第5話 海賊(4/6)
船長の
舶刀の軌道を見た彼は、外套の中で待機していた右手で
――全長は
アーヴィンは舶刀の
最初の一撃を避けられた船長は、嬉しそうに剣身を舐めると、切先を前に出して追撃の構えを見せた。
アーヴィンは逆手に握った柄を
前に出した右足に重心をかけ、
舶刀は
大きく振りかぶった分だけ、
対してアーヴィンの持つ短剣の全長は
船長の振るう舶刀を何度も正面から受ければ、アーヴィンの持つ短剣など、たちまちひしゃげてしまうだろう。
――痴話喧嘩に
アーヴィンは自分の不利な状況を、どう回避しようか悩む。
船長までの間合いは二歩、だいたい
彼の背中を冷たい汗が伝う。
おかしな争いに巻き込まれないように、淡々と対応してきたつもりが、相手の都合が悪すぎた。
気分で請求額を値切られそうになった時、焦りから詰める発言をしてしまった。
本物の商人はこういう時、どう切り返すのだろうか。
船長の左後方では、部屋の壁に寄りかかったファニスが、興味深そうに紫の瞳を光らせていた。
口元には笑みを浮かばせ、止める気はなさそうだった。
部屋の奥に追い詰められたアーヴィンに対し、入口を背にした船長。
勢いで逃げ出すこともできない。
自分から仕掛けるのは嫌だ、と防戦一方を決めるアーヴィンに船長が舶刀を突きつけ、右足が一歩前に出た。
――次はどう動くつもりだよッ
逡巡するアーヴィンは、少し浮かせた左足の踵に、つま先から重心を寄せ、攻撃に耐える体勢に入ろうとした瞬間――
部屋の入り口が大きな影で塞がれた。
背後から迫る影は、船長の首を握って身体を持ち上げた。
対峙する船長の身体は浮き上がり、舶刀が音を立てて床に落ちる。
突然の衝撃に船長は目を白黒させ、両手を自分の首に添えると、両足をばたつかせて暴れた。
「おいっ! やめろ」
ファニスが背後の影――
船長の足は完全に宙に浮き「ンぐふッ」と短く叫ぶと、白目を剥いて脱力した。
口の端から
大男は、猫の子でも掴むように握っていた船長の首を放すと、支えを失った彼はその場で崩れ落ちた。
ファニスは倒れた船長に近寄ると、圧迫された
「あぁ……生きてるか。やりすぎだよベルカント」
そう言って見上げるファニスを、ベルカントと呼ばれた男は
「こいつは きそくを やぶった」
ベルカントは単語を切り離すように、ゆっくり喋る。
半ば呆れた表情をしたファニスが、大男に問いかける。
「いつからいたのさ」
「さっき」
日に焼けた浅黒い肌、突き出た太い眉に
その奥に
高い
頭髪がなく、滑らかな頭皮が船内の明かりを照り返し、彼の厳めしい容貌をいっそう凶悪に演出していた。
首回りや腕は大木の幹のように太く、少し離れた位置にいるアーヴィンの目からも、太い血管が浮き出ているのがわかる。
上半身は袖のない肌着一枚で、それも分厚い胸板に破れそうなほど心もとない。
下に履いてる黒いトラウザーズはサイズが合っていないのか、腕以上に太い腿にパツパツに張り付いている。
「さっきって、最初からじゃないの?」
ファニスが訝しがって聞くと「そうだ」とベルカントはこともなげに答えた。
「……なあ、いま誰が下の奴隷を見張ってる?」
ファニスは眉をしかめてベルカントに尋ねると
「おれは いないな」と彼はそっぽを向いた。
「おい! 誰もいないのかっ?!」
声を荒げたファニスは続けて「馬鹿! お前がいなきゃマズいだろ」と言うと、一人甲板の下に走り出した。
呆気にとられたアーヴィンが大男を見上げると、目の合ったベルカントは睨み返してきた。
大男の鋭い眼光に怯みながら、アーヴィンが礼を言うと「おまえのためじゃない」とベルカントは目を細め、鼻を鳴らした。
「かいぞくは ふねで おんなを だかない」
「そうなのか?」
「ひとりやれば みんなやる。おんなは どくだ」
「女は毒……ね。なんにしても助かった」
女は、の部分をあえて強調したアーヴィンに、ベルカントは
「なあ、ベルカント。俺は商売で来てるんだ。料金が足りない。お前、持ち合わせあるか?」
アーヴィンはダメ元で聞いてみたが、大男は黙って首を振るだけだった。
どうしたもんか、とアーヴィンは自分の顎に手をあてて思案する。
「ェルフィデェアット」
部屋の隅で、怯えていた女が口を挟む。
「ィェルフィデェアット! ……ラ、フェディアトン!」
先ほどまで隠していた剥き身の上半身をこちらに向け、両乳を振り乱して叫んでいる。
ベルカントは顔をしかめ、こいつなにいってんだ、と伺うようにアーヴィンを見た。
アーヴィンも困った顔をして、
まだ何か言う女を無視すると、ベルカントに向き直り「支払いが済むまで引かないぞ」とアーヴィンが言った。
「おれは しらん。せんちょうに もらえ」
床に倒れる船長に視線を投げると、ベルカントは騒がしくなった甲板へ向かい離れていった。
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