第95話 魔物退治の前に

「ダーインスレイブ凄いね~、私が使ってた時より禍々しいよ、でもここのトゲトゲは無しの方がいいかな」


 言う通り、鞘まで黒地に金で、血管が浮き出たようで、今にも脈打ちそうに見える。

 刀身は片刃の細身で鍔がアンラの言うように赤黒いトゲが沢山並んだ牙のようで、本当に格好いいんだが、腰や背中には刺さりそうで装備しておけねえだろう。


「そうだな、それにもう夜営地につくからしまっとけよ、それに格好いいのは分かるんだが、あんまり怪しそうな見た目だと、警戒されっから、普通の見た目にならねえのか?」


『ではクロセル様のように姿を変えるとしましょう』


 アンラは俺が言った通り鞘に戻すと、鞘の血管が消えて真っ黒になり、鍔も赤黒い色はそのままだが、トゲトゲは無くなった。


「良いじゃねえか、ダーインスレイブ、そのままだと弱くなるとかはないんか?」


『ほんの少し下がるようですが、クロセル様の契約者たるケント様の心配されるほどではありません』


 それなら問題はねえなと返事をしたんだが『ケント様』はちとむず痒いな。


 しばらく走ると、遠くに見えていた馬車が数台停めておける夜営地に、夕方にはちと早いが到着した。


 ここは峠の入口を入って少し登ったところの夜営地で、この後は中間地点と山頂に夜営地があるんだが、中間にまで行くにはもう遅い。


 五台の馬車の隣に馬車を停め、アンラに焚き火を任せた後、俺は馬具を外し、手綱を引いて水を飲ませるために少し離れた水場へ向かった。


 水、塩、飼い葉を食べさせてブラッシングも終わり、馬の腹も満足させて帰ってきたんだが、アンラが数人の冒険者風の男達四人に囲まれていた。


「帰ったぞ、なんかあったんか?」


 手綱を馬車に引っ掛け、焚き火のところで囲まれているアンラに声をかけた。


「ケントお帰り~、このお兄さん達がねぇ~、盗賊が現れそうだから、守ってやろうかってさ~」


「ほう、魔物以外に盗賊も出るんか、面倒だな、じゃあ盗賊は兄ちゃん達に任せて魔物は俺達が受け持つってことか?」


 どうせ女が一人で馬車の近くにいたから、からかい半分で声をかけたんだと思うが気に入らねえし、違うと分かってて言ってやった。


 兄ちゃん達は俺の姿を頭の先から爪先まで見た後、ニヤニヤしながら、囲っていたヤツの一人が俺の前にやって来た。


 やっぱなめられてんな、ほんのちょっとばかし本気で心配して、声をかけてくれてんのかも、とは思わないこともなかったが、予想通りだな。


「やっぱり仲間もガキじゃねえか、それなのに馬車を持ってるなんて生意気だな」


 はぁ、四人で片手剣が三人と、両手剣が一人か。

 腕の方は……剣の重さであんなに姿勢も崩れた立ち方じゃ大したことねえみてえだ。


「儲けたからな、兄ちゃん達も頑張れば買えんぞ?」


 仕返しじゃねえが、ニヤリと笑いながら俺も四人の頭の先から足の先まで見てやった。


 ニヤニヤ顔が一気に変わり、睨んでくると同時に、一番手前にいた兄ちゃんは、スッと腰を落とし、ジャリっと利き足だろう右足を踏みしめた瞬間に右こぶしを振り上げて、俺の方に向かってきて、こぶしを繰り出し目の前に迫ってくる。


 遅い!


 左手を素早く振り上げ、兄ちゃんの右手を下から叩き軌道を変えさせた後、膝を曲げてこぶしをギリギリのところで回避し、右回りで体を回転させ、空振りで体が泳いだ兄ちゃんの脇腹に肘をめり込ませてやった。


「おごっ――がぁぁ!」


 メキメキっとあばらが折れる感触が伝わってきたがさらに踏み込んで、曲げた膝を前に進む力に変えてそのまま押し飛ばしてやる。


 ズザザと数メートル地面を滑り止まった後、ピクピクとするだけで起き上がっては来ない。


「何すんだ兄ちゃん達は、いきなり殴りかかって来やがって、悪者か?」


 残りの三人は、俺が殴り飛ばされるものだと思っていたのが、吹き飛んだのは自分の仲間だと気が付き、飛ばされた仲間と俺との間を視線が行き来して、最後に俺で止まる。


 怒りに満ちていた顔が、頬をピクピクさせ信じられないって驚きに変わり、にらみつける俺に気後れしたようで、半歩ずつ後ろに下がった。


「い、いや、女の子が一人で夜営の準備をしてたから――」


「それが何でいきなり俺が殴られそうになったんだよ」


 しゃがみこみ、焚き火を調整してんのか、枝で火のついた薪をつついてるアンラの横まで進んで、いつでも攻撃に対応できるよう身構え三人を睨み付けてやる。


「俺達は二人で十分だからよ、盗賊がくんなら他の人を守ってやれよ」


「チッ、お、覚えてやがれ! 大人しくいう事を聞いていれば良いものを! 行くぞ!」


 そう言い残すと、俺が倒した奴に手を貸して、自分達の馬車があり、仲間だと思われる者達がいる焚き火があるところに戻っていった。


「チッ、じゃねえだろ? 何で俺は殴りかかられたのか聞いてんだよまったく」


「あはは♪ ねえねえ見て見て、アイツら絶対またくるわよ~、馬車が狙いみたいな事言ってたし」


『こやつの言う通り、私もこの耳で聞きました。何でも商隊とその護衛のふりをしている、馬車持ち狙いの盗賊ですね』


「ダーインスレイブ~私の事はアンラって呼んでよね、ケントにつけてもらったんだから」


「マジかよ、魔物退治に来てんのに、盗賊なんか邪魔でしかたねえぞ、引き渡すのも次の村、中間地点まで引っ張らなきゃなんねえのによ」


 俺達の馬車は小型だかんな、まあ、奴らの馬車を使うしかねえか……アンラって馬車を操作できんのか?


「なあアンラ、アイツら捕まえた後なんだが、お前――」


「くふふ♪ 早速来たよ~、近くに来たら眠らせちゃうね~」

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