1-6. 3学期とバレンタイン

32. ちょっと寂しい冬休み

 櫻子との夢のような初めてのデート、その後は年の瀬と正月が過ぎていった。

 大晦日には、東京の大学に進学してそっちに住んでいるお兄ちゃんが帰ってきていたけれど、元旦の夜には帰っていった。

 帰省ラッシュに重なって混むのが嫌なのと、東京で友達や彼女と遊ぶ予定が詰まってるらしい。

 5歳上の兄、清永弓樹ゆみき

 小さいときは兄妹で遊んだこともあったけれど、お兄ちゃんが中学生になってからは別々に遊ぶようになって、大学に進学して家を出てからは、ほとんど私は連絡を取っていない。

 仲が悪いわけではないけれど、話したいことが山ほどあるように仲が良いわけでもない。

 このお兄ちゃんに連絡を取ることがあるとしたら、それこそ同棲に向けて櫻子を紹介する時……しか思いつかないな……。

 親にも櫻子とお付き合いしていることは現状秘密にしているので、当然お兄ちゃんにも今は秘密である。

 櫻子を「恋人」として紹介したら、お父さんもお母さんもお兄ちゃんも、いったいどんな顔をするのだろう。

 見た目がイケメンで性格も悪くない男子はクラスにも吹奏楽部にもいるし、素敵なおじ様のような先生もいる。

 それでも私は、この男性達にはそれほど魅力を感じることは出来なかった。

 いい人だなー、確かに顔立ち整ってるなー、優しいなー。

 それだけで終わってしまうのである。

 ずっと見つめていたい、一緒にいたい、肌に触れていたい、声を聞きたい。

 そう思えるのは櫻子だけだった。

 櫻子は、一緒にいる時はもちろん、離れていても彼女のことを考えるとドキドキして、いつまでも彼女のことを思ってしまう。

 自由な冬休みは楽しいけれど、今の冬休みは今までとは違う。

 冬休みが終われば、また櫻子に会える。休み中に櫻子に会えないのが寂しい。

 でも電話をかけて声を聴くのも、今はまだ憚られる。

 私と櫻子がお付き合いしていることは2人だけの秘密。

 櫻子も私とお付き合いしていることを家族に秘密にしている。

 クリスマスイブイブのデートの日に聞いた話では、櫻子の両親も教員、つまり藤枝家は教員一家らしい。

 だから教え子と付き合っているということがバレると厄介なことになりかねないらしい。

 櫻子の危ない橋は学校だけでなく彼女の家にもある。

 それほどの危険を冒してまで、櫻子は私を選んでくれた。

 だから、私もそれに応えられるように頑張らなくちゃ。

 もしも私が電話したことで、私と櫻子がお付き合いしていることがバレてしまったら取り返しがつかなくなってしまう。

 だから、今はぐっと我慢。

 学校が始まったら、またいっぱい櫻子に甘えるんだ。

 ……さて、そろそろ現実を見ますか。宿題やりますか。昨年末にある程度は終わらせたけどまだ残ってはいる。

 自分でいうのもあれだけど、私は真面目な生徒だと思っている。

 服装は着崩さないし、宿題はちゃんとやるし。

 問題があるとしたらたまに授業中うとうとしてる程度のはず。

 起きようとしてるけど眠いものは、眠い!

(時々、大好きな櫻子の授業ですら眠くて仕方ないときがあって、いくらなんでもおかしいと思いちょっと調べたら、どうやらPMSによるホルモンバランスの乱れが原因で我慢できないくらい強烈に眠くなるらしい。……今度、櫻子に相談してみようかな。)

 ちょっと話が逸れた。

 私は少なくとも見た目は真面目な生徒のはず。成績はあんまりよくなかったからそういう意味では先生達に目をつけられていたけれどそれもちょっと前までの話。

 櫻子に振り向いてほしかったという理由だけれど、図書室に通ってテスト勉強してたおかげで成績も上がったから、今の私はどこから見ても真面目で大きな問題は無い生徒のはず!

 そんな生徒なら、先生たちの注目を集めることはあまり無いだろう。

 それは私、そして櫻子にとって好都合だ。卒業まで、少なくとも表面上はこの『真面目で目立った問題は無い生徒』を演じ続ける。

 制服のシャツの一番上まで留められたボタン。その下には櫻子とお揃いのあのネックレス。

 制服の下の秘密、それを知っているのは、2人だけ。 

 誰が想像出来るかな。真面目な生徒が着崩していない制服の下に恋人とお揃いのネックレス。その恋人は同じ女で生徒の教科担任。

(その表現は反語ね、と私の頭の中の櫻子がプチ授業を挟んでくる。)

 私は着崩さない制服の下にネックレス、そして櫻子と恋人同士という秘密を隠して守っていくのだ。

 今までは部活の掟があるのと、着崩しても似合わないから制服を着崩さなかった。

 しかし今は、愛しい櫻子と、そして彼女との秘密を守るために制服を崩さず着る。

 とにかく目立たないように。問題を起こさないように。目立つのは、ユーフォニアムを吹いている時だけで十分!

 櫻子は私の人生を鮮やかに塗り替えてくれた。

 櫻子がいなかったら、学校、いやそれだけではなく毎日がこんなに楽しみにはならなかっただろう。だらだらできる冬休みが終わるのを嘆きながら始業式を迎えているだろう。

 そしてここまで真面目に勉強してないし、ユーフォニアムも勉強もここまで頑張ろうとは思ってないだろう。

 櫻子が来てくれたから、私はこんなに頑張れる。

 櫻子。私の初恋にして運命の人。貴女と出会えたから、私はこんなに幸せになれた。

 櫻子。ずっと一緒にいたいです。

 櫻子のことを考えながら宿題を進めて行く。

 そろそろ疲れてきたな。一休みするか。

 宿題をいったん中断してスマートフォンを取り出す。

 冬休み中に新しく入れたアルバムアプリを起動してパスワードを入力する。

 そう。このアプリは起動にパスワードが必要なので秘密のアルバムが作れるのだ。櫻子と2人でインストールして使っている。

 パスワードが認証されると何枚か写真が表示された。私はそのうちの1枚を選んで眺める。

 クリスマスのデートで櫻子と撮影した2人の写真。

 クリスマスマーケットのツリーの前で、近くにいた人に撮ってもらった。

 写真の中で微笑む櫻子。その隣の私も笑っている。

 さあ、暖かい飲み物でも飲んで、また頑張ろう。


 いつもより長く感じた冬休みも今日で最終日。

 宿題はしっかり終わらせて鞄に詰めた。

 明日はいよいよ始業式! やっと櫻子に会える!

 早く貴女に会いたくて会いたくて、眠れません! 

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