第96話 馬車狙いの盗賊

 本当に来やがった。


 ゾロゾロと元いた焚き火の側には三人、立てば二メートルくらいはありそうな大男と、細身の背の低い男、それとさっき倒した奴が残っているだけだ。


『向かって来ているのは十五人ですね、先程の三人も来てますよ』


『懲りない者達でございますが、アンラの眠りヒュプノスで一発でしょう。アンラ、しくじるなよ』


「任せて~、眠り耐性の魔道具を持ってなければこの数なら余裕だよ~、あっ、ケント、お湯沸いたよ、スープ作るの?」


 焚き火にかけた鍋の蓋を開け、覗くとボコボコと確かに湯が沸いてる。


「そうだな、少しお茶用にして残りは干し肉となんか野菜でもぶちこんでスープにするか」


 お茶用のポットと、茶葉をクロセルに出してもらい、湯をポットに少し移して、干し肉と適当な野菜をアンラに渡しておく。


『ほらほら、招いていない客が来ますから、食事の準備も大切ですが、油断していると思わぬ落とし穴にハマりますよ』


『アンラよ、クロセル様の言う通りさっさとやらぬか! っおい! 私で野菜を切るな!』


 くくくっ、本当に緊張感がねえな。


 鞘から抜くと、血を吸うまでおさまらないと言ってたダーインスレイブだが、一定量以上の魔物の血を吸ったからか、今は抜いても落ち着いている。


 だがよ、言う通り野菜を切るのは可哀想じゃねえかと思うぞ。


「アンラ、こっちの解体用のナイフにしてやれ、ダーインスレイブが可哀想だろ? 戦うための剣を料理に使うのはよ」


 クソ爺が俺のだと言ったナイフを取り出し、刃を持って、握り手側をアンラに向けて差し出した。


「ん~、そう言えばそうだけどさ、私ってばダーインスレイブしか刃物を使ってなかったから使いやすいんだけど……それもそうだね」


 差し出したナイフを受け取り、ダーインスレイブは背中の鞘に戻し、野菜処理に戻った。


『まったく、それよりアンラ、忘れているぞ』


「あっ、そうだった! ごめんごめん、眠りヒュプノス~、は~い終わり~」


 ダーインスレイブの一言で思い出したのか、野菜を切りながら眠りヒュプノスを唱え、次の瞬間――。


 あっ、ちと話くらいは聞いた方が良かったかと思ったが時は既に遅かったようだ。


 ――後五メートルほどのところで向かってきていた十五人は喋ることもできず、早足で歩いてきてたんで、勢いそのまま前のめりにドサッと倒れるが、起きることはなく、寝息にイビキまで聞こえてきた。


「流石だな、そうだアンラ、少し塩を入れるか? 馬用の岩塩だが、ちともらっちまおうぜ」


「賛成~、干し肉の塩味だけだと薄いからね~、ガリガリっと、そうだ、芋かなにか無いの? 芋入れると甘さも足せるしとろみも出て美味しくない?」


「おう、クロセル、なんかあったか?」


『はぁ~、どうぞ、それより残りの二人が凄い勢いで来ましたよ』


 クロセルに二つほど出してもらった芋をアンラに手渡し、こちらに向かってくる気配の方を向く。


 やっぱりデカいな……。


 目の前には見上げるような大男が、もう一人のヒョロガリの方は、倒れてる奴らを起こそうと体を叩いたり揺すったりして声をかけていた。


「なんだ? なんか用か?」


「何をしやがった! 手下がみんな倒れてるじゃねえか!」


 声をかけながら、俺に向かって胸ぐらでも掴むつもりか手を伸ばして来た。


 クソ爺のために練習した技をかけてやる!


 伸ばされた腕を取り、俺の方に引き込み、背中を大男の腹に付けるように潜り込んで、おもいっきり真上に持ち上げてやる。

 それと同時に取った腕を真下に引き下ろしてやった。


「ぬおっ!」


 大男の足が浮く感覚があり、引く腕を真下から手前に引き込む方向に変えてやる。


「どおぉぉりゃゃゃ!」


 端から見たら、俺に覆い被さっているようにしか見えてなかったはずが、顔が地面に近付き、足が頭より上り、次に腰より上へ。

 頭と足が逆さまになった瞬間、ドゴンと大男の顔面を地面に食い込ませる勢いで叩きつけてやった。


「へぶひやぁっ!」


 ちょうど顔で逆立ちした状態の大男から体を離し、アンラの方に戻るついでに脇腹を蹴飛ばして、横倒しにしてやった。


「ケント~芋の大きさこれくらいで良い?」


「おう、そんなもんじゃねえか?」


 皮を剥き、五ミリほどの厚みにした輪切りになった芋を見せてくる。


『あなた達、まだ一人起きたままですから油断しないで下さいね、ほら、吹き矢で狙ってますよ』


「は~い、眠りヒュプノス~、終わりだよ、ケント、その大男だけ眠らせてないから縛っとけば? 話を聞くんでしょ? 他の人達は明日の夜までは向こうの奴も含めて起きないからさ~」


 クロセルの言う通り、油断は駄目だなと思い、倒れた仲間を起こそうとしていたヒョロガリを見ると、吹き矢の筒を口に当てているのが見え、頬が膨らみ今にも俺の方に矢を飛ばそうとしていた。


 だが飛ばされること無くヒョロガリはその場で崩れ落ちた。


「ありがとうな、コイツは縛っておくよ」


 うつ伏せに倒れて気絶している大男の手を背中側に寄せて手首にロープをかけ、縛ってしまう。


 ついでにクロセルに頼みコイツらの武器を収納してもらい、起きるのを待つことにした。


 あたりも暗くなり、焚き火の近くだけが明るく、他は闇に包まれて、パンとスープも食べ終わった頃、やっと大男が目を覚ました。


 それまでも、他に二組いた夜営地利用者が訪ねて来て、コイツらはなんだと聞いてきて、馬車狙いの盗賊と教えると、実は峠を越えた向こう側でも被害があったそうで、抵抗した護衛の冒険者も何人か殺されていたそうだ……それも、聞きに来た人の同郷だったそうで、コイツが起きたら呼んでくれと頼まれた。


「ううっ、んあ? な、なんだこれは! くっ!」


「おう、起きたか? ちと待ってろよ、あんたが殺した冒険者の同郷の兄ちゃんがいっからよ」


 立ち上がり、呼びに行こうとしたんだが、向こうの方がこちらを観察していたらしく、俺が動いたのを見てこちらに走って来た。


 やべえな、剣を抜きやがった――。

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