戦中八話 さいごの夏の少年少女たち・・・とオッサン 第3話

(これまでのあらすじ)

 事実上最後となるエドナ杯。

 それは史上最高の手合い評論家と史上最高の手合い分析家の想定外だった。

 並んで観戦していたライゼル・ヴァンフォート伯爵とビルビット・ミラー少佐はちびっこ騎士エレナ・スレイマン、オラトリエスの真の王たる『剣皇カール』と女神ウェルリッヒの化身たるミュイエ・ルジェンテ妃の長子でオラトリエス王太子リシャール・ルジェンテの参戦に加え、傭兵騎士団エルミタージュの脱走兵ヴァスイム・セベップが決勝トーナメントで激突する流れとなったことに動揺していた。

 そして、ディーンの妹で“魔女”と通称される隠密機動セリーナ・ラシールがヴァスイム・セベップの真意を図りかねる中、《軍神》ロムドス・エリオネアの甥で養子のコナン・エリオネア少佐は女皇騎士団が追い求めた《アイラスの悲劇》の真相を語る。

 騎士として平凡な力しか持たないエリオネア家と、剣聖一族ラファール家の確執と嫉妬。

 現場不在の叔父ロムドスにかわり、傭兵騎士団エルミタージュを手引きしていたのは、誰もが善良で平凡と見做すロムドスの元副官コナン・エリオネアだった。

 そのコナン・エリオネアは「フィン・フォーマルハウト」の名を持つ覚醒騎士として決勝トーナメントに勝ち残り、ビルビット・ミラーことベルベット・ラルシュに《真・鏡像残影》による認知改竄でヴァスイムとの対戦を希求する。

 《砦の男》ライゼル・ヴァンフォートが予感する奇跡。

 そして、ベルベット・ラルシュこと剣聖エドナが自身の名を冠する大会への介入に躊躇しながらも「人の可能性」として了承したヴァスイムvsコナンの一戦。

 それの持つ意味、そしてコナンの言う絶技シールドオブイージス。

 “乙女の盾”を意味するフィン・フォーマルハウトの絶技とは?


 女皇暦1188年7月某日


 ヴァスイム・セベップは騎士待機所にルール通りに待機し、「予感」を感じて敢えて傭兵騎士団エルミタージュの指揮下を離れてまで、エドナ杯に参戦したことに自問自答していた。

(所詮は年端のいかぬ子供ばかりが参戦しているこの大会とやらに、俺はなんの意味を見出そうとしているのだ?)

 既に「強敵」となる《銀髪の悪鬼》や、《白の剣聖》ディーン・フェイルズ・スタームは過去の大会で結果を残していて参戦してなどいない。

 『剣皇ディーン』は西の戦場で龍虫たちと対峙していて、《銀髪の悪鬼》は東部戦線に時折現れては、“魔女”セリーナ・ラシールと共に自分たちの作戦行動を妨害していた。

(なにが俺を駆り立てた?今まで対戦してきた相手など、エルミタージュブレインズも関心すら抱かぬ、とるに足らん子供でしかない。そして、ネームレスの裏切り者たるエドナ・ラルシュなど、何処かで俺を見張っているだけに過ぎん) 

 ヴァスイム・セベップには自分の行動について明確な意志と意図があったわけではなかった。

 自分でもよく分からないが、突き動かす衝動を感じていたのだ。

 そして食らうに足る獲物に餓えていた。

 ヴァスイムは《ナイトイーター》フリオ・ラースに執心していた。

 同じ傭兵騎士団エルミタージュとしてフリオだけは別格だとみなしていた。

 それだけに昨年末の作戦時にブレインズがフリオを切り捨てた事には納得など出来なかった。

 もしもフリオ・ラースが生きていたのだとしたら、あるいはこの戦いに参戦して来るかも知れない。

(しかし、その可能性は低い。フリオ・ラースには最早、まともな騎士に戻る事など適わぬ筈だ。だが、俺の中の渇きがヤツを求めている。いや、ヤツだけではないのかも知れない。覚醒騎士たちと存分に戦ってみたい)

 戦争、作戦という枠組みの中ではなく雌雄を決する命掛けの戦い。

 脱走兵となった事について、ヴァスイムはなんの後悔も感じては居なかった。

 エルミタージュの脱走兵としてゼダに入国すれば、少なくとも覚醒騎士の一人とは戦える。

 セリーナ・ラシール。

 小型真戦兵という《蘭丸》を駆る魔女。

 あるいはエドナ・ラルシュ。

 ネームレスの裏切り者というかつての龍皇子で《光の剣聖》であり《銀髪の悪鬼》。

 『人間兵器』という自身の宿命については何も思う処はない。

 祖国ルーシアに対して他のハイブリッドセルたちには帰属意識はあっても、ヴァスイム・セベップには愛国心や帰属意識はなかった。

 それには別の理由があった。

 それよりも自分たちエルミタージュハイブリッドは、単身で覚醒騎士たちに何処まで太刀打ち出来るか試してみたかった。

 おそらくは同じように作られた仲間たちにはなく、自分にだけあった渇きと飢え。

(いっそこのままエドナ杯を破壊し、《銀髪の悪鬼》を引き摺り出してやろうか)

 ヴァスイム・セベップの放つ強烈な殺気に誰もが近寄りたがらない中、小太りの中年男が近付いてきていた。

「いけませんよ。そんなに殺気を放っていたならば貴方の願いは永久に叶うことなどありません。飢えを満たす前に捕食者に一飲みにされてしまいますな」

 ヴァスイムは鋭い眼光をその小太りの中年男に向けた。

「どちらが捕食者となるかは試してみねば・・・」

 だが、その男は涼しげに笑った。

「試すまでもありません。信念に裏打ちされた覚醒騎士たちは本当に強いのです。なにかを成さんとする覚醒騎士たちは、目先の戦いそのものよりもその遙か向こうを見ているのです」

 ヴァスイムはニマリと笑んで舌なめずりした。

「その言い草だと覚醒騎士を知っているようだな。いや、お前自身もまた覚醒騎士ということなのか?」

 フィン・フォーマルハウトは柔らかく微笑んだ。

「確認するのは簡単な話です。ルールに従い初戦の相手に勝つ。貴方には造作もないことでしょう」

「ほぉ、ではその次に待つのがお前だという話なのか?」

 トーナメントボードの次でヴァスイムとフィン・フォーマルハウトは激突する。

「そうしてご覧に入れます。ですから、次の相手・・・カリウス・ランペール卿などに余計な真似はしないとお誓いください」

「この俺に命令するのか?」

「貴方も傭兵騎士ならばもとの雇い主の助言くらいは聞いておいても良い筈ですし、彼も甘く見ない方が良さそうですね。エドナの試しに抜擢された剣皇騎士の彼も強いですよ」

「ほぉ」

 「エドナの試し」「剣皇騎士」というのにヴァスイム・セベップは興味を抱いた。

 《銀髪の悪鬼》でなく《光の剣聖》が自分に関心を持った。

「カリウス・ランベール・・・おそらくは偽名だろうな。剣皇騎士?一体何者なのだ?」

「ご自分の目で確認されるのが宜しいかと。さすがは《光の剣聖》といったところでしょう。決勝トーナメント進出者である有象無象の中から貴方に縁のある彼を見出しました」

 ヴァスイム・セベップは面食らった。

 エドナ・ラルシュが決勝トーナメントの抽選会に介入した事よりも自分に縁のある騎士など居たものかと。

「俺に縁があるだと?」

「ええ、貴方は覚えていないかも知れないが、貴方がたが踏みにじってきたもの。感じませんか?ナノ・マシンを鳴動させる強烈な殺気を」

 ヴァスイム以上の殺気を放つカリウス・ランベールは割合と近い位置で、二人のやり取りを注視していた。

 長身痩躯で顔立ちは平凡だが静かに研ぎ澄まされたその殺気。

 ヴァスイムの脳裏を過ったのはアストリアの盾であるホーフェン騎士団の幹部暗殺だった。

 傭兵騎士団エルミタージュ総参謀タタール・リッテの懐柔が失敗し、《連弾の剣聖》たるバルド・ラーセンと騎士団長マグノリア・ハーライトはルーマー騎士団への参加を拒んだ。

 そして、ルーシア本国から招聘されたばかりのヴァスイムはタタールの指揮下で仲間たちとの連携で二人を暗殺した。

 バルドの天技である《魔弾》により仲間たちにも多くの犠牲者が出たが、やはり天技使いのタタールがバルドを仕留め、ヴァスイムたちは・・・。

「まさか、当時の俺は実戦投入されたばかりのまだ子供だった」

 しかし、正々堂々と戦ってなどいない。

 ハイブリッドセルならではの思念信号波連携力をもって仲間たちと囲んでマグノリアを討ち果たしていた。

「《連弾の剣聖》たるバルド・ラーセンの遺児が貴方がたのお仲間で《ナイトイーター》だったフリオニール・ラーセン。しかし、父親を殺された遺児はもう一人いた」

 バルドの長子フリオニール・ラーセンはアストリアを離れることが出来ず、残された家族を養うために少年傭兵フリオ・ラースとして傭兵騎士団エルミタージュに入った。

 だが、マグノリア・ハーライトの遺族たちはアストリアを去っていた。

「ホーフェン騎士団長マグノリア・ハーライトの子?そうか母親と共にアストリアから姿を消したと聞いていたが」

「祖父母と母親に連れられて法皇国に逃れ、ミロアにて騎士修業を続けていたかつての少年がケイロニウス・ハーライト。剣皇騎士団の一人として要人警護の為に今大会に出場していたということです。予選では実力を巧みに隠していましたがね」

 ヴァスイムも察知はしていた警護対象者で本命格のオラトリエス王太子リシャール・ルジェンテと共に大会に出場していたケイロニウス・ハーライトの存在に、ヴァスイム・セベップは全く気付いていなかった。

 だが、ビルビット・ミラーは見落としてなどいなかった。

 偽名でお忍び参加するリシャール・ルジェンテを密かに警護するには同じ大会にエントリーするのが一番手っ取り早い。

 同じ選手という立場であれば外部と遮断された共有スペースにも出入り出来る。

 そして、父親の仇がのこのこと大会に出場していた事を知り、ヴァスイムと雌雄を決するつもりでいるということだった。

「つまり、エドナの試しとはこの俺への敵意を剥き出しにしているケイロニウスことカリウス・ランベールを大会のルールの範疇で倒せというのか?」

 間違いなくカリウス・ランベールは大会のルールを逸脱しようとも構わないとばかりに自分を殺そうとする。

 ヴァスイムを勝ち残らせればいずれはリシャール・ルジェンテと相見える事になり、不測の事態になりかねない。

 その可能性を排除する。

 カリウス自身はあくまで警護の為に参加しており、ヴァスイムへの殺害企図により反則負けとなろうが一向に構わないという覚悟なのだろう。

「それが貴方が私と戦う資格があるかを問うということですよ」

 フィン・フォーマルハウトの去り際の一言にヴァスイムは感じた事のない興奮を覚えた。

 ヴァスイムは知らないがそれを武者震いというのだ。


「お楽しみにとっておこうと思って敢えて指摘してなかったけれど、カリウス・ランベールが“準優勝候補”筆頭ね」

 アルセニア・オーガスタは予選日とは違い貴賓席側に席を移していた。

 アルセニアだけではない。

 ミュイエ・ルジェンテ王妃も、ハニバル・トラベイヨ司令と二人の皇女殿下も、ライゼルとビルビットもいざというときに、貴賓席のアルゴとオリビアのスレイマン夫妻やお互いをカバーしやすい位置に陣取っていた。

 ビルビット・ミラーが緊急時に備えてアルゴたちと警備計画を打ち合わせた形にし、セリーナ・ラシールはハニバルの隣席で待機している。

「アニー姐さんの本命は彼なのかしら?私と同じ結果になるという予測ですか」

 女皇騎士イライザ・サイフィールは薄紫色のサマードレス姿で色違いのサマードレス姿のセリーナ・ラシールと対称的にしている。

 しかし、イライザのサマードレスの下は夏用軽装甲冑であり、セリーナは黒装束だ。

 二人ともなにか事が起きた場合に備えている。

 当然、真戦兵で狼藉があった場合に備えてセリーナは愛機シャドー・ダーイン《蘭丸》を伏せ、イライザは自前で持ち込んだファング・ダーイン改を伏せている。

 念の為、ビルビットとアルセニアもファング改を会場内に配置していた。

「ヴァスイム次第でしょうね。本命というならシャール・レジェール選手だし、仮にシャールとカリウスの対戦となれば、カリウスが忖度してそれと分からないように勝ちを譲るということ」

 順当に勝ち進めば二人が対戦するのは決勝戦になる。

 ただし、リシャールの山には身元のしっかりした選手を揃え、カリウスと同じ山にはヴァスイムに加え、エレナ・スレイマン、フィン・フォーマルハウトが入っていた。

 ビルビットの「エドナの試し」にはフィン・フォーマルハウト自身も含まれていて、一回戦の相手をエレナ・スレイマンことエレーニャ・スライムにしていた。

 幼いエレナは面倒事に巻き込まれない形で早々に排除しておいた方が適当だと判断し、フィン・フォーマルハウトことコナン・エリオネア少佐に任せた。

 年齢的にあと2回以上は出場できるのだから、お子様騎士の扱いに長けたフィンがどうあしらうかを確認しておきたいと考えたのだ。

「ヴァスイムとカリウスの一戦こそ要注意だ。あの少佐には敢えてヴァスイムを挑発して貰った。その上で、自身の業とカリウスの復讐心。そのぶつかり合いになるかならぬかだ」

 カリウス・ランベールことケイロニウス・ハーライトには剣皇騎士として曲がった所が少しもない。

 反則技でヴァスイムを討ち果たそうと考えても、それは父親の受けた屈辱と同義だろうと理解している筈だと考えた。

 さもなくば栄えある剣皇騎士を名乗れない。

 その上でビルビット・ミラーはヴァスイムに敢えてハンデを付けた。

 捕食者としての己を封じて仮に反則技でも受け流せというオーダー。

 ビルビットは念の為、ヴァスイムとカリウスの一戦は反則が行われる可能性が高いと主審団に警告しておいた。

 前々回大会準優勝者の助言であるので国家騎士団派遣の主審団は即座に了承した。

 そうして、女皇騎士団関係者の注視する中で、カリウスのダウングレード・ミローダと同じくヴァスイムのダウングレード・リンツ・タイアロットの一戦が始まろうとしていた。

 両機とも実戦仕様を大会エントリーに必要な形にダウングレードさせている。

 現在の剣皇騎士団で、元神殿騎士団の実戦機ミローダとは戦闘経験豊富なヴァスイムといえど初対戦となる。

 神殿騎士団のノートスとミローダはもともと対龍虫戦闘に特化開発されている。

 奇襲突進攻撃を一度受けてからプラスニュウム装甲を貫くのが得意という意味で、絶対防衛戦線内では後継新型機のカル・ハーンに主力機の座を譲りつつあるものの、トレド戦線ではいまだ実戦機だ。

 対戦前の礼儀としてお互いに顔を合わせる。

 ヴァスイムは複雑な表情をケイロニウスに向け、ケイロニウスはヴァスイムを睨み付けるようにした。

 先に口を開いたのはヴァスイムだ。

「俺は実戦の中で磨いてきた技、お前は鍛錬の中で磨いてきた技。心ならずも殺めたそなたの親父殿への餞だ。お前は好きにしろ。俺は騎士としてその名に恥じぬ戦いをさせて貰う。それがどうやらエドナの試しとやらだと考えた」

 ヴァスイムの言葉にカリウス・ランベールはあからさまに動揺していた。

 「騎士としてその名に恥じぬ戦い」と言われ、カリウスは自分の中の殺戮衝動をいなされた格好だ。

「わかっていたのか?」

 絞り出すようなカリウス・ランベールの言葉にヴァスイムは自嘲気味に吐き捨てた。

「お節介なヤツが教えてくれたのさ。そして俺なりに考えて出した結論だ。仇討ちしたければ格好の機会だ。“騎士なら機を捉えたら逃すな”。マグノリアもおそらくはそう語るのではないのか?」

 カリウス・ランベールは呼吸一拍分だけ熟考し、「親父を愚弄するなっ!」と叫ぶのを堪えた。

(こいつは手強いかも知れない。激情に身を任せたりはせず、言葉でも剣でも受けることを骨身に刻んでいる。なるほど、確かに俺は試されている)

 ヴァスイムの自嘲気味だが冷静な態度がカリウス・ランベールの冷静さを引き出していた。

「その通りだ。危うく間違うところだった。一対一で衆人環視。光学迷彩もない剥き出しの愛機同士の戦いだ。剣皇騎士の俺が間違ってはいけないこと。それは己の遺恨や未熟さ故に剣皇陛下や法皇猊下、そして亡き父の期待を裏切ってはならないということだ。指導と助言とに感謝するぞ、ヴァスイム・セベップ」

 これまで感謝されることが一切なかったヴァスイムは面くらいながらも騎士として大切な事を学んだと実感していた。

 これまで相手の良さを消すことが戦いのコツだと教わって来たし、挑発や愚弄も戦術行動だと叩き込まれてきた。

 しかし、逆に互いに冷静さを保ち、相手への敬意を忘れぬこと。

 なにより等身大の存在として敵を認めることが、己を満たすに足る極限の戦いを引き出すコツだった。

「ならばこれより先は騎士と騎士の戦い。目の前の戦い以外の余計な事を頭に置いた方が確実に負ける」

「応っ」

 ヴァスイムはカリウスの差し出した右手を躊躇なく取って握手を交わし、踵を返してリンツ・タイアロットに乗り込んでいた。

(意外だ。飢えと渇きが萎んでいく。なるほど、全力の相手を引き出して叩いてこそ真の強者だ。頭の中が整理されていく。迷いと戸惑いはなくなった)

 剣皇騎士ケイロニウス・ハーライトも全く同感だったようだ。

 去り際の表情から殺意も憎悪も消えている。

 自ら愛機と称していたミローダに乗り込む前に愛撫するように一撫でして、カリウス・ランベールは機体に乗り込んでいた。

 それを真似てみる。

 「道具」だと見做していたリンツ・タイアロットを「愛機」として労ってやる。

 駆動を始めたリンツ・タイアロットがいつになく高揚しているように感じられた。

(なんだこれは?沸き上がるような重低音がコイツの奥底から聞こえて来るようだ。そうか、コイツもまた生体兵器だった。龍虫をバラして再構成したコイツもまた生き物だというのなら、俺の目覚めを待っていたのか?)

(Yes.Masterヴァスイム。共に戦いましょう。貴方の求めていたものは全て貴方の中に既にあるのです。そして、飢えも渇きも目の前の強敵を平らげることで満たされます)

 ハイブリッドだから感じられる思念信号波でリンツ・タイアロットの声を聞いたヴァスイムは高揚感を感じていた。

 自分は一人ではない。

 つい先程まで「道具」などと愚弄していた事に心の底から詫びる。

 「相棒」との人機一体。

 ハイブリッド故に言葉など使わなくても良い。

 思念信号波として相棒の名を脳裏に浮かべたとき、ヴァスイムは力の増幅を感じていた。

(ひょっとしてこれが騎士覚醒なのか?相棒を組成し、周囲を取り巻くナノ・マシンの動きが手に取るように分かる)  

「始めっ!」

 主審の合図と同時に弾き出されるようにリンツ・タイアロットが躍動していた。

 自爆装置だった羽根を捥がれた相棒は機体の優位性さえ喪っていた。

 実戦の場で、そして予選でも何度も使ってきた長剣の一閃を囮攻撃とした短剣による突きの速さが尋常ではなくなっていた。

 受けるミローダの速さも尋常ではない。

(ケイロニウス・・・ヤツも目覚めたのか?この感覚に)

 槍先を削らずカバーを掛けたミローダの槍が素早く繰り出されるのをヴァスイムは軽やかにかわしていた。

「いけるっ!いつも以上に思い通りに動いてくれている」


 観覧席のライゼル・ヴァンフォートが思わず立ち上がっていた。

「覚醒連鎖だ。どちらが先だとかは分からない。だが、覚醒騎士同士でしかこの戦いは成り立たない」

 試合開始から3分が経過し、絶え間なく動く両機の超高速戦闘に主審が一番戸惑っている様子だ。

 決勝トーナメント一回戦にして覚醒騎士同士の戦い。

 間違いなく過去の戦いを紐解いても屈指の名勝負だ。

「互いに若すぎた俺とサイモンのときよりも、あるいはディーンとルイスのときよりも激しく熱い戦いだ。試して良かった・・・」

 ビルビット・ミラーはエドナ・ラルシュとしての自分を引き摺り出され、ぶつかり合う二人の気迫と人機一体としか言えないミローダとリンツタイアロットの動きの中に二人の精神を感応していた。

(余計な事は考えるな。負けることを怖れるな。ただ集中しろっ!ミローダは俺の思い通りに動く。一瞬でも気を散らすと短剣突きが捉えて来る)

 ケイロニウスの精神に対するヴァスイムの精神とて明確だ。

(凄いっ!精神集中した覚醒騎士と戦うというのはこういう事なのか?膠着を崩す次の手を考えろっ!エドナの指南書にあった、あるいは俺が目にした天技で試せるものはないのか?)

 修練の為でなく、相手騎士が使う可能性があるとしてヴァスイムはエドナの天技指南書の内容を指導されていた。

 その中から咄嗟に繰り出したと見えるヴァスイムの短剣突きが《飛燕》の形になっていた。

 対してカリウスの突きも《裏飛燕》になっている。

 相性の差と武器の差でカリウスの《裏飛燕》がリンツ・タイアロットの左腕の素体を抉っていた。

「ぐはっ!」

 相棒の受けたダメージがヴァスイムに「痛み」を感じさせていた。

 刃引きしないなまくらの短剣がリンツ・タイアロットの左腕からポロリと落ちる。

 対してミローダの槍を覆うプラスニュウムカバーがヴァスイムの《飛燕》を受けて弾け飛んでいた。

「水入りっ!両者開始位置に戻り、降機せよっ!」

 激しい動揺と疲労、痛みとでヴァスイムとカリウスは促されるままに機体を降りた。

 すぐにミローダの槍先を覆うカバーが交換され、両機にチェックが入る。

 ヴァスイムは尚も残る左手の痛みに悶絶していた。

「どいてっ、応急措置をします」

 サマードレスを脱ぎ捨て黒装束となったセリーナ・ラシールがヴァスイムのすぐ近くに来ていた。

 セリーナがヴァスイムの左腕を形成するナノ・マシンを外部操作し、ヴァスイムは悶絶する程の痛みからようやく解放される。

「お前は魔女?」

 ヴァスイムは呆然とその女性を見上げていた。

 美しき魔女セリーナがヴァスイムの耳元で囁く。

「人機一体は諸刃の刃よ。相棒の負ったダメージが貴方自身を構成するナノ・マシンにまで影響する。だけど錯覚。貴方自身の左腕はなんともない。けれども相棒の左腕は今はどうしようもないわ。貴方が改修を依頼したメンテナンサーに頼んで直すまでは使い物にはならない。《裏飛燕》はもともと龍虫と戦うための真戦兵同士、人同士では危険過ぎる技なのよ」

「そうなのか?」

 ヴァスイムは似た技同士のぶつかり合いがそうした理屈なのだとはすぐには理解出来なかった。

「だけど、貴方はまだ目覚めたばかりの赤子。ナノ・マシン操作術は治癒や応急措置にも応用出来る。今度だけは助けてあげるけれど、自分で学び取りなさい」

 ヴァスイムは自分だけが魔女セリーナ・ラシールの介抱を受けていることに後ろめたさを感じてカリウスの方へと視線をやった。

「お互い様よ。貴方に痛みを負わせたことに、ケイロニウスは酷く動揺している。イセリアが目を醒ましに行った」

 軽装甲冑姿のイライザ・サイフィールは機体から降り出て、惚けたようになっているカリウスの頬を叩いて動揺を解いていた。

「じゃあ、あの精神感応波のような感覚はヤツも共有していたのか?」 

「当たり前でしょ。覚醒騎士同士は思念信号波とよく似た精神感応を引き起こす。正々堂々と戦いたいと夢中になりすぎて、やりすぎてしまった事への動揺で精神的ダメージは貴方よりも大きい。だから、イセリアが動揺を落ちつかせに行った。セコンド役が入ったのはお互い様だから気に病むことはないわ」

 セリーナ・ラシールの黒い瞳に射貫かれ、気恥ずかしさからヴァスイムは自分の左手をまじまじと見た。

「よく聞きなさい。覚醒騎士同士の戦いはこういうものになる。傷を負った側も負わせた側も、痛みや動揺からトラウマになることもある。人機一体は切り札であり、真戦兵との完全シンクロは貴方自身が真戦兵そのものと感覚を一つにする。つまり、相棒が刺し貫かれたなら、貴方自身もショック死することだってあるの」

「それほど危険な行為なのか?」

 少し前、ヴァスイムは左手を喪失した程の痛みに悶えた。

 もし、胸を貫かれていたならばと考えてゾッとなる。

「ずっとそうした戦いをやってきたのが白の《ディーン》やルイス。だから、加減だとか内燃加速治癒だとか対応策を身につけている。でも、心はとっくにボロボロなのよ。意識や感覚を繋がなくても相棒とは上手く戦える。そして、貴方が生きてさえいれば相棒は元通りに直る」

「・・・・・・」

「この先、片腕の相棒とどう戦うつもり?これ以上傷つかない為に棄権するのも勇気よ。そして、貴方の中でセカイへの認識変化はとっくに起きている。ケイロニウスを労る気持ち、かつてない強敵だと認めたこと。なにより貴方の扉が開いている。だから、私たちは覚醒騎士の先達として迷わず競技会場に身を躍らせていた。セカイは望んでいるのよ。痛みを分かち合い、真理に近付いた真の戦士の魂の誕生を」

「あああああああっ!」

 ヴァスイム・セベップはこれまでの自分がどれほど鈍感だったかに気付いた。

 作戦行動と称して行ってきた数々の蛮行とそれの持つ因果応報。

 『人間兵器』として共に歩む仲間の手も振り払って衝動に身を委ねたのはこのことを識るためだった。

(誰か。誰か俺を受け止めてくれっ!一時の快楽や愉悦など一時凌ぎに過ぎない。待っているのは奈落。自分が何処までも墜ちていく。だが何の真理も識らないヤツになど討たれてたまるかっ。誰か俺を分かってくれっ!)

 セリーナの黒くつぶらな瞳がヴァスイムを憐れむように注がれる。 

(その無防備で無力なこころを捉えようと深淵がじっとこちらを覗いている。対を求めるのは貴方の純粋さ。貴方の純粋さと同じ物を持った存在が確かに居る。貴方がセカイを理解しようとすれば、セカイが貴方の対の存在を教えてくれる。ケイロニウス・ハーライトもまた貴方の対。仇だと憎んでいた相手と戦うことになり、貴方の心は虚無と後悔とまだ識らぬ敵への憧憬に踊った。ケイロニウスの復讐の刃に裁かれることを望み、返り討ちにする高揚感を予期した。それと同時にケイロニウスの喪失の痛みを識った。そして貴方は貴方に本来与えられるべきだったしがらみと、愛憎の対象が無いことに惑った。両親が居ないと貴方はこの世に産まれ落ちることさえなかった。なのにその無償の愛の存在さえ識らない可哀想な人。その目を開いて、その扉を開放して、無数に存在する対の存在に可能性を求めなさい。私は魔女と呼ばれているけれど、それは本質的には違う。私は巫女。無数に存在する対の中で、この時代と背景における私の対は義弟ナダル。《傀儡回し》を使う未熟者の貴方にとっては最悪とも言える相手こそが私の対であり、これからも覚醒騎士として戦いたいのなら触れてはいけない存在)

 ヴァスイムは沸き上がる後悔と動揺から立ち直り、セリーナ・ラシールを真っ直ぐに見据え直していた。

 脳内に開いたという扉から流れ込む膨大な情報の奔流。

 同じ覚醒騎士たちの持つそれぞれのペルソナと背景。

 この会場内においてさえ、感覚的に覚醒騎士だと分かる者だけでも両手の指の数ほどもいる。

(女神が見ている。ああわかる。あれが女神ウェルリッヒ。厳格さと理をその身に滾らせる彼女が俺を注視している。俺がこの先なにとどう闘い生きるかを見定める審判者。そして、光の剣聖エドナ・ラルシュ。やはり厳格で冷徹な《銀髪の悪鬼》であるエドナが俺を試したのは、これから俺がなにをどう理解して生き残り生き抜くかをやはり注意深く見定めている。それ以上にエルミタージュハイブリッドの俺が真理の扉を開いた事への感動に打ち震えている)

(そうよ。そして《砦の男》。私たち全ての騎士たちの真祖シンクレアの真意の体現者。貴方の祖国ルーシアは《砦の男》の優しさと人々を愛する真心から産み出された。巫女としてその身を差し出してモスカの《天ノ御柱》に自らを封じたゼダ皇女エカテリーナ・エルミタージュ。両親の愛は受けられなくても、貴方はエカテリーナの優しさに包まれていた。だから護られてきた。だからそのまごころを識るために貴方は生きている。その彼女の名を貶めているのが貴方の所属していた傭兵騎士団。だからアリョーネ陛下は敢えて旧皇族エルミタージュの名を私たちの所属組織女皇騎士団外殻部隊として貴方たちハイブリッドセルの暴力装置を破壊しようとしてきたの。そろそろ理解が追いついてきた筈よ。フェリオを憎み、構成国アストリアを憎んでもなにも産まれることなどない。マグノリア・ハーライトをよってたかって惨殺し、十数年を経てその息子ケイロニウスの存在に気付いて、貴方は復讐などに一欠片の価値もない事を知った。精神を集中させて対峙し、彼がそうするように相棒との対話を識って、真戦兵が単なる兵器などではなく、無限の可能性を秘めた新たな人の雛形なのだと理解した。感情があり、傷つき片腕を喪っても貴方と共に戦う猛きこころを棄ててなどいない。そして、神無きセカイにファーバと異なる教義は存在しても意味などない。女神と呼称されていても彼女たちもまた人であり、人への優しさと人への労りこそがセカイを組成するナノ・マシンを目映く輝かせる。活性化して蒼き燐光を放つ真戦兵はあらゆる憎しみと闘争心の究極でもあるけれど、セカイに対する人の愛の究極。己の敵を愛し、隣にいる者を労る気持ち、そして対の存在を得て貴方の物語は紡がれ続ける。求めていたフリオニール・ラーセンがそうであるように、ルイス・ラファールの掲げる旗の下に馳せ参じようというのならば止め立てはしない。もう既に貴方のこころはセカイを護りたい、愛したいという気持ちに包まれている。それが真理への目覚めである覚醒騎士の本質なのだから)

 ヴァスイム・セベップは感動に打ち震えていた。

 セカイはこんなにも慈愛に満ち、優しさに満ちている。

 覚醒騎士とは単なる強敵などではない。

 相克と闘争を委ねられた騎士たちが力無き人々を護りたいと己を顧みないことで到る相互理解。

 《龍皇子》だったミトラやエドナは群体性人類ネームレスを裏切ったのではなく、セカイを創り始めたメロウの真意が憎しみや闘争心、暴力を婉曲に否定する事なのだと理解し、その方法論について真剣に考え抜き、全ての人が人として生きていける持続可能なセカイを創り出そうと足掻くことに賭けるために己の身を差し出していた。

 悪意は存在し、深淵から人々のこころに甘い囁きと飢えや渇きといった現象を引き出している。

 人の形成せぬ怨霊が今もセカイを覆い、このささやかで愛に満ちたセカイを曇らせている。

 そして刻一刻と近付く終焉へと到る足音。

 女神たちの容れ物である《天ノ御柱》の精神汚染と老朽化、破壊が進んでいる。

 セカイの破壊者たる《白痴の悪魔》の胎動。

 人は糧のみで生きる訳ではない。

 目的と希望があり、成さねばならぬ己の役割を演じきること。

 その上で自身をも組成するナノ・マシンたちが力を喪失させ、やがては情報体としての魂がシの国へと還り、また命は再び巡る。

 心臓が拍動を続ける限り、この実験セカイの住人として感謝といのちへの賛美を忘れてはならないのだ。

 しかし、あれから何分経過したというのだ。

 水入りによりケイロニウスとの一戦が中断してからヴァスイムは何時間も経過したように感じている。

「光の剣聖エドナ・ラルシュの福音である《鏡像残影》よ。貴方の認知がスローモーションのように時間の経過を感じさせているだけで現実には1分と経ってはいない。覚醒騎士なら仕組みを理解さえすれば誰にでも使えるし、訓練や熟考にも用いることが出来る。応用次第でどんな形としても用いることの出来る鏡のセカイ」

「貴方が使ったのか?破天の巫女セリーナ・ラシール」

 「魔女」という認知は誤りであり、破天の巫女というのがセリーナの真名だ。

 巫女はこの会場内に他にもいた。

 記憶の巫女と煉獄の巫女。

 まだ幼い少女たちだが既に憐憫の巫女エカテリーナ・エルミタージュと同等の力を宿している。

「ええ、そして我々ネームドの矜持とはその名に自身の存在を凝縮すること。天技と破天の関係性を考えなさい。全ての天技は覚醒騎士たちの形をセカイに留めるための境界線であり、破天とはそれを打ち砕くこと、乗り越えることが出来るということ。天技を超える絶技とは人の想いが人の域を超えてしまう危険な綱渡り。ケイロニウス・ハーライトは貴方と同様にまだ天技が扱えるか否かという段階で、真理の知覚者たる覚醒騎士としてはひよっこ」

 絶技と聞いた瞬間にヴァスイム・セベップはあの男の顔を思い出していた。

 フィン・フォーマルハウト。

 いや、ゼダ国家騎士コナン・エリオネア少佐。

「人の可能性の果てを見極めたいのならケイロニウスに勝ちなさい。奇跡の力を目の当たりにすれば貴方は更に変われる。絶技なら其処にいるイセリア・レオハート・ヴェロームにも使える。覚醒騎士でも僅かしか至れない絶技の域に居る彼女に追いつくにはまだ早すぎる。けれど、早すぎるだけ。貴方の原点を私は識った。私の対であるレイス・レオハート・ヴェロームの係累。貴方の矜持は私の対ととても似ている。だから安易に殺せなかったのだわね」

 セリーナ・ラシールはヴァスイム・セベップを排除出来なかった理由を確認し、朗らかに微笑んだ。

「獅子心公と呼ばれたレイスの系譜に連なるのであれば、貴方の身体にも皇の血が流れている。マグノリア・ハーライト、ケイロニウス・ハーライトにもシンクレアから受け継ぐ純潔の騎士としての血が。そして、貴方がこだわったフリオニール・ラーセンには風の剣聖にして女神マーガレット・アテナイというリュカイン・アラバスタ、彼女と英雄アルフレッド・フェリオンとの娘ソシア・アラバスタの遺したRの血族という確かな血筋が流れている。だからこそ、貴方の中に流れる皇の血がRの血族たるフリオニールを求めて貴方を衝き動かしたのね」

「!」

「その身に相応しい新たなる名をと私は考えた。けれども貴方はケイロニウスに誓っていた。“騎士としてその名に恥じぬ戦いをするのだ”と。だとしたら、貴方が考えている以上に貴方はヴァスイム・セベップの名に愛着と誇りを感じているのだわね」

「そうなのだろうか・・・」

 ヴァスイム・セベップは自問自答していた。

 しかし、自分の中にレイスの血を感じたとき、ヴァスイムは怯まず退かず臆さないというレイス・レオハートの覚悟の強さをその身に感じていた。

 かつての自分はただ無謀だったのではない。

 肌身に脅威を感じていても何者にも臆さないという獅子心公の贈り物たる矜持。

 冷静に顧みると覚醒騎士と戦いたいなど狂気の沙汰だとしか今は思えない。

 自分と同じスタートラインに立っただけの《電光石火の剣聖》と呼ばれることになるケイロニウスにさえ圧倒されかけた。

 その遙か先に居るであろうセリーナの兄で《黒髪の冥王》で《白の剣聖》剣皇ディーン・フェイルズ・スタームや《紅の剣聖》とされるクシャナド・ファルケン、《光の剣聖》であるベルベット・ラルシュに挑もうなど、正に正気とは思えない。

 ブレインズはその事を知っていて隠していた。

 臆し呑まれたなら簡単に心折れて敗北するし、現に犠牲者は沢山いた。

 『人間兵器』に敵への感受性は不要だと、仲間たちとの思念信号波連携だけを武器とするよう仕立て上げられていた。

 剣皇ディーンたちは《白痴の悪魔》との戦いですら臆することを知らない。

 やがて《流星の剣聖》となるフリオニール・ラーセンは自分が踏みにじってきた騎士たちの本懐を遂げるため、その《白痴の悪魔》との戦いに挑もうとしている。

 タタールの孫娘で《月光の剣聖》となるミィ・リッテと共に仮初めの姉弟騎士となって《嘆きの聖女》で《神速の剣聖》、《紋章騎士》のルイス・ラファールと想像を絶する修練を積んでいる。

 だが、其処に理由と意思が存在するのであれば、賭けてみたいと願う気持ちもまたある。

 セリーナからルイスの掲げる旗の下へという言葉に一瞬だけ心躍った。

 だが、即座に違うなと感じた。

 東方戦争。

 ルーマー騎士団の始めた茶番劇とフェリオ、ゼダ二大国の破壊と蹂躙。

 破天の巫女セリーナ・ラシールの騎士として《天ノ御柱》の争奪戦というもう一つの過酷な戦いに挑み、ウェルリフォートの天ノ御柱を守り抜くことがエカテリーナの意志なのだと感じていた。

 偶然なのか必然なのかこの場にその役者たちは揃っていた。

 《光の剣聖》であるエドナ・ラルシュ、剣皇カールの息子リシャール・ルジェンテ、その実母たる女神ウェルリッヒ、カールとリシャールに忠誠を捧げる《電光石火の剣聖》にして剣皇騎士ケイロニウス・ハーライト。

 剣皇カールを包囲網から解放するその全軍を指揮する《人食いの雷帝》というハンニバル・レオハート中将とその娘である剣聖で《氷の貴公子》というイセリア・レオハート。

 そしてパルムの天ノ御柱オリンピアと対決する記憶の巫女と煉獄の巫女。

 女神マーガレット・アテナイの密使ティリンス・アウグストブラン。

(元本国傭兵騎士の俺が一番総参謀タタール・リッテの手の内を知っている。エウロペアを護り、セカイを守り抜く戦いの二極化の中で必要とされている方に参加する。そうして欲しいというエカテリーナの願い。仲間たちの目を醒まさせてやれというレイスの意志。その為に俺はこの先戦うのだという確信)

 まずは女神の密使ティリンスをエルミタージュセルが我が物顔で跋扈するパルムドールを切り裂き読心の巫女アリョーネの下へと導くのが自分の役目だ。

 其処に対の運命を感じてヴァスイムは驚愕していた。

(どうして俺は未来を認知している?会ったこともないティリンス・アウグストブランの漂わせる甘く切ないその香りまで身近に感じている?)

 戸惑いの表情を破天の巫女セリーナに向けたとき、時間感覚が変わった。

「ヴァスイム・セベップ。戦いを続けるかね?」

 主審の確認に対してヴァスイムは答えようとしてケイロニウス・ハーライトに機先を制された。

「私は棄権します。これ以上は戦いを続けられません」

                              (続く) 

 




 

        

 

 

 

 

 

 

        

  

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る