第3話『魔王様、マネージャーが子供であることを知る』

 娘の勧めで、人間界で教養書と呼ばれる書物を一通り図書館で読み漁った。某は速読であり、そして記憶力だけは抜群によい。赤子の頃の記憶を持っているほどだ。うむ、それは虚偽である。人間は5歳から以前の記憶は貯蔵されているものの、それを思い出すことは絶対に出来ない。某は赤ん坊の頃の記憶があり、母乳を飲んでいた日々のことも思い出せる。


 図書館で集中的に本を読みふけること数日。某は、うにに事務所に来るように呼ばれ、東京の渋谷という場所にある、うにの事務所の入ったテナントビルに娘と向かう事にした。都会は人ごみで溢れている。途中で娘が何人もの女から呼び止められ、カードのような物をもらっていた。


「風俗業界へのスカウトみたい。以前原宿に一人で行ったときも、10枚以上貰ったわ。全部捨てたけど。最近は女性のスカウトマンが増えて来てて、だからなのか、同性だからと警戒心が薄くなって、つい話を聞いてしまう女性が後を絶たないのだそうよ。芸能界だと言っておいて、いざ付いていったら、実は・・・なんてことも多いみたい」

「危険な話だな、怪しい輩にはついていくんじゃないぞ」

「勿論。いざとなったらお父様が捕まったときみたいに、相手の海馬を破壊して、記憶を消してあげるから平気よ」

「攻撃性の強い魔法は、この世界では使用するな。面倒事は、某だけで充分だ。」

「わかったわ、お父様。一応この国では私たちはフランス人ということにしておいたから、覚えておいてね」

「うむ、フランスだな。」


 ラテン系白人顔のフラルが大通りを歩くだけで、通り過ぎる男達が、皆、娘の方を向く。我が娘は、それほどに人間界の男を惹き付ける容姿をしているというわけか。流石絶世の美男子である某の娘。これが遺伝子の違いというものだ。ひょっとしたら、この人間界の愚民共は、某と娘を恋人同士だと勘違いしているのかもしれない。親子などと知ったら驚愕するであろうな。道行く豚共に親子であることを証明することが不可能なのが憎らしい。


「見て、パピー! あのビルみたいよっ」


 フラルがわざとらしく大仰な仕草を見せ、大声で向かいの大通りを指差してきた。パピー、という言葉に反応したのか、群集、主に男共が某達に刺すような視線を送ってくる。フラルは完全に愚民共を弄んでいるな。流石異世界育ちの実の娘。我が魔王軍の最高指令だったときも、人身掌握の術には長けていた。人の心を的確に読み、同性も異性も掌で転がす術を熟知している。女性らしさと男性らしさを完璧な匙加減で併せ持つ、だからこその強さが、娘にはある。某は男だ。女にはなれない。だが、フラルは時に男のように勇ましく振舞うことも出来る。それが我が愛しの娘、フラルの最大の武器であろう。

  

 向かいの車道を渡るための信号はない。あるにはあるが、かなり離れた場所に存在する。車などという下らないものは無視して横断しても構わないが、あまり目立った行動はしたくない。今の某の体は貧弱。跳ねられて、怪我でもしたら大変だ。某とフラルは少し歩き、大きな信号を渡り、かなり迂回し、うにの事務所が入ったビルの前にやってきた。一階は大手焼肉チェーン店になっている。あの女の焼肉に対する拘りは尋常じゃないな。

 

 うにの事務所はビルの3階にある。3階までは、エレベーターで向かう。自動ドアが開けば、そこは別世界だ。無数の高性能なノートPCが備え付けられたデスクが用意されている。その再奥では、うにがノートPCを前にし、高速でタイプ打ちをし、何やら執筆作業をしている様子が見えた。内装は凝っており、お洒落な観葉植物や、ペットらしき小鳥の籠も沢山置かれている。まるでちょっとした動物園だ。

 内部の様子に虚を付かれる某達を「いらっしゃいませ」と出迎えたのは、小さな女だった。どうみても童だ。しかも、とても瞳の大きい、可愛い女の童だ。 


「わーい女の童だっブラボーッ」


 柄にもなく某は童の周囲で甲高い声を出して叫ぶ。そして童を長い足で何度も跨いでみせた。童は脅えた様子でひたすら周囲を飛び跳ねている某を見て、頭を抱えている。


「お父様、それ以上はライン越えになるから、止めた方がいいわよ」


 可愛い女の童を見て荒れ狂う某に、常に冷静沈着な娘が瞳を尖らせ言い放つ。確かにこれ以上は事案になるな。また警察を呼ばれても文句は言えん。自省せねばなるまい。某は女の童の周囲で叫び散らすのを止め、落ち着いて咳払いをすると、娘の隣に何事も無かったかのような表情で立ち尽くした。


「わっ私は、童じゃありませんっあなた達のマネージメントを担当する者ですっ」

 

 可愛い女が、頬を膨らませ、必死な表情でそう叫んだ。マネージメントという言葉の意味はまだ知らないが、どうやらこの事務所の人間で、某親子に関連する人間らしい。


「どうみても童の限界を超えた童ではないか。身の丈130もないぞ、嘘を申すなっ」

「嘘じゃありませんっこの体は生まれつきですっ年齢だって、もう32なんですからねっ」

「32? 人間界では、年なのか」

「もう立派な大人ですっ今日のパンツの色は、黒ですよっ」

「童のパンツの色など興味ないっ出直してまいれっ」


 童が赤い頬を膨らませている。どうやら自尊心が傷ついたらしいな。


「お父様。彼女は、合法ロリ、という、特殊生命体よ。私、一生懸命この国のサブカル文化を勉強したから、理解できる」

「合法ロリ? 娘よ、何だそれは」

「ロリ、というのは、正確にはロリータ。幼い女の子を指す言葉で、日本のサブカル界隈では、主に違法と合法の2種類に分類されているの。人間年齢で18歳未満で見た目が幼い娘は違法ロリとされ、18歳以上で容姿が幼い娘だと、合法ロリ、と分類される。つまり目の前の女性は、一部の男性陣が大好きな、合法ロリ、という珍味なわけ」

「ほう、合法ロリ、とはな。この国の男達の性的嗜好は、中々に興であるな」

「実は日本には合法ロリが好きな女性もいるそうよ。私達には理解しがたい価値観ね」

「全くだ。客観的にみて女の童は可愛いが、だからといってどうにかしたいとも思えん」


 娘の説明に某が関心していると、合法ロリと言われた童が、憤懣やるかたないといった表情で、再び捲くし立て始めた。


「私の名前は、柊かのこ! このVtuber事務所メルシーセーヌの社員で、うに社長のマネージメントをずっとしてきましたっ今日からあなた方新人Vtuber2名のマネージャーを努めさせて頂きますっ」

「マネージャーとは、一体何だ、娘よ」

「私達のVtuber活動をサポートしてくれる貴重な存在よ、お父様」


 某達のやりとりを聞いていたと思われるうに童が、アクリル板で仕切られたスペースのデスクの椅子から立ち上がり、ゆっくりとこちらに向かってきた。改めて顔をじっくり見ると、このうに童も、娘と似たようなラテン系白人に近い容姿をしているな。しかしとても流暢な日本語を話す。この童、一体何者なんだ。


「ハーラル様、フラル様、お待ちしておりました。我が事務所メルシーセーヌ、そしてVtuberグループ、おふたりさま、へようこそ。彼女、柊かのこさんは、うにのサポート担当で、こうみえても敏腕マネージャーなんですよ」

「ほう。この合法ロリとかいう珍味が、敏腕とな。おい童、どうせ貴様、お子様ランチが食べたくて仕方が無いんだろ」

「子ども扱いしないで下さいっ私の好物は、手羽先ですっ」


 某とロリ童が軽く小競り合いをしていると、うにが間に入って仲裁してきた。


「まあまあ二人とも、これから一緒に仕事をするんですから、まずは仲良くするうにですよ」


 ロリ童、いや二頭身は鼻息を荒くし、某を睨みつけている。フラルは顎に手を置き、二頭身の様子を興味深げに観察していた。


 それから某達と二頭身は、社長のうにを交えて会議室に移動し、改めて自己紹介をした。二頭身は、某に、偉そうにスピッツのような甲高い声で意見を述べてくる。完全にキンキン声の子供声だ。これでも本当に大人なのか?  


「いいですか、ハーラル様っ月20万であれ、500円であれ、金銭が発生する以上は、素人です、趣味でやってます、なんて逃げ道は通用しませんよっお金を貰う以上は、プロ意識をしっかりもってやって下さい。そのために、プロデューサーが、これから何か月もかけて直接研修を行うんです。プロである以上は、どんなに報酬が少なくとも、きちんと中身のある配信をしてもらわないと困ります。わかりましたか」

「承知したぞ、二頭身」

「私のことは、柊マネージャーと呼んで下さいっ」


 フラルはテレパシーを使い、某の心に語りかけてきた。


「お父様、柊マネージャーに失礼よ」


 某も、テレパシーで応じる。


「しかし娘よ。この二頭身、本当に大丈夫なのか? うにといい、二頭身といい、どうも信用ならぬ」

「大丈夫よお父様。この二人と出会えた時点で、私達の成功は約束されているわ、信用して」


 某は、疑りぶかい。魔王故か、信用という感情を知らぬ。常にあらゆる物事を疑ってかかっている。だが夏目漱石の、こころ、に出てくるの先生のように、人を疑うことを覚えたことを恥じてはおらん。むしろ人を疑うのは好きな方だ。だからこそ、魔王の地位を保てていたのである。まあ、唯一信用している娘が信用できる人間と言うのなら、とりあえず、話ぐらいは聞いてやるとしようか。

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