第11話 休戦協定調印

 ライザーがアルマスで暗躍していた同じ頃、トゥドゥール・カロリファル国家騎士団副総帥は東征を締めくくるウェルリでの休戦協定調印式に臨んでいた。

 差し向かいに座るのがフェリオ現国王のエドラス・フェリオンだ。

 今の王都というのはフェリオは連邦王国なので選王候の推挙で国王が替わり、名門フェリオン侯爵家は歴史上数多くのフェリオ連邦国王を輩出したが常時王族ではない。

 正確に言うとフェリオン侯爵家だ。

 ただし、初代剣皇アルフレッド・フェリオンを輩出したので龍虫の襲撃周期が近付いた事情により選王候たちはフェリオン侯爵家のエドラスを推挙した。

 エドラスとオラトリエス王妃ミュイエは実の兄妹だ。

 さほど賢くないエドラスが持参金目当てにミュイエをシャルルに嫁がせたと世間は思っていたが、実際は違う。

 ミュイエほどではないにせよエドラスも聡い。

 シャルルから受け取った持参金の使い道に思い当たるところがあったし、彼と手を結ぶ必要があったのだ。

 その結果が大陸横断鉄道をウェルリまで引き込むことだったし、東征軍を苦戦させた《疾風の剣聖》メディーナ・ルフトーの駆るタイアロット・アルビオレ開発だった。

 この機体の開発には莫大な資金が必要になる。

 それをシャルルが持参金名目で全額負担したのだ。

 それにタイアロット・アルビオレは共同開発機だ。

 フェリオン侯爵家、オラトリエスのルジェンテ王室、ゼダ女皇家の共同開発だった。

 調印式を終えたトゥドゥールとエドラスは歓談のため別室に移った。

 エドラスは人払いし、トゥドゥールも部下たちを下がらせる。

 今回、トゥドゥールは腹心たるリチャード・アイゼン大尉は同行させていない。

 リチャードは東征作戦での功績により大尉に昇進し、国家騎士団宮殿支部の支部長補佐となっていた。

 二人だけで別室に入ったエドラスとディーンは笑いを噛み殺して抱き合った。

「おじさん、ご無沙汰していました」

「ディーンもデカくなったなぁ」

 そもそもフェリオン侯爵家とセスタスターム家は親戚だ。

 単に親戚というだけでなく、定期的に血縁交流が図られていたせいで、顔立ちもよく似ている。

 だいたいフェリオン侯爵家とゼダ新女皇家も親戚筋だ。

「アリョーネは元気かい?」

 エドラス王はゼダの女皇陛下だろうと呼び捨てだ。

 というよりエドラスとアリョーネは昔馴染みだった。

 同じくトワントとエドラスも昔馴染みだ。

「少なくともボクとトリエル殿下の出立前まではとっても元気でしたよ。ぶっこ抜いた庭木で甥っ子をぶっ飛ばしちゃうほどには」

 ディーンの皮肉にエドラスは哄笑した。

「やっぱりアレはそうだったか・・・。そのときクビを傾げていたライゼル伯もトレドに入ったとか?」

「入るなり毎日トレドで騒動起こしています。ナノ粒子も特定しちゃいましたし、あの人はパルムに戻る気なんてないようでベリアに新国家樹立する気でいますよ」

「ほんとに頼もしい御仁だよなぁ、コッチでも人気者だもの」

 ライザーの失念その2がフェリオ連邦王国内でも外信翻訳で有名人だったことだろう。

 その上、エドラス・フェリオン王まで知っていた。

「さってと、ディーン。トリエルがトゥールのかわりに寄越した意味は分かっているよな?」

「もっちろん。まして『剣皇ディーン』だとバレた日にゃ、そっこー殺されてしまいますもの」

「じゃ、操縦は任せるっ」とエドラスは機体ハッチの鍵を放る。

「いやはやアルビオレ初搭乗かぁ」とディーンは興奮する。

「試作一番機と実戦機は単座だがロイドに訓練用の副座機を用意させた」

「じゃ、サクッとトンズラしましょうか」

 龍虫戦争における参加立ち位置を事前に相談していない訳がない。

 案の定、トゥドゥール副総帥の見立てていたとおりフェリオ王家直属の《フェリオ遊撃騎士団》以外はどいつもこいつも役立たずだった。

 籠絡されているのではないかという懸念は的中し、既にナファド法皇が特記第6号発動を申し入れているのに、ゼダ東征軍との交戦を理由に参加していない。

 ちなみにかつては剣皇ファーンや剣聖ライアックが籍を置いたフェリオ遊撃騎士団だけは特記第6号に従い別命待機中だ。

 ベルゲン・ロイド大佐隊長率いる彼等にはもっと大事な役目がある。

 終盤戦までに来てくれないと『剣皇ディーン』が困るし、ディーンを我が子以上に可愛がるエドラス王がそれを許す筈がなかった。

「おじさん、やっぱりこうなりましたね」

「あんの愚息めっ、親も売るつもりだったか」

 ディーンとエドラスが入った別室をゼダ国軍将校と銀翼騎士団が固めていた。

 トゥドゥールには背信罪、エドラス王には職権乱用による選王候からの国王解任書でも用意して、端から二人だけになったところで身柄をおさえてしまうつもりだったのだ。

 察しの良い二人は城外に通じる抜け道で謀略を確認した後、手筈通りアルビオレで逃走し、ディーンはハルファ視察後にバスランに帰陣し、エドラスは《黒き森》に追放されたと国内に流布されたのを良い事に安全なゼダ国内に逐電するつもりだった。

 《黒き森》での物語は偽典編纂作業後のディーンが描くことになるが、実際の《黒き森》は現在人の入れない場所だ。

 荒廃地ファルツとフェリオの旧国境が《黒き森》で旧ファルツから吹き寄せるナノ粒子混じりの風を防ぐ防風林となり、ナノ粒子を吸い上げた黒い植物たちが自生する死の森となった。

 荒廃地となったファルツの人々は難民としてフェリオに逃れた。

 難民の末裔たちは悲惨そのものでフェリオ国内で奴隷扱いされ、いまも貧農として各領主たちの厳しい取り立てに遭っている。

 エドラス国王解任の結果、解任国王の連座責任で嫡子チャールズ・フェリオンも失脚する筈だがそうはならない。

 そうはならないよう選王候たちを脅迫したのだ。

 ニセ解任書も大方脅して書かせたのだろう。

 エドラスの長子で次のフェリオン侯爵たるチャールズは遊撃騎士団と並ぶ銀翼騎士団の長だったが、おそらくは他の諸侯たちと結んでこの機会にエドラスを排除するつもりだったのだ。

 選王候たちも迷惑な話だったろう。

 エドラスを新国王に指名した選王候たちはアルフレッド・フェリオンの血筋だからエドラスを指名したのではない。

 他に引き受け手がなかったのでエドラスに泣きを入れて国王になって貰ったのだ。

 その彼等選王候たちにエドラスを追放する気はまったくない。

 なにしろ、エドラスの方で国王就任時に追放誓約を貰っていた。

 追放されれば幽閉されるきまりだったが、そんな昔の決まりはとっくに効力を失っている。

 それに他の諸侯たちが国王になりたがらないのも、面倒臭いし決まりと建前は多いし、なにより金がかかるからだった。

 その上、命だけは常に狙われる。

 ただでさえフェリオン侯爵家は敵が多い。

 エドラスもミュイエもローデリアの将来を奪った爆弾テロを皮切りに、なんどの刺客に狙われたものかわからない程だった。

 その実、騎士としても強いエドラスは巧みに刺客たちを寄せ付けなかったが極度のストレスで覚醒した。

 一時期ご乱心した後、エドラスは斜に構える食えない男になった。

 妹のミュイエ可愛さからエドラスは妹のミュイエをしばらく(アラウネの改革中ずっと)ゼダに留学させていた。

 フェリオは障がい者教育でゼダに遅れているというのが建前で、本音は危なすぎてフェリオに置いておけなかったのだ。

 帰国したミュイエはフェリオ王室の改革を遂げたあと、その身が危なくなると既に婚約の交換条件としてオラトリエス入りしていた実弟ローデリアもいるシャルルのもとに逃げ込んでオラトリエス王妃となった。

 ミュイエの王室改革も中途半端に終わったがため、甥っ子のチャールズが守旧派に籠絡されたのだ。

 やれやれだ。

 軍神ロムドス・エリオネア中将らゼダ東征軍は休戦協定自体を反故にしてこのまま在陣し、龍虫戦争参加を拒否するつもりだ。

 ディーンはそれでも構わなかったがオラトリエスを占領下から解放しないと『剣皇カール』から、《鉄舟》の愛弟子アウザール・ルジェンテ団長率いる《ルートブリッツ騎士団》を貸して貰えない。

 海の《ルートブリッツ騎士団》と空の《フェリオ遊撃騎士団》が揃ってこそ絶大な威力を発揮する。

 光学迷彩を稼働させ、密かに飛び去ったディーン操縦のタイロット・アルビオレを目にしていない銀翼騎士たちは踏み込んだ別室内にエドラス王もトゥドゥール・カロリファル副総帥もいないことに呆然となった。

 すぐにチャールズ・フェリオン次期侯爵団長が呼ばれる。

 チャールズも侯爵家の人間だからウェルリの城外に通じる抜け道もその存在を知っていた。

「やられた。だが、親父のじゃそう遠くまで逃げられまい」

 父親のエドラスの右脚が「義足」なのだとチャールズは知っていたし、だからこそ逃げ道はあっても逃げられまいとタカをくくっていた。

 ウェルリの城外に通じる経路は子飼の銀翼騎士たちが固めていた。

 その経路の途中たる外階段の踊り場に副座型のタイアロット・アルビオレが事前に隠してあったとは考えなかった。

「ロイドだ。ベルゲン・ロイド大佐に連絡しろっ!」

 《フェリオ遊撃騎士団》の女隊長ベルゲン・ロイド大佐もその部下たちもまただった。

 次期侯爵たるチャールズ・フェリオンに忠誠を誓っているフリだけしていた。

 しかも、ロイドは人目を避けてはしなを作ってチャールズに気のある素振りをしていた。

 まして、《疾風の剣聖》メディーナもクールビューティーたるロイドに入れあげていた。

 フェリオ連邦王国の切り札たる《フェリオ遊撃騎士団》は連邦国家への忠誠心の篤い集団だった。

 だからこそ、負けっぱなしの状況を覆してみせたと思っていたし、現時点での休戦協定調印など「馬鹿も休み休み言え」だとチャールズは信じていた。

 チャールズは自分の率いる銀翼騎士団に因果を理解したフェリオ騎士たちを集めていた。

 その結果、本音の在処が疑わしい連中だけが《遊撃騎士団》に取り残されていた格好だ。

 なにより、ゼダ国家騎士団の全部隊がフェリオをだと見做していなかったし、逆にフェリオの各領騎士団もゼダ東征軍を敵だと見做していなかった。

 だから、双方とも交戦に消極的だったのだ。

 ゼダ東征軍はその半数以上に《軍神》ロムドス・エリオネア中将の息がかかっていて、最初からトゥドゥール・カロリファル副総帥などいずれはその父ローレンツと同様に失脚すると見做していた。

「ロムドス中将にも密使を放て、エドラスとトゥドゥールが逃げたとな」

 最精鋭部隊のアイラス《黒騎士隊》も現在はロムドス中将の管轄下にある。

 《黒騎士隊》隊長のイシュタル・タリスマン准将もロムドスの幕僚下に居た。

 だが、黒騎士隊の隊員全員がと慕うタリスマン准将こそがこの時点で一番の食わせ物だったかも知れない。


 チャールズ・フェリオンからの暗号無線でロムドス中将は渋面を作っていた。

 最側近のシモン・ラファール大佐とロムドスの実娘ラシーヌ・エリオネア中佐が控えていた。

 この二人は実は男女の仲だった。

「エドラス王とトゥドゥールが逃げたとか言ってきよったわ。チャールズ・フェリオンもその程度の輩だったということか」

 ロムドス・エリオネア中将は《軍神》と言われるだけはあり、正確に黒十字ことフェリオ連邦王国の各騎士団がどの程度の実力を持ち、その責任者たちの能力も把握していた。

 チャールズ・フェリオンも父や叔父、叔母ほどの騎士ではない。

「まずいですね。二人が逃げたとなると手の込んだ謀略を吹聴されかねませんな」とシモン・ラファール大佐はロムドスに調子を合わせた。

 シモン・ラファールは魂まで中将に売っていないし、義弟のフィンツ・スターム贔屓だ。

 そして、トゥドゥールとフィンツの秘密も先刻承知している。

 “トゥドゥール・カロリファル副総帥”としてウェルリに現れた男こそ『剣皇ディーン』本人だと察していた。

 わざわざ列車で移動してきた。

 そしてなにより腹心のリチャード・アイゼン大尉を同道させていない。

 トゥドゥールとフィンツの二人とも良く知っているシモンからしたらトゥドールのこれみよがしの「付け髭」などは正体を悟られないための変装だ。

 それを取ったら剣皇ディーン・フェイルズ・スタームとそっくりな面構えになる。

 シモンは女皇騎士団副司令のトリエル・シェンバッハもまたトゥドゥール・カロリファルに酷似していると気づいていた。

 『剣皇ディーン』ならフェリオ国内の地形にも潜伏場所にもゼダの騎士の中でも一番明るいし、姿を消すなど造作も無い。

(大方、フェリオ遊撃騎士団と合流したな。なにしろ、今の段階で“空も飛べる真戦兵”はあそこにしか配備されていない)

 フェリオ遊撃騎士団はタイアロット・アルビオレを製造中のリンツ工房に近いハノーバー近郊に在陣していた。

 それを牽制するため比較的近い占領下のドルトンに《黒騎士隊》の本隊が在陣している。

(いよいよ、マイオドール・ウルベインのヤツが動くのだろうな。あの“狂犬”が飼い主の手を噛む頃合いだろう)

 ラシーヌ中佐は父親の意を察してイシュタル・タリスマン准将を呼びつけていた。

「いますぐにも黒騎士隊に命じてハノーバー攻略に打って出ろ」

「はて、なんのことで?」

 イシュタル・タリスマン准将も食えないヤツだ。

 表向きは東部方面軍のロムドス中将に忠誠を誓っている。

 だが、本音はそうじゃない。

 事実上、隊の運営は副隊長のマイオ中佐に一任している。

「なんのためにドルトンを制圧しているんだっ!フェリオ遊撃騎士団と交戦して討てと命じているのだっ!」

 父親の名代としてラシーヌ・エリオネア中佐から怒号が飛ぶが、イシュタルは素知らぬカオをしている。

「名目的にはですな。しかし、我々は一度こっぴどくやられています。マイオもアリオンもよく戦ったが、あんなのに空を飛ばれていたらアイツらでも手の施しようがない」

「ではリンツ工房だけでも強襲しろっ!それが出来ないとは言わせないぞっ!」

 ラシーヌの美しい顔が歪むのに古傷だらけのイシュタルは苦笑した。

「お嬢さんは無理をおっしゃいますな。たとえアリオンが二人いたとてリンツ工房を強襲すれば遊撃騎士たちが文字通りすっとんできます。まぁ、盤面から排除するのは造作もないこと。遊撃騎士たちに特記第6号の発動を知らせてやればいい。そうすれば西にまとめて消えてくれますな」

 シモンは内心苦笑していた。

 イシュタルの狸親父は「最初からそうしていれば盤外へと追いやれたのに、無理に交戦したから損害が出たのだ」と言わんばかりだ。

「まさか、黒騎士隊の敗戦もだったのか?」

「まさかまさか、それこそ我が栄光の黒騎士隊がわざわざ名を落とすようなことをするとでもお思いですかな?」

 イシュタル・タリスマン准将は最初からタイアロット・アルビオレに黒騎士隊をぶつけることには反対していた。

 理由は極めて簡単で、空を飛んで逃げる相手に地上戦には滅法強い黒騎士隊をあてがったところで、「適当にあしらわれるのがオチだ」というものだった。

 現にそうなってマイオ中佐もアリオン大尉も肩すかしを食らわされていた。

 シモンの率いたロムドス隊もほぼ同様にあしらわれていた。

 遊撃騎士メディーナ・ルフトーはそうしてゼダの国家騎士たちを悉く蹂躙していった。

(《ゼピュロス》が相手じゃ、《サーガーン》だろうが《フレアール》だろうがそうなるだろうさ。唯一の対抗策が《フェルレイン》だがオラトリエスの守り手たるアレを奪取しろというのもまた無茶な話だ)

 剣皇機とされる《ゼピュロス》が何故最強と称されていたか、ラシーヌ中佐はまだ、あるいはロムドス中将も気づいていない。

 飛空戦艦と連動して空からの強襲と陸での高速戦闘を展開する。

 つまりは「どれだけ追い詰めても飛んで逃げられたら終わり」だ。

 かといってこちらも飛空戦艦を出したら《ゼピュロス》の格好の餌食にされる。

 《フェルレイン》もいまだ実戦の場には出てきていない。

 ファルマス要塞に在るのは分かっていたが、あちらも剣皇機だ。

 逆に手の内にありながらシャルルが出してこないこと自体が不気味なのだった。

(端っから一手で詰めるつもりだな。『剣皇カール』にはそれが出来る実力があるのだ。この俺でもファング・ダーインじゃ簡単に蹴散らされる)

 ゼダ国家騎士団もオラトリエス-フェリオ連合軍のどちらも最強の駒を温存していた。

 わかっていてロムドス隊を主軸にファルマスを軟包囲しているのだとしたら、それこそロムドス・エリオネア中将は《軍神》だった。

 負けると分かった戦いは避ける。

 ファルマスの籠城とは「戦うべき本当の敵がいまだに盤面に現れていない」からだろう。

 ゼダ国家騎士団もフェリオ連邦の各騎士団員も本当に戦うべき相手は東には居ない。

 居ないとわかっていて小競り合いをしている。

 ミロア法皇ナファド・エルレインとゼダ皇太子皇女メリエルの招聘に応じないための苦しい言い逃れだった。

 ラシーヌ・エリオネア中佐は我が耳を疑った。

 よもや父たる《軍神》の口から出たのがイシュタル・タリスマン准将が如き輩の具申を採用するというものだった。

「それで行くか。フェリオ遊撃騎士団に特記第6号発動を通達する。同様に黒騎士隊にも通達しろ。それで5分5分としておこうか」

「了解です。中将閣下」とイシュタル・タリスマン准将は即答した。

 そうすることでドルトンの制圧は解かれ、ハノーバーから遊撃騎士団も消える。

 後に残るのはリンツ工房だけだ。

「では、リンツ工房を制圧しますか?そうすれば・・・」と言いかけたラシーヌをロムドスは制した。

「供給先がないのに真戦兵工房を制圧してみろ。それこそこちらのメンツは丸潰れで、ゼダ軍属のメンテナンサーたちが大挙離反するぞ」

「しかし、父上っ、それでは・・・」

「諄いぞ、ラシーヌ。まあ厄介な連中にはまとめて盤上から消えて貰うのだ。その上で、こちらもヴェールを脱ぐとしようか。ファルマスを丸裸にして『剣皇カール』を潰す。その後は・・・」

 ヴェールを脱ぐとは東と西にいる二人の剣皇に圧倒的な戦力差を悟らせるという意味だ。

 《ルーマー騎士団》。

 それがロムドス・エリオネア中将の秘匿していた最強の布陣だった。

 傭兵騎士団エルミタージュもゼダ国家騎士団も、フェリオ各領が温存していた銀翼騎士団をも含めた各騎士団もが一つになって東から西に攻める。

 もう、ファーバ教団にも代表者たる法皇ナファドにも建前すら語らせない。

 ファーバ教団対ルーマー教団の戦いだ。

 西から龍虫に、東からルーマー騎士団に攻められれば人類絶対防衛戦線などという寄せ集めたちは《黒騎士隊》や《フェリオ遊撃騎士団》を擁していようが、必敗する。

 セカイをあるべき姿に変える。

 メロウに騙されていた者たちの怨念の塊。

 それが《ルーマー騎士団》だった。


 ディーンはエドラスを伴って城塞都市ウェルリからハノーバーのフェリオ遊撃騎士団野営地に向かった。

 光学迷彩を作動させたタイアロット・アルビオレは視認されない。

 野営地内の滑走路が確認出来たところでコンシールアウトする。

 すぐに迎撃戦即応待機中のロイドとメディーナがすっとんで来る。

「ディーン、それに国王陛下。ご無事でなによりです」

 ロイドはすぐにエドラスを野営地内の宿舎に案内する。

 1時間程度とはいえ、老体に飛行型真戦兵の飛行は堪えると考えたからだった。

 一方、メディーナと再会したディーンは黒縁眼鏡をかけるとすぐにお悔やみの言葉を告げる。

「伯父さんが戦死されたらしいね。ルフトー家の跡に入ったとは聞いたよ」

 それに対してメディーナは微妙な反応をした。

「うーん、まっ、ちょっと事情が違うんだけどな。ドルクス伯父さんにはこちらの事情がバレた。つまり、俺達がエドラス国王派で黒騎士隊と誼を通じていてチャールズに協力する気は端っからないとね。それで急報されそうになったので、ロイド隊長が一緒に報告に行く体裁で」

 要するに“チャールズ次期侯爵派”を装っている同行者のベルゲン・ロイド隊長がドルクス・ルフトー少佐を“消した”のだ。

 ベルゲン・ロイド大佐がドルクスとその部下を事故に見せかけて殺害し、チャールズたち参謀部への報告としては「ドルトンから展開していた黒騎士隊に捕捉されて殺された」と戦死報告をでっちあげた。

 そして実際に交戦が起きたと思わせる為に、黒騎士隊のマイオドール・ウルベイン中佐と口裏を合わせた。

 ハノーバー哨戒任務中のアリオン・フェレメイフ大尉の率いるファング・ダーイン小隊がやはり周辺哨戒任務中のドルクス・ルフトー少佐隊と遭遇して戦闘となり、ドルクスとその部下の搭乗するリンツ・タイアロットを撃破したと正式報告をあげた。

 イシュタル・タリスマン准将はウルベイン中佐からの報告をそのままロムドス中将に伝えた。

 裏で繋がっているチャールズとロムドスの両者はそれでなにも疑わなかった。

 撃破損壊したことにしたリンツ・タイアロットはリンツ工房に修理に出された。

 要するに遊撃騎士団、黒騎士隊、リンツ工房は裏で結託していた。

 つまり黒騎士隊がドルトンに進駐しているのも、他のゼダ東征部隊にリンツ工房が接収されたり占領されたりしないための予防線であり、リンツ工房の重要性はゼダ所属のマイスターやメンテナンサーに理解されており、乱暴な真似をしたら一斉に離反すると無言で圧力を掛けていた。

 彼等リンツ工房は技術者集団でありフェリオ連邦からも独立し、発注されればどこの国の機体でも製作修理する。

 単純に一番のお得意様がフェリオ連邦の各領騎士団だった。

 なにより《ルーマー騎士団》とて構成部隊の半数はリンツ・タイアロットを採用しているのでラシーヌ・エリオネア中佐のような乱暴な命令は絶対に他が受け入れない。

 つまり、ほぼ完璧な偽装工作だった。

「そういうことか。エルモスさんは?」

 エルモス・ハイラル大尉がメディーナの実父であり、ドルクス・ルフトー少佐の実弟だった。

 ハイラル家はルフトーの分家筋で家格はルフトーの方が上であり、エルモスは養子だった。

「オヤジはエドラス陛下の直弟子だぜ。そもそもオヤジが黒騎士隊との秘匿通信内容を伯父さんの子飼部下に盗み聞かれた。それで俺達が裏で繋がっているとなったのさ。兄弟だけどオヤジとドルクス伯父さんははなから考え方が違ってたし、ロイド隊長が伯父さん殺してくれなきゃ、かわりにオヤジが銃殺刑さ。それで一応はオヤジともども戦死した伯父さんの死にしおらしくしてたら伯母さんの要請で俺の姓がハイラルからルフトーに変わったってことさ。俺は真名だった“ハイランダー”の方が気に入ってたんだけどな。ディーン、お前ならわかるだろ?」

 メディーナ・ハイランダー。

 それが剣皇ファーンの魂を受け継ぐ覚醒騎士の真名だった。

 かつての強敵ヴォイドとその姓を交換した形だった。

「《ナイトイーター》に言わせるとお前はチャラ男だってさ。いやいや、扉が開いているとそう見えちゃうかと思ったよ」

 ディーンは苦笑しながらフリオニールの印象をそのままメディーナに伝えた。

 メディーナの方でもフリオニールを認識していたし、可哀想なヤツだったのをディーンとセリーナが助けてくれたと認識していた。

「本当にそうだといいんだけどな。まぁチャラ男でいいさ。俺の持つファーンの記憶なんて苦いだけさ。フェリオ内戦で同胞たちと戦いまくり、挙げ句にブラマス爺ちゃん死なせて、ライアックたちと合流して親父の後釜になってくれと言われてそれからだってさ・・・」

 英雄アルフレッドの息子としてファーンは正に地獄を見た。

 猛獣や野良龍虫に襲われるキャンプ地に溢れかえる難民たちとボロボロの僧服を纏い放浪するファーバ法皇とその従者たち。

 荒廃地と準荒廃地だらけの満身創痍のエウロペア。

 英雄の息子だからではなく、一人の騎士としてなんとかしなければならないと必死に駆け続け、エドナ・ラルシュやライアック・ランスロット、カスパール・エルレイン、レイゴール・ル・ロンデたちと戦い続けた。

 ボルニア併合を強引に実施しようというゼダ禁門騎士団とも戦ったし、エウロペアに定住していた龍虫駆逐も行った。

 今のディーンが剣皇騎士団を率いていられるのも、かつてファーンがその青春と半生を犠牲にして何十年も戦い続け、放浪のファーバ法皇をミロア法皇にしてくれたお陰だった。

 だから、今のメディーナが多少ハメを外して陽気なチャラ男でいることの方がディーンにとっても救いだった。

 あのときの事もある。

 黒髪の冥王たるヴォイド・ハイランダーとファーン・スターム、嘆きの聖女エルザ・ファーレンハイトも刃を交えて戦っていた。

 黒髪の冥王機である《フェルレイン》と剣皇機である《ゼピュロス》の凄惨なる戦い。

 勝った方がなにかを得られる戦いではなく、勝った方がより重い責任を背負うという避けられなかった衝突。

 その上で、ファーンはヴォイドに父の妻だった師匠たるリュカイン・アラバスタから受け継いだ天技の《天津風》を改良強化した絶技である《神風》で勝利した。

 そして、致命傷を負い死を覚悟したヴォイドにファーンは泣きながら誓ったのだ。

「冥王、俺が必ずなんとかする。だから、せめて少しの間だけでもゆっくり休んでくれ」

 そして、ファーンはより残酷な決定をくだした。

 師であるリュカイン・アラバスタと半妹のソシアをそれぞれ騎士や騎士王家に嫁がせる。

 大恩ある師匠のリュカインにも英雄アルフレッドの妻としてその生涯を終わらせてあげることが出来なかった。

 リュカインは祖国マルゴーの旧王家で新興のオラトリエス王国ルジェンテ王室に側室として嫁いで、冥王機である《フェルレイン》と共にその守り手となり、国土で多くのエウロペア難民を引き受けた。

 再嫁したリュカインの産んだ娘アナイス・ルジェンテがゼダの禁門騎士長マーチン・クレンティエンに嫁いでゼダ名門騎士家クレンティエン家の祖となった。

 ソシアはファーンのフェリオ騎士時代からの部下だったディーター・ルフトーに嫁ぎ、其処からラーセン家、ロイド家などが派生していた。

 《風の剣聖》と《霧の剣聖》を係累とする《Rの血族》とはそうして産まれたのだった。

 Rとは剣聖リュカイン、女神マーガレット・アテナイを意味している。

 ディーンとメディーナはそれぞれ生まれ変わった際に、お互いの姓を交換することになり、ディーン・フェイルズ・スタームとメディーナ・ハイランダーあらためルフトーとなっていた。

 そして、メディーナはRの血族でもあり、その証として師匠だった《風の剣聖》リュカインの系譜から《疾風の剣聖》と呼ばれるに到った。

 かつての、そして今の愛機である《ゼピュロス》とメディーナはそうした因縁を持っていた。

 タイアロット・オリジナル。

 それがジュリアン・モンデシーの傑作使徒真戦兵という《ゼピュロス》に他ならない。

 量産機タイアロットと現行機リンツ・タイアロットは《ゼピュロス》をベースとした派生機であり、タイアロット・アルビオレは初期型タイアロットを現行機水準にした新型亜型機だった。

 シモン・ラファールが指摘していた《ゼピュロス》が最強だというのも黒髪の冥王ヴォイドの駆る《フェルレイン》を倒している故事からだった。

「それでこれからどうなるんだ?俺はすぐにでもお前達と合流したい。俺と《ゼピュロス》がいればお前の戦いも楽になるだろ?」

 メディーナは今度こそは黒髪の冥王ディーンと共に戦いたかった。

 もう二度と無意味に戦いたくはない。

 エウロペアの未来のために戦いたいと願う気持ちは同じ筈だ。

「いや、遊撃騎士団は黒騎士隊と共にハルファに行って貰うよ。おそらくはそうなる」

「どういうことだ?」

「エドおじさんと逃げてきた事情は分かるだろ?つまり、チャールズ・フェリオンがおじさんとトゥドゥール・カロリファルの排除を画策していた」

 メディーナもかつては《辺境王ファーン》と呼ばれた男だ。

 十字軍戦争を継続させ、虫使い氏族たちとの境界線をアストリア南部まで押し返した。

 だからアストリア大公国に喚ばれていた黒髪の冥王ヴォイド・ハイランダーとファーン・スタームが死闘することになった。

 アストリアはフェリオ内戦で疲弊した連邦北部のハメルとフェリオンにとってかわるつもりで黒髪の冥王を招き入れていた。

 身勝手ではあったが、アストリアもフェリオ連邦の未来に賭ける気持ちは強く、ヴォイドにホーフェン騎士団を預け、自分たちがフェリオの再興を果たすという気持ちが強かったのだ。

 だが、ファーンとしてはそれだけは出来ないと考えた。

 アストリアの周辺域は準荒廃地化していてマルゴーは完全に荒廃地となっており、気持ちは強くともアストリア中心ではフェリオの総合国力は更に落ちてしまう。

 そして、ウェルリあってのフェリオだと考えていたからだ。

 つまり、フェリオ連邦を制する者はウェルリを制する者でなければならない。

 ウェルリに居るアルフレッドの半弟サマル・フェリオン(つまりファーンは甥)を連邦王とするため苦しい内戦を戦い、アルフレッドが果たせなかったフェリオの完全解放のために連邦南部に乗り込んだ。

 そうしてヴォイド一人を倒し、ホーフェン騎士団を降伏させてアストリアから龍虫と虫使いの脅威を遠ざけたことで《辺境王》と呼ばれることになったのだ。

 だから、ファーンにはマグノリア・ハーライトやバルド・ラーセン、その息子たちケイロニウス・ハーライト、フリオニール・ラーセンの無念な気持ちが痛いほどよく分かっている。

 それ以上にフェリオン侯爵家に呪いのように纏わり付くルーシアの怨念。

 もともとファーンの祖父で連邦王ベルデュオ・フェリオンはルーシアの謀略で父や兄たちを殺され、留学先のハルファから急遽の帰国を余儀なくされ、選王候たちはフェリオン侯爵家再建のため連邦王に推挙した。

 しかし、龍虫大戦が始まりベルデュオは連邦王として旧連邦構成国ファルツやマルゴーへの援軍派遣のために正に苦渋の決断ばかり強いられた。

 そして名ばかりの《フェリオ遊撃騎士団》とは龍虫大戦で各地から逃れ、各地を転戦するための少年少女騎士たちばかりで、せめてもの計らいとしてサマル家宰のブラマス・スタームを付けた息子アルフレッド・フェリオン次期侯爵に委ねたのだ。

 アルフレッドたちはファルツ、マルゴー難民を引き受けて西のゼダからメイヨールを経て、西の大国メルヒンに救援を要請した。

 そして、先后エリンベルク・ロックフォートは自身が新設した西風騎士団と自身が選抜した特選隊を率い、剣聖エリンとして龍虫大戦に参戦した。

 そもそもメルヒン西風騎士団の名はフェリオン侯爵家旗機である《ゼピュロス》の名に由来し、特選隊選抜当時はアルフレッドが愛機として使っていた。

 そして、特選隊が目覚ましい活躍を見せる中、リンツ工房がジュリアン・モンデシー晩年の傑作使徒真戦兵を完成させたことで、アルフレッドは激闘で損壊していた《ゼピュロス》をリンツ工房に預けて新型機を受領した。

 《砦の男》たるウェルリ選王侯爵ライザー・フォートレスはアルフレッドへの期待と願いを込めて自身の姓たる《フォートレス》を新型機に与え、自身はウェルリフォートと名を改めた。

 英雄アルフレッドは《砦の男》の期待に応えた。

 だが、アルフレッドが《ハルファの戦い》と《龍皇子》エドナとの和睦による大戦終結と十字軍戦争を終わらせ《パルム講和会議》を《龍皇》と取り交わしても祖国への帰国後に待っていたのは暗殺だった。

 それが2回繰り返された後、3度目の《パルム講和会議》そのものが崩壊した。

 英雄と龍皇を取り込んだフォートレスが《白痴の悪魔》として、人の業と絶望の象徴たる終末の獣となった。

 そして、更に凄惨で過酷な歴史が繰り返されてきたのだ。

「つまり、チャールズは休戦協定そのものを反故にするつもりなのだな?」

 パルム講和会議の崩壊と同じニオイをメディーナは感じた。

 同時にルーシアの謀略だ。

 メディーナが産まれる前にあったエドラス王の家族たちの車列を狙ったウェルリでの卑劣な爆弾テロ。

 愛するロイドを一人親にしたそれも、ルーシアの謀略だとメディーナは憤りを感じていた。

「そうだろうね。東方戦争が続いている限り、特記第6号は適用されない」

「なんて卑劣なんだ。しかも黒幕がルーシアだと分かっているのか」

 《真史》を知るディーンやライザーはルーシアに対して同情的な部分もあったが、ファーンだったメディーナはルーシアをはっきりと憎んでいた。

 なんの恨みがあってか執拗にフェリオン侯爵家とウェルリを狙う。

 メディーナが「キエーフ防衛戦」について知らないからだった。

「それでここからは推測だが・・・」とディーンが話そうとしていたときベルゲン・ロイド大佐が血相を変えてやってきた。

「メディーナ、ディーン、我々に特記第6号による西ゼダ派兵が命じられたぞっ!」

「なんですってっ!」

 メディーナはを怖れていた。

 今はまだハノーバーで黒騎士隊と対峙している風を装い、リンツ工房でタイアロット・アルビオレの生産数が揃うのを待っていた。

 数が揃い次第、メディーナとしては東方戦争に一気にけりをつけてルーシアに乗り込み復讐することを考えていた。

 母艦となる飛空戦艦とゼピュロス、アルビオレ隊ならキエーフの向こうにあるルーシアを焦土に変えられる。

 二度とフェリオに介入出来ないよう徹底的に破壊し尽くし、ルーシア人を一人残らずゼピュロスの餌食にする。

「ロイド隊長、ドルトンの黒騎士隊本陣と秘匿通信出来ますね?」

 ディーンの言葉にベルゲン・ロイドは小さく頷く。

「ボクが推測していたのは正にそれです。つまり、遊撃騎士団と黒騎士隊を東方戦争から西ゼダに追いやる」

「なんだとっ!」

「そうなるとファルマス要塞は陸上戦力に援軍、友軍が全くいなくなります。フェルレインがあったとて断続的戦闘が続けばカール陛下も苦しくなる」

「軍神の狙いはそれか」と言うや、ロイドは宿営地にとって返した。「すぐにもマイオドール・ウルベインに確認する」

 メディーナは後を追おうとしてディーンが足を止めているのを見てやめた。

「つまり、ディーン。こうなると推測していたのなら」

 メディーナはディーンには何か考えがあるのだと察した。

「西ゼダへの遊撃騎士団、黒騎士隊の異動までは推察していたから、両隊ともハルファに駐屯させ、ゼダ国家騎士団南部方面軍と交替させるつもりだった。エドラス王もハルファに逃がすよ。なにしろ亡命政権など作る必要もなく旧都のハルファにはフェリオ領事館がある。フェリオのパルム大使館よりもハルファの領事館職員たちは信用出来る」

 その人生の大半をハルファで暮らしていたディーンにはハルファのことはよくよく分かっている。

 そしてオラトリエスやフェリオを旅するときはハルファの領事館がディーンに“フェリオ国民”としてのパスポートを発行更新してくれていた。

 つまり、“ディーン・エクセイル”の国籍はゼダなのだが、“ディーン・スターム”の国籍はフェリオだ。

 アラウネ事件後ずっとディーン・スタームはハルファ留学中のフェリオ国民であり、フィンツの失踪後にゼダ国籍になった。

 元皇室吟味役筆頭公爵のギルバート・エクセイルに勘付かれることをトワントやアリョーネはそこまで警戒していたのだ。

 偽物のヴェルナール・シェリフィスにはハルファ、マルガ、アエリアの重要性が理解出来なかったし、ギルバート・エクセイルに確かめることもしなかった。

 ハルファはベルヌやミロアに近く、もともと女皇家の離宮という扱いのマルガ、アエリア、ハルファは真史に関わる。

 つまり上記の順に遷都させていったのだ。

 エウロペアネームド人類最初の入植地はマルガであり、もともとの女皇国はマルガを都とする《マルゴー女皇国》だった。

 それに辺鄙な山岳部にばかりゼダの都があったのも龍虫組織侵攻の痕跡だ。

 つまり真実としてはパルム以外のゼダの都はすべて防衛面重視の山岳要塞だった。

「しかし、ファルマスのことはどうなる?」

 もともと剣皇ファーンだったメディーナは心情的に剣皇カールの味方だ。

 それこそメディーナはロイドに止められていなかったら《ゼピュロス》と共にファルマスに入っていた。

「飛行型真戦兵とロード・ストーン、ブリュンヒルデという航空戦力が揃っていればハルファからファルマスまでは1日で届く」

「!」

「当面の時間稼ぎにしかならないけれど、パルムよりハルファの方がファルマスに睨みが利く。ブリュンヒルデはベルヌに在る」

 確認を終えたベルゲン・ロイド大佐が憔悴した様子で戻ってきた。

「やはり、黒騎士隊の側にも?」

「ああ、ディーンちゃんの言う通りだったよ。特記第6号が発令されて西ゼダへの異動辞令が出されたらしい」

 つい昔のクセでディーンをちゃん付けで呼んでしまう。

 ベルゲン・ロイドは幼い頃からリンツ工房でディーン、メディーナと遊んでいた仲だった。

 リンツ工房の責任者がドールマイスターのギュンター・リンツでロイドの伯父に当たる。

 ロイドの母はギュンターの妹カロリーネで父がヨハネス・ロイドだった。

 リンツ家には耀家の血と騎士血が入っている。

 しかし、ヨハネス・ロイド中尉はその父イデオン・ロイド大佐と共にウェルリでの爆弾テロ事件の際に車列警護をしていて若くして殉職していた。

 夫と義父を喪ったカロリーネはロイド姓のままリンツ工房に戻り、必然的にベルゲン・ロイドもリンツ工房を住まいにしていた。

 劇中現在ロイドが27歳、メディーナが24歳、ディーンが22歳であるのでディーンからするとロイドは昔からお姉さんだった。

 そして、実父ライザーが望んでいたのはルイスでなくベルゲンをディーンが妻とするという選択肢だった。

 5つ年上だろうが《霧の剣聖》であるソシアの魂受け継ぐベルゲンがディーンの伴侶となればフェリオとゼダは一体化して事に当たれる。

 そして、実際には《黒髪の冥王》と《嘆きの聖女》が血を一つにするという試みは失敗していた。

 ベルゲン・ロイドは母カロリーネがリンツ工房のメンテナンサーでもあった関係で真戦兵のメンテナンスにも長けていた。

 ベルゲン・ロイドが若くして大佐隊長なのも、幼少期からエドラスから格別に目をかけられていたことに他ならない。

 本来だったらイデオン・ロイドかヨハネス・ロイドが遊撃騎士団の隊長だった。

 フェリオ連邦は閉鎖保守的で女性の地位が低い。

 しかし、ベルゲン・ロイドはそれをものともせず、遊撃騎士団の隊長に大抜擢されていた。

 女を武器にしたとも陰口されていたが、ベルゲンが色目を使っていたのはエドラスの馬鹿息子チャールズに対してだけであり、それも父祖の代からエドラスに忠誠を誓う筋金入りのフェリオ騎士であるが為であり、男性名なのも父祖の落胆による。

 それを知っているディーンはなるべくベルゲンと呼ばず、ロイドと呼ぶことにしている。

 ベルゲン・ロイドを“ロイド姉ちゃん”、カロリーネのことを“カロリーネおばちゃん”と呼び続けてきた。

 だが、ベルゲン・ロイドの魂はライザーの指摘通り《霧の剣聖》ソシア・アラバスタのものだ。

「ロイド姉ちゃん、しばらくはエドおじさんとハルファに居て欲しい」

 ディーンは真剣な眼差しでベルゲン・ロイドを見た。

「どういうこと?それが剣皇ディーンの勅命?」

 ベルゲン・ロイドに見つめられると昔のクセでつい照れてしまうが黒縁眼鏡をかけたディーンは諭すように続けた。

「メディーナにも話したけれど、ハルファならファルマスに睨みが利く。それにもともとボクや亜羅叛師匠、メロウィンばあちゃんが居たところだよ。余計な敵は入ってこられない。それにアルビオレの量産数が増えて遊撃騎士団のみんなが使えるようにしたいし、黒騎士隊もアパラシア・ダーインに乗り換えて貰う」

 ゼダ女皇国が単独で飛行型真戦兵アパラシア・ダーインの開発をしていたことは知っていた。

 開発担当者の耀犀辰がギュンターを度々訪ねてきては熱っぽく議論していたのをロイドは知っていた。

 しかし、アドバンスドダーインシリーズの開発計画でさえ20年近くかかった。

 試作機アモン・ダーインの完成から20年ほどかかってスカーレット・ダーインとトリケロス・ダーインが完成していた。

 やはり犀辰と共にリンツ工房を訪れていた多里亜や紫苑のこともロイドはよく知っていた。

「アパラシア・ダーイン・・・完成させていたのか?」

「まだ試作機段階だけどね。でも間に合わせると思うよ。絶対防衛戦線にメルヒンの公明と紫苑が合流しているし、犀辰先代も何度かバスランに訪ねて来ている」

「紫苑ちゃんまで・・・」

 小さな紫苑はロイドに懐いていた。

 あどけなさの中に情熱と天才性を隠していた。

 その母、多里亜が横死を遂げるまではだ。

「紫苑が今は一番頼りになるマイスターだ。あるいは構造理解の巫女覚醒しているので、ギュンターおじさん以上だよ。覚醒騎士化してその能力をドールマイスターにすべて振り向けている。汎用機設計能力に長けた公明と実戦機製造に長けた紫苑が両輪になってバスランを回している。ボクが帰る頃には《虹のフレアール》も完成している筈だ。ギミックプランとして紫苑が試したいと言っていた《カオティックブレイド》も装備することになるらしい」

 《カオティックブレイド》というのにロイドは絶句した。

「《カオティックブレイド》のアイデアはもともとギュンターおじさんが出していた。だけど完成させちゃうなんて・・・」

 真戦兵腕部内臓兵器である《カオティックブレイド》とは対龍虫戦においてアンカー、ウィップ、ブレイドという三形態を実現させた近接戦闘における革新的武器だ。

 つまりアンカー形態はダーイン・クレッシェンス(シャドー・ダーイン)シリーズの持つ機体牽引ウィンチワイヤー機構を持つ。

 その上で空を飛ぶ飛行型龍虫との戦いを想定したウィップ形態。

 そして、刃を纏めたブレイド形態へと可変する。

 アンカーワイヤーを射出してウィップ形態でなぎ払い、ブレイド形態でとどめを刺す。

 しかし、そんな複雑な機構武器を扱うにはそれなりの技量が必要になる。

「だからなんだ。出来ればアルビオレにもアパラシアにも装備させたい。けれど、まずは陸戦兵器から飛行型への機種転換訓練が必要になる。ロイド姉ちゃんにはエドおじさんと一緒に訓練監督をして欲しいんだ。今だってまだアルビオレやゼピュロスを扱えるのは3、4人でしょ。だから、マイオ中佐やアリオンにも扱えるようにしてよ」

 メディーナとベルゲン・ロイドは呆気にとられた。

「黒騎士隊の連中にアパラシアを配備して、俺達がアルビオレを担当するってことかよ」

 ディーンは黙ってコクンと頷いた。

「最終局面では敵はヒュージノーズを大量投入してくる。辛い話だが、“騎士狩り”の本当の目的は龍虫に騎士の脳細胞を移植融合して騎士能力を持った龍虫を投入してくると思う。そのために新大陸ではヒュージノーズの幼体を乱獲していたようだし、フリオニールが片棒を担がされていたのが天技も扱える騎士たちを狩って脳細胞を培養し、それをデザインされた龍虫に植え付けるという計画」

 メディーナは憤然となる。

「それじゃ、バルドさんの《連弾》が使える再デザインされた龍虫とか出てくるのか!?」

「メディーナ、やめなさい」

 ロイドが窘めてもメディーナは怒りに肩をふるわせていた。

「フリオニールも薄々勘付いている。だけど助かったよ。フリオニールが“実験動物”にされる前にこちらで保護した。もし、ヒュージノーズが《流星剣》や《月光菩薩》を使えるようになっていたなら、こちらは間違いなく詰んでいた。目標選択指定型の魔弾改が絶技という《流星剣》で、空間断裂絶技が《月光菩薩》だ」

「!」

 絶技と聞いた瞬間、メディーナとロイドは硬直していた。

 メディーナは勿論、覚醒騎士だしロイドにしても覚醒している。

 だが、ロイドの覚醒時は大変なことになった。

 なにが切っ掛けだったかはわからない。

 10年前に17歳のベルゲン・ロイドは14歳のメディーナ・ハイラルをその手で殺そうとしたのだ。

 認知の変調を来した際にその精神が霧のソシアに乗っ取られており、絶技である《霧風の舞》をメディーナに放った。

 狂おしいほど愛していたのに他人に嫁げと言い放った兄ファーンへの復讐の一撃。

 本能的にメディーナの危機を察した12歳のディーンがハノーバーに来ていて、放たれた《霧風の舞》からメディーナを救った。

 そのとき初めてディーンは《陽炎》を使った。

 《陽炎》は意識的に使える天技でなく無意識化で発動し、一度使うと実在に発動出来るようになる。

 《陽炎》でメディーナを突き飛ばしたディーンは背中に傷を負った。

 傷ついたディーンと流れる血を見てロイドは正気と理性を取り戻した。

 問題はそこからで自我を取り戻したロイドに、ファーンに精神を乗っ取られたメディーナが絶技である《神風》を放った。

 つまり覚醒連鎖が起きた。

 すかさずロイドは《霧風の舞》を放って《神風》を相殺した。

 しかし、ロイド、メディーナ、ディーンはぶつかり合った二つの風の絶技で全身傷だらけになっていた。

 背中以外は比較的負傷が少なかったディーンはハルファで虐待的養育されていたせいでナノ・マシンでの治癒術を心得ていたので自身の傷を含め、ロイドとメディーナの殆どの傷を消した。

 だが、ロイドは右腕の指先から肩口に到る長く深い傷を、メディーナは左腕の手の平から脇に負った一番大きな傷跡をそれぞれ残すようディーンに懇願した。

 そして、思い知ったのだ。

 ファーンとソシアは互いが兄妹だと知っていながら狂おしいほど愛し合っていた。

 真の対だとわかっていながら兄は残酷な決断を下し、妹は兄に見せつけるように他の男を愛した。

 ファーンは50代まで未婚だったが、セスタで出会った娘のように可愛がっていたネームレスの少女から求愛され、ソシアに大分遅れて父親になった。

 何処かソシアに似たそのネームレスの若い女性はネームレスのままファーンの子を産み続けた。

 その女性の名は《真史》にはナディアと記されているが、アルベオの妻マヘリアと同様にネームドが勝手に名付けただけで終生ネームレスだった。

 そうしてファーンの系譜からハイブリッド能力も持つエスタークやエセルが産まれたのだ。

 互いへの深すぎた愛がロイドとメディーナを狂わせた。

 だから目に見える形でわざと傷跡を残した。

 それこそ疵の意味も知らない他の誰かの物にはならないという誓いの疵跡だ。

 ロイドは夏場でも長袖を着るようになり遅れて遊撃騎士団入りしたメディーナを部下として厳しく突き放し、メディーナは陽気なチャラ男を演じるようになった。

 だから騎士覚醒時の精神乱調は恐ろしい。

 それが絶技持つ剣聖同士であるならば尚更だ。

 絶技は犯されてはならない聖域だ。

 無闇に放って良い技ではない。

 愛する誰かを殺しても良い、殺されても良い強い覚悟と共に想いの全てを乗せて放つから絶技なのだ。

 あるいはその逆であり誰も殺したくない、傷ついて欲しくないという相手を思う強さ優しさこそが絶技の本質だ。

 絶技にはそのいずれか二つの形しかないのだ。

「フリオニールとミィ。今は絶技を封印して絶技持つルイスが鍛えてくれている。だが、ミィの祖父タタール・リッテは傭兵騎士団エルミタージュの幹部だという。あるいは絶技を使うかも知れない」

「・・・・・・」

「だから、先に言っておくよ。絶技だけは心得のない者に奪われてはならない。そして絶技がぶつかり合う先には悲劇しかない。ロイド姉ちゃん、メディーナ、もしこの先絶技がぶつかり合いルイスたちが絶望に打ちひしがれたなら、そのときはアイツらにその疵の意味を教えてやって欲しい。人の魂に受け継がれるものは希望だけじゃなく絶望もなのだと。残念ながらボクとエドナ、イセリアとシャナムの絶技は誰にも傷ついて欲しくないという絶望と後悔から生まれた未来を切り拓けない絶技なんだ」

 ディーンは二人にだから話した。

 他に話せる相手は誰も居ない。

「あるいはその方が良かったのかも知れないな。わかるよ。お前の《生々流転》、エドナの《真・鏡像残影》、イセリアたちの《絶対零度》。どれもお前達の優しさに満ちている。未来なんか切り拓けなくても誰かを思う優しさが未来を豊かに変える」

 メディーナの言葉にロイドも頷いた。

「ルイスの《千手観音》が未完成なのは多分、ルイスが迷っているから形がまだ定まっていない。ディーンちゃんの《生々流転》だって未完成だけど、貴方がまだ見ぬ誰かのため、既にいる可能性を持った人の為の技。エドナの《真・鏡像残影》と一緒で絶対に誰にも奪うことが出来ない絶技になるでしょうね・・・でも、私はとても嫌な予感しかしないわ。とてつもない喪失感と言い知れぬ絶望とが完成に導く。未完成で可能性の塊である貴方の息子もね」

 ディーンは双眸を大きく開いたまま硬直していた。

 とても嫌な予感がしているのはディーンも同じだった。

 《生々流転》だけでなく《純白のフレアール》についてもだ。

 フィンツを喪った後悔から生まれた《生々流転》。

 それを使うべきときなのに使ってはならないという非情な決断を強いられる。

 ディーンは今の自分の表情は剣皇として絶対に誰にも見せてはならない顔をしていると感じた。

「まっ、嫌な予感ばっかりじゃないさ。その時が来たなら、俺達がハルファから駆けつけることになるっていう予感もあるのさ」

 メディーナがつとめて陽気に言い放った言葉こそがディーンにとっては救いの言葉となった。

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