第13話 え? 馬鹿じゃないの!?

 俺の伸ばした手の平から、小さい……い、一センチくらいの小さくて透明な玉がアンラに向けてふよふよと飛んでいく。


 それをアンラは指でピンッと弾いてしまった。


「あなたおかしいわね、全然魔力なんか練らずにそれもハイヒールよ? 馬鹿なの? そんな事できる人っていないわよ? それも私が見てきた中でそれに近い事ができたのは……思い浮かばないわね、たぶん始めてじゃないかな」


 腕を組んで宙を見つめてなにか思い出そうとしてるが、駄目だったようだ。


「そうなのか? まあ、出たんだしこれで俺も怪我した奴がいたら治してやれるな」


 冒険者だしな、やっぱパーティーとか組んだら回復魔法はあった方が良いし、練習しねえとな。


 アンラの呆れた顔を見てたら、足にすり寄られる感覚があり、下に目をやると、クローセがいつの間にか帰ってきたようだ。


「おっ、クローセお帰り。ん? なんだよ、お前、雨の中を帰ってきたんか? ぐしょ濡れじゃねえか、今拭いてやっからよ」


「にゃぁ~」


 俺は上着を脱いで、クローセを包んで拭いてやる。


「よしよし、ってお前怪我してねえか? してたらハイヒールしてやるぞ、実はな、回復魔法を覚えたんだぜ、うりゃうりゃ」


 クローセはいつも話しかけっと、ちゃんと返事をしてくれる。俺は抱え上げ、椅子に座って膝の上に乗せて拭きまくる。


「んなぁ~」


 膝の上のクローセに顔を寄せてくるアンラ、そっと手を伸ばしていたつついてくる。


「ふ~ん、この子がクロセルの名前のもとになった猫? でも珍しいわね、その子って魔物のエンペラーキャットよ、人に懐くなんて普通ならありえないわ」


 つついてた手を引っ込め、俺の横に座ってくる。


 服からクローセの顔を出してじっと見ても……エンペラーキャット?


「魔物? お前そうなんか? 冬とか布団の中に入ってくれたりするし、温いんだよな。普通の猫にしては尻尾が二本あるから変わってんなと思ってたけどよ。まあ、良い奴だから構わねえだろ?」


 今度は尻尾をアンラに見せて、二股になってるところを見せてやった。


「そうね、猫系の魔物がいるんだけど、エンペラーキャットはその頂点に君臨していて、ドラゴンやフェンリル、ナインテールなんかと肩を並べる強力な魔物なんだけどね……」


 ふ~ん。そうなのか? そんな奴が俺の膝の上で腹を上向けてゴロゴロ言ってるんだが……まあ、可愛いから良いか。


 クローセを良い感じまで拭き終わり、濡れた服は洗う事にして、横に放っておく。


「はぁ、まあ良いわ。ふと思ったけどハイヒールを簡単に使えたのよね……ケント、あなた他の魔法覚える気はある? あるなら私が教えてあげても良いわよ」


「アンラ本当か! 頼む! 違う回復魔法でも攻撃魔法でもなんでも良いから教えてくれ! 冒険者になるんだ、覚えておいて損は無いだろ? あっ、生活魔法! 生活魔法も教えてくれ!」


 俺の横から立ち上がり、前に回って俺の顔を覗き込んでジット見てくる。


 な、なんだ? なんか駄目だったんか?


「あなた生活魔法も覚えてなかったの? あんなの誰でも最初に覚える魔法よ? お手伝いを始める時に覚える魔法なんだよ? 水と火、それにクリーンの三つは普通覚えてるはずよ?」


「ああ。クソ爺に習ったのは掃除のやり方だろ。それに水は裏に川があったから水汲みのやり方に、火も火打ち石だぞ?」


「え? 馬鹿じゃないの!? なんでそんな簡単な事も教えてないのよ! 本当にクソ爺ね! 良いわ、私が一から教えてやるわよ」


 アンラの教えを聞きながら、生活魔法の水を覚え、火を覚え、そしてクリーンを覚えたので早速クリーンをやりまくる。


 クローセを拭いたシャツからズボンにパンツ、アンラの着ていた服も、ついでにまだ湿っていた絨毯も、クローセも……。


「これ、あいつ等が漏らした時にやってたら良かったんじゃね?」


「……そうね。あなたのクリーンおかしいわ。こんなに綺麗になるなんて……普通はここまで綺麗にならないわよ?」


(どういう事かなぁ~。スキルの努力に神剣が何かしてるんじゃないの?)


 アンラがぶつぶつ言ってる内に、教会の中を隅々すみずみまで綺麗にしていたら夜になってしまった。


 結局クソ爺も帰ってくる気配はなく、遅くなったが晩飯をアシアんちに食べに行き、今日は寝てしまうことにした。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 生活魔法の訓練を始めてをから数日後、やっとクソ爺が帰ってきたんだが、一人だな。


「お帰りクソ爺、みんなは?」


「……おいケント、なんだよこのピカピカの教会は、建て替えたのか?」


 アンラが誰か来たぞって教えてくれたから外に出て来たんだが、そこにいたのはクソ爺だけで、教会の前でなんでか突っ立って、話しかけても返事になってない。


「おい! 聞いてんのかクソ爺! 建て替えるわけねえだろ! どうだすげえだろ? 生活魔法のクリーンで、やっておいたぜ! これなら文句ねえだろ!」


「は? せ、生活魔法? それでなぜカビの生えてた壁が真っ白になるんだよ! おかしいだろうが! ……ま、まあ綺麗になってるならまあ良い事にしておこう。あいつ等の事か?」


 クソ爺は驚いた顔から少し真剣な顔に変わり、俺の方を見て話を続ける。


「……魔物の討伐依頼で行ったんだがな。今回の依頼内容じゃあ下級の魔物が鉱山の村近くに集まっているってんで四人だけで討伐に行ったんだ。そこで助祭とギャスパーは怪我負って動けなくてな。魔物退治してるんだから、仕方ねえが、司教様は残り治療を続けている」


「嘘だろ? ぷよぷよ助祭は分からなくもないけどよ、師匠がそう簡単にヤられる訳ねえだろ? もしかして中級の物でも出たんか? まあ、怪我したらしゃあねえな、それより俺は街に行くぞ。冒険者登録したいからな」


「心配したならもっとこう何かあるだろ! まったく。まあ、ありふれたことだからな、今回で何回目だあいつ等が怪我したのって、よく死なねえもんだぜ。おっとそうか、洗礼が終わったんだな。それなら教会にある好きな武器を持っていけ······っていう前にその剣······見覚えはないような気もするが中々デカい物を選んだな」


「へへ。格好いいだろ」


 俺はクソ爺に背を向けクロセルを見せ付けてやる。


「まあそうだな、もう決めたのなら良いが、街まで歩きか? 乗り合い馬車があるから馬車代と路銀は少しやろう。準備は終わっているのか?」


「それはこれからだ。よし、明日の朝から出発するぜ」


「分かった。登録した後は一度帰ってこい。色々とお前に渡したい物があるからな」


 俺は『おう!』と返事をした後、自分の部屋で旅の準備をする事にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る