第11話 マグリブの女(4/4)
「ねぇ、アーヴィン。この肉はなに?」
女を保護して五日目の朝。
クリスとアーヴィンの間に、白髪の女が食卓に同席していた。
女は目を輝かせて、過熱されて脂の
アーヴィンがそれは豚肉だと伝えると、彼女は表情を失くし、肉を皿の端に寄せた。
「美味しいですよ?」
クリスは女の顔を覗きながら、自分の皿のベーコンを頬張った。
「ケレス、あなたたちは豚を食すの?」
クリスは自分の名前を『ケレス』と名乗っていた。
あまり誤魔化せてない気がしたが、偽名を使ったからまずよし、とアーヴィンは諦めた。
アーヴィンが名前を呼ばれるのは、海賊たちから呼ばれていたことを覚えられていて、偽名を言う間もなかったからだ。
「ファティマは豚肉を食べないんですか?」
クリスは不思議そうに白髪の女に聞いた。
「“ファティマ”ぁ?」
アーヴィンがクリスを睨む。
数日前に『名前を呼び合うな』と注意したのに、クリスは彼女の名前を聞いてしまったらしい。
そしてここ数日の間に、彼女に日常の些事を教えているうちに、距離を縮めてしまったのか、今朝の食事からは彼女を同席させ、何のためらいもなく語り合っている。
アーヴィンの助言は見事に無視されていた。
ファティマと呼ばれた白髪の女は、アーヴィンに微笑み
「私、ファティマ」と自身を指さした後、「豚以外の肉はない?」と続けた。
「君は熱心な
クリスに言いつけを破られたアーヴィンは、不機嫌さを隠さずファティマに言葉を投げた。
「
「食べたことがないだけなら、食べろ。君が自分の意思で教義に
――豚も牛も旨い。信者でもないのに食わず嫌いなど、贅沢だ。
厳格な信者なら無理強いしないが、本人が
「ファティマ、無理に食べなくてもいいですよ」
クリスがベーコンの盛り合わせをファティマから遠ざける。
ホッとしたファティマは、野菜盛りに入っているひよこ豆のペーストを
「ここはタシトゥールでもマグリブでもない。豚肉を避けて食事をするのは難しい。君は信者をしてるつもりがないのなら、今後は食ってくれ。『
食の選り好みをする奴隷など、
早く他国の食生活になじませなければならない。
身の回りのことも一人でできない奴隷は、悲惨な扱いしかされない。
「……長期戦はごめんだ」
アーヴィンはクリスが遠ざけたベーコンを手前に引き寄せると、一人ごちた。
「ファティマ、この辺は羊肉が主流だから、食べれなくても大丈夫ですよ」
きつく言われて肩を落とすファティマに、クリスが優しく話しかけている。
アーヴィンから見ると、彼は自分の前でわざと名前で話しかけているように見えた。
「こら、甘やかすな。豚を笑うやつは豚に泣くんだからな」
クリスを一喝すると、アーヴィンは
――彼女の名前を知ってしまった以上、早く処分しなければ。
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