36. お引っ越しと、2人だけの秘密のバレンタイン 第1幕

 今日は2019年2月10日、日曜日の夜。櫻子からメールが来た。

『2月16日って空いてる? 9日に家族に手伝ってもらって大まかな搬入は終わったんだけど、今度は荷解きがまだなの。

 当日バレンタインは過ぎてしまっているけれど、散らかってても許してくれるなら2人で過ごさない? 

 荷解きも手伝ってくれると嬉しいな……。』

『もちろんです。何でも手伝います。チョコも持っていきます。

 あ、良いこと思い付きました。ガスとか電気とか水道とかは使えますか?』

『問題なく使えるわ。もしかしてチョコを作ってくれるの……?』

『うふふ。当日までのお楽しみです! 近所にスーパーあるんですよね。楽しみにしててください♡』

『まあ。じゃあ出来るだけ片付けておかなくちゃ。』

 翌日。私は部活の帰りに100円ショップへ寄り、資材を買い揃えた。

 お金がそんなに無くても、出来ることはあるよね。


 2月16日お昼過ぎ。午前中で部活が終わり、私は櫻子から教えてもらった住所に向かっている。

 お料理するし、櫻子のお引っ越しの箱開けも手伝うつもりなので今日は腕まくりしやすいように紺のパーカー(白で英語がおしゃれにデザインされてる。英字新聞のタイトルでよくありそうなかっこいいフォント。)とグレーのキュロット、そしてお揃いのネックレスという格好だ。

 ついに櫻子のおうちにお邪魔する……! そう思うといつも以上に緊張してくる。

 櫻子の部屋の前まで着き、インターホンを鳴らす。

「琴葉です。」

『開けるわ。』

 インターホン越しに櫻子が返事をしてくれて、扉を開けて櫻子が出てきた。今日の櫻子は黒の丸首カットソー、濃紺のデニムのフレアスカート、黒タイツにもこもこ靴下というファッション。髪はゆるく巻いて降ろしている。

 黒のカットソーはよく見ると、銀色のビーズと黒のレースで首元が装飾されていて華やかだ。

 そして首元にはお揃いのネックレス。

 ラフな櫻子も可愛い!

「いらっしゃい。寒いから、早く上がって?」

「はい、お邪魔します。」

 櫻子に促され玄関に上がる。用意されていた暖かそうなスリッパを履いて櫻子の後をついていく。櫻子のフレアスカートとゆるふわの髪がひらひら動いてどきどきする。

 学校、つまりお仕事モードよりもラフな服装なのに可愛らしさや艶っぽさは増している。

 廊下を進み、櫻子はリビングに案内してくれた。

 小さいテレビ、それの前にカーペット、その上にミニテーブル、それの回りにクッション。

 部屋の片隅のカラーボックスの中には本が何冊か、そのカラーボックスの上にはノートパソコンが乗っている。

「ここだけは何とか使えるようにしたんだけど……結局他の部屋に開けてないダンボールを押し込んだだけなの。お引っ越しって大変だわ……。」

「きれいなお部屋です。ぶっちゃけ私の部屋の方が散らかってます。」

「だからここだけって言ってるでしょう。自分で言うのもあれだけど頑張ったのよ。」

「お忙しい中すごいです。今日は私がチョコ作りますから、櫻子が喜んでくれたら嬉しいです。」

「ええ、貴女のチョコが楽しみだわ! 私はナッツチョコケーキを作ったわ。材料混ぜて焼くだけだからそんなに手間かかってるわけではないけれど。」

「櫻子のケーキも楽しみです! あ、このミニテーブルにいろいろ置いてもいいですか。」

「ええ。……いろいろ?」

 私は持ってきたものをミニテーブルに並べる。

「ハート型の陶器の食器。 それにこれは竹串? ……もしかしてチョコレートフォンデュをやるつもり?」

「はい! 大正解です! 生クリーム入れれば固まらないので保温しなくてもチョコレートフォンデュ出来るらしいです。

 で、今から櫻子と一緒にスーパーにチョコレートかけて食べたいものと生クリームとチョコを買いに行こうかと!」

「買いに行くところからスタートなのね?」

「櫻子と一緒にあれ食べたいこれ食べたいって言いながらお買い物するの、絶対楽しいですよ!」

「まあ! 2人で準備するところからスタートなのね! 素敵なことを考えたものだわ。」

「じゃあ早速、お買い物行きましょう! あ、少なくともチョコと生クリームは私が買いますね。一応、私からのバレンタインのチョコなので!」

「じゃあ私、具材はいっぱい買っちゃおうかな! マシュマロ、バナナ、苺……。」

「カステラとか美味しそうじゃないです? やっぱり! 櫻子とお買い物にして良かった!」

 やった! 計画は上手く行きそう!!

 櫻子とスーパーでお買い物!

 2人で部屋を出て、徒歩5分のスーパーまで買い出しに出かける。

 バレンタイン当日14日は過ぎているためか、板チョコやタルトカップ、その他お菓子の材料がワゴンに入れられ値引きシールが貼られている。

「ある意味いいタイミングですね。せっかくですのでミルクチョコとホワイトチョコ両方でチョコレートフォンデュしちゃいます?」

「お鍋いくつかあるから出来ちゃうわよ。」

「決まりですね!」

「あら。これ抹茶ね。ホワイトチョコに混ぜたら美味しそうだわ。」

「チョコ3種ですね。贅沢ですぅ。」

 板チョコをミルクとホワイト1つずつ、抹茶、生クリーム、タルトカップ、ビスケット、鈴カステラ、マシュマロ、ウエハース、アーモンド、クルミ、苺、バナナ、キウイ。

 ついでにポテトチップス、クラッカー、紅茶のティーバッグ。

「こんなに買って食べきれますかね。」

「余ったら私の家に置いておけばいいわ。果物以外はそこそこ日持ちするでしょうからまた今度食べればいいし。貴女が来られなくても私がおやつにするわ。」

「そうですね。とりあえずこのくらいでしょうか。」

「ついでだから私の食料品も買っていくわ。食パンとか。」

 櫻子が野菜や缶詰、肉や魚などもカゴに入れていく。

「これ私からのバレンタインチョコですので、せめて板チョコと抹茶と生クリームは私が買いますね!」

「そうだったわね。じゃあそこは甘えるわ。」

 櫻子に宣言して板チョコと抹茶と生クリームをカゴから取り出し抱える。

 宣言しておかないと櫻子にまたしれっと支払いされてそうだから!

 レジに並び、それぞれ支払いを済ませて買ったものを袋に入れる。

(櫻子はマイバスケットを持参していたのでそれに入れてもらえていた)

 今はお買い物でさえ特別に思えるけれど、もしも櫻子と同棲したら日常の光景になるのかな。

 櫻子はきっとそれを夢見てあのお部屋を選んでくれた。

 どうか、その夢が叶いますように。

 そのためにも、私も頑張らなくちゃ。

 ……まずたぶん、志望校を決めるところから。

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