第10話 家族到着

 公明たちに発注した真戦獣レジスタリアン。

 その完成を待つ間もレジスタでの開墾作業を行うなど、トレドで多忙な日々を送るライゼルの待望していたものは同時に届いた。

 一つ目が家族たちの到着。

 二つ目がラファール少将とマギー女史からの中間報告だ。

 当然のこととして家族出迎えに新トレド駅ホームに立っていたライゼルは我が目を疑った。

(なん・・・だと・・・)

 到着する家族は妻のメリッサ、息子たちセオドリック、ピエールの三人だと思っていたら・・・。

「な、な、な、なんじゃこりゃ」

 メリッサを先頭に出てくるわ出てくるわ。

 まさにライゼルの一族郎党たちがゾロゾロゾロゾロとうそ寒い新トレド駅構内を埋め尽くした。

 あまりに人数が多すぎて寒さを感じないほどだった。

「父上ぇ」

「よう、テオ、ピエール。ちょっとばかし待たせちまったがオマエらの質問への回答だ。これが西の実情だ」

「ベリアの壊滅、難民の発生、その上で此処がいちばん父上の力を必要としていたのですね?」

「そういうことだ。それにおまえら喜べ、今日からはずっと一緒にいてやれるぞ、ここにゃ俺たちを縛り付けるしがらみなんてなぁんにもない。オヤジの借金もチャラだし前途洋々だぜっ!」

 少しずつ希望が芽生え始めていたとはいえまだまだ苦しい状況が続く。

 それでもひとたび回り始めた歯車は加速するだけだった。

 心から陽気な明るい人となりつつある夫にメリッサは感極まって人目も憚らず抱きついた。

「あなたの長年の悪夢が振り払われたのね」

「そうだよ、メリッサ。いままで苦しい思いばかりさせてすまなかった。もう俺たちは自由の身だ」と涙でくしゃくしゃになったメリッサの頭を撫でてやる。

「しかしだ・・・なんで全員きちゃったのさ?」

 ニッシッシッシという笑い声が聞こえてきそうな気配だ。

「アニキまでパルムを放り出してきたのかよっ。地獄への片道切符だとは思わなかったのかよ?」

 ライゼルはメリッサの兄でモナース家現当主アランとその家族たちまでいることに驚いていた。 

「ああ、行き先が地獄だろうがなんだろうがオマエと一緒なら退屈だけはしないと思ったし」と言いさしてアランは表情を険しくした。「オマエの消えたパルムこそ地獄まっしぐらだ。物価は高騰し、悪質な犯罪も目立って増えた。モナースを良く思わない連中にも事欠かない。間違いなくあのまま居たら俺たちは不条理に殺されることになる。だから、もっけの幸いと便乗させて貰った」

「やっぱそうか・・・。結局こっちのが安全とはなんて皮肉なんだか・・・」

 脅威が目に見える形の極寒の地トレドの方が遙かにマシな状況。

 物価の高騰と政情不安。

 そして、ナノ粒子の蔓延。

 ライゼルの失踪以降、まるで闇夜を照らしていた唯一つのランプを失ったかのようにパルムは華やかさを失い、革命前夜の生き地獄と化していくのだった。

(ある意味、これが一番無難だというのが苦しい限りだな)

 ライゼルは知る限りの一族郎党が勢揃いしたことで最早人質の心配だけはしなくて済みそうだった。

「おっとコイツを預かってきた。開封はしてない。マグワイア・デュラン卿から“おみそれしました”との言伝だ」

「アニキすまない。あとで一緒に確認してくれ。俺の見落としがないかチェックに付き合ってもらう。ここじゃ、俺は常に報告と対策とをワンセットずつ用意しなきゃなんねぇ。いるなら頼りにするぜ」

 ライゼルの言葉にアランは喜色満面となる。

「くぅ、ソレだよソレ。久々に聞いたんでシビれたわ」とアランはライゼルの肩を抱いた。「オマエってヤツは本当の人たらしだよなぁ。ひとことで苦労だのなんだのふっとんじまう。だからオマエと一緒ならなんとかなるって根拠やら理屈やら抜きで思っちまう」

 アラン・モナースの着任によりライゼルは自らの発案を実行する機関「モナース商会」を立ち上げることになる。

 これにより飛躍的に作業能率があがり、物資の現金化も進むのだ。

「それにしてもだ・・・。寝込んでた先代までついてきちまうなんて一体どうなってんだハリス」

 ヴァンフォート伯爵家筆頭執事のハリス・トラストをつかまえてライゼルは苦り切ったかおをした。

「いやはや、オヤジは寝てろって言ったんですが言うこと聞かないもんで」とハリスは苦笑した。

「だいたい俺は伯爵位を返上しちまった。ヴァンフォート伯爵家は俺の代で断絶。テオがあとをついでもお前達に給金払えないぞ」

「だから、それが一番の朗報なんですわ。それにもともとそんなに頂いていません。ただ、ライゼルさまについて行けば食いはぐれることはないと皆申しました」

 そぉだった。

 もともと伯爵家はエドワードの代で破産していた。

 死に体の伯爵家をどうにかこうにか延命させていたのがライゼルの手腕だったし、郎等達に満足な給金こそ払えなかったが食うに困らせたことだけはないのが自慢だった。

 そもそもライゼルの家族の概念は其処に集う全員を指した。

 家長として一人でも困る人間が出たら資質が疑われる。

 ゆりかごから墓場まで面倒をみるのがライゼル流だ。

 あいだに育児だの教育だの就職だの縁談だのも全て引き受ける。

 それを難なくやりきるのが資産と資質に恵まれたパトリックと、資金に恵まれない分は知恵とコネと要領でやり繰りつけるライゼルだ。

 そして自分だけ贅沢するぐらいなら、皆で一つ鍋囲んで分け合った方が安上がりで満足だ。

 本当の意味で『貴』い家『族』長がライゼルだった。

 日本風に言うなら「一族郎党」で「同じ釜の飯を食う」という「一蓮托生」だった。

 トラストの先代が床に伏せっていたことを思い出し、ライゼルは一番重要な儀式の実施を思い起こした。

「そうだ皆聞けっ、トラストの先代が寝込んでいたんで思い出した。全員、俺にならえ」

 ライゼルはお馴染みの深呼吸ポーズをとる。

「いちにのさん、ふぅぅぅぅぅ」と深呼吸させる。

 ライゼルの一族郎党たちはそれにいちいち疑念を差し挟まない。

 ボディチェックのあと荷下ろしを手伝った国軍兵士と鉄道公社の職員たちもが一緒になってやった。

 で、少し後にほぼ全員が咳き込んだ。

 まずそこにいた一族郎党たちが全員ガハガハやった後に黒い咳をした。

 トレド到着直後のライゼルは「ほとんど吐かなかったのに」だ。

 どこも悪いところなどなさそうだったセオドリックとピエール、アランとメリッサまでかなりの量の黒い物質を吐き出した。

「ライゼルこれは?」

 アランは自分たちの吐いた見たこともない物質に事の重大さを思い知った。

「ああ、アニキが女史から預かってきた例の報告書がコレのことだ」

 パルムは深刻に汚染されている。

 それもライゼルの予測よりも僅かな期間で急速に進んでいた。

 とにもかくにも吹きさらしの駅庁舎にいたのでは堪らないので、難民キャンプあらため「新国家建設予定員詰め所」に一族大移動することになった。

 荷物運びを国軍兵士達が進んで手伝ってくれる。

 人とは本来善良で親切なのだ。

 だが、レッテルが貼られることで少しずつそうした善良さと他人への思いやりが失われる。

 極限環境下では誰もが一人では生きられない。

 だから、お互いに助け合うことの大切さを骨身に刻む。

(まぁ、お先はまだまだ真っ暗なんだけど、時計の針が未明ぐらいにはなったのかな)

 ライゼルは羊飼いか牧羊犬のように家族たちを追い立てながらそんなことを思っていた。

「ライゼルさま、ありがとうございます」

「へっ?」

 キョトンとした表情のライゼルは鉄道公社職員と握手して「お礼を言うのはコッチだ」と言いさしたがそうした意味ではなかった。

「トレド線の担当となって以来、久々に自分がもともとどういう仕事についていたか思い出しました。なんだか感激してしまいました」と言って車掌は男泣きした。

 ライゼルはなにか言いかけてかわりに大きくタメ息をついた。

「わっかるぜぇ、因果なことになっちまったけどみんなそうなんだよ。アッチにいる俺の民だってみんなそうなんよ。もともとは畑耕したり、学校に通っていたり、病院で患者を診てた連中。なのに気が付けばひとくくりに『難民』。あんまりな話だよなぁ。おまえさんたちだって客に嘘ついて疑いの目を向けて秘密を他に漏らさないことだけがお仕事みたいになっちまって悔しいよなぁ」

「はいっ」

「だから、を終わらせるのに俺は全力を尽くすぜっ。それに気づいただろっ?コッチが闇夜だと思ってたらアッチも相当だぜっ」

「そのようです。ゾっといたしました」

 自分も黒い咳を吐き、短期間の滞在での汚染に驚いたのだろう。

 だから実感がこもる。

 ライゼルが正体を暴かなければ「煤でも吸い込んだかな」で流していた。 

 そして、気づけば頻繁に咳き込むようになる。

「近いうちにお前さんがたのてっぺんにいるラクロアのヤツとも連絡取りあう。《13人委員会》はそのための組織だ。それにまだ探せばに可能性はあるんだよな」

 すでに《13人委員会》のプランによって補給物資、真戦兵と兵員移送で鉄道は不可欠の要素だ。

 要人たちの移動も人目につく飛空戦艦でなく当たり前に存在する鉄道利用だ。

 だいたいイアン提督の連合艦隊旗艦剣皇座乗艦ブラムド・リンク以外に隠れて飛ぶ真似は出来ない。

 そしてアリアス発案の列車兵器。

 アリアスたちの泉が如きアイデアによりバスランではTYPEが様々に発案されては改修されている。

(13人委員会の連中と隠れて連絡を取りあう方法ねぇ・・・)

 そしてまたしても閃いた。

 20数年前に遊びで発案したアレだ。


 その晩は家族達との団欒をライゼルは目一杯に楽しんだ。

 キースやバーンズたちも加わって贅沢は出来ないが楽しいひとときを過ごす。

 家人たちは久々に肉を食べてご満悦のようだった。

 それがなんの肉かだけは言うだけ野暮なのでライゼルは黙っていた。

 夜半にアランとマグワイア・デュラン少佐からの中間報告に目を通す。

 やはり思っていた以上に深刻なことになっていた。

 パルムはほぼ全域が汚染されていた。

 中でも特に深刻なのが軍施設の周辺地域だった。

 国軍中央司令部、国家騎士団中央司令部、国家騎士養成学校、皇立士官学校・・・。

「やっぱり連中の狙いは軍関係者だったか」

 おそらく報告に一番驚いたのが調査責任者のラファール少将だったろうとライゼルは察した。

 メンツの問題などかなぐり捨て、この際ばかりはとマギー女史と膝詰めで対応策を練ったに違いあるまい。

 報告書の行間からライゼルは読み解いた。

「マズいぞ。メリエル女皇とナファド法皇がどんだけ奔走しても集まった連中が皆病人だったらになる」

「ほんとに頭下がるわ、よくこんなことに地の果てで気づいたな」

「そんなのはまぁ置いておいて・・・。正面作戦が頓挫したらこうくるか・・・、相当に狡猾卑劣だとは聞いてはいたがなぁ・・・」

 水だけではなく大気の汚染もあるだろう。

 そうでなければ説明がつかない。

 すでに鉄道のみならず蒸気機関は発電や自動車などでも実用化されている。

 それによる公害被害の報告も元老院議員だったライゼルは受けて知っていた。

 公害被害が絶好の隠れ蓑になる。

 文明の副産物として避けられない公害とは違い、悪意で混入されたナノ粒子は文明を破壊することはあっても進歩させることなどない。

(それだっ)

 トレドに到着以降のライゼルの頭の冴えは尋常ではない。

 トラブルバスターとしての本領が全開発揮されている。

「そうだよ、アニキ。発電所の職員たちと列車の機関員たちだ」

「なんのことだ、ライゼル?」

「化石燃料を焚くと生じる粉塵や煤。それを防護するために皆マスクをつけて作業している」

「あっ、あー。そういうことか」

 この時代にはまだ防毒マスクはない。

 ティルトが以前に『トレドの虐殺』の反証としていたようにだ。

 防塵マスクとしてもまだ発展途上段階だ。

 では何を利用しているかといえば・・・スカーフあるいはバンダナの原型となる布製マスクだった。

「おいおい、いきなりラクロアとウチのヤツの出番だ。それとライゼル文字」

「ウチのヤツってメリッサのことか?」

「アニキだって知ってるだろっ?メリッサが家計の助けにと雑誌編集やってたのは」

 ライゼルの手合い評論とメリッサの雑誌編集は道楽でもあったが、家計の支えでもあった。

 メリッサは元才媛ということもあり、外信の翻訳までこなせる超一流のライターだ。

 ライゼルが実録記として旧知のパルム日報リサ・マイヤー記者に紙面連載小説として書かせた「黃金の日々」というタイトルの作品を通じて、メリッサはリサに出版社を紹介されて以来、外信翻訳などもこなす超一流のライターになっていた。

「そういやそうだ」

「二正面作戦をとる。つまりはこうだ。ラクロア・サンサース鉄道公社総裁に働きかけて鉄道局員と駅員たち全員に布製マスクの着用を義務づける。その一方でファッション業界に口許を覆うファッションを流行らせる。あっ、あー」

「なんだよ、言いながら閃くとかどんだけだよ」とアランは呆れたがライゼルはお構いなしだった。

「ベリア流だ。砂漠地帯のあるベリア半島じゃ粉塵防護のため女たちは口許を覆う。それが斬新なファッションと見做されるのが大都会パルムだ。そうなると我が民の出番だ。そもそもベリアから逃げてきた連中がナノ粒子に対抗出来たのも正にそれだ」

 キースを使い、ナノ粒子の汚染に抗ってトレドまで逃げ延びてきた人々の正確な人口把握作業をしていたライゼルは年齢を問わず女性の比率が圧倒的に高いことに気づいていた。

 その最大要因が民族衣装だ。

 人前で口許を晒すのが「不謹慎」だと見做すベリアの女性たちは口許をシルクなどの薄い生地の布で覆う。

 就寝中もそのままということはないが、結果的に大気中のナノ粒子を吸い込むリスクを回避していたのだ。

「アニキ、もう寝るぞ」

「おっ、おぅ?」

「明日はアルマスだ。策は練られたので早く寝て備えよう」


 息子たちに一緒にいてやると言った舌の根も乾かないうちにアルマス出張というのにメリッサの毒舌が炸裂したがライゼルはそんなのお構いなしだった。

 しかも、メリッサにもついてこいというので呆れ果てた。

「お兄ちゃんはわかるけど、なんでアタシまで?」

「どうせすることないだろ。息子どもはに夢中だろうし、メシは大鍋製。洗濯はウチの連中がやってくれるし、あとなんかあるか?イモ作りに励むオマエが一番想像から遠いわ」

「そうだけどさ」

 こと実戦投入された真戦兵と飛空戦艦の見本市にテオもピエールも夢中で駆け回っていた。

 しばらくはそんな調子だろう。

 そのうちバスランに出張する際に同道させてバルハラに乗せてやれば大喜びするだろう。

 あとでイアン提督に頼むだけだ。

「ひとつだけ確認するがいいか?雑誌社で外信の配信も任されていたんだよな?」

 メリッサはふくれ面した。

「そうよ。タッスルやフォートセバーンの新聞社からアナタの評論記事の翻訳を任されたりしてフクザツだったけど、もうなくなっちゃっていうのが残念」

 宴のどさくさにタッスルもフォートセバーンも壊滅したと聞いたメリッサはそれで自身が失業寸前だったのかと哀しむよりも呆れた。

 その上夫はささやかな祝宴で一族郎党に向かい今後は「ライザー・タッスルフォート」を名乗るのだと宣言した。

 妻の自分には一言の相談もない。

 まぁ、家族内の愛称は今まで通りでいいしタッスルフォートの姓がこんどの戦争で喪われた二つの都で奪還予定地だというライゼルの力強い言葉にヴァンフォート伯爵家あらためタッスルフォート家一同は賛成した。

 中には感極まって泣くのもいた。

 ライゼルからライザーへの改称はライゼルの響きがどうにも貴族臭漂う鼻持ちならなさに繋がってはいまいかという自戒による。

 というのは表向きでヴァンフォート伯爵家の断絶により、単に元に戻したのだ。

 メリッサは夫に毒舌かボヤき節を期待したが意外や深々と頭をさげられた。

「助かりました。オマエの内助の功でベリアの連中から顔パスで受け入れられた。女皇も法皇もなにより俺自身が一番呆れた」

「どういうことだよ?」とアランが呆れた顔をしている。

「アニキ、道楽さまさまだったのさ。到着早々、まさかベリア語で古新聞片手にライゼルを連発されると思ってなかったんだよ」

 アラン・モナースは正に呆れ果てた。

「いっかいしか行ったことないって言ってたのに?」

「運命論者じゃないつもりだったんだけどなぁ・・・」

 首を捻る夫ライザーにメリッサは得意の毒舌を炸裂させていた。

「アナタの悪運の強さは今にはじまったことでもないじゃない。そのくせ人望ときたらビックリものよ。おかげでなけなしのヘソクリをテオにたかられたわ」

「あっ、さてはどれだけ付いてくるかで賭けをしてテオがで負けたんだな」

 妻メリッサが夫の人望をどの程度に見積もったかは家庭円満のために聞かないことにした。

 昼過ぎに列車がアルマスに到着するとライザーはアランとメリッサを連れてホテル・シンクレアに向かった。

 フロントでオーナーを呼んでくれと頼み、パトリシア・ベルゴールを呼びつける。

「なによ、ライザー?」と昼食を中断して現れた妖艶な女性にライザーを見るメリッサの視線が険しくなるが、それが誰なのかを確認したら、途端に相好が崩れる。

「パトリシアじゃないの、久しぶり元気だった?」とメリッサがパトリシアに駆け寄るとパトリシアもメリッサを認めて相好を崩す。

「あらパルムから到着したのね、まぁ嬉しい。ライザーも気が利くじゃない」

 年頃の近い二人はもともとベルシティ銀行の株主達でもあり、昔馴染みだった。

「まぁ、旧交を温めて欲しい。それとパトリシア、俺はライザーに改称した。ライザー・タッスルフォートだ。名前の方は昔を思い出すだろう?それと忘れずにこちらも頼む」

 ライザーは寝ると言っておきながら昨夜のうちに大まかなプランを立て書面にしていた。

「アタシで役に立つの?」

「パトリシアが雑誌社も持っているというのを思い出した。ついでだが、メリッサはついこの間まで外信のライターだよ。パトリシア、ファッション誌に心当たりはないか?」

 パトリシア・ベルゴールはキョトンとなる。

「なによアタシが雑誌社を持っているのは知っているのに、どの雑紙社だか知らないとかいうわけ?」

「おいおい、俺は基本的に新聞と政治経済誌しか読まんよ。ほかはまぁせいぜい学術誌かな」

 そして今は《ナコト写本》と《真の書》だった。

 パトリシアは一流有名ファッション誌の名を挙げ、メリッサは目を輝かせたがライザーはピンと来ないらしい。

「おいおい、ライザー。俺でも知ってるぞ」とアランが呆れる。

 アランもメリッサの実兄だからパトリシアを子供の頃から知っているが、所帯持ち子持ちというせいかすっかり存在を忘れられていた。

「まぁ、なんでもいいよ。そっちは完全に任せた。ベリア流を流行らせてくれよ。俺はそれでいい」

「ベリア流っていうとあの薄いシルクの民族衣装のことかしら?」

「そーそーそれそれ、ほんでさ、ベリア人のモデルなら心当たりが沢山あるよ。美人なら子持ちでもいいなら沢山いる。着こなし方はバッチリだと思うしファッションモデルなんて今まで縁がなかったとおもうんで、慣れてはいないが初々しいハズさ」

 ライザーほどには察しが良くないパトリシアにはそれがつい先頃までと呼ばれていた女性たちなのだとは気づかない。

 メリッサは夫の言わんとすることだけは分かった。

 確かにそうだった。

 逃避行と過酷な日々にやつれて疲れているが彼女たちは美しいし、それが人の目にかかると退だとみなされることもある。

 女道楽はその父に似ずにないライザーだが審美眼は間違いない。

「わかった。メリッサと相談するわ」

「それと目玉モデルとしては先日バスランに行った際に剣皇陛下から紹介されたが、その実、ヒマでヒマで仕方ないとこぼしていた我らの紋章騎士がうってつけじゃないの?タッパあるし、美人だし、おまけにお嬢の若い頃にソックリだし」

 その指摘にパトリシアは驚愕した。

 メリッサと事実婚していたこの10年くらいはライザーは他の女にはまったく興味がないと言わんばかりだった。

 お互いその気はなかったが、人をして妖艶といわしめる自分も完全にスルーする。

 なのにコレだ。

 父親同様のしまりのない下半身はライザーには気配すらなかったが、若いお嬢さんの見るべき所はしっかり見ている。

「それってルイス・ラファール?そうだわ、そうよアンタもなかなかいいセンスしてるじゃないのよ。数日お借りするぐらいだったらディーンも許してくれるでしょ」

 やはり13人委員会で席次を持っていただけはある。

 パトリシアも普通の物の見方をしないし多角的に考える。

「後でディーンに話だけ通しておくよ。そのあとは本人の説得だがメリッサに任せてみないか?俺やディーンが言うよりそれが戦線のためならと前向きになるだろうし、なんだったらもう一人紹介するよ・・・つーか、いっそ写真撮影をバスランでやらないか?」

「へっ?」

 トレドと違いバスランは作られた当初から殺伐とした軍事拠点だった。

 ファッション雑誌の撮影場所としてはこれほど不似合いなところはない。

 いや、だからこそ面白い。

「パルムじゃバスランといえば反乱軍騒動だが、ウワサの本人たちは雑紙モデルしちゃうほど“余裕ぶっこいてます”だったら、国家騎士たちじゃなく《虫使い》サンたちを挑発出来るじゃん。《蒼きエリシオン》駆る剣聖ルイスがまさに《蒼きエリシオン》の隣でファッション誌のモデル撮影。量産化に尽力した紫苑ちゃんもとかやられたら、アッチはかなり深刻に焦るぜ。現に俺たちゃ深刻に焦らされたあとなんでザマアみろだ。全力で叩きにきたらもっけの幸いだ。迎撃作戦のプランはイアン提督とアリアスが立てるだろ。俺は戦場のことはなんも知らん」

 ライザーの知謀は以前からパトリシアも認めていたが、

(なんなんだその悪魔の入れ知恵は)と思う。

 話題のバスラン要塞内で切り札たる《蒼きエリシオン》を全面に押し立ててまるで畑違いのファッション誌の巻頭を飾らせる。

 そして、アリョーネ派の健在ぶりをあのハゲ親父たちにも見せつける。

 辛うじてパトリシアの名前を思い出してあの女の仕業かと思い起こすかも知れないが、グエン・ラシールはライゼル伯爵を経済誌と新聞しか読まないヤツだと思っているだろう。

 本人もそうだと言った。

 だから、結びつけたりすることはない。

 パトリシアはゾクゾクっと総毛立った。

 パルムの書店や各駅に自分の雑紙が平積みに置かれる。

 それ自体はごく普通だが、巻頭写真を見たら男たちも動揺し、足を止める。

 それは自分が責任編集をして、メリッサが記事にしたこれまでにもない斬新なものだ。

 そうなるといっそ「脱がせてしまいたく」なるのだが、若妻をそこまでしていいかは夫の了解を得ないといけない。

 これはもはや手の込んだ謀略レベルだ。

 関係者全員を知っているグエンが度肝を抜き、それがなにを意味するか考えたなら、それこそが強烈なカウンターパンチになる。

 想定外にしても想定外だろう。

 なにより“薄汚い犀辰とこの小娘”だと紫苑を見做していたあの男は油にまみれた作業ツナギの下になにが隠れていたかなど知るまい。

 ルイスの場合は美貌と知性、そして剣聖と呼ばれる強さと逞しさ。

 それらすべてを兼ね備えたルイスの艶姿。

 更に磨けば光る耀紫苑。

 あれでなかなかスタイルは良いはずだ。

 それを戦争している張本人達の頭越しに世間の人々に訴えたなら、ルイスと紫苑の評判はうなぎ登りになり、《虫使い》たちは焦る。

 「挑発」だとは思っても安いとは思うまい。

 まして、あちら側にも女たちがいる。

 女は同性が大絶賛されるのを面白く思わないものだ。

 いったいライザーは一石で何羽の鳥を落とすつもりなのか。

 焦った《虫使い》たちが大戦力を投入してバスランを攻略しにかかったなら、全軍の補給線たるトレド-アルマスは安泰だ。

 あの天才戦術家アリアスにかかったなら絶好の迎撃チャンスになる。

 バスランはそもそもメイヨール内戦の要衝であり防衛力は高い。

 ルイスと紫苑の説得もここまでお膳立てされたなら、カンタンには断れないだろうし、二人とも女性だからちょっとワクワクするだろう。

 後は若い二人の背中を押してやるメリッサの交渉力だった。

 こうして1ヶ月後には現実になる「偽典史」では国家騎士団西部方面軍の、その実、龍虫部隊の「第一次バスラン要塞攻略作戦」は実施される流れとなる。

 それが直近に必ずあると分かっているのだし、迎撃作戦の中心となる量産型エリシオンたちの華々しいデビュー戦として後にナコト写本に記録されるのだ。

 おおよその事情をわかっている国内外の国家騎士や国軍兵士たちにとってはまたとないアピール。

 そして、《虫使い》たちネームレスコマンダーやエルミタージュセルにとっては手の込んだ挑発。

 それをパトリシアとメリッサがお膳立てする。

 所詮は老人達の警護任務だと本戦参加を諦めていた元女皇正騎士パトリシア・ベルゴールの面目躍如ともなり、この戦いにおいてはアドバンテージを取った上での、敵への威力挑発だ。

「しかし、オマエにはなにが見えているんだ、ライザー?」

「いんや、アニキや世間の人たちとおんなじものが見えているよ。その目に他のものが見えているのはむしろ剣皇サマやアリアスにイアン提督だわ、それと女皇メリエル」

「なにその顔触れ?」

「アニキもここにいりゃイヤでも知るさ。なにしろ決してそれとは記されない正に歴史の1ページだもの」

 ライザー自身がまさにそれだった。

 いや、すぐに《ベリアの悪魔》の通称で知られるライザーの悪名は絶対防衛戦線内で知れ渡り、ある者など近くに見ただけで反射的に凍り付く。

 だが、《虫使い》と《傭兵騎士団エルミタージュ》たちだけはこの「戦場には決して立たない希代の策士」の存在にはなかなか気づけないのだった。

 以前の悪名がそれだけインパクトが強かったせいでもある。


 トレドの外気温を0度設定し、後方待機となった《剣皇ディーン》はホテル・シンクレアの執務室にあった。

 既にライザーの指示どおりにしていたので、なにより食糧事情が大幅に改善された。

 完全凍結した龍虫の解体作業などに剣皇の手を患わせることもない。

 難民たちと一般兵士たちが中心となって龍虫を用途に応じてバラしていた。

「ふむっ、やはりアンタか」とライザーが妙な前置きをしたのにアランも《ディーン》本人も気づかない。

「ご用件は?」

「まずは紹介と報告。アニキ、この方が剣皇ディーン・フェイルズ・スターム陛下だ。《ディーン》、私の義兄アラン・モナースです。財界にはそれと知られているモナース家の現当主」

「はじめまして剣皇陛下。お噂はかねがね」

「モナース家のお噂はかねてより」と二人が握手を交わしたのを見届けるやライザーはマギー女史の報告書を《ディーン》の執務机に置いた。

「パルムは汚染で真っ黒だ。エイブ・ラファール少将もビックリだろうさ、なにしろ国軍と国家騎士団の要衝が悉く念入りにやられていました。手遅れにならなかったと思いたい」

「なんですって」と《ディーン》は思わず席を立つほど動揺する。

「まぁまぁ」とライザーはこの若い《ディーン》を落ち着かせる。「策は練りました。ひとつはパトリシア・ベルゴールに授けた作戦です。既に本人に言い聞かせてきました。あーっと、アノ方への報告が事後承諾になりますが、まいっか。減るモンじゃなし。1ヶ月以内にバスランを龍虫たちが大軍で攻めますが、作戦はイアン提督とアリアスにお任せになるのが宜しいかと。そして陛下の真価が問われますな」

「ほぉ」と《ディーン》は舌を巻く。

「そして陛下には許可を頂きに参った次第です。コレを」と言ってライザーは書面を差し出した。

 さっそく書面を手にした《ディーン》は怪訝なカオしている。

「コレがなにか?」と《ディーン》は言いのけた。

 ライザーからしたら、アッチならともかくお前ならそうだろうよだった。

「聡明な陛下でも読み解けないならば安心だ。それが通称ライゼル文字です。情報統制下でも13人委員会の同志たちとやり取りする手段ですな」とライザーはニヤリと笑む。

「なるほど、暗号ですな」と《ディーン》は即座に理解した。

「如何にも。この暗号文をアルマス支局発の各新聞に一斉に載せます。その裁可を頂きに参った次第ですよ」

「わかりました。貴方のことだもシッカリかけてある」

 《ディーン》は頷きながら反応を見ている。

「まっ、そういうことです。それ自体はなんにも意味はない。ただの注意喚起です。20年ぶりに見るソレで同志たちは察します。今後は目にする機会が増えるとも」

 アランは《ディーン》の手許にある書面に書かれた文字の羅列を見たがなんのことだかサッパリわからない。

 つまりは読み解けない。

「しかし、こんなものを誰でも見る機会がある新聞に掲載したならばたちにも筒抜けになるんじゃないのでは?」

「ええ、ですから二段仕掛けですよ。ちなみに其処には“報告書を裏返せ”としか書かれていません。もう一つの仕掛けは別の形で行いますよ」

 《ディーン》は驚き呆れた。

 ライザーほど計算高く慎重な男は他に知らない。

「つまり、注意喚起である“報告書を裏返せ”を実行すると出てくるのはまた別の《ライゼル文字》です。そうまでして実行させたいのは鉄道公社職員にマスクを着用させることです。おそらくは現在、パルムの大気も水と同様にかなり汚染されている」とライザーは言い。「だからこそ、いきなり国軍兵士や国家騎士達に先に付けさせるわけにはいかない。レジスタンスたちから“軍が陰謀を企てている”と吹聴されかねませんし、政情不安があるから市民たちもデマを信じてしまう。むしろ先に鉄道公社で採用しているので軍でも採用という形の方が警戒されにくいのではないかと考えた次第ですよ。いっそレジスタンスも採用したらいい」

 ライザーは職業立場的に人を差別することはしない。

 いのちはいのちだ。

 と通じている裏切り者以外のそれは奪わせるつもりはまったくない。

「しかしマグワイア・デュラン少佐の報告書を見る限り、一時しのぎの対処療法ですね。根本的解決とはなりそうにない」

「ですから作戦方針の切り替えをお願いします。量産型エリシオン配備計画が軌道に乗ったバスランでも迎撃作戦の用意を行うとして、トレドでも同様に。お借りしたレジスタと新造したレジスタリアンで芋畑を作る試みはおおむね順調です。手の空いた国軍兵たちも協力してくれています。確保した龍虫検体の解剖調査も医務官達が進めてくれています。龍虫の食肉加工も保存食加工も天日干し出来る今の時期に大きく進めてしまいましょう。食糧自給計画も急がなければ」

 現状はどうあれ、ライザー到着以降に絶対防衛戦線を取り巻く状況は変わった。

 動員された兵士達からも戸惑いが消え、練兵にもなる農作業も始まった。

 低温下にあるうちにやるべき作業も順調だとしたら、士気の高いうちに反抗作戦に出るべきだった。

 《ディーン》はじっと腕組みしたまましばし熟考した後に決断した。

「わかりました。それで行きましょう。パルムのためにも目線を変えさせる必要がある」

「ライザーまさかゆうべの肉は・・・」とアランが今更青くなって小声で耳打ちした。

「ああ、お察しの通りだ。旨かったろ」

 もともとディーンの授けた知恵とはいえ、ライザーが龍虫は捕まえたら食えることを周知してくれたおかげでこちらは追い立てられる側から狩猟捕食者になった。

 殺して狩って食う。

 人間の食欲をなめたツケは敵に身を以て支払わせる。


「さて、《ディーン》への面通しも済んだことだし、これからアニキにして貰うことについてだが」

 ホテル・シンクレアを出てアルマスの街に繰り出すなりライザーは手近なカフェに入りアランに策を授ける。

「レジスタリアンで商売して貰う」

「はぁ?」

 アラン・モナースもつい昨日、トレド近郊でライザーがレジスタリアンで芋畑を開墾している様子は見てきたばかりだ。

 あれは確かに画期的な道具である。

「早い話がレジスタリアンを農村部に売りまくる」

 その言葉でアランは察した。

「つまり、アレを売って現金化しようってのか?」

「現金じゃなくていいんだ。物々交換による物資でもいい」

 アランは先程ライザーが書店で購入した新聞を見た。

?」

「そっ、農業新聞には昨年の収獲状況と今年の作付け情報なんかが掲載されていて、農作物の先物取引なんかに利用されている。そして昨年の豊作地域にレジスタリアンを持ち込んで売るのさ。とはいえ、農村部となると流通貨幣なんかは限られているし、売るアテもないので翌年度の収穫状況が悪かった場合の備蓄分として保管されていたりするわけだ」

 アランにもライザーが何が言いたいか分かってきた。

「つまり、レジスタリアンは便利な農機具だと売り込みに行って、現金があるなら現金で、なければその備蓄分を対価にして物々交換しろってことか」

「まっ、“今は売らなくてもいい”。貸して後で対価を回収する」

 もう一つライザーは《ディーン》からあるものを借りてきていた。

「退役騎士名簿?」

「そっ、種明かしをするとだ。さっき会った《ディーン》は剣皇ディーン・フェイルズ・スターム本人じゃない。国家騎士団副総帥トゥドゥール・カロリファル公爵だ」

「なっ、あーそれで会うなりアンタかと」

 妙なことを言うなぁと気にはなっていた。

「アニキにはこの名簿にある騎士たちを片っ端からあたって欲しいのさ。つまり、退役恩給での暮らしぶりに満足しているか?ひょっとしたら持て余して飲んだくれてるんじゃないのかねと。その上で騎士としてもう一旗あげる機会があるんだがやってみる気はあるかねと」

「その話、儂らも一枚噛んで構わぬか《砦の男》」

 大きな図体の爺さんがライザーとアランの席近くに座ってコーヒーをすすっていた。

「アランハス卿、お久しぶりです。そしてこれが私の義兄アラン・モナースです」

 ライザーは席を蹴って亜羅叛に再会の握手を求めた。

「儂ということはアノ方もということですね。それは勿論ですとも」

 ライザーは前回のアルマス訪問でメロウィンとは再会していた。

「儂はアルマスからは動けぬ。しかし、退役騎士の再就職口という話なら此処にいるままでもどうとでもなるわ。要するに執務室の《ディーン》に了解を得た上で、国内の昔馴染みどもに電話で声を掛ける。乗るのがレジスタじゃなくレジスタリアンで、戦うのでなく農作業になってしまうがそれでも構わんというヤツらを見つけろということなのだろう?なかなか興味深い話ではないか」

 真戦獣レジスタリアンは騎士因子がまったくない者には動かすことも出来ない。

 そこでライザーが考えたのは退役騎士たちを利用することだった。

 複雑な動作や危険な真似はなにもないので騎士因子が真戦騎士として足りなくても動かせるし、確実にあるとわかっている退役騎士だったらそれこそ問題ない。

「“年寄りは死ぬまで大人しくしていろ”と社会から暗に言われているようで、儂等は肩身の狭い思いをしながら恩給で細々と暮らしている」

(アンタは違うけどな)とライザーは苦笑する。

「ついて来い、ライザー、アラン。その実、このアルマスにも大勢いるぞ。なにか自分にも出来ることがあれば“騎士の本懐”を遂げようというロートル騎士どもがな。それがアルマスの防衛力の一部を担っている」

「なんと」

 ライザーは笑みを浮かべた。

「レジスタリアンと老騎士をワンセットで農繁期の農村部に送り込み、騎士としての勘を取り戻させればあるいはも戦えるかも知れぬな」

(それはちょっと飛躍しすぎじゃ)とライザーは思ったが即座に思い直した。

(違う。ディーンたちには手が回らない騎士因子保有者たちへの訓練教官や操作指導員。それに組織化すれば“ナイトギルド”として自立の道が拓ける。それに実戦機のレジスタリアンなら)

 公明たちが試作したレジスタリアンの中にはとんでもなく高性能な機動兵器もあり、“実戦型レジスタリアン”としてバスランでシェイクダウン研究されていた。

 実際に公明、紫苑が作ってみたところ機動力、馬力、登坂力など龍虫キルアント種と大差ないものに仕上がった。

 そちらに関しては現状はまだ“秘密兵器”として存在が極秘扱いされていた。

 ライザーとアランは亜羅叛の案内で安酒屋に向かい、そこで昼間から飲んだくれていた退役騎士たちと出会った。

 ライザーは彼等に真戦獣レジスタリアンという存在を説明し、多脚歩行型で現状は農機具扱いだと説明した。

「その仕様でそろそろ動かすだけなら俺にも使えるんじゃねぇか」

 事故で片腕を失った老騎士が言い出した。

「そうですね。扱えるでしょう。実際に試してみますか?」という話になり、早速トレドの開墾地で試してみようじゃないかという方向で話は纏まっていった。

 こうしてアラン・モナースがレジスタリアンと共に売り込みする当面の騎士は揃った。

 価格については農村部で共同購入出来る額に抑え、それとは別に“リース契約”というアイデアをアランが捻り出した。

 つまり、農村部に農繁期の間だけ騎士とレジスタリアンを貸し出すかわりに手付金と対価として農作物を貰い受ける。

 あるいは騎士因子保有者が農村にいるならレジスタリアンの機体を売却する。

 受け取った農作物は一度アルマスに運び入れて絶対防衛戦線の兵站とする。

 あるいはアルマス埠頭から物価高騰中のパルムに船便で運び入れて売り捌いて現金化する。

 パトリシアが輸送船団も保有していたし、列車貨物に乗せて陸路で運び入れることも出来る。

 こうしてモナース商会の商売の下地は整っていった。

 やがて数ヶ月後には実業家アラン・モナースもまた戦費兵站調達役として絶対防衛戦線の幹部会入りすることになるのだった。

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