第29話 宿屋の主人?

 姉ちゃんは受け付けにあった呼び出しベルを手に取り、チリンと小さな音を一度だけ出し、元に戻すとすぐに一人、別の姉ちゃんが奥の扉から出てきた。


 ほうほう、あれを鳴らすことで呼び出せるんか。


「少し離れますので受け付けをお願いいたします。こちら、先頃のスタンピードで甚大なる活躍をされた英雄達です。さらに閣下の招待客ですので失礼のないよう徹底して下さい」


 英雄とか背中がむず痒くなる言い方は止めて欲しいもんだが、悪い気はしねえな。


「なんと。それはそれは英雄様方、どうかごゆるりとお過ごしいただけるよう従業員一同おもてなしいたします」


「だから、高いから泊まらねえって言ってるだろ? 大丈夫か姉ちゃん達。すまねえが近くで空いてる宿がねえか教えてほしいんだがよ」


「いえいえお代は結構です。街を救った英雄様方からお金などいただけません。閣下、いえ、冒険者ギルドマスターの招待客様ですから。では案内いたします」


 どうしても泊まってもらいてえようだな、姉ちゃん達は笑顔を絶やさず『どうぞ奥へ』って言ってるような、手を奥に向けて誘うような格好だ。


 まるで二人の間を通って行ってもらいたいんかと勘違いしてしまいそうだぞ。


(ふ~ん、あのギルマスとかいう奴、この宿を経営してるんだ。ケント、タダなんだし遠慮なく泊まっておきなよ。あっ! そうだ! オークリーダーのお肉よ! あれをステーキにしてもらって!)


 そうなのか、タダなら助かるけどよ、ステーキか……聞くだけ聞いてみるか。


「なあ姉ちゃん、そんなら泊めてもらうけどよ、ちと頼みてえ事があるんだが、オークリーダーのステーキを焼いてもらいてえんだが頼めるか? 肉は出すからよ」


 そう言ってクロセルに良いところの肉を頼んで一抱え分出してもらった。


「これなんだがよ、そうだな、デカいやつを五人前頼めねえか。残りはここの従業員で食ってくれて良いからよ。足りねえならもっと出すぞ」


 ひょいっと後から出てきた姉ちゃんに渡すと、結構デカくて重い塊だってのに、驚きながらもどこからかトレーを取り出し受け取ってくれた。


「ひゃっ! オークリーダーですか、中々手に入らない高級肉です。それを私共の分まで……かしこまりました。これだけあれば、従業員全員がいただいても余裕がありますね、ありがとうございます」


「そっか、んじゃ頼むぞ。そうだ、お酒はあるか?」


(おおー! 覚えてたのね! プリムがいた家から今夜にでももらってくるつもりだったけど、それも良いわね)


 おいおい。いくらグールを呼んだヤツの所からって言っても盗んじゃ駄目だろ? 駄目だよな?


「お酒、ですか。部屋にありますのでお好きな物をお飲みいただけますが、お二人が――失礼しました、そちらの猫様とスライム様ですね、お酒も全てお飲みいただいても大丈夫です。足りなければお持ちいたしますので、ご安心下さい」


(ひゃっほーい♪ ほらほら早く行こうよ♪ お姉さん早く案内を!)


 そう言って勝手に進もうとしたアンラの手を取り引き止める。


「おう。すまねえな、んじゃ、案内を頼むぜ」


 姉ちゃんが肉を乗せたトレーを台車の下段に乗せたんだが、まだ天板の上に隙間があったから、埋めるように追加で出しておいた。


 ゴクリと喉の音を聞いた後、受け付けの姉ちゃんが案内をしてくれて、階段を上ると思ったんだが、入り口から入った正面にあるデカい扉を開けて奥に進む。


 聞くと特別室はこの建屋じゃなくて、裏庭にある別の建物らしい。


 ついていくと外に出て、屋根付きの歩道の先にある、貴族の家みたいな物が二つ建っていた。


 おいおい、本当に貴族の屋敷みたいだぞ。


「ケントさん。もしかしてあのお屋敷で泊まるのですか?」


「みてえだな、プリムが住んでた屋敷より立派だぞ、デカさは向こうだが」


「はい。リチウム男爵様の屋敷は親方様が『趣味の悪い地下室がある屋敷なんか要らねえ!』と手放した物です。私も確かに大きいと思いますが、拷問部ゃ······んんっ、良い物ではありませんからね。ではこちらの屋敷が今晩お泊まりいただく部屋です」


 その後は、何を言われたのか全然耳に入らず、色々と案内されたはずなんだが、いつの間にかふかふかのソファーに座って、目の前にはオークリーダーステーキや、色んな料理が並べられたところで気が付いた。


「えらいところに泊まる事になったな……よし、考えるんは飯を食べてからだ!」


「ふあっ! はれ? いつの間にか大きなステーキが目の前に!」


「うふふ。では食べ終わりましたらお呼び下さい」


 そう言って姉ちゃんが部屋を出ていった。


「うっし、食うぞ! クローセのは細かく切ってくれてあるな、アチいから気を付けろよ。ソラーレはそのまんまで良いんか? おっ、良さそうだな。どれどれ俺もオークリーダーは初めてだかんな、はぐっ」


「くふふふ♪ いっただっきまーす♪ はぐっ! ふぐふぐ······んくんっ。うんまーい♪」


「はっ! 驚いている場合ではありませんね、今はこの食べた事もない大きなお肉が最優先です! いただきます! むぐっ」


「「うめー!美味しいー♪」」


 たぶん多めに焼いてきたんだろうステーキと、二人分しかない他のスープやサラダなんかも分けて食べたんだが、テーブルの上はあっという間に空の皿だけになってしまった。


「ぷはー。滅茶苦茶柔らかいし美味かったな」


「はい。それにこのジュースも冷たくてとても美味しいです」


「げふぅ、良いわね。気に入ったわ! この街で泊まる宿はここに決まりね、お酒も美味しいし、ケント達も飲めば良いのに」


 いつの間にかテーブルの上に乗せられた酒瓶を手に取り、空になったガラスのコップへ赤い色のワインだな、を並々と入れてはぐびぐびとジュースより早く飲みきり、また……。


 結局アンラは二本飲んだところで止めた。満足して、全然酔っ払った感じもしねえしまあ良いか。


「そうだ! プリム! お風呂に行くよ! ケントは後でね! ほらほら付いてきなさい!」


「えっ!? お風呂にですか! 私が入っても良いのでしょうか!?」


 俺の方をグリンっと首を回して見てきたプリムに頷いてやる。


 アンラに引っ張られ、奥の扉に消えていった二人を見送り、俺はクローセを膝の上、ソラーレをクローセの上に乗せてボフッとソファーにもたれている内に寝てしまったみたいだ。

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