35. お引っ越しと、2人だけの秘密のバレンタイン 前奏曲

 櫻子との放課後プチデート当日。(つまり櫻子に宿題を届けた日の翌日。)

 部活が終わって私は光北駅から鵜山駅へ向かっていた。

 乗換案内アプリによると18時25分には着けるらしい。

 電車に乗ってスマートフォンを確認する。あ、櫻子からメールだ。

『ごめんなさい、長引いてそちらに着けるのが19時くらいになってしまいそう。』

『その辺で休めそうなお店とか探して待ってます。』

『ありがとう。』

 といいつつ、とりあえず30分か。授業だと長く感じるけど待ち時間にすると意外と中途半端だよね。

 どうしようかな。鵜山駅は初めてだから何があるか調べなくちゃ。

 スマートフォンで『鵜山駅 カフェ』と調べると、結構な数が出てきた。

 『古都の風』、素敵な名前のお店だな……あ、残念。駅からちょっと離れてるや。

 そういえば鵜山は昔の街並みが保存されてる地区があったような。

 『古都の風』も所在地はそういう地区みたい。今度、櫻子と行こう。

 さて、駅に近いお店は……一旦駅の外に出るけど、マーメイドコーヒーが無難かなあ。

 マーメイドコーヒーとは、人魚の看板が目印のコーヒー店。全国チェーンであっちこっちにお店がある。確かアメリカが本拠地だったと思う。

 コーヒー以外にも抹茶ミルクとかチャイとか甘い飲み物もあって私はそっちの方が好き。

 鵜山駅に到着した電車を降りて、マーメイドコーヒー鵜山駅前店へ向かう。

 チャイティーを飲みながら、音楽を聞きながら宿題でもしていようか。

 マーメイドコーヒー鵜山駅前店に入店し、チャイティーのショートサイズを買って席に座る。

 パソコンで仕事していると思われるスーツの大人や、分厚い教科書を難しい顔で読む大学生らしい人たちに混じって、私は宿題を始める。

 櫻子、お仕事終わって来てくれるかなあ。

 櫻子の仕事が順調に進んでいることを願いながら私は宿題を進める。

 もうそろそろ19時くらいか。櫻子から……あ、5分くらい前にメール来てたみたい。

『今やっと学校出たわ。たぶん到着は19時半くらい。待たせてしまってごめんなさい。』

『鵜山駅前のマーメイドコーヒーで宿題してます。ゆっくりで大丈夫です。』

『もしかしたらそのままそこのマーメイドコーヒーでお話することになるかもしれないわ。学校の関係者がいなければ。』

『見ておきます。駅に着いたら連絡ください。』

『ありがとう。』

 櫻子が来てくれる! 宿題を進められる限り進めておこう!

 ちょうど2人用の席が空いたので、移動して確保する。待っている客は今のところいないので、文句を言われる筋合いはない、はず。

 櫻子が来ると連絡があってから、宿題が進むペースが上がってる気がする。

 大好きな恋人に会えるんだもん。片づけられるものは片づけておきたいよね!

 ルンルンで宿題をしていたら、今日は量が少なめとはいえ殆ど終わってしまった!

 スマートフォンを確認すると、櫻子からメールが!

『今、鵜山駅に着いたわ。マーメイドコーヒーの様子は?』

『空きはじめました。パッと店内を見た感じ、知った顔はいないです。』

『じゃあマーメイドコーヒーに向かうわ。』

『はい、待ってます。』

 数分経った頃に櫻子が入店してきた。入口の櫻子に向かって手を振る。

 櫻子が気がついてくれたようで、私に向かって微笑むと、飲み物を買ってからこちらに向かってくる。

「櫻子の席も取っておきました。」

「ありがとう。遅くなってしまったから手短に進めるわね。せっかくのミニデートだなのにごめんなさい。」

「お仕事ですからしょうがないですよ! 飲み物それなんですか?」

「そう言ってもらえると少しだけ気が楽になるわ。これはデカフェのコーヒーね。」

「デカフェ?」

「カフェイン抜き、の意味よ。遅い時間にカフェイン摂ると睡眠に良くないから。琴葉、飲み物まだある?」

「だいぶ減ってますね……。」

「ふふ、私がおごるわ。今回はそうさせてちょうだい。私を待つために一杯余分に買わせらちゃってるし。お礼も兼ねて、ね?」

「そこまで言われたら……。じゃあ、アーモンドココアのホットのトールサイズで。櫻子も一緒に飲みましょうよ。」

「あら。気を遣わなくていいのよ?」

「ココアだからちょっと早いバレンタインみたいじゃないですか?」

「もう。あ、学校に持ってきちゃ駄目よ。生徒同士ならまあご自由にってとこだけど、生徒から教員は問題になるから学校でのやり取りは禁止されてるの。」

「じゃあ学校の外なら良いんですね?」

「鋭いわね。その話にも繋がってくるかしら。わざわざ今日呼んだのも、私の新居の話だから。」

「え、バレンタインを櫻子のおうちで……!?」

「まあ、滞りなく上手くいったら、だけれどね。とりあえずアーモンドココア買ってくるわ。先にこの資料読んでおいてちょうだい。」

 櫻子が鞄からクリアファイルに入った資料を出して私に渡すと、飲み物を買うためにカウンターに並びはじめた。

 私は資料を読み始める。


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 〒ooo-xxxx A県鵜山市すずらん町……のんびりハイツ A-30x

 鵜山駅から徒歩10分

 2LDK、ルームシェア可、1人~2人用、楽器練習不可………

 家賃 月5万円 ※駐車場は別料金

 敷金・礼金 無し

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 櫻子、本当に私のために……!

「お待たせ。だいたい読めたかしら? はい、アーモンドココア。」

 櫻子がアーモンドココアを持って戻ってくる。

「はい。良いと思います! まず一口いただきます。」

 美味しい! しっかり香ばしいアーモンドの味がする!

「これ美味しいですよ! 櫻子も飲んで!」

アーモンドココアを櫻子に渡し、櫻子がアーモンドココアを一口飲む。

「美味しい! 優しい味ね。また今度頼もうかしら。」

「これにして良かったです!」

「貴女のおかげね。さて、本題に入るわ。

 本当はもう少し物件の選択肢を増やしたかったのだけれど……家賃と間取りと駅からの距離と近くに食料品のスーパーあるかとかで調べたら、ここが一番安くて便利そうなの。

 オートロックも本当は欲しかったけれど、家賃が跳ね上がるから今回は妥協したわ。

 内覧の予約が取れ次第行ってきて、良かったら契約しちゃうけど良い?」

「はい、お願いします!」

 そう答えてアーモンドココアを飲む。

「一人暮らし用の物件の方が狭いけれど安いのよね。でも貴女が卒業して同棲するってなったときにまた引っ越すのもお金がかかるし。……貴女が遠くの大学に行って一人暮らしするというときは考え直しになるけれど。でもそれも貴女の選択だから。」

「どこの大学に行くか何にも考えてないです。私が何になりたいのかも……。」

「とりあえず大学に行ってみてから考える子も最近は多いわよ。私達みたいな免許のいる仕事につきたいならその免許が取れるところに入らないといけないけれどね。」

 話し終えると櫻子もアーモンドココアを飲む。

「またおうちで進路相談してください。せっかく2人きりになれるおうちがあるんですから!」

「その通りね。じゃあ、この物件で準備を進めるわ。」

「お願いします。楽しみです! 引っ越し当日もお手伝い行きますね!」

「あ、それは嬉しいけれど遠慮させてもらうわ。

 当日は家族に手伝ってもらう予定だから貴女と鉢合わせるとちょっと厄介かもしれない。

 家族がいない日にまたお願いするわ。」

「そうでした。秘密にしないといけないのもわかっていることですが、ずっと秘密なのもつらいです。」

「貴女が卒業したら秘密にするのはおしまい。お互いの家族に挨拶に行きましょう。何を言われても私は貴女と一緒にいたいわ。」

「クラスの子達はどう思うのかなあ。」

「こんな冷たい女とよく付き合うなあって思われるんじゃない?」

「櫻子が冷たいのは授業だけで、本当は笑顔も可愛くて優しいのになあ。」

「それは貴女が私にぐいぐい来るから私も素が出ただけよ。」

「その素の部分を私が好きになっちゃったんですね。」

「まあ。さて、話したいことは話せたわね。

 20時ももうとっくに回ってるし、そろそろ帰りましょうか。

 今日行く予定だったお店はまた今度にしましょう。

 美味しいから楽しみにしておいて。」

「今日は学校から帰るより時間かかりますしね。

 宿題は待ち時間でほとんど終わらせたので余裕はありますけど、ごはん食べてお風呂入ったらもう寝る時間ですね。」

「しっかりしてきたわね貴女。」

「櫻子のそばにいるからには優等生でいたいですから。」

「頼もしいわ。じゃあ片付けてお店出ましょうか。ココア、残りは貴女が飲んで。」

「櫻子も結構飲んでますね。もうそんな残ってないです。美味しかったですよね! じゃあ飲みきっちゃいますね。」

 私はアーモンドココアを飲み干す。

 櫻子は資料を、私は宿題をそれぞれ鞄にしまって、飲んだココアの紙コップをゴミ箱に捨てて店を出る。

「私はここからバスで帰るわ。貴女は大牧駅までよね。改札まで一緒に行きましょう。」

 櫻子と駅に向かいそれぞれの電車に乗って別れた。

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