34. 新学期は恋人とともに 後編

 櫻子はいつも通りにカウンターに座っていた。

「さく……藤枝先生、2年3組の宿題持ってきました。」

「ありがとう……清永さん。」

 私は“藤枝先生”と“櫻子”どちらで呼ぶか悩んだけれど、悩んだのは櫻子も同じだったらしい。

 私は辺りを見回す。図書室には櫻子と私だけのようだ。

「今は2人だけのようですから……櫻子。」

「2人っきりなら……そうね、琴葉。」

「わざわざ私に宿題持ってこさせたのは、図書室に呼ぶためですよね。」

「もちろんよ。少しでも貴女と過ごしたいですもの。……迷惑、だったかしら……?」

「迷惑だったらちゃんと言いますよ。……嬉しいです。こんな形ですけど、私が貴女の“特別”だって示されてるみたいで。」

「うふふ。その通り、貴女は特別だから……あ、成績とかは特別扱いしないわよもちろん。」

「そんなことしたら大問題じゃないですか。そうやっていい成績取れても嬉しくないですし。……でもこうしてわざわざ私を図書室に呼んだなら、したいことは明らかですよね。」

 私はカウンターの中に入り、持ってきた宿題をカウンターに置いて、椅子を寄せて座り櫻子に肩を寄せる。おなじみのラベンダーの甘い香りが私をくすぐる。

「櫻子、可愛いです。」

「琴葉……他の生徒が来たらどうするの。」

「ちょっとだけです。……先生だってこうしたいからわざわざ呼んだんじゃないんですか?」

「その通りだけれど……。」

「じゃあ、問題ありませんよね。」

 周りを警戒しながら櫻子にくっつく。もうそろそろ離れたほうがいいかな。

 櫻子から離れて椅子も少し離す。

「デートの時の服、着てくれたんですね。ネックレスも。よく似合ってて可愛いです。」

「新年一発目の貴女の授業で着ようと思ってたの。他のクラスでも服変えた? とか似合ってるとかって言ってくれる子がいて嬉しかったわ! 貴女も私のシュシュ着けてくれてるのね。」

 櫻子がシュシュを優しく撫でる。今日の髪型は横に一つ縛りでお下げにしていて首筋に近いので、櫻子の手が首筋をかすってドキドキしてしまう。

「毎日つけてます。もちろん……ネックレスも。」

「貴女のシャツ、開けて確認していい?」

「誰か来ませんか?」

「扉が開けば音でわかるわ。……万が一のときはカウンターの下に隠れればやり過ごせると思う。」

「なんとも古典的な……。ええ、では。」

 椅子を櫻子の方に向けて再度座る。

 櫻子は私の制服のリボンとシャツのボタンを優しく外していく。

 ネックレスが見える範囲だけとはいえ、櫻子にシャツのボタンを外されているという事実だけで私はどぎまぎしてしまうし、それをされているのが学校という事実が私のどぎまぎをさらに加速させる。

 少しだけボタンが外れて露わになった私の胸元には、目の前の恋人とお揃いのネックレスが輝いている。

「つけてくれてるのね……。嬉しい……!」

「もちろんですよ! 櫻子とのお揃いですもの!」

「ありがとう。貴女ならつけてくれてるって信じてたけど、やっぱりこうして自分の目で見ると幸せがさらに溢れてくるわ……! さて、元に戻しましょうか。貴女は着崩しをしない真面目な生徒なんだから。本当に、ありがとうね。」

 話しながら櫻子がボタンをつけ直してくれる。私は元通り、シャツのボタンが上まで締まっている姿になった。

「まさか学校で先生にシャツのボタンを外される日が来るなんて誰が想像出来ますか。」

「ごめんなさいね。一目でいいから、シャツの下にネックレスをしてる貴女の姿を見たかったの。貴女と私だけの秘密。……それだけで私は頑張れるから。」

「今日の授業で櫻子がネックレスしてて、私すごく嬉しかったんです。櫻子も一緒だったんですね。」

「貴女からは見えるけれど、私からは見えなくて。貴女がつけてくれてるのを実感したかったの。我ながら、大胆よね……。」

「櫻子って1回ボーダー超えるとその先はもう突っ走るタイプですよね。」

「そう?」

「私とくっついてから、せき止められてた何かがドッと溢れ出たみたいに積極的になってると思うんです。」

「それは……私だって我慢してたもの。教え子に手を出しちゃいけないから。

 本当は、貴女から告白してもらえても、卒業まで駄目だと断ろうと思ってたこともあった。

 それが変わったのは……私が、我慢できなくなってしまったから。

 貴女が卒業するまでの残りの時間を耐えられる気がしなくなってしまって。

 ずるいわよね。自分が耐えられないから自分には甘いって。

 まあ、貴女なら上手く隠してくれるって信じられたから、ということもあるのだけれど。」

「……いつから、我慢できなくなってたんですか。」

「ちょうど2学期の中間テストの頃ね。

 その少し前から、図書室で貴女と2人だけで過ごすのが幸せで仕方なくて。

 図書室に来る生徒を増やすよりも貴女と2人だけで過ごしたい。

 そう思ってしまったときに、貴女に恋をして好きになっていた、って自覚したの。

 気づいてしまったら、もう後戻りできなくなって。

 私からは告白できないけれど、もしも貴女が告白してくれたら。

 そんな淡い希望を持つようになって。

 でもやっぱり、貴女から告白されても教師として断らなくてはいけないとも思ってて。

 ずっと悩んでいたけれど……貴女と過ごしているうちに、貴女となら全て上手くいくと思えてきた。

 貴女は真面目だから上手く立ち回って隠してくれるし、問題も起こさないって。」

「櫻子が私を信じてくれたから、私達は恋人同士になれたんですね。」

「貴女が信じさせてくれたからよ。

 ひたむきで、真面目で、頑張り屋さんで。

 そんな琴葉なら、きっと秘密を守り切れる。」

「櫻子。2人の秘密は2人で守りましょう。」

「琴葉。もちろんよ。……魔法が一度、解ける時間だわ。」

「突然シンデレラみたいな言い回しで何事かと思いましたが、やっぱり貴女といるとあっと言う間ですね……藤枝先生。」

「切り替えが早くてある意味安心だわ……清永さん。」

「また恋人として過ごしましょうね。櫻子のおうち、楽しみにしてますからね!」

「そうそう、その話をそろそろ詰めたいの。でも今はもう時間がないから……いつなら空いてるかしら。」

「櫻子のほうが忙しいですよね。とりあえず部活終われば大体フリーです。今はそう遅くまでやってないので大体18時には終わりますね。」

「18時ね。私が頑張って仕事終わらせれば何とかなるわ。明日の部活が終わったら、鵜山うのやま駅に来てほしいの。大きい駅で改札が南北で2つあるから、北改札のところで待ってて。学校から光北駅まで大体徒歩10分、光北駅から鵜山駅までは急行だと10分、普通だと15分かな。多分18時終了なら18時半には着いてると思う。私が遅れちゃうかもだけど、いい?」

「はい、なんなら無理そうならあのメールで連絡ください。」

「鵜山駅からちょっと外れたところに、私のお気に入りのお店があるから案内するわ。そこにはさすがに生徒は少ないと思う。頑張るけど、遅れたり最悪ドタキャンになっちゃったらごめんなさいね。」

「いえいえ。」

「ふふ、いい子。そろそろ戻った方がいいわ……清永さん。」

「行ってきます。また明日……藤枝先生。」

 恋人モードから生徒モードに切り替えて、私は教室へ向かっていった。

 

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