第2話『魔王様、トップVtuberと出会う』


 

 某と一人娘のフラルは、とりあえず安いアパートを見つけ、そこで暮らすことにした。賢いフラルがお金を工面してきて、必要な手続きを全てやってくれ、当面の生活の心配はない。最低限の家財道具も用意してくれた。娘に甘えるのは情けない事だが、魔王として君臨してたときも、影の支配者はフラルだった。配下の者は、皆フラルを崇拝し、某は恐怖の象徴でしかなかった。某にしては、出来過ぎたほどに優秀な娘だ。


人間界にやってくるとき、某は魔力の大半を失ってしまったが、娘のフラルは特殊な魔力で身を包み、自らを防御し、異世界のときの全く変わらぬ魔力と力を内包してこの人間界にやってきた。美しさも変わらない。それが好材料だ。娘が本気を出せば、人間界などすぐに我が手中に収めることが出来る。しかし、何故かフラルはそのようなことをしようとしなかった。一体何故Vtuberなんかになろうと言い出すのか、某にはいまいち理解できない。

 娘は某に、人間界に相応しい服装をするよう、ユニクロというショッピングモールで、人間界で通用する最低限の身なりの服を新調してきた。某は今の服装が気に入っていたが、娘に「今のお父様は、人間界では変態というそうよ」と軽い説法を受けたため、従うことにした。 

 後日、一人家で体育すわりをしてぼうっとしていたとき、帰ってきた女子制服姿のフラルに呼び出され、都会と呼ばれる駅の近くの喫茶店で、某は娘を顔を合わせることになった。フラルはどうやら人間界の高校というものに通い始めたらしい。しかし、体を二つに分裂させ、分身体を上手く使い、学業と人間界での活動を平行しているようだ。再び一つに纏まれば、分身体が得た知識などがフラルのものになる仕組みだ。我ながら娘は有能すぎる。


「お父様。Vtuberをやっていくためには、まずは専門的な知識が必要です。そのために、私が私達をプロデュースしてくれるプロのVtuberを探してきました」

「プロデュース? 何だそれは」

「仕事の方向性やマーケティング、行き詰ったときの具体的な助言などを専門に行ってくれるサポート担当です。お父様にとっての私と同じ者だと思ってくれればいいですよ」

「なるほど。つまり、人間界側の最高指令官というわけか。それで、その者はどこにいる」

「もうすぐ来ます」


 フラルは少し優越感に満ちた笑みを浮かべ、喫茶店の入り口に顔を向けた。すると、可愛らしい容姿をした、ポニーテールの人間の女が近づいてきて、話しかけてきた。


「どうも、うにさん」

「フラルさん。こんにちは」



 うに。海産物か? ひょっとして、人間ではないのか。この女がVtuberという奴なのか。


「向かいに座っているのが私の父親です。」


 娘は丁重な声色で、うにという女に、某を紹介しようとした。すると、突然女は芝居がかった調子で話し始める。 


「どーも、こんちうにっあわふくうに、魚介の国のお姫様、18歳うに。今日はよろしくおねがいしますうに~」


 この人間の女。ひょっとして、人として何かが欠落しているのか。初対面の相手にそのような挨拶は、非礼であろう。まあよい、ここは娘の顔を立て、少しは相手をしてやろう。と思ったが、やはり腹に据えかねる。


「・・・魚介の国の姫だと? 貴公、身分を詐称するのも大概にしろっご両親は泣いているぞっまずは出身地を申せっ」

「えっええ、あの、しっ渋谷区です・・・うに・・」

「お父様、ガチな駄目出しは止めて頂戴。うにさんも言わなくていいですよ」

「はっはい、うに」

「ふん・・・・まあいい。それで、貴公、渋谷とかいう場所の出身の者が、何故語尾に、うに、などと付けている? 何かの病気か?」

「いっいえ、うには、その、魚介の国のお姫様うにですから、語尾にうにって、生まれたときからつけてるうにですよ~」

「・・・ふんっ痴れ者め。赤ん坊が、語尾にうになどと付けるかっ普通はバブーだっバブーっ」

「お父様、もう一度言うけど、ガチな駄目出しは止めて頂戴」

「あうう・・・なんか、この方、圧がやたら強いうに~~うに、怖いです~」

「貴様の方がよっぽど面妖で奇怪な存在であろうっこの怪物めがっ」


 うにの珍妙な立ち振る舞いに、某の怒りは増幅されていく。


「お父様、いい加減にして。あわふくさんは、私達をプロデュースしてくれるVtuberの先生よ。私たちが異世界から来たことを知りながら、怯えることもなく面白がってくれたのよ。お父様は教えを受ける立場なの。それを理解して」

「このわけのわからないキャラ付けをしている娘から、Vtuberのことを色々教えてもらう、というのか?」

「当然でしょ? 具体的な仕事の仕方もわからないのに、どうやって稼ぐというの?」

「こんな無能そうな娘に、仕事を教えてもらえ、というのか?」

「チャンネル登録者数、336万。日本はもちろん、世界を含めてもトップレベルのVtuberよ。」

「336万だと? 某の王国の民の数よりも多いぞ。その数字の意味は知らないが、貴公、相当稼いでおるのか?」

「はっはい。おかげさまで、うに」

「昨年の年間スパチャ総額だけでも、1億3280万。2年連続日本一。しかも個人でやっているから、Vtuber界では、もはや伝説的な存在よ」

「ほう・・・金額の桁はわからぬが、興味深いな。では、さっそくそのVtuberがどういうものか、その現状を教えてもらおうか?」


 それから、うにという若く可愛い女は、フラルの向かいの席に座り、オレンジジュースを注文すると、徐に話し始めた。


「Vtuberは、今、世間ではネット界隈を中心に、新たなる芸能人の職業形態の一つになりつつあります。ですが、うには、Vtuberとして何とか成功者になれましたが、Vtuber自体はまだ地盤が磐石というわけではありません。世の中には、Vtuberというだけで、アレルギー反応を起こして毛嫌いする人たちもまだまだ沢山います。Vtuberがブームで消えるか、新たな仕事、文化として定着できるか、ここ数年が勝負どころ、という状況うにです。ですので、全ては、この私と、ハーラル様、フラル様の力にかかっているうにですよ。」


 力、か。某も魔王の玉座に座るため、血の滲むような努力をしてきた。毎日サイコロを振って征服する国を決めていた。人間界に来て、全ては振り出しに戻る、ということか。

 それにしても、流石日本を代表するトップVtuberと呼ばれるだけあって、この人間は、見た目は幼く見えるが、それなりに色々考えているようだな。腐ってもプロということか。中々に興であるぞ。


「彼女は法人を立ち上げ、個人で活動しながら、稼いだ資金を元手に、先日正式にVtuber事務所を新設したの。私とお父様を新たなる所属タレントとして雇用して、大々的に売り出してくれるらしいわ」

「雇用だと? この海産物の軍門に下れ、というのか」

「今、Vtuberとして成功するには、肩書きが必要になってきているの。完全に個人でやっては駄目。どこかの事務所に所属して、バックアップしてもらわないと成功できない。一素人レベルでは、沢山稼げるようには、ほぼ成れない状態みたいよ」

「仮にも魔王である私に、人の下に付けというのか? 辛抱ならんな」

「我慢して。成功したら、独立して暖簾わけしてもらえばいい。」


 フラルは某に小声でいつものように進言してきた。なるほど、要するに、我が娘の思惑は、この、うに、とかいう女の新設した事務所を稼がせて、頃合を見て乗っ取る、ということだ。全く、いつものように悪く、面白い娘だ。ならば従おう。

 さっそく某は、うにに、Vtuberとしてやっていくために必要なことを質問した。


「Vtuberとしてやっていくのに、一番大事なものは何だ? 入り口で躓いては困るのでな、事前にしっかり確認しておきたい」

「それはフラル様が先ほど言ったとおりうにです。男性にしても、女性にしても、Vtuberに一番大事なのは、キャラ絵と声質です。どんなに配信内容がよくても、ガワと声がリスナーの嗜好に合わなければ、まともに観てもらえないのがVの現実うにです。だからとにかく、まずは多くの人の心を掴む、綺麗なキャラ絵を産み出す事と、魅力的な声を出せるように鍛えることですね」

「キャラ絵と、声か。声なら某は自信がある。常に長時間部下や愚民共相手に説法し続け、人心を掴んできたのだからな。」

「確かに、ハーラル様はとてもカッコいい声をしていらっしゃるうにです。きっと男性にも女性にも気に入られるでしょう。ということは、あとはキャラ絵次第ですね」

「キャラ絵はどうすればよいのだ」

「お金を払って、専門の絵師に描いてもらう必要があります。」

「絵師か。それなら不要だな。某は絵画が得意だ。芸術に明るく、これまで沢山の肖像画や風景画を描いてきた。某が描けばよいだろう」

「肖像画とVtuberの絵は、根本から違ううにですよ。日本の漫画文化に沿った絵を描かないといけません」

「そうなのか。なるほど、難しい物だな。漫画というのが某にはわからん」

「お父さん、これが漫画絵よ」


 フラルは私に少年神田川という週刊誌を開き、見せてきた。某は手に取り、ページをめくる。細かくコマ割されたデフォルメした絵が踊っている。やたら瞳が大きい作品が多い。これが漫画の絵というものか。確かに某の描いてきた絵とはまるで違う。


「女性Vtuberは、キャラ絵と声さえ良ければ、あとは人気の高いASMRや歌、雑談、企画物、時にゲーム等をしていけば着実にリスナーを掴んでいけるうにです。ですが男性Vtuberは意外と難しいです。ターゲットが女性にある程度限定されますし、人気の取りやすいASMRは出来ません。基本的にはゲーム配信か、何らかの企画物、酒を飲みながらの晩酌配信、その他もろもろぐらいです。うにも今、ハーラルさんの活動方針には少し悩んでいます」

「つまり男の方が、成功するのが難しいと」

「はっきり言えば、です。男性の場合は、特にVtuberにならなくても、声がよくてゲームさえ上手ければ、ゲーム配信者として地道にチャンネル登録者数を増やせていけるうにです。歌が上手なら、歌い手として活動することもできますしね」

「歌か・・・悪いが、某は大層な音痴でな。某の歌声を聴くだけで、死体が増えると言われていた。魔王のときはそれを武器にしていたが、人間界では、そういうわけにもいくまい」

「ではとりあえず、ハーラル様もフラル様にも、キャラ付けとガワを考えなくてはいけません。二人とも美男美女ですから、容姿を似せて描いてもられば、きっと人気になれると思いますうに」


 笑顔でそう語るうには、娘のフラルの可愛いご尊顔をネットに晒さない、という算段らしい。それは悪手ではないのか? フラルは可愛い。もう、とても可愛い。発育も良い。自慢の娘だ。これは親馬鹿だが、娘なら人間界でも普通に有名人になれるだろう。


「おい、うにとやら。これは親馬鹿の自慢話だが、某の娘、フラルはこの国の自称1000年さんという輩が霞むほどには可愛い顔をした存在だ。眼の中に入れても痛いから入れたくないが、溺愛はしておる。それほどに可愛い娘を、素顔を晒さず、わざわざガワをつけて配信させるのは、むしろハンデになるのではないか? 某はともかく、そもそもフラルはVtuberになる必要があるのか?」


 某の直球な質問に対し、うには全く間を置かず、巧みに言葉を繋いでくる。その間、1秒もなかった。この女、相当頭の回転が速いな。


「今はうによりもずっと顔が可愛く、素顔を出して活動している女性や芸能人、男性配信者などよりも、顔も、年齢も、出身地もわからないVtuberの方が、日本ではチャンネル登録者数を圧倒的に伸ばせる時代です。特に事務所所属のVは、デビューすれば、直に特定班が中の人探しをするご時世ですから、本当に魔界から来て、ネットに一切痕跡がない今のフラル様は、ある意味理想的な存在うにですよ」

「なるほど、つまりフラルはVtuberになるべくしてなる、というわけか」

「はい。ですがハーラル様は既に警察のやっかいになっているうにですので、顔や声はテレビに晒されていませんですが、トークの内容によっては特定班にかぎつけられる可能性はあるうにですね。そこは気をつけて欲しいです」

「ぐぬ・・・・くっそう、公僕めっ」

 

 そしてプロデューサーのうには、私達のキャラ付けを具体的に説明してきた。


「二人の初期設定も考えてきました。焼き肉の国からやってきた焼き肉布教大使、というキャラ設定で、フラル様は霜城フラル。お父様はタン塩魔尚、という名前で活動していきましょう。あわよくば焼肉チェーンからの案件ももらえるかもしれませんしね」

「何故キャラ設定などを考える必要がある。タン塩魔尚とは、名前として成立するのか? ただの個人の感想ではないのか? カルビから行く輩もいるであろうが」

「焼き肉屋で働いている友人の話では、まずはサラダを食べ、そして最初に口につける肉は、タンが一番良いそうです。だからタン塩魔尚は、焼き肉布教大使という設定にマッチした名前うにですよ。Vtuberは新時代のエンターティナーですから。エンターティナーには、キャラ付けとタレントらしい名前が必要なんです。それにハーラル様が相手をする層は、焼き肉行ったらまずはハラミから、という人も沢山います。そういう人にこそ、タン塩を布教するべきですうに」


 焼き肉の話になると、人が変わったように熱弁をするうにに、某とフラルは少々タジタジ状態になってしまった。先ほどから、なんというマシンガントーク。全く、内容はともかく、とにかくベラベラとよくしゃべる女だ。その口を止めるのが難しい。それにしてもこれがプロのVtuberというものか。本当に一切淀みなく喋り捲るな。ああいえばこう言うとはよく言ったものだ。中々に恐ろしい女だ。

 国内、いや、世界でもトップクラスのVtuberか。その実力は、やはり伊達ではないのか。ここは素直に、この女プロデューサーの指示に従っておくとしよう。


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現在のVtuberを取り巻く環境は、ゲームプレイ動画からゲーム実況へと変わっていった状況に酷似しています。一日数百人規模のVtuberが続々と生まれているそうです。あと数年で、技術の進歩等があれば、youtubeの動画はVtuberで埋め尽くされる可能性が高いと作者は睨んでいます。この作品は、来るべき未来への投資的な立ち位置の代物となればいいなと考えています。とりあえず書いてさえおけば後で評価されるかもしれないし、されないかもしれないし、ということです。

ということで次回もよろしくお願いします。

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魔王様はVtuber 伊可乃万 @arete3589

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