第30話 リチウム男爵とギルドマスター
「あっ、ケントさん寝ちゃってますね」
「お風呂くらいは入りなさいよね~、まったく。まあ良いわ、私は風呂上がりの一杯を飲んじゃおっと」
「んあっ、おお、寝ちまってたか。ってアンラ、せめてコップに入れてから飲めよな、ったくよ。うっし、俺も風呂に入って寝ちまうか」
アンラはワインの瓶に直接口をつけゴキュゴキュとかいわせてガブ飲みしてる。
二人とも頭まで洗ったのか、髪は湿ったままだ。
「髪の毛くらいちゃんと拭けよな、風邪ひくぞ。それにアンラはせめてタオルを巻けよ、プリムはちゃんと服を着てんだろうが」
俺はやっぱりアンラを見て、アシアがもっと小さい時に見たものと一緒くらいだな、まあ、その内デッカくなるだろとか思いながらソファーから立ち上がり、風呂場に行く。
「良いじゃない。汗かいてて服が引っ付くでしょ? 気持ち悪いじゃん」
「ん~、私も服は着た方が良いと言ったんですけど、同じ事を言われました」
「はぁ~、俺もそう思うし気持ちは分かっけどよ、風邪ひく前にちゃんと着るんだぞ、俺は風呂入ってくるぜ」
「いってらっしゃーい」
苦笑いをするプリムと酒をあおるアンラを置いて俺は風呂場に向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「旦那様、冒険者ギルドのギルドマスターがおいでですがいかがいたしますか?」
「何っ! 奴がなぜここに来るのだ……まさか街壁を抜かれたのか!?」
「いえ、街はいたって静かなものです。泣き叫ぶ声は聞こえませんので、それはないかと。もしかすると、スタンピードの報告では?」
「チッ、さては私兵を出せと言いに来たのか……忌々しい。よし、一番簡素な応接室に通して待たせておけ! 茶など出さんで良いぞ!」
「はっ、かしこまりました」
暗殺ギルドの者達を出すわけにはいかない、こんな事でメンバーを減らしたとなれば、他のギルドマスターどもから何を言われるか……仕方がない私兵を出すか。
考えを巡らせ、家令が向きを変え、扉に向かう姿を目で追いながら、奴が長居せぬよう一緒に向かう方が良いと判断した。
「いや、私も一緒に行く! 案内せい!」
仕方がない、ここは大人しく私兵を出して、フィアナランツァ公爵の機嫌取りをしておく方が得策か、しかし公爵の癖に冒険者なんぞしおって、大人しく王都か領地でふんぞり返っておれば良いものを。
家令と同行して奴を待たせてある玄関ホールに向かい、待機場所でメイドが出したお茶を飲む奴のところに急ぐ。
ソファーの横に立ち、姿勢を正して貴族の礼を仕方なくやることにした。
「お待たせしました。フィアナランツァ公――」
「コバルトで良い。公の場ではないのでな。今は冒険者ギルドのギルドマスターとして来ている。簡潔に言おう、スタンピードは終結した、冒険者と守護の衛兵だけで終わらせる事ができた」
「なんと! 数百のスタンピードと聞いていましたので、私兵を出す準備をしていたのですが!」
くははは! よしよし、無駄な散財をしなくてすんだな。
しかし、この屋敷の主は私だぞ、いくら公爵とは言えギルドマスターとして来たならソファーに座ったままとは礼儀を知らん奴め、こやつを暗殺する依頼が来たならば、この手で……。
まあ良い、この後は緊急依頼の褒賞金の話か、いくら値切れるか。
「そこでだな、今回のスタンピードの半分、ゴブリンにオークリーダー数匹を含むオークと、ワイバーン二匹を一人で倒した者がいてな、その者に褒賞を出してもらいたい」
「は? ゴブリンにオークリーダー、ワイバーン? 確か数百はいたと聞いたのですが、間違いだったと? しかしワイバーン二匹は······もしや魔法などの遠距離攻撃が得意なSランクの方がいらっしゃったのですか?」
なんと、そのような魔物まで引き寄せてしまうとは……しかしワイバーンだと……、我が屋敷に飛来する可能性もあったわけか、多少ならその者に金貨二枚ほどの報酬を渡しても良いかもしれんな。
「いや、先日登録したての新人、それも洗礼の儀を受けたばかりの少年だ。それでだな、冒険者ギルドからは金貨五枚の褒賞を出す予定だ。管理監、街からも同じ額を出してもらい、大金貨として渡したい」
「はあ! 金貨五枚――あわせて大金貨ですと! それもそのような子供にですか!? コバルト様、流石にそれは与えすぎです! あわせて金貨でも多すぎですぞ!」
なにを考えておるのだこのクソは! フィアナランツァ公爵は馬鹿であったか! 冒険者ギルドや宿屋などとおかしな事ばかりしていると思うたら話にならん!
クソ公爵はゆっくり腕を組み直し、私を見てくるが、金貨五枚など出すものか!
「私兵を出せばその程度すぐに出さねばならんのだ、今回は街の被害も、衛兵や冒険者の犠牲者も出ず、負傷者が出ただけだ。その程度出さないとは言うな、リチウム男爵よ」
くっ、なんて奴だ! 仕方がない、今は渡して暗殺依頼を出すしかないか、いくらスタンピードで活躍した者でも闇夜に紛れて襲えばSランクの冒険者でも倒せるのだからな。
「くっ、仕方ありませんな。おい家令よ、金貨五枚を用意したまえ」
「はっ、ただちに」
命じた家令に報酬を取りに行かせ、金貨二枚でそのガキを始末させる計画を練ろうと考えているところに奴が話しかけてきた。
「すまねえな、リチウム男爵よ。この事は兄にも伝えておく」
「はっ、減税の申し出をしようと思っておりましたので、良しなに頼みます」
家令の持ってきた金貨を渡すと奴はさっさとソファーから腰を上げ、魔物の査定をすると帰っていった。
「家令よ、暗殺依頼を出す」
「けけけっ、今の褒賞をもらうガキを殺れば良いんでしょ? まあ、金貨二枚ってところですかね」
「うむ。それで構わん、しくじるなよ」
「へいへい。お任せを」
家令は返事をした後、黒のスーツをバサッと脱いだ瞬間に、姿を男の家令から街娘に変え、部屋を出ていった。
「損失は金貨二枚で金貨三枚は戻るか……そうだ、衛兵どもには国からの褒賞が出るな、それを分からないように削れないか調整すれば……その金貨二枚も、いや、儲けが出るように調整してやろう」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ぶえっくしょい! ずずずっ。湯冷めしちまったな」
やはり疲れていたのか、少し寝坊しちまったから遅めの朝ごはんを食べて、茶を飲んでると、鼻がムズムズしてくしゃみが出やがった。
「そうですよ。ケントさんお風呂の中で寝ちゃってましたし、アンラさんと二人で寝台まで連れてきたんですよ」
「そうそう、プリムなんかケントの見て顔が真っ赤だったしね~」
「しょっ! しょれは言わないでって言ってたのにぃー!」
あはは、まあ見られても減るもんじゃねえし、構わねえけどな。
真っ赤な顔のプリムをからかってるアンラと三人で、そんな話をしながら俺達は昼前に宿を出て、土産を買うため街に出た。
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