第7話 バスランの現実
ディーンは新幹部としてライゼル元伯爵を推薦すると宣言し、ミシェル・ファンフリートも同意していた。
だが、ライゼルを主宰に推したメリエルはともかく、他の幹部たちも同様にライゼルを認めると同意した訳ではない。
招聘に大賛成で前フリまでしていたアリアス・レンセン中尉は同意するだろうが、他はとなると実際には本人たち個々に問い質さなければならない。
まずは・・・となったのがバルハラを操艦しているイアン・フューリー提督だ。
密談を終えてバルハラ艦橋にやって来た三人から話を聞いたイアンは面食らった。
「へっ、伯爵が幹部になる?」
「元だ元」とライゼルが細かい注文をつけている。
もともとイアン・フュリーはライゼルを知っていた。
手合い見物の席で並んで居合わせることもあったし、宮廷公式行事で近い席も割り当てられたこともあった。
そしてなによりエキュイムだ。
ビルビット・ミラー少佐が相当な名手として大陸中に知れ渡っていたが、イアン・フューリーもビルビットに比肩する名手だ。
そして金の掛かるパルムの高級エキュイムサロンではなく、元老院議事堂にもあるエキュイムルーム。
妻帯者でわりとケチなイアンは女皇正騎士には議事堂入退出が許されているのをいいことに、議会休会時間中によく相手を見つけては元老院議員たちと対局していた。
ライゼルも手合い見物のないときはよくイアンと対局していた。
年配議員たちは実力相応の駒落としでハンデをつけて貰っていたが、ライゼルはそんなものいらなかった。
ただし対戦成績は芳しくない。
イアンに勝ったことはあるがたまにだ。
「いいんじゃないっすか。なにしろ数字に滅法強い人間が現状の幹部会にゃ女皇陛下、テリー、マダムパトリシア、耀家連中しかいませんし」
「ですねぇ」とディーンが難しい顔で頭を抱えている。
それこそパトリック・リーナでも居てくれたらばと何度か思う事態に遭遇していた。
ドールマイスターの耀公明と耀紫苑、耀犀辰は理系頭脳持つ「数字に滅法強いヤツら」だった。
そしてホテル・シンクレアのオーナーで臨時司令部警護担当のパトリシア・ベルゴールだ。
彼女の場合は金勘定に特化していた。
メリエルが持ち込んだ逃走資金名目の財産もパトリシアが預かって投機に回したりしていた。
何処より金食い虫なのはバスランだ。
真戦兵一機組み上げるのにタダでというわけにいかない。
調達物資で形になる程度には組み上げられるが、操縦系などの騎士が乗り込む部分の細かいパーツは既存品を購入しなければならない。
そのあたりまで自作していたら時間と手間が掛かってしまう。
「なるほど、技術屋の三人がホイホイと部品発注書を回してくるが、事実上ディーンかトリエルがポンポン決済判押しているのだな?」
ライゼルはまるでその光景を見たかのように言うが実際そうだ。
ディーンは苦り切った表情を浮かべた。
「なにしろ連中は技術屋ですからね。湯水のように金使うのが当たり前だときていて、コッチの懐事情までは気にしません」
軍資金に関してはアリョーネが用立ててベルシティ銀行のアルマス支店に口座があった。
だが、瞬く間に目減りする一方だ。
メリエルは確認して青ざめていた。
銀行屋の娘というのは技術屋の娘の対極に居るようなもので、メリエルと紫苑は体裁上は従姉妹だったが、考え方は真逆だ。
今在る軍資金で生活物資調達と兵站や将兵たちへの給料、戦死者家族への慰謝料も賄わなければならず、エウロペア女皇メリエルにとり一番頭が痛い問題がお金の問題だった。
かといって新型機建造作業をやめさせるわけにもいかない。
「なんか軍資金調達まで俺に期待してないよな?」
ライゼルは顔をしかめ、主宰としてメリエルの資金管理を補佐しろというのではないかと訝った。
「とりあえずは倹約ですねぇ。もうちょっと予算配分てものを考えて欲しいのが本音ですから」
ディーンがメリエルから聞く泣き言の大半が軍資金についてだった。
「なんだよ。結局、金の問題ときたか」
ライゼルに財政家としての辣腕があるなら、絶対防衛戦線としても利用しない手はない。
「軍資金面はエルビス公王にも用立てて貰おう。ヴェローム銀行にも潤沢に資金がある」
「おおっ」
「やはり財政に強い」
イアンもディーンも女皇騎士団所属だから、ハニバル・トラベイヨ司令のもう一つの肩書きたるエルビス・ヴェローム公王までは思い至っても、ヴェローム公国の基幹産業たる金融業までは思い及ばない。
そのエルビスが先日に真女皇騎士団副司令に指名されていた。
ヴェローム銀行筆頭理事というのも公王のお仕事の一つだ。
女皇戦争終結後にエルビスの肩書きもそれのみになる。
「そういえばパトリック様の預けてくれたカバンにヴェローム銀行の有価証券もあったなぁ」とディーンは思い返す。
「お前、ソレをそのまんまパトリシアに預けてないだろうなぁ?アイツは平気でネコババするぞ」
「じゃ、帰りはアルマス経由ですか」
イアンは航路予定に早速とばかりにアルマスと書き加えている。
「早いとこ手を打たないとアイツに好き勝手されるぞ」
もうこの時点でライゼルの幹部会入りはほぼ確定していた。
反対者を黙らせる殺し文句は「ライゼルに責任ある椅子を用意しないと、人類絶対防衛戦線が“破綻する前に破産する”」だった。
バスラン要塞は飛空戦艦の係留ドックも備えている。
現状では滅多にないが飛空戦艦が砲戦型龍虫の攻撃により損傷することもある。
実際、「ナカリア退却戦」でナカリア銀騎士団のリスボーが轟沈したのも機体回収低空飛行中に被弾した当たり所が悪かったせいだ。
バルハラ入港の知らせに耀公明がすっとんで来ていた。
「助かるぅ。コレだけあればどうにか先行機の外装は賄える」
バルハラの船体から次々と運び出される戦利品の山に公明は小躍りせんばかりだった。
「あら、前に来たときより随分進んだね」
フリカッセとカル・ハーンの先行試作機は既に完成していて、カル・ハーンのうち一機はミシェルが実戦使用している。
《鉄舟》専用機のグレイ・カル・ハーンだ。
そして、ようやくポルト・ムンザの先行機も完成に到る。
「へっ、剣皇へーかっ?」
代役のトリエルが化けているのを『剣皇ディーン』だと思っていた耀公明はまたやられたと天を仰いだ。
そういや夫婦の筈なのにディーンとルイスが要塞内で一緒にいるところを見ないわけだ。
「皆、元気かな?公明」
「そうですね。犀辰サンとボクは上手いことやっています。紫苑とはまぁボチボチと・・・」
公明が真っ赤な顔で俯いてるのを見てディーンは顔をしかめた。
「公明、アイツも一応皇位継承者だぞっ!節制はしとけよ。紫苑が腹ボテでフリカッセの整備なんかやってた日にゃ、皇室吟味役としてオマエをぶっ飛ばすからな」
新婚カップルなのに別配置でルイスとは疎遠になっているディーンはフラストレーションが溜まっていた。
ディーンは怒ったフリだけして公明をキッと睨む。
公明と紫苑がいい仲なのは初対面のときからだが、さてはと察してぶっといクギを刺す。
メリエルの出した接触禁止命令は既に解除されていた。
「そのへんにしとけよ、剣皇陛下」
敬称だけつけてほぼタメ口の中年男に公明は向き直る。
「あっ、あ゛ー、ライゼルはくしゃくだぁぁ」
ここにもミーハーがいた。
ドールマイスターの耀公明は技術屋でもあるが「騎士手合い」のファンだし、外信記事でフィンツ・スターム少佐らの手合い観戦記を愛読していた。
となると中原一の手合い評論家ライゼル伯のことも必然的に知っていた。
「あっ、丁度いいや公明サン、メルヒンでも戦技訓練用にレジスタ採用してるよな?それに偵察用改修版のレジスタもお前さんの仕事だよな」
流暢なベリア語でライゼルは早口にまくし立てる。
「そうですが、それがなにか?」
「アイツを先祖返りさせるのにコストどんぐらいかかる?」
「先祖返りぃ!?」
「早い話、多脚歩行型に戻した改修機作るのに予算と期間がどんぐらいかかるのかなと」
「んー、操縦席のレイアウトが・・・」と早速、プランを頭の中で練る公明をライゼルは即座に止めた。
「いらん。操縦席はいらん。かわりに馬車みたいに先頭に剥き出しの操縦席と後ろに荷運び用のハコ付けてくれたらそれでいい」
「いっ?」
「呼称はそうだな・・・《真戦獣レジスタリアン》なんてのはどうだ?」
戦闘用ではないので本来、呼称は必要ないのだが、レジスタからレジスタリアンと名前を変えると用途が変わったと皆理解する。
公明は頭の中で早速プランを練り直しに掛かる。
「いや、作れないことはないというか、紫苑が図面引いてボクが突貫で作れば一両日中ですね。予算はフリカッセの20分の1くらいでしょうかね、いやもっと安上がりかなぁ・・・」
「作る」のではなく「バラす」のだ。
もともとレジスタたちは6足ないし8足を構成する素体を人型に無理矢理改修されている。
つまり元々多い手足を2腕2足に再構成させ、させた分で細かい動きを再現可能にしている。
関節外方向にタメが作れたりするのもそのせいだ。
だが脚として運用するのに細かい動作は必要ない。
一度、とっぱらった外殻装甲のプラスニュウムを龍虫風に戻すのも簡単だし、それこそ鹵獲したばかりの龍虫のそれを僅かに調整するだけでボディと脚部とになる。
「じゃさ、試しに何パターンか作ってくれよ。農作業用だから低コストなのに越したことはない」
「のっ、農作業用?」
戦技訓練や偵察、小型種駆逐用のレジスタを「農作業に使う」という発想が騎士やドールマイスターたちにはない。
「取り敢えずトレドに帰ったら剣皇陛下からレジスタ借りることになってるんだけど、一般人の騎士因子じゃすぐスッ転ぶだろうからさ。もともと多脚歩行型にしてあれば転ぶ心配がなくなる」
「なっ、なんて人だ・・・」
この《真戦獣レジスタリアン》こそが人類絶対防衛戦線の切り札の一つとなる。
もともと真戦兵よりもフォルムもなにもかも龍虫に酷似した「農作業用」として使われ始める。
言うならば耕運機であり、背部に大型の鍬を取り付けてソロソロと歩かせれば広大な農地を短時間で開墾出来る。
ところが実際はそれに留まらなかった。
先祖返りであり、龍虫先行部隊の高機動龍虫キルアント種とほぼ変わらない走行速度や跳躍力と登坂能力を持ち、シャドーダーインシリーズが先行採用していた機体牽引ワイヤーも採用して、トレド要塞の高い城壁すらスイスイ登れる性能。
騎士因子がある程度ありさえすれば、基本的に馬と一緒で方向転換と速度調整だけだったので、慣れれば誰でも簡単に乗りこなせるほどに便利な機体となる。
実戦仕様として操縦席の前に風防となる透過プラスニュウム、機体後部に兵員搭乗用のベンチシートを取り付け、戦闘中に振り落とされたりしないよう命綱となる固定ベルトも取り付けた。
つまり真戦兵のように複雑な動きや攻撃性などははなっから期待せず、最大の売りである高機動により先行偵察用として実戦投入されて騎士ではなく、双眼鏡を片手にした一般兵や戦術士官と《鷲の目》保持者たちを中心に利用することになるのだ。
そして後部シートに乗った別の兵士たちが黒色火薬爆弾を地雷として撒いて全速力で追いかけてきたキルアントを狩る。
果てはライゼルのアイデアで作られた別のものをブラ下げて「敵」を釣り出す囮戦術により戦場風景がガラっと変わる。
ディーンと純白のフレアールやルイスとエリシオンのように真戦兵単機が高機動を持つ必然性がなくなり、おびき寄せた龍虫を迎撃シフトを敷いて叩くだけで追い回すことがなくなった。
この戦術転換をいち早く理解して適宜使用していったことでアリアス中尉の株もグンと跳ね上がる。
動力車両を装甲で固め、密閉式の攻撃車両に銃眼を配して一般兵たちに狙撃させ、装甲車両内から小型龍虫を銃撃しつつ後部車両から真戦兵を高速展開回収する列車兵器の護衛部隊にもレジスタリアンが採用される。
つまりゼダ国軍兵士を中心とした一般兵たちが龍虫と戦う戦力化した。
そして、後に結成されるベリア義勇軍アリアス隊は小銃を扱う訓練を受けた難民から志望者を募って兵士化した人々が担った。
ベリアの女性たちは気が強く、男手のない遊牧生活で猛獣や夜盗たちから自分や子供たちを守る逞しい女性たちだったので、ゼダ製銃火器の扱いを覚えるのも早かった。
その一方で馬やラクダで遊牧していた男たちはレジスタリアン先行遊撃部隊の方に回った。
決戦兵器でなく「大規模決戦を可能にする兵器」として真戦獣レジスタリアンの戦果は著しいものになる。
それも僅か数ヶ月後の話だった。
公明は頭の中で形を描きつつ、低コストに落とすプランをブツブツ言いながら去って行った。
ディーンとミシェルはすっかり呆れ果てていた。
「アレってそういう意味だったんですか?」
ディーンは龍虫への陽動牽制の意味でレジスタを動かす程度に思っていた。
「なにしろ凍った土地で農業やるには、なるたけ馬力のある道具がいるだろう?あとはイモ植えて収獲するだけだ」
ライゼルはまるで経験があるかのように言う。
だが、実のところ前世の経験者であり800年前のキエーフでそうしていたし、共生大国ルーシアの国土も龍虫種キルアントのお陰でそうして広がった。
「マサカ、それで兵站の足しにするつもりですか?」
ミシェルはその発想はなかったと驚嘆する。
「腹が脹れさえすりゃいいだろ。イモを大量生産したら売れば多少の金になるし、トレドでもパルムでも餓死者は出さなくて済む」
発想の根幹の違いにミシェルは失神しかねないほどだった。
本当の中原最高頭脳はライゼルだろう。
幹部たちの説得材料はまた一つ増えた。
“後方のことはライゼルに任せておけばどうにかなる”だ。
公明に続いて現れたのは改称したアリアス・レンセン中尉だった。
「ディーン、鉄舟サン、それと・・・伯爵ご無沙汰してます」
「ってほどでもご無沙汰じゃないだろ、スレイ。四月半ばにもオマエん家に出向いてるから三月ぶりか」
フェルディナンドとライゼルは元老院議会開催期間中は頻繁に会っていた。
スレイさえ自宅に居ればライゼルが自宅を訪問している。
なにしろ、ワグナス・ハイドマンの死後は元老院議会内でフェルディナンド・シェリフィスの有力な味方はライゼルただ一人だ。
ライゼルは上梓案やら対応策やらフェルディナンドと話し合う必要のある話題には事欠かなかった。
そして、晩飯時はフェルディナンド、アリシャ、スレイ、ライゼルで席を囲む。
そうすればライゼルの晩飯代が浮いた。
伯爵家家人たちには前もって知らせている。
アリシャはかつては父の、今は夫の心強い味方であるライゼルは1月から6月末と9月から12月にある元老院議会開催期間中は当然ライゼル伯爵が来るものだと理解して、一人分の食事を余分に作らせていた。
そして、無駄になるのは大抵、実家に帰宅しないスレイの食事だった。
スレイの失踪後、その替わりとなったティベル・ハルトはフェルディナンドがまだ同席させていない。
フェルディナンドはアリアスの発案による東部方面への国内の視察旅行後にライゼルには事情を話すつもりでいたが、先にライゼルがパルムを退去した格好だった。
「まったく、フェルディナンドの辛気くさいツラを拝まなくてよくなったかわりがオマエかよ、アリアス」
「まぁ、それは言わないでくださいよ」とアリアスが苦笑する。
「招聘にオマエが噛んでると聞いたから、予想外でも想定外でもないだろうさ。まっ、前評判広めてくれて助かったよ。それだけは礼を言っておく」
ベリア難民問題に関してアリアス中尉は彼等の慰労役としても働いていた。
しかし、それは表向きの話で難民を装った「敵」の間者密偵を発見して始末するためでもあった。
到着早々にメリエル暗殺未遂が発生し、副官ハサン曹長の死以来、「敵」の間者密偵が絶対防衛戦線内に潜り込んでいると疑うようになり、アリアスは疑いの目を常に味方にも向けるようになった。
《鷲の目》を活用し、同行者のディーンに合図を送って怪しいヤツは人知れず始末している。
アリアス・レンセンもこの数ヶ月で相当物騒な男になっていた。
目の前に死体の一つや二つ転がっていても全く動じない。
戦死したハサン・レーグニッツの後任にはレウニッツ・セダン大佐が推薦したジェラール・クレメンス少尉が着任していた。
ジェラール少尉はシルバニア教導団出身であり、女皇正騎士ナダル・ラシールの同窓生であり騎士だし、副官とアリアスの警護役を兼任していた。
性格の方にはかなり難があったがアリアスは全く気にしていなかった。
「お前が次の作戦準備中だと剣皇から聞いた。新型機のデビュー戦はもう少し先の話だよな?」
「まぁ、敵がこちらの思惑通りに動いてくれるかが問題です」
ハサンよりもジェラールの方が副官としての能力が上であり、現在は指揮官代行として前線に出ている。
その意味でもジェラール・クレメンス少尉はアリアス中尉の右腕として辣腕を奮ってはいた。
もっとも「変態野郎」と陰口はされていたのだが・・・。
「なるほどね。戦術や作戦行動に関しちゃ門外漢の俺は黙っているが、その件は心に止めておくよ」
「ありがたい話ですけど、伯爵は敵を動かすコツでも知っているので?」
ライゼルはそんなわけないだろと苦笑する。
「知らんよ。だが、慌てさせるぐらいの芸当は頭の片隅に置いておけばそのうち出てくる」
実際にとんでもない妙案が出てくることになる。
「けどよ、あんまり時間ねーんだ。この後、パトリシアにクギ刺す意味もあってアルマスも回らないとな」
「なんだかパルムに居た頃と大して変わっていませんね」
ちょろちょろと動き回る小太りの男ライゼルは傍目には落ち着きがないように見えたが、実際は肝が据わっている。
妙案を捻り出すために動き回るのだ。
「呼んだオマエが言う話じゃねぇ」
アリアスとライゼルの軽妙なやり取りをニコニコしながら聞いていたディーンは本題を思い出した。
「あっ、アリアス。ライゼルさまを幹部の一人に迎える」
アリアスは当然至極という態度でディーンの指示を受け流した。
「ああ、テリーさんもそう言ってましたよ。もしディーンが忘れてるようなら俺の名で推薦しとくって」
「おおっ、また一つ手間が省けた。悪い、テリーにそう伝えてくれるか?ボクが執務室に行くと面倒だ」
『剣皇ディーン』が二人居る光景を目にしたら事情を知らない兵士たちが卒倒する。
ディーンは用意周到にメモに例の件をしたためておいていた。
そして、アリアスの軍服のポケットにそっとねじ込んだ。
「了解した」とばかりにアリアスはウインクする。
「それじゃ、ライゼルさま、今後ともよろしくお願いしますね」
「ああ、アリアス」
挨拶が済んだら踵を返して去って行く。
そもそもアリアスはトレド在陣中のディーンとミシェル、ライゼルが揃って来ていることで想定外の事態が発生したと即座に理解していた。
それでも深刻そうな顔や慌てた様子を見せればバスラン要塞を警備している兵士たちが動揺する。
それで会話中、終始道化役に徹していた。
(トゥドゥール・カロリファルが子供に見えるほど、腹芸の出来る恐ろしいヤツになってんじゃないのさ。フェルディナンドが見たらなんていうやら)
つくづくディーンの忠告通りアリアスを敵に回す愚を犯さずに済んだことにライゼルは内心胸を撫で下ろしていた。
そそくさと退場したアリアスにかわり待機中のルイス・ラファールがそっと様子を伺っていた。
「ディーンっ、会いたかったぁ」
「2週間ぶりかな。元気だったかルイス」
若い夫婦が抱き合って再会を喜ぶ様をライゼルと《鉄舟》は視線を逸らして見守った。
「メリエルは?」
「今朝の列車で法皇猊下とまた出発されたわ」
「そっか、入れ違いになったか」
まぁ、メリエルとナファドが「例の話」を聞いたら激しく動揺するだろう。
「アリョーネ陛下の全権代理人のお前には伝えておく。パルムが今正に危機的事態だ。それで早速、こっちに集まれるメンバーだけで緊急幹部会を開催したかったんだが、メリエルたちがいないなら無理だな」
「どういうこと?」
「父さんをあんな目に遭わせた敵の手口がそれと判明した」
ディーンはポケットのハンカチに包んでいた黒い咳の検体をルイスに見せる。
「これって・・・まさかナノ粒子?」
どんなに察しの悪いルイスでも医療用シャーレに入った異質な物質で即座に理解した。
フォートセバーン奪還作戦中にも堆積したナノ粒子らしきものは目にしている。
「ご明察。ここに居るライゼルさまが特定に尽力された。テリー叔父さんから指示が出たらお前も試しておいてくれ。今やると混乱する」
「ライゼルさまって・・・伯爵?」
戸惑うルイスとディーンの間に割り込むようにライゼルはルイスの前に立った。
「伯爵はやめてくれ、《神速の剣聖》」
「《神速の剣聖》?」
ルイスは狼狽しているが、二つ名は5年前に考えてあった。
メディーナの《疾風》を超えるのは《神速》しかない。
ライゼルに言わせたら《嘆きの聖女》が過去のものとなったルイスを呼ぶ際のそれ以外の呼称は「紋章騎士」しかない。
ここで「剣聖をおろした」。
その意味はルイス本人が一番分かっているだろう。
その名と共に生き、その名をもって護れという意味だ。
「他の連中にも徹底させていく。今は意味がわからなくてもおのずと知れる場面が来る。これから先、そういう戦いになるんだと覚悟しといてくれ」
「わかりました、ライゼルさま」
「この後、格納庫でテリー、アリアス、セダン大佐、ベルレーヌ卿と落ち合う。ルイス、ライゼルさまにエリシオンを見せてやってくれ」
後の配置転換でエリシオンとルイスはオマケの愛弟子二人と共にトレド要塞に回される。
真戦兵格納区画に向かう間、ディーンとルイスは忙しなく話し続けた。
「預けてあるアイツらはどうだい?」
「そうね、二人ともいつでも実戦に出せそうよ。特にミィは放浪子爵って人に貴方の技を教わっているからとても飲み込みが早いわ」
「フリオもそうだと良いんだが」
まっ、問題ないだろうとディーンはとっくに見極めている。
ディーンは仮想空間手合いでミィが《啄木鳥》や《浜千鳥》を習得していることを確認し、《砂乗り》も確認した。
地形次第で有効な機動戦術に使える。
ディーンは更に
《鵯越》は《啄木鳥》の基本となるナノ・マシンの強度補正による高速機動戦術を部隊運用に利用するため、強度補正を強めに行い、後続部隊も強化させた足場を踏んで高速移動させるというものだ。
《浜千鳥》にも応用出来るがバックステップだと難しいに決まっているし、ほとんどの騎士には機体反転させて先行機体操縦者の足場を確認するのがやっとだろう。
要となるのは進軍と退却速度だ。
ことに退却速度が上がれば、一瞬にして戦場配置図を変えられる。
「フリオにはあの秘天技は貴方の指示通り封印させているわ。それだと戦闘力は相当落ちるけど《魔弾》は使えるわね。おかげでアタシもミィも使えるようになったわ。それに《ナイトイーター》としての実戦経験は豊富な分だけミィよりは場慣れはしているのが強みね」
「公明の話じゃ、今日の便の荷物でポルト・ムンザの先行機が完成するらしい。完成したらあの二人に使わせてもうちょっとハードに鍛えてくれ。結果的にそれが機体のシェイクダウンと修正案にもなる。細かい調整や修正点はアイツらの口から公明に伝えさせろ。うーん、それでも不足だろうな」とディーンは考え込む。
「ポルト・ムンザでもダメってこと?」
「アイツらの秘天技を連発するには更に強度のある機体が必要になるだろうさ。ボクと同じで外部干渉能力に特化してるからお前と違い機体強度が鍵になる。同系統のボクでは教えられないことがあるんでお前に預けたんだ。特にフリオは技の性質上、体勢が無防備になる瞬間があるから瞬間的にナノ・マシンの内燃使用防御も織り込まないとね」
「そうね、アタシでも技が放たれるあの瞬間を叩くわ」
「すまん、仲良く話しているところ悪いがどうも秘天技というのが気になってな」
ディーンとルイスの会話で秘天技を持つ若い騎士たちを育てているのだとは理解した。
問題はその秘天技の性質だ。
秘天技は絶技とも呼ばれ、実際にその絶技の存在をライゼルはつい先日のマルガで知ることになっていた。
「そうよ、ライゼルさまに見て頂ければ欠点の修正が出来るかも」
「なるほど。ルイス、二人は?」
「例によってシュナイゼルで極秘訓練中よ」
陥落したフォートセバーンから回収された擱座したシュナイゼルはバスランに運び込んで、公明が可能なものは修理を終えていた。
フリオはガリアード機をそのまま使い、ミィにもダーイン系機体はあまり得意そうでなかったので、フォートセバーンで回収修理したシュナイゼルを使わせている。
それもあって《西風騎士団》団員たちからは嫌がられていた。
スコア持ちのフリオはともかく、ナカリアの小娘が栄光のシュナイゼルで紋章騎士のルイスに鍛えられているのはどうにも面白くないのだ。
更に二人とも「シュナイゼルでも物足りない」というから余計に腹を立てていた。
「よしっ、お前はエリシオンで、ボクはトリケロス改でライゼルさまと行く。《鉄舟》はテリーたちが来たら概要を話しておいてくれ」
緊急発進訓練という体裁でエリシオンが先行し、その後にトリケロス改が続く。
見ると乗るとではえらい違いだ。
まったく初めてだと吐くこともあったが、ライゼルは真戦兵に乗るのが初めてではない。
どこぞの誰かに副座に乗せられたことがあり、そのときは降りたあとで吐いたというから親子一緒だった。
その当時は「子爵」もまだディーンの歩方を取り入れておらず、動きが鈍重だったので余計に揺れて胃に来た。
それと比べると本物の剣皇ディーンの駆るトリケロス改は軽快にして高速だ。
初乗りであっても、吐く者もあまりいないだろう。
同じ頃、ティリンス・オーガスタ少佐率いるバスラン遊撃部隊はラムダス樹海近くに展開中だった。
『しっかし、アンタがアリアスの副官になるなんてね、ジェラール』
元教え子の意外な出世にティリンスは驚き呆れていた。
『いやはや、教官のスカーレット2番機は男の子のようですね。美人のMasterを乗っけて気合い入ってますよぉ』
ジェラール・クレメンス少尉は本当か嘘か分からないが真戦兵には性別があると言い切り、ニオイで嗅ぎ分けていると称していた。
オマケにジェラールは同性愛者だときていた。
さすがにエウロペア女皇メリエルお気に入りのスレイことアリアス・レンセン中尉には気のある素振りは表立ってしていない。
だが、アリアスはジェラール好みのイケメンだし、大方アリアスには気付かれない程度にそれとなくサインを送っているに違いないとティリンスは見做していた。
『アンタが西でこんなことしてるって知ったらパルムにいるナダっちも呆れるわよ』
指揮官たちがこんなやりとりをしているとは無線機を備えていない機体に搭乗する他の騎士たちは思ってもみないだろう。
『ま、何処に居たってオイラはオイラっすからぁ。ナダっちだってすっかり女皇陛下の忠実なワンコに墜ちてますからね。正にお互い様ぁ』
今は自身好みの男の子だというファング・ダーイン指揮官仕様機に搭乗して無線で指示を出すジェラール・クレメンスはシルバニア教導団でも悪評が有名だった。
別に女嫌いというのでもないが、どういうわけか同性愛癖がすっかり知れ渡るほどにジェラールは散々やらかしていた。
そして、ジェラールはナダルのことを相当気に入ってはいたのに、ナダルの影にチラつく「魔女セリーナ」に怖れをなしていたので、ナダルによる「ジェラールの監視」も含めて同部屋をあてがわれていた。
国家騎士団西部方面軍潜入に関してもジェラール・クレメンスは嬉々として受け入れ、どういう手づるを使ったものか西部方面軍統括レウニッツ・セダン大佐の信任を勝ち得ていた。
ジェラールによる真戦兵の性別判定については何故だかルイス・ラファールが感激しており、エリシオンを即座に女の子だと見做したことには感動すらしていた。
純白のフレアールも同様に男の子で、それもガキんちょだと言い切った。
『真戦兵もね、基本的に男の子は女の子の前でカッコつけちゃうものなんですわ。それに嫉妬もするし、相性の合わない騎士、真戦兵は居るんです』
アリアスはジェラールの言う「性別」で編成や搭乗者をいじり、「結果」が出ている事には驚いていたし、ジェラールの騎士としての腕前はともかく、戦術士官としての優秀さを認めていた。
「軍師」アリアス・レンセン中尉の副官となってからのジェラール・クレメンスは正に水を得た魚のようであり、愛するアリアスを勝たせる為になら相当色々とやっていた。
ひょっとしたら「性別」だけでなく「性格」も見抜いているんじゃないかというジェラールは「相性」の合う合わないでも部隊編成に口出しし、大抵はジェラールの言う通りになっていた。
ティリンスは最早この教え子に関しては教導完了していると諦めていた。
『さてと、部隊配置は現状で最良と思える形にしましたし、後は教官と愛機の腕の見せ所です。虫サンたち来ますよ』
(もうコイツにはなにが見えてるかだとか気にしたら終わりだわ)
ティリンスはスカーレット・ダーインに抜刀させる。
『今のとこ上手い事使ってますけど、ソイツが得意なのは鈍器ですからね。トランプルに折られる前に持ち変えることをオススメしときます』
ジェラールは事もなげに言うと光学迷彩突撃を繰り出すトランプル隊を相手に防御シフトを敷かせた。
前衛担当のティリンスは長剣で受けに回り、ジェラールの予言が見事に的中したことに焦った。
(今ので折られたっ!)
スカーレット・ダーインの機体は無傷なのに長剣は鍔元から見事に折れている。
後日におけるトレドでの戦闘においてオーギュスト・スタームはトランプルの突進攻撃を捌ききれずに「戦死」することになった。
皮肉なことに嫌っていたライゼル・ヴァンフォートの着任と入れ替わる形で「剣皇の父」である「太陽の騎士」は戦死したのだ。
まともに突進を食らってしまった名機アモン・ダーインは修復不能なまでに大破し、耀紫苑は泣きながら廃棄処分を決めることになる。
トリエル仕込みの無手格闘戦法にティリンスが切り替えようとすると、すかさず後方配置のジェラール機がメイスを放って寄越す。
『ソレでひよっこたちに“破壊王”ぶりを見せてくださいよ、ティリンス教官』
(くっ、言ってた側から・・・)
突進してきたトランプルを肩口で突き飛ばし、メイスを拾い上げたティリンスのスカーレットは瞬く間に奮って一体片付けた。
(メイスで《飛燕》が使えるんだ、この子)
繊細な天技を扱うために敢えて長剣を携えていたというのにメイスでもやれると示した。
(やれるのね、スカーレット?)
(Yes.MyLord.)
ティリンスはこのときはじめて真戦兵スカーレット・ダーインの声を聞いた。
だが、不思議と違和感は感じず、むしろ懐かしさを感じた。
(無口なのは悪いことじゃないよ、スカーレット。だけど騎士と対話して戦うのが真戦兵だとティリンス教官みたいな覚醒騎士にも分かって貰わないとね)
ジェラール・クレメンスはニヤっと笑って損害状況を確認した。
初手のトランプル重突撃により損壊機は多かったが擱座機はない。
『出番だぞフリカッセたち。オイラの見込んだ血の気の多いので固めさせてる。前衛と入れ替わり第二陣突撃を弾き返せっ!』
体勢を立て直したティリンス・オーガスタ少佐のスカーレット・ダーインと実戦訓練中の新型機フリカッセ隊により、ジェラール・クレメンス少尉の指揮によるこの日の迎撃戦は大勝に終わった。
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