31. 初めてのデートはクリスマスイブイブ 時の止まった庭で2人きり

 藤枝先生に連れられて着いたのは、デパートの屋上だった。そこにはレトロな遊具やゲーム機がたくさんあって、まるで小さな遊園地だった。ここだけまるで時が止まっているみたい。

「私が小さいころは、こういう小さな遊園地みたいな所によく連れて行ってもらったんだけど、最近はすっかりさびれちゃって……。あ、今回の目当ては遊園地ではなくてその奥ね。ほら、生垣があるでしょう。」

「ほんとだ、生垣になってますね。」

「あの生垣の裏は花壇になっててベンチがあるの。ここまで上がってくる人は少ないから……。2人だけになれるわ。」

「……はい。行きましょう。」

 藤枝先生と手を繋いで遊園地を横切り、花壇に向かってベンチに2人で座る。

「本当に誰もいませんね。」

「でしょう?」

 藤枝先生、完全に油断してますね。今です!

 横を向いて、藤枝先生の首筋をぺろりぺろりと舐める。あのラベンダーの練り香水は首筋に塗られているのか、甘い香りが私を撫でてくる。

「ひぃわぁっ!?」

 藤枝先生の漏らした声は今まで聞いたどの声よりも艶っぽく、私を興奮させる。

「私のこと、子犬みたいって言ったじゃないですか。だから、子犬みたいに先生に甘えてるんです。」

「ああんっ……そんなの……やめ……どこで覚えたの……?」

 藤枝先生の顔が一気に薔薇のように赤くなる。

「子犬みたいって先生が言うから、子犬みたいに舐めてるだけ、ですけど……。嫌……でしたか……?」

「それ以上貴女にそんなことされると……私が我慢できなくなっちゃうの。」

「我慢……?」

「まだ越えてはいけない一線まで超えたくなってしまうの!」

「越えてはいけない……一線? それは、私と先生が、生徒と先生だから……」

「ああ! もう!」

 藤枝先生が声を荒げた!?

「せ、せんせ…んっ! んん……」

 先生、と言い切れないうちに藤枝先生がキスで私の口を塞ぐ。

 一昨日の優しいキスとは違って、押し込まれるように荒っぽい。

 先生、怒りながらキスってどういう意味なんですか……。

 唇を離した藤枝先生は何かを堪えているようにぷるぷる震えている。

「先生って、呼ばないで。」

「え。」

「私は貴女の恋人なのに、貴女は変わらず藤枝先生、藤枝先生って。なのに、貴女はどんどん私の理性を壊していく。せめて……学校の外では、先生じゃなくて恋人として呼ばれたい。さもないと……先生としての私が嫌になってしまうの。」

「あの、じゃあ……どう呼べば……。」

「櫻子と呼んで。藤枝でも藤枝先生でもなくて。」

 言われてみれば、告白してから藤枝先生は私を“清永さん”ではなく“琴葉”と呼ぶようになっていた。

 でも……年上の先生を名前で呼んでいいなんて思ってもなかった。

 藤枝先生……櫻子さん……慣れないし、恐れ多い。

「……櫻子……さん。」

「まだ惜しいわ。"さん"も無くして。」

「え、それって名前で呼び捨てってことですか。櫻子……。櫻子……。」

 藤枝先生……櫻子が、ほんのり微笑む。

「はい、琴葉。……やっと、名前で呼んでくれて……嬉しい……!」

「本当に、呼び捨てでいいんですか。」

「学校では今まで通り藤枝先生って呼んで欲しいわ。

 貴女の先生であることは変わらないのだし、貴女にだけ名前呼びを許すことも出来ないし。

 でもね……今日1日デートしていて、貴女が一層愛おしくなって。

 教え子としての琴葉も好きだけど、それ以上に一人の女の子として琴葉が好きになって。

 もう先生なんて立場を捨てて、貴女をもっと私だけのものにしたい……。

 でも、私にはそんなことは出来ない。自分の生活までは捨てられない。それに、先生として。貴女を教え子として責任持って教えて、送り出したい。

 それが、もどかしくて……。そう考えていたら、先生と呼ばれるのが嫌になってしまったの。」

「私が好きになったのは、藤枝先生でした。告白して恋人になっても……私にとっては藤枝先生は藤枝先生で。私は生徒だから、先生は先生って呼ぶべきだ、と思ってました。それに、年上を呼び捨てにするって考えたこともなくて。」

「何言ってるの。告白したとき、年は関係無いって言ったのは琴葉よ。それなら、私は櫻子って呼んで欲しいわ。

 確かに私は貴女の先生だし、先生として琴葉に巡り会えたことは幸せに思うけれど、学校の外では、先生ではない一人の女、琴葉の恋人として接したいの。私……ワガママかしら。」

「櫻子……。やっと、櫻子って呼べました。櫻子のこと、先生としてずっと見ちゃってて先生呼びがやめられなくて……。櫻子、私の恋人の、櫻子。」

「私の琴葉。これからもっと恋人として一緒に過ごしましょう。先生としてよりも、恋人としての私がよく見えるように。琴葉ももっと色々なところを見せて?」

「じゃあ、これからもっともっとデートする! 櫻子、私、櫻子が好き! 私が好きっ好きって甘えても見せてくれる余裕も、リードしてくれるお姉さんなところも、独占欲あるところも、今日のデートではしゃいでるところも、大好き!」

 なんだろう、さっき櫻子は私が理性を壊していくって言ってたけれど、櫻子だって私をめちゃくちゃにしてるじゃない!

「私の愛しい琴葉、嬉しい……! もう琴葉を離さない! 私だけの琴葉…!!」

 私の理性が壊れていく。櫻子、貴女が欲しい!

「櫻子……!」

 両手で櫻子に抱きつき、そのままローズピンクの花びらに口付ける。櫻子は私を受け止めてくれる。

 ちろっと舌を出してみると櫻子は答えてくれて、私の舌は絡めとられ撫で返される。

 櫻子が私を抱き寄せるので、私の舌はさらに深く櫻子に入っていくけれど櫻子は優しく受け入れてくれる。まるで薔薇の花とそこに口を伸ばす蝶みたい。

 唇を離して櫻子を見ると、濡れた薔薇の花びらが三日月のように笑っていた。

「貴女からキスしてくれたのは初めてね。琴葉。」

「もう我慢できませんでした……。櫻子が好きって言ったら止まらなくなって……。」

「私と琴葉がこうしていられる時間は、今は限られているから、存分に楽しみましょう? 今年はこれで琴葉納めかしら。」

「ええーっ!! せっかく恋人になったのに……!! もっとデートしましょうよ!」

「言っても今日で23日でしょう。あと1週間もすれば今年は終わりよ。大掃除もしなきゃだし。あ、大掃除で思い出したわ。琴葉……私、一人暮らしを始めるわ。」

「一人暮らし。」

「この前ちらっと話したかしら。実家を出ようと思ってるって。

 来年の2月には引っ越ししようと思ってるの。3月は転勤や進学で引っ越し屋さんが混む上に値段高くなるから2月ね。

 物件はある程度目星はつけてあるけれど契約はこれから。

 琴葉……。危ない橋だってわかってるけれど。引っ越ししたら私の家にお招きするわ。

 私の家なら、誰に見られることなく2人で過ごせるでしょう?」

 突然のことすぎて頭が追い付かない。私が、櫻子の家で、櫻子と2人っきり。

「それとね、これは貴女の進路やご家族のご意向にも寄るけれど……。もし、もしもよ。貴女が私の家から通える大学に進学するなら、その……一緒に住むのも視野に入れてる。」

 櫻子と一緒に住む! ちょっといくらなんでも気が早すぎませんか!

「一緒に住む!? あ、あの、私達、一昨日おとといお付き合い始めたばかりですよ!?」

「その前から貴女は真面目で信頼してるからそこは問題ないと思ってるけれど。

 ただ、本当にやるなら貴女のご家族にも、私の家族にも話を通す必要があるわ。

 私が貴女のご家族に信用していただけるのが大前提。それは私次第よね。

 そもそも、貴女の進路次第なところもあるし。今は……そんな夢も私が見てる、くらいに思っておいて。

 今年の年末休みは荷造りや引っ越しの準備に当てたいの。本とか春夏の服とかはもう箱詰めできるし。

 もしも上手く行けば……春休みに私の新居にお招き出来るかもしれない。

 だから、今年はこれでデート納めなのを許して。

 貴女と電話してるのが家族に見つかると面倒だけれど、メールならこっそり出来るから。ごめんなさいね。」

「櫻子のおうち、楽しみにしてます。一人暮らしのおうちなら、どれだけキスしても見つかりませんしね?」

「琴葉、貴女も学校で見せるのとは別の顔が見えてきたわね……? うふ、将来的に貴女と一緒に住むことも考えて物件を決めるわ。表向きには私の一人暮らしだから、貴女と物件を選べないのが心苦しいけれど……。」

 櫻子、私が思っているよりも貴女は私を求めているのかもしれません。私が思っているよりも、貴女は今まで苦しかったのでしょうか。

「流石に物件探しまでご一緒するともう言い訳できませんよね……。」

「3つくらいまで絞り込んだら貴女にメールで情報送るわ。それくらいしか貴女の意見を反映できなくてごめんなさい。」

「いえ、私も正直家探しなんて考えたことも無かったからそれくらいがありがたいです。何気を付けたらいいとか、全然わかんない……。」

「私も実家出るの初めてだからそんなに変わらないわよ。これで私は、教え子を家に連れ込む教師になりそうなわけだけれど。琴葉のためなら危ない橋でもなんでも渡るわ!」

「ほどほどにお願いしますね……?」

「上手く立ち回るつもりだけれど、貴女も目立ち過ぎないようにしてもらわないとね。」

「もちろんです。」

「ふふ。貴女との楽しみが今日だけでどれほど増えたのかしら!」

「たくさん増えたと思いますよ! ワインとかネックレスとか、櫻子の夏服選びとか。」

「本当に今日は素敵な一日だわ……。あまり遅くまで貴女を連れまわすわけにはいかないから、そろそろ……。」

「もっと櫻子といっしょにいたいです。」

「今日は琴葉の最寄り駅まで送っていくわ。」

「本当ですか!」

「ええ。」

「だから、もう少しだけこの夜空と2人の時間を楽しんだら、帰りましょう。」

 もう少しだけ、と櫻子は言ったけれど、きっと櫻子の言っている"もう少しだけ"は少しじゃない、いや、どれほど長かったとしても私と櫻子にとってはほんの少しになってしまいそう。

 結局、デパートの営業時間が終了するまで私と櫻子は2人で過ごした。デパートの閉店アナウンスに促され、私と櫻子はデパートを出て駅へ向かい、私の最寄り駅行きの電車に乗った。

 電車ではずっと手を繋いでいて、改札口まで櫻子はついてきてくれた。

 今日は、今までの人生で最高のクリスマス(イブイブ)にして幸せな日!



 

2018/12/23 21:22

  To. 櫻花さん

  From. 若葉

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  本文:

  ぶじ帰りました。今からお風呂に入ります。


2018/12/23 21:25

  To. 若葉

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  本文:

  良かった!

私は家まであと30分くらいかな。また連絡します。


2018/12/23 21:58

  To. 若葉

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  本文:

私も家に着きました。今日は貴女と過ごせて本当に幸せ!


2018/12/23 22:08

  To. 櫻花さん

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  本文:

  私もです!! またデートしましょう!!


2018/12/23 22:12

  To. 若葉

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  本文:

  喜んで! 今日は遅いからこのくらいにしましょう。

  おやすみなさい。私の若葉。


2018/12/23 22:15

  To. 櫻花さん

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  本文:

  おやすみなさい。私の櫻花。

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