェルリフォートだった。

 疾風怒濤を体現した剣皇ファーンの魂を継承する剣聖メディーナ・ハイランダーには《疾風》。

 《風の剣聖》の愛弟子というにも、大戦当時のゼダを笑えない鈍重なフェリオを嘲笑う一陣の風という意味でも、メディーナの《疾風》に異論の余地はない。

 ベルゲン・ロイド大佐に用意している《黒旋風》という名についてもだ。

 そして、悪意も過去の過ちも寄せ付けないルイスには《神速》。

「光の中で光は輝かない。暗闇の中を照らし出す一筋の光。それは敵と同族の血にまみれたミトラにも、人の業にまみれた冥王にも相応しくない」

 ライザーは眉根を寄せてエドナ・ラルシュとの対面の場面を思い返していた。

 不条理に対する「怒り」という感情を何処かに置き忘れている冷徹なエドナは感情的にならないからこそネームド人類の天敵だった。

「貴方は間違わないというのを実感させられた。どうして真理真相を識らぬ愚かな私が《光》なのだと初め思ったし、《黒髪の冥王》で《漆黒》のディーンが白の隠密機動で《白の剣聖》なのかともね」

 ビルビット・ミラーの指摘にライザーは力無く笑いかけた。

「私の認知の中に太極図というものがあってね。漆黒の中の白き一点こそが《黒髪の冥王》にして、我が父シンクレアの影だというディーンという男の本質を言い表している。絶望に呑み込まれそうでいて、呑まれない一点であり、エドナ・ラルシュの対。暗闇に鋭く光る知性と理性の輝き。そして何色とも定まらない。紅と白もまた対。憧れても決してなれない相反する二つの魂・・・」

 淡々、飄々と評されるミトラは「喜び」という感情をやはり何処かに置き忘れていた。

 ディーンはクシャナドを「師匠」と慕い、クシャナドはディーンを「自慢の弟子」だと言うが二人は相反していた。

 誰にどう思われようとお構いなしで、独断専行かつ即断即決型の王にはなれない男だというのがクシャナドことミトラ。

 思慮深い反面、独断専行は絶対にせず、優柔不断で他人の評価や意見を気にする優等生のディーン。

 エドナは龍皇子の兄だったミトラが笑ったところを見たことがなく、放浪子爵クシャナド・ファルケンとなってからも見たことがない。

 《紅の剣聖》レイゴール・ル・ロンデだったときもやはり笑わない男だった。

 自分勝手過ぎると思ったこともある。

「ミトラな。アイツは“笑わない”んじゃなくて“笑えない”んだよ。常に一点を凝視していて、その癖四方にくまなく注意を払う。酒にも力にも酔えない。自分自身には徹底的に関心がない。それでも《紅蓮の剣聖》と共にあるとアイツだって笑うんだよ。可笑しいだろエドナ」

「えっ?ミトラ兄さんが笑うんですか?」

 ベルベット・ラルシュは心底驚いた。

「不思議だろ?対の真実ってさ。マギーと一緒にいるときゃ、はにかむ様に笑うんだよ。マグワイアに言わせると青臭くて少年のようでさ、それが堪らないらしいぜ」

 実はミィ・リッテの前でもクシャナド・ファルケンは人前では滅多に見せない笑顔を見せていた。

 それは彼の知っている若い頃のマグワイアとミィが何処か似ていたからだった。

「《紅蓮の剣聖》がマギー姐さんですか。そうかも知れない・・・」

 理知的だが感情豊かなマグワイア・デュラン。

 だが、性格的には激情型だった。

「感情的にとても分かり易い女だ。よく笑うし怒るしふて腐れるし、酒癖も悪い。なのに美人のアイツを等身大の女として見てやれる男はクシャ公ぐらいだ」

 ライゼルは《紅の剣聖》クシャナド・ファルケン子爵、女官騎士マグワイア・デュランを一番良く知っていた。

 デュラン家の才媛として飛び級でエルシニエ医学部に入った若きマグワイアが神童ライザー・エクセイルの一番のライバルだと目されていたし、共にアラウネの家庭教師だった。

 教え子は皇女アラウネと若くしてアラウネのエンプレスガードだったエリーヌ・デュラン。

 妹のマグワイアの方が姉エリーヌよりも遙かに頭の出来が良かった。

 かわりにエリーヌの方が幼い頃から騎士として優れ、実力も上だった。

 マグワイアは女官騎士だったが唯一人アエリアには行っていない。

 女皇メロウィンから「特待生」として女官修行を免除されていた。

 そうした依怙贔屓とも言える特殊な事情もあり、アエリア帰りで女官騎士になったデュイエ・ノヴァや今目の前の貴賓席にいるオリビア・スレイマンとは猛烈に折り合いが悪かった。

 そして、ライザーがライゼルになったとき、家庭教師した賜物でエルシニエ大学進学を果たした天才皇女アラウネのかわりに面倒を見たのが、皇立貴族学校の歴史上でも屈指の劣等生クシャナドだった。

 皮肉にも偽名と飛び級でエルシニエの史学部を大卒していたライザーはライゼルとなったことで皇立貴族学校生(早い話高校生)からのやり直しになっていた。

 母校の政治経済学部聴講生となる傍ら、皇立貴族学校でノートを貸し、補習をし、勉強を手伝ったかわりに、クシャナドは夏期休暇中はハルファで《対の怪物》とライゼルが名付けたアリョーネ、オードリーとの荒行とさえ言える訓練と手合いを見せてくれた。

 それで目の肥えたライゼルは史上最高の手合い評論家と呼ばれるようになったし、クシャナドを「クシャ公」、アリョーネとオードリーをそれぞれ「お嬢」と呼ぶようになった。

 当時のハルファにはサマーバカンスとして王位につく前の若きエドラス・フェリオンもフェリオ遊撃騎士団の騎士長として指南役に来ていた。

 しかし、エドラスは帰国してフェリオ王位に就くといきなり命を狙われた。

 ウェルリでの爆弾テロに巻き込まれて聴覚障害者となってしまった妹のミュイエを右脚を喪ったエドラスはゼダに留学させることになった。

 ディーンが誕生する直前という懐かしく美しい正に黃金の日々。

 しかし、その日々も蠢く悪意に侵食され、凄惨な出来事との隣り合わせだった。

「言われてみたらそうです。毅然として寄せ付けないのに、マギー姐さんと皆が慕っている。面倒見が良くてキップが良くて決断力に富んでいて怖い人だと」

 自分で言ってからベルベットはハッとなって口を塞いだ。

 ミトラとマギーの共通点と相似性。

「それさ、怖い女なんだよ。俺達がマギーだと思って見ている物の全部が仮面なんだよ。ミトラも同じで他人に関心がなく自分勝手なのはフリだけ。お嬢たちだけがそれを知っている。読心の巫女や“エセル”から見るとマグワイアもミトラも燃え盛る炎そのものなのさ。クシャ公はポーカーフェイスで他人に感情を悟らせないだけで、本当は誰よりも責任感が強くて誰よりも労りの心を持った優しいヤツさ。理不尽に対して一番憤りながら、冷静なマドモワゼルを演じるマグワイアもな。そして、迂闊に近付くと大火傷する。それでいて側にいると心や気持ちが温かくなる。お前やディーン、アリオンたちとは真逆さ。目的至上主義者のお前達は怖いくらいに冷たい。まだ冥王でなく聖王たらんとするディーンが一番マシさ」

 ディーンの真実とは冥王という宿命の先にある聖王として、可能性を追い求める姿だった。

 自分を放棄した騎士の中の騎士にして騎士嫌い。

 だからこそ、かつては騎士たちを敵とした龍皇子のミトラ、エドナ、アリアスと相通じる。

 《黒髪の冥王》としてしか生きる事が許されなかった自分自身の至らなさと力不足を自覚している。

 だからこそ、とんでもなく強い。

 全ての天技の意味を理解し、その成立過程やエドナの引いた境界線としての意味を完全に理解していた。

 読心の巫女アリョーネや起源の巫女オードリーにディーンが勝てなかった事も道理だし、勝つつもりなど一切なかった。 

 「勝ってその先どうするのだ?」と考えていた。

 《白痴の悪魔》に勝てない事には意味などない。

 ライザーがその名を捧げた《フォートレス》に勝てないと意味がない。

 そして、使徒の持つ本来の意味と使い方。

 “天使”ではなく、人のまごころを封じ込める檻。

 英雄と龍皇を呑み込んで絶望と終末の魔獣に墜ちたフォートレス。

 不死の存在にしているのは胎内を動き続ける使徒再生核。

 フォートレスもまた絶望と死と原罪に病み、墜ちたるオリンピアやアリアドネに対を感じて一つになろうとしている。

 つまりは相反する二つの魂を取り込み白痴化したフォートレスと、無辜の人々の無力感と絶望とを呑み込んだ御柱オリンピアもまた《対の怪物》だった。

 そして、《黒髪の冥王》だったディーン自身が愛機や強敵だったフェルレインやゼピュロスに関して感じていた違和感。

 その上でサウダージだったフレアールと接し、なにが必要かと今も思索を重ねているのだろう。

 ディーンの「堕天計画」とは、天使に天使を超えさせる。

 奈落に墜ちた天使たちこそが新たな人の雛形になり得る。

 自分で考えて自分で決断する究極の天使はサタンに墜ちた姿だ。

 ヴァスイムを精神感応したときに、底の知れない奈落に墜ちていく自分自身をイメージしていたのをベルベットも感応していた。

(あるいは欠けていたのは“それ”かも知れない) 

 ネームドとネームレスという自分たちがどれだけ変わっても意味はなく、シ徒を奈落に堕とす。

 底に墜ちて砕け散りなどしない。

 人の業と人の究極の絶望から這い上がるイメージの中にその奇跡の存在は在る。

 叡智の光を宿して這い上がる正にサタン。

 天使が人として人の究極として人と共に在ろうとしたとき、その真っ新だと思われていたその身に刻まれていたコードあるいはオーダーが消え去る。

 そして得られるのは自由への猛き翼と永遠。

 その名をフレアール・ジ・エンドレス。

 叡智と情熱を意味する焔の申し子は人に使われるだけの龍虫と、同様にMasterたる人に従い、人を乗せていないと自身を維持出来ないトゥルーパーたちの無念と絶望。

 なによりも飢えと渇望とが産み出すのだ。

 Masterと対等に対話して出来る事の中から最善手を自ら選び取る究極の堕天使。

(そうかディーンとルイスは人としての自分の子とは別に「天使の両親」になろうとしているのだ。父の期待と願い、母の無償の愛と加護を宿したとき、天使は自らに課されたまごころの重み故に墜ちる。だが、墜ちた姿、這い上がった姿は天使を超える天使となる。それが究極の絶望と後悔と懺悔から産み出された《真実の鍵》により起動する。《真実の鍵》とは人が人として重ねて来た敗北の中から産み出された起源から派生した純粋な願いから創られる今はまだ存在しないもの、幾星霜、連綿と積み上げられてきた共通の無念から産まれる究極の希望・・・)

 エドナは自身やディーン、ルイス、トリエルたちをも駒あるいは自身のパーツとして使いこなす白き救世主アーサーの姿をイメージしていた。

 それが魂の弟アリアスと酷似しているのは事実その通りだからだ。

 究極の乗り手と究極の指し手とが一体化する。

(しかし、堕天使フレアール・ジ・エンドレスといえど、単騎で戦い抜ける程に《終末戦争》は甘くはあるまい。滅日の先、ナノ・マシンたちが力を喪失した先で戦い続けるには・・・)

 一片の灰、一欠片のナノ粒子からでも再生再起動する究極の存在。

(《白痴の悪魔》こそが聖剣なのか?だからシ徒たちの主はエクスカリバーを人の手から遠ざけ誤解させ、終末の獣にしていたのか?)


 ヴァスイムとケイロニウスは待機所に戻ってからもお互いの感じ取ったイメージを共有し合っていた。

 その上で二人で試したかったことを試そうとしていた。

 そこに息を切らせて走ってきた《砦の男》であるライゼル・ヴァンフォート伯爵が駆けつける。

「見届け人にならせて貰って良いか?」

 史上最高の手合い評論家の申し出に二人はコクンと頷いた。

 《砦の男》が自分たちの技を見てくれる願ってもない機会だ。 

「《鏡像残影》発動っ」

 二人同時に発動して仮想空間である鏡のセカイを実感する。

 三人は鏡のセカイにあるマルガ競技場に立っていた。

 未熟である証に観客席は無人で、三人の他には人の気配はない。

「フィン・フォーマルハウトがシールドオブイージスを使うとしたら盾をイメージするだろうし、おそらくは武器は持たずに臨んで来るだろう」

 ライゼルの指摘にケイロニウスとヴァスイムは頷き合う。

 ケイロニウスは相棒ミローダを再現し、ヴァスイムは呼応するように相棒リンツ・タイアロットを再現した。

「お前の《電光石火》をまずは見せてくれ」

「うむっ」

 ケイロニウスは精神を集中させて愛用の槍を構え、やがて《電光石火》と呼ばれる事になる剣聖としての自身の天技を繰り出した。

 ルイス・ラファールの《十六夜》と似ていたが高速連射突きではなく、一突きが残像を纏い一点突破の一撃となってリンツ・タイアロットに襲いかかる。

 ヴァスイムには受ける事も避けることも出来なかった。

 深々と胸部プラスニュウム装甲を貫通したその突きは搭乗席のヴァスイムの眼前で止まった。

「乾坤一擲の一撃たる正に天技よ。その名は・・・《朧月》。残像を纏う様は正に朧。それに突きと月とを掛けてみた。《電光石火》の剣聖ケイロニウス・ハーライトの奥義。それでいいかね?」

 《命名権者》たるライゼルの名付けには異論を挟む余地などなかった。

 むしろ命名の過程を聞かされて《砦の男》というのが《命名権者》として、深慮をもって本質を的確に判断しているのだと実感してしまう。

「天技としての《朧月》と《電光石火》の剣聖・・・ライゼル様ありがとうございます」

 感動に打ち震えるケイロニウスにヴァスイムは賞賛の笑みを浮かべていた。

「先の戦いでコレを繰り出されていたなら、俺は完敗していた」

「そう嘆くでないヴァスイム。月の天技とは花鳥風月のエリンが編みだした天技において月に相当する。暗雲を霧散させ闇夜をぼんやりと照らし出す《朧月》」

「!」

「すなわち、《電光石火》の剣聖はエリンの残した基礎から成る。従ってケイロニウスの才は同じ月系統の天技はモノに出来るという意味だが、《朧月》は他の覚醒騎士たちに真似られないものでもないのだ」

 ライゼルの指摘に二人は面食らっていた。

 《朧月》がルイス・ラファールの《十六夜》に似ていて当然であり、密着零距離から突き上げる《残月》、瞬時に位置を入れ換える《圓月》はマノ・マシンの内燃加速による真戦兵の強化ブースト技だという意味に他ならない。        

「覚醒騎士とはそれほどまでに・・・いや、そうかも知れない」

 ケイロニウスは自身の方向性についてそれで理解した。

 まずは自身の月属性天技を会得し、それから別属性をも会得する。

 現に《裏飛燕》が使えたという事は鳥属性天技も修練次第でモノに出来る。

「しかし、天技には花鳥風月に属さないものもあるじゃないですか」

 ヴァスイムの指摘にライゼルはニヤリと笑った。

「それこそが、ネームドとネームレスとが歴史上交じり合ってきた証であり、獣の天技はネームレス由来のものだ。そして、誰でも会得可能な無属性汎用天技を中心に指南書に記されてきた。だが、ヴァスイム。ハイブリッドかつ皇の血を持つお前には研鑽すれば全てが使える。あるいはエレナも使う《陽炎》も」

 《陽炎》はヴァスイムもケイロニウスも一度見ていた。

 エレーニャ・スライムことエレナ・スレイマンが予選ラウンドで使っていた。

「一瞬だけ消えて位置を変えるあの技か」とヴァスイム。

「そう。だが、現象としては《圓月》に似ていても原理は短距離跳躍だ。《圓月》は瞬発高速移動中に実体が残っているから障害物に邪魔される。だが、《陽炎》はセカイ内から一時的に消失し、位置を変えて再出現する。つまりそれだけ自身の存在をセカイに強く確定させているから出来るし、実際は脳内で恐るべき速さで跳躍移動位置を算出している。鍵になるのが皇の血だし、元々は緊急回避なんだが一度身体が覚えると自在に使えるようになるらしいな。脳波同調もし、《陽炎》使い同士で衝突し合わないように再出現位置の自動調整もされる」

 ケイロニウスは呆気にとられた。

「まさに裏技だというわけですか」 

「そうさ。だから《陽炎》とは名付けられたものの、エドナの指南書には載せられなかった。端っから使える人間が限定されているものを伝道されたって困るだけだろ」 

「確かにそうです」

 ケイロニウスの言葉にライゼルはニヤっと笑った。

「つまり、今の話を踏まえた上でもう一度、《朧月》を刺し貫くつもりで試してみろよ。脅威が分かった上、自身の身の危険を感じた上でなら緊急回避が発動する可能性もある」

 ヴァスイムはケイロニウスに笑いかけた。

「親父の仇を討つつもりで繰り出せよ。ここは鏡のセカイであり、なにをどのように食らっても俺達自身が死んだと思わない限り傷一つ負わない」

 ヴァスイムの言葉にケイロニウスは納得し、大きく頷く。

「わかったヴァスイム」

 ケイロニウスはミローダに構えを作らせた上で、リンツ・タイアロット搭乗席のヴァスイムを刺し貫くイメージを浮かべる。

「《朧月》っ!」

(名無しと名有りではこうも威力や速度が変わるのか。電光石火として完全な技になっている)

 技名に自身の技量と才能を乗せて放つとそれらが凝縮し、威力と速度が数倍になる。

 先刻のそれを上回る電光石火の突きにより、ヴァスイムは突きの軌道予測も出来ずに棒立ちとなり「やられた」と目を閉じる。

 だが、《朧月》は不発に終わり、リンツ・タイアロットはミローダの右手方向に移動していた。

「これが《陽炎》か」

 瞬間的な回避のプロセスが脳裏に刻まれていて、跳躍を可能にしていた原理がその身に刻まれていた。

 ライゼルはニコニコと笑って拍手している。

「《朧月》も完成し、《陽炎》も引き出された狙い通りだ。お前たちは正に一皮剥けた。次はヴァスイムの番だ。意識的に《陽炎》を使ってみろ」

 ヴァスイムは脳内のプロセスを再現した。

「《陽炎》っ!」

 発動した刹那、ヴァスイムの位置がミローダの右手方向から左手方向に位置移動していた。

「凄いっ、これが俺の中にあるというレイスの血の持つ可能性か」

 ヴァスイムは尚も当惑気味だったが、ライゼルは眉根を寄せる。

「しかし、もともと緊急回避なのだから一度目は自動的に発動して助けてくれるが、それ以降は自分で発動しろという意味でもある。ここで使ってしまったのは良かったのか悪かったのかは今の段階ではどちらとも言えぬな。しかし、実戦経験豊富なお前なら使い処を誤らないだろうさ」

「ありがとうございます、ライゼル伯」

 言葉にしてからヴァスイムはエウロペアネームドを羨ましいと感じた。

 《砦の男》が居て《命名権者》として技に名を与えてもくれるし、《光の剣聖》エドナが天技指南書として騎士としての努力の方向性を教えてもくれる。

 騎士たちは無辜の人々の尊敬を集め、未熟者半端者たちの大会であれ拍手喝采を浴びせる。  

 逆に祖国ルーシアが自分に何を与えてくれたのだと問いたくなる。

 使い捨ての人間兵器として傭兵騎士団と嘯き、恨み骨髄のエウロペアの破壊工作に利用しているだけであって、ヴァスイムは愛情も尊敬も賞賛も知らなかった。

 ネームレスたちのコマンダーの方が余程にマシな扱いであり、氏族の勇者として誇り高く気高くあるよう大切にされていた。

「傭兵騎士団エルミタージュはなにかが間違っている。なにかが決定的に欠けている。怨恨と怨嗟よりも同胞に対する愛情がなければ事を誤る。それにルーマー教団のなにに己を掛けられる?神?俺を作ったのは間引きの過程でもある過酷な修練と訓練と戦闘術教育であるけれど、出来損ないは死ぬと脅されてきた。俺を作った連中に感謝を感じた事などなかった。なのに人を創った神を愛せ?冗談じゃない。俺達は家畜と同等かそれ以下の扱いだった。乳や肉で飢えを満たす家畜の方が余程感謝されていた。それにヒトを道具扱いするから相棒の事まで道具だと蔑んできた。故郷の風景は確かに華やかさには欠けていた。それでも美しいと感じることもあった。けれど俺にとっての故郷になにがあるというのだ?ケイロニウス、お前にとってのアストリアには、フェリオ連邦にはどんな意味がある?」

 ライゼル・ヴァンフォートは自分が責められているかのように萎縮してヴァスイムの嘆きを聞き届けた。

「すべてこの俺の至らなさだ。《砦の男》がエカテリーナと共にルーシアを作った」

「!」

「800年前のキエーフ防衛戦で気象兵器が乱用されてエウロペアネームドとエウロペアネームレスは膠着状態に陥っていた。そしてキエーフ大公国にはエウロペア各地からの増援部隊が集結していた。後に後裔レイスを産むヴェローム大公ボストークは皇女エカテリーナの護衛として参戦していた。憐憫の巫女エカテリーナは過酷な戦いに送り込まれた騎士たちの死と龍虫の死に毎日涙していた。“アストリアの盾”と言われたリヒャルド・ホーフェンも、《黒髪の冥王》アルバレス・サマルカンドや《嘆きの聖女》ビオレッタ・モスカも居た。当然だがこの砦の男ライザー・フォートレスも参戦していた。やがて俺達はフェリオから見捨てられた。物資の枯渇と凍傷で手足を失うほどの極寒。その上、補給線までもが絶たれて俺達は文字通り共倒れで全滅する寸前だった」

「なんということだ」

 ホーフェン騎士団の名の由来とアストリアの盾という伝説はリヒャルド・ホーフェンから受け継がれていた。

 アストリアの盾としての誇りがマグノリアとケイロニウス親子にも受け継がれ、父がホーフェン騎士団を束ねていた。

「それじゃ俺の中にあるレイスの血というのはボストーク・ヴェロームから受け継がれたということなのか?」

 ヴァスイム・セベップは涙ながらに戦慄していた。

「ああそうだ。そして悲劇の英雄たちの名は共生大国ルーシアに刻みつけられている。偽典史においては女帝エカテリーナ・エルミタージュがルーシアを建国したとされているがそれは違う。《黒髪の冥王》アルバレスがネームレスたちから使徒素体の奪取に成功し、この俺が知る叡智で天ノ御柱にした。しかし、祈り子のいない御柱は機能しない。つまり、憐憫の巫女エカテリーナがその身を捧げる決断を下した。可能なら帰国をと言われていたエカテリーナは自ら退路を断つため、メイデン・ゼダの名を棄て、俺が新たな姓としてエルミタージュと命名した。王に相応しき者を王位にという《嘆きの聖女》ビオレッタはこの俺こそが共生大国の建国王だと指名した。そうして俺達は大博打に打って出た。ネームレスと和し、キエーフは痛み分けで壊滅したのだという嘘を残した。そして大帝ピョートルという居もしない建国王名を捏造し、この俺が《嘆きの聖女》の姓にちなみモスカに都を作り、祈り子たるエカテリーナを宿した天ノ御柱を安置した。《砦の男》の伝承とは人に最後の希望を与え、国産みを執り行う者を言うのだ。だからこそ、凄惨な真実を知る俺やディーン、ルイスはルーシアを憎めない。愛する故郷に見捨てられた人々の絶望と嘆きを知っているからだ。それがセカイを守るということであり、人の身で繁栄の女神となるという事。女神も三皇も剣聖もセカイ存続の為に捧げられた人たるイケニエなのだ」

「!」

「だからはしゃぐでないケイロニウス。《電光石火》の剣聖もまたセカイ存続の為の人柱だという意味であるし、その名と技と共にセカイを守ってみせろという意味だ。その上で生き残り血を遺すも義務。エカテリーナもまた長期の戦いの中でボストーク大公との間に子を成した。その子の名がヴァスイム。つまり、俺が名付けたお前自身を言う。だからこそ、己の真の子に対し、祈り子として今もモスカの御柱に在るエカテリーナの愛が注がれていたのだ。お前の本当の両親とは異なるがその魂はエカテリーナとボストークから産まれた。だからこそ、お前には両親の愛したエウロペアを憎むことなど出来なかったし、ルーマーの歪んだ教義に反発した。そして、両親が愛するゼダを去る際に最後に立ち寄った原初の都マルガに帰ってきた。分かるだろう。お前は剣聖でなく、エウロペア聖騎士であり、同じエウロペア聖騎士たるフィン・フォーマルハウトの対なのだ。そしてハイブリッドなのはネームドともネームレスともハイブリッドとも対話が可能な“調停者”という意味に他ならない。仮初めの裏切りに全存在を賭けているエドナの試練を受けたのも、そのエドナと同様に裏切り者の汚名を背負ってでもセカイを糺せという意味だ。剣聖は二種族の戦いの先陣を切り、最前線で命を賭す者を言い、エウロペア聖騎士を意味するホーリーオーダーとは二つの人類史の歩みを前進させ、次世代に継承する者、女神の祝福を受けた騎士を言うのだ。本来なら最高機密を話した意味ももう分かるだろう。光の王子リシャールの戦いを助け、新たな祈り子が捧げられるウェルリの御柱を守ることがお前たちへのオーダーであり、フェリオ再生の鍵は光の王子に委ねられる。従兄妹で未来の夫の勇姿をその目に焼き付けるためエレナも来ている。偶然ではない運命がその役者たちを此処に集わせた。破天の巫女の雇われ騎士としてヴァスイムが成すべきも定まり、アウグスト・ブランの娘がお前の劇的変化をその対に伝える。そして、俺はフェリオからゼダを経てベリアに赴く。裏切りと蹂躙で今現在最も俺を必要としているのが王者なき地と化したベリアなのだ。ベリアで国産みせよというのが父シンクレアの与えた我がオーダー。ベリアの事は俺と息子たちに任せて欲しい。お前たちは我が娘と共にフェリオに未来を創れ」

 ヴァスイムとケイロニウスは互いに顔を見合わせた。

 自分たちが感じた未来知覚とも全く矛盾しない。

 だが、王者なき地ベリアとは一体・・・。

 そして、《砦の男》の子供たちとは?

「ミロアにはナカリアとメルヒンの王太子たちが匿われています。奪還したベリアで王位継ぐは彼等ではないのですか?」

 剣皇騎士ケイロニウスは法都でナカリア、メルヒンの王太子を拝謁した事もあった。

「秘密裏に殺されたのだ。悉くな。ファーバの破戒僧たちがナカリア、メルヒンの命脈を絶ったのだ。それを女神ウェルリッヒから筆談で聞かされたときは衝撃の余り言葉を喪った。剣皇騎士見習いとして法都ミロアでなくお前たちとトリスタで修行していたリシャールだけが難を逃れたということだ。光の王子リシャールは天に護られている。既存国家を徹底破壊するというルーマーの謀略は其処まで進行していた。サマリア先代法皇も法都で事実上幽閉され、法皇ナファドを操縦する為の人質扱いだ。ブリュンヒルデと女神ウェルリッヒがオーダーを断念させられ、迂闊にミロアに入れなかったのはそのせいだ」

「!」

 ライゼルがミュイエとの筆談で知ったのはその事実だった。

 だからこそ、読心の巫女アリョーネにすぐにも注進せよとエドナに命じた。

 間違いなくゼダ女皇アリョーネは《紅蓮の剣聖》マグワイア・デュラン、オドリ・アンドリオンと名乗る大母エセルらと共に次の手を講じる。

 エルミタージュハイブリッドの標的はゼダを継ぐ者である二人の幼い巫女たちと女皇メリエルになる。

 13人委員会の計画通りならば、エウロペア女皇に選ばれ戴冠したメリエルにはディーンとトリエル、トゥールがついている。

 女皇メリエルの真女皇騎士団副司令として、今はシーナとアンナマリーを護るのが最良の選択だと《人食いの雷帝》ハンニバルはサイエス分団を秘密裏に動かせ、“国殺し”の凄惨さを知る《C.C.》にだけ脅威の存在を打ち明け、皇女たちの養育者であるレオポルト・サイエス公爵との合意の上で、サマーバカンス中のエドナ杯の観戦という自然な形で最も安全なマルガに二人を逃がし、自らがエンプレスガードとなっていた。

「それと貴方のお子さんたちとは?」

 ライゼルは上目遣いに二人を見て言い放った。

「ケイロニウス、お前が剣皇陛下としてその剣を捧げている者。つまりは《黒髪の冥王》の魂を持つ剣皇ディーンが俺の一番上の息子で、破天の巫女セリーナが俺の娘だ。ヴァスイム同様にゼダ旧皇族の血、皇の血を一番色濃く受け継いでいる。やがて《真実の番人》となる定めのディーンは生涯知ることはなく、人々の運命を書き換えられる《調和》のセリーナは気付いているが決して言わない。それ以上はこの俺に言わせるな」

                                 《続く》

 

 




 


 


 

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