第94話 ちと可哀想なダーインスレイブ
「ケント、買った服に着替えてくるね~」
「おう、出発するから揺れっけど気を付けろよ」
「は~い♪」
服とは別に買ったリュックを抱えて御者台から荷台へ、幌を開け背もたれを跨ぎながら『よいしょ』と移動したアンラ。
ギルド前から見えている門へ進み、歩きで街を出る人達を追い越し街を出た。
ガタンと石畳だった街から出ると、それまでガタガタとうるさかった音も、ゴトゴトと揺れは激しいが、少し静かになった。
背後の荷台で着替えてるアンラがいきなり変わった揺れの変化のせいか――。
『はにゃっ! あ、足が引っ掛かって、ヤバっ、とっとっと』
たぶんズボンを履くため片足立ちになってたのか、慌ててる様子が聞いて取れた。
「大丈夫かアンラ、怪我なんてしてねえだろうな」
荷台からドド、ドン、ドドンと跳ね回るような音と共に『よっ! ほっ! はっ!』と声が聞こえ、すぐに足音が聞こえなくなった。
「おい? アンラ?」
呼び掛けてすぐに幌から顔を出したアンラ。
そのまま『よいしょ』と言いながら御者台に出てきたんだが……髪の毛が服の中に入ったままだ。
「どうどう? 良い感じでしょ?」
頭からかぶるように着る長袖の白いシャツに、足の形がよく分かる細身の黒いズボンと、茶色の紐で編み上げる黒い足首まである革靴。
そして黒のベストなんだが、完全につやつやで綺麗な銀色の髪の毛を、シャツとの間に挟んでしまってるんだよな。
「凄く似合ってるんだがよ、これがな」
横に座ったアンラの首にそって、髪の毛との間に手を滑り込ませる。
「え? ケ、ケント……な、何? もしかしてちゅーしようとしてる?」
「ん? ちゅーでもなんでも良いけどよ、ほら、髪の毛を出しておいた方が良いぞ」
ちゅーとか言ってるが、スルスルと髪の毛を引っ張って痛くないように、ベストから引き抜いてやる。
横ばかり見てられないから、前を向いて手綱を操作していたんだが、俺の横顔に視線を感じる。
「あ、ありがとう。早く見せたくて、髪の毛の事なんて忘れちゃってた」
「でも似合ってるぞ、後で立ってるところも見ないとな、剣を装備したところもだろ?」
「うん。そうだ、服もだけど剣まで買ってくれてありがとう、この剣ね、私が昔使ってた剣なんだ――」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ダーインスレイブ~、ねえねえ次は森で捕まえたボア肉が食べたいよね~」
『何を言ってる! 肉など喰わん! 私は血があれば良いと言ってるだろ! ほらほら私を抜いて
「え~、食べる分だけで良いよ~、それに人なんか食べられないし、ここの魔物は食べ飽きてきたし~」
ほ~んと、ダーインスレイブは血が好きよね、血なんか食べても仕方ないのに。
ダーインスレイブに、さっきやっつけたブリザードボアを刺して、焚き火で焼いてるけど、高い山の山頂だからか、まわりは雪と氷だらけだし中々焼けない。
『まったく、私を串代わりにするとは……今まで選んだ持ち主の中でお前が最もおかしな
「えへへ~、一番かぁ~ありがとうダーインスレイブ、これからもよろしくね♪」
「そういう意味ではないのだが……」
ようやく焼けたブリザードボアを噛りながら山を下り、そこにあった森の美味しい魔物だけ何十年もかけて食べつくし、また遠くの山へ。
何百年、一緒に旅をしたのか、人間同士の戦争に巻き込まれたから、
最後は遠くに見えた海に目的地を変えて、到着したのに。
『お前今度は海美味いものを食べ尽くす気か? それは流石にやめておいた方が良いぞ?』
「え~、川とか湖の魚にはあきちゃったし~、でも、その内また生まれてくるんじゃないの? 前に湖の魚を食べ尽くした時は、またお魚いたよ?」
『あれは湖に繋がる川から湖に移り住んだだけだ! おい! なに勝手に! 私を置いてくな!』
「錆びちゃうから待っててね~」
「待てぇ! 私は錆びん!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――うるさいからさ、浜辺に置いて魚を採りまくってたらさあ~、神様に怒られて封印されたんだけど、その時のダーインスレイブなの♪」
「お、おう、アンラは食いしん坊なんだな、ってか大丈夫なんか? そのダーインスレイブは、喋ってねえけど死んじまったんか?」
『ふん! つつくでない! それに私が死ぬわけ無かろう!』
アンラが膝の上にダーインスレイブを置いてたから、コンコンと人差し指で鞘を叩いてみたんだが、怒られちまった。
「おお! 喋らないから私も浄化でもされたのかと思ってたよ!」
『そんなわけ無いだろう! あの後は私を抜ける者が持ち主にならなくてな、数百年血を補給できてない……おい! 早いところゴブリンでも良いから私を突き刺すのだ!』
「なあ、その言い方だと、血があれば良いんか?」
ふと思い付いたことがあったから聞いてみたんだが――。
『もちろんだ! 魔物であろうと動物だろうと、もちろん人間の血でも大丈夫だ、だが新鮮でなくてはならないという制約はあるのだ』
間髪を容れずに返事をするダーインスレイブ。
そうだな何か……漏れない入れ物があれば良いんか。
「クロセル、手桶を出してくれっか?」
『なるほど、収納に有り余っていますからね、空腹で暴れられても迷惑ですし、良い考えです』
御者台の足元、俺とアンラの間に、手桶より少し大きめの水桶を出してくれた。
「おお~、ケント頭良い~♪ じゃあそこに突っ込めば良いのね♪ ほいっと!」
アンラも気が付いたようで、ためらいもなくダーインスレイブを抜くと、トンっと水桶に切っ先を入れてしまった。
『何? お前、こんな魔物もいないところで! ではなくて君のそれはもしや! いや、間違いないです、その神々しいほどの神力が――し、神剣様!』
カタカタと震え出したダーインスレイブは、クロセルに気が付いたみたいだが、なんか畏れてるみたいに見える。
とりあえずクロセルはダーインスレイブには答えず、水桶に収納の中に大量にある、魔物から血抜きしてあった血液を出し始めた。
『ぬおっ! こ、これは!』
半分ほどまで何の魔物か分からない血液が現れたと思ったん、みるみる中身がなくなっていく。
クロセルも、馬車の揺れで溢れてしまわない程度ずつ出しているようだ。
『ふはっ、ふははははは! 素晴らしい! 神剣様! これほどの物を私にお与えいただきありがとうございます。これで、これで元の姿に戻れそうです!』
「へえ~、血を取り込めなかったからそんな姿だったのね、クロセルもありがとう、こんな剣だけど、私と話をしてくれたヤツなんだ、本当にありがとうね♪」
みるみるくすみが消え、銀色の刀身が、黒色に変わり、顔が映り込みそうなほどピカピカで黒光りする刃に。
それに丸まっていた刃も触るだけで切れてしまいそうなほど鋭利になっている。
ちと、可哀想な剣だなと思ったが、アンラも喜んでっし、喋る剣だから賑やかに旅ができそうだぜ。
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