第27話 彼女の覚悟(1/2)

 かまどの前でまきをくべていたクリスが、人の気配を感じて振り返る。


「仕事、終わったんですか?」


隣の作業小屋から移動してきたアーヴィンが、部屋の入口に立っていた。


「ああ」


作業小屋でのセシリアとのやり取りを見られ、追いかけてきたが、ファティマの姿が見えないことにホッとしていた。


落ち着かない様子で立つ彼に、クリスは不思議そうな顔で話しかける。


「なんかあったんですか?」


「なんでそう思う」


何気ない少年の質問に、アーヴィンの語気が強まった。


「いや……ファティマの様子が変だったんで」


少年は彼の切羽詰まった顔に気圧されながら、左の扉を見た。


「……なんでもないよ」


クリスは何も知らないな、とアーヴィンは少し胸を撫で下ろした。


そんな彼の背後で、ストロベリーブロンドの頭髪がちろちろと覗いている。

クリスが首をかしげてアーヴィンの背後を注目すると、白い腕がアーヴィンの右腕に絡み、にこやかに笑う美少女が少年に微笑みかけた。


ハーイィヤー! クリスぅ~」


「あれっ!? セシリアさん来てたんですか?」


「えへへっ。今晩のご飯は私も呼ばれていいかしら?」


「大丈夫ですよ。頂き物もまだありますし、スープとパンエキメッキで良ければ」


「やったぁ! お腹減ってたんだぁ」


セシリアは何事もなかったかのようにクリスの横に立つと、竈の上に置かれた鍋の蓋を取り、中の料理を眺めていた。


「……俺は後で食べる。作業がまだ終わってなかった……」


アーヴィンは二人の背中に声を掛けると、部屋から出て行った。


「まだって。さっき終わったって、言ってませんでした?」


怪訝な表情を浮かべるクリスに、セシリアは


「なぁんか納まりが悪かったみたいね」


と意味ありげに濁し、フフッと笑った。


*


 シルフィウムの抽出作業が終わり、アーヴィンが食卓についたのは、三人が寝静まり日付変更線を越える時刻だった。

ファティマと顔を合わせないため、作業が長引いたと言うことにして、彼は逃げの姿勢に徹した。


上手く逃げおおせたと安心していたアーヴィンの前で、左隣の寝室の扉がゆっくり開くと、白い物体がゆらりと顔を出した。


彼は驚きで自身の舌の端を噛みかける。


出てきたファティマはアーヴィンの姿を見つけると、口の端にぎゅっと力を込め、顔を強張らせた。


「……寝てなかったのか」


アーヴィンは口に入れていた肉詰めドルマの葉が上顎に張り付き、喉の奥がイガイガした。

彼は食卓に置いた湯冷ましを木杯カップになみなみと注ぐと、豪快に飲み込み、大きく咳払いする。


彼女は意を決したように近づくと、彼の隣の席に腰を下ろした。


「アーヴィン……、あの人は恋人?」


なぜだか気まずい空気の中、覚悟していた質問に、アーヴィンは必要以上に力まないよう意識する。


「ちがう。同業者」


手短に事実だけを述べた。嘘はない。


「どうぎょうしゃ……」


 ファティマは自分の膝の上で両手を握り締め、俯いている。

隣のアーヴィンの位置からは、彼女の表情までは確認できない。


「好きじゃないの?」


「好きじゃなくてもできる」


――嫌いな奴とは絶対にできないが


自分の発言に胸の内で突っ込みつつ、大したことではない、とファティマを突き放す。


「特別な関係ではないが、必要があれば、ああいうこともある。それだけだ」


ファティマの表情はわからない。

たとえ向かい合って座っていたとしても、アーヴィンは顔を背けるつもりだったので、見ることはなかっただろう。


「君だって、会ったこともない外国の王と結婚するんだ。感情が先行しない関係も、わかるな」


「……」


「なにか不服か?」


ファティマの様子に、アーヴィンは知らず知らず苛立ちを覚える。


「不満とかじゃない。ただ……」


「ただ、なに」


他人に迷惑などかけていないのに、自分の行動を咎められているような言いぐさが、彼の気に障る。


「わからない。わからないけど……少し……かなりびっくりした」


ファティマの声は、少し震えていた。


「他人の情事に立ち会ったのは不運だと思うが、あれは君だって悪い。そんな過敏に反応する必要は……」


途中まで言いかけて、アーヴィンは思い出す。


ファティマは見知らぬ男たちから二度、貞操ていそうを狙われていた。

一度目のアホ船長に襲われているところは、彼も現場にいた。


――まいったな……。心的外傷トラウマに触れてたのか

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