第4話 海賊(3/6)
アーヴィンが部屋に入って目にしたのは、女を組み敷く船長の姿だった。
「ファニス! な、なに勝手に入ってンだ!」
船長は女の股から手を離し、二人を睨みつけた。
涙で顔をぐしゃぐしゃにした女は、弾かれたように起き上がると、剥き出しの乳房を壁に押し付けるように隠した。
「さっきから言ってたよ、集金だって。あんたこそ何してるんだ」
底冷えする声で、ファニスが船長に詰め寄る。
「うちは奴隷船じゃないよな。『女を抱くのは陸に上がってから』って掟を忘れたのかよ」
船長は上半身が裸のまま、寝台から立ち上がり、ファニスに向き合った。
「抱いてねえ、検分してただけだ」
「ほ、ほら!」と船長は、先ほどまで女の股に差し込んでいた右手を上げるが、薄暗い船室では何も見えない。
彼が何を見せたのかわからないが『最後までしてないアピール』のつもりなのか、とアーヴィンは心の中で冷笑した。
ファニスはへぇ、と小さく漏らすと、続けて問いかける。
「どうして一人だけ連れ込んでるのさ。鍵までかけて」
低くドスを効かせた
「こいつはなかなかの上物だから、正確な値をつけたいンだ」
「女は規律を乱すって、あんた口酸っぱく言ってたじゃないか」
間髪入れずに詰めるファニスに、船長の語気は次第に荒くなる。
「だからっ、こいつは商品なンだッ」
「だったらコソコソせず、他の船員も連れてきたらどうだ」
「~~ッ! これからしようと思ってたさッ!」
船長は反論しながら、何度もずれ落ちそうなトラウザーズをおもむろに直している。
その様子からは、部外者のアーヴィンでさえ、明らかな嘘だと思った。
「だったら今から呼んできてやるよ」
ファニスは船長室の入口に手をかけ、甲板に向かう素振りを見せた。
「おい!」
「……検分なんだろ?」
「そうだ」
「お愉しみじゃないなら、見られても平気だな」
ファニスは無表情のままだが、鈍く光る紫の瞳が船長を容赦なく追い詰める。
二人はしばらく睨み合っていたが、これ以上はどうにもできんと根負けした船長は、参ったと言うように肩を落とし、溜息をついた。
「……ファニス、勘弁してくれ」
「なにが?」
「俺は」
そう言うと、船長は泣きそうな顔でファニスに近づき、少年の肩を後ろからすっぽり抱きすくめた。
「俺ァ、お前になじられるのが一番
急に弱った態度で甘える船長に、ファニスは目を合わせずそっぽ向く。
いかつい海の男、しかも四十半ばの
甘い猫なで声を出して、本人は恋人同士の喧嘩のつもりだろう。
「人でなし。あんたは僕じゃなく、奴隷女がいいんでしょ」
冷たく追撃するファニスに船長は必死に
「ち、ちがう、お前が一番だ。決まってンだろ。本当に検分なンだって」
「ふぅん? どうだか」
突然始まった
奥の奴隷を見ると、彼女は縛られた後ろ手をこちらに見せ、身体の正面を壁に向けて隠している。
顔を右にそむけ、男たちの成り行きに
「アーヴィンへの支払いが済んでないでしょ。渡してやんなよ」
冷めた目で
皮袋を二つ掴んでアーヴィンの前までやってくると、胸元に押し付けた。
「なんで今日来たンだ」
『こんな事態になったのはお前のせいだ』とばかりに、船長は虫の居所の悪さを、アーヴィンに当たる気配をビンビン漂わせる。
「遠目からも景気が良さそうだったもので」
どんなに気分屋で理不尽な客であっても、料金を過不足なく払ってくれる人間ならば上客である。
アーヴィンは根性で張り付けた笑顔を崩さず、にこやかに対応していた。
「抜け目ねえ」
舌打ちと共に渋い顔をする船長を横目に、渡された二つの皮袋の口を開いた。
一つの袋にシクロ銀貨(一枚が約一万円)が三十枚、両方合わせて六十枚が入っていた。
「……少々、足りませんが」
「シクロ銀貨九十枚だろ? 前金で三十枚渡してただろうが」
「ご冗談を。本体価格が九十枚、前金で頂いた三十枚は輸送や秘密保持、保険などの手間賃です。ご存じでしょうが、俺の扱う商品は常に危険が伴います。本体価格の三割分を別途手数料で頂くのは、この筋では常識です」
アーヴィンの口から、今までもご理解いただけてましたよね、と出かかると、船長は声を被せて勢いで打ち消した。
「ハァんッ?! あんたが持ってきた薬は効きが悪い。つべこべ言ってンじゃねえ」
「……心外ですね。ファニスからは良い評判を頂いてましたが」
船長の言いがかりにアーヴィンは呆れ、少年に目をやると、彼は困った顔をして同情の視線を投げかけた。
「いいかい、俺はそこらの海賊と違って、読み書き計算ができるンだ。吹っ掛けようったってそうはいかねえよ、銭ゲバが」
船長が
アーヴィンは涼しい顔で言い放つ。
「商品がお気に召さなかったのなら、それは結構。ですが一度成立した商談をひっくり返すのは、信用問題に関わります。今月分の薬も用意して参りましたが、支払いを渋られるのでしたら、取引継続は無効で構いません。ですが……」
一息おくと、締めに入る。
「お渡しした分は、きっちり頂きます」
船長はこめかみに青筋を立て、左脇に差した
「首が引っ越したいみてぇだな」
船長の手は、目の前のアーヴィンの恐怖心を煽るよう、わざと粘着質に
「力任せに押し切れると思われてますか?」
アーヴィンの右手は
「知らなかったか? 海賊なンだぜッ」
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