7. 恋心は甘い調べに誘われて 2

 9月末が近くなり、文化祭まで後2週間ほどになっていた。学校の昇降口付近には、文化祭まであと14日という看板がでかでかと掲げられている(日付の更新は文化祭実行委員がやっている)。

 この時期になると、普段はのほほんとしている美術部や文芸部の友人たちが締め切りに追われるためピリピリしだす。もっとも、私自身も吹奏楽部の練習が大詰めになるのでそもそも部外の友人たちとゆっくりすることはなかなか出来ないのだが。

 光北高校の文化祭は2日間開催される。1日目が2年生3年生の各クラスのステージ発表および鑑賞。これは鑑賞必須なので実質的には自由行動無し。2日目が私達吹奏楽部としては本番だ。2日目は完全自由行動で、私達吹奏楽部や筝曲部のパフォーマンス、美術部と文芸部と手芸部の3部合同展示そして部誌頒布、そして有志によるダンスやライブが開催される。

 昨年と同じように、今年も吹奏楽部のステージの時間以外は、美術部と文芸部でゆっくりしようかな。ちなみに、美術部、文芸部、加えて手芸部は広い多目的教室を合同で使って作品を展示・頒布する。だいたい私の友人のほとんどが多目的教室にいることになる。

 そんなことを考えながら教室に向かい席に着く。今日は1限目から藤枝先生の現代文! るんるんしながら友人と話す。しかし、友人は今にも寝落ちしそうである。

「……美術部……じゃなくてわたしが個人的に……やばい……」

美登みと…去年もこの時期死んで無かった……?」

 赤城あかぎ美登みと。高校からの友人だが2年連続で同じクラス、そして例によって恋愛にがっつかないタイプなので仲良くなった子だ。

「だって……描きたいものがまとまったのがつい昨日だし……。課題もあるし作業時間考えても何日か深夜2時とかまでやらないと間に合わない……。」

「どうせ美登のことだから夏休みの宿題もラスト1週間でやったんでしょう。」

「ぎく。」

「図星ね。計画性は置いといて、真面目にやりきるのが美登のいいところだし。これじゃ寝るなと言っても寝てそうだな……。無理もほどほどにね。」

「ふぁーい……。」

 授業が始まる2分前になったので教科書などを出して準備する。そして藤枝先生の現代文の授業が始まった! だがしかし案の定、美登は私の想定通り、というか去年と全く同じことをしていた(ちなみに美登の席は現在私の隣なので何をしているのかは授業中でもよく見える)。

 美登は、藤枝先生の現代文の授業中に美術部の作品の下書きをしていた! ……まあ、止めはしない。なんかあったところで美登の問題だし。あ! 藤枝先生がこっちを見た! 綺麗な顔。透き通るような白い肌。長い睫毛まつげ。吸い込まれそうな黒い瞳。まっすぐこちらを見て…ない! 見てるのは私の横! 美登! バレてるぞ! だが確実に私も藤枝先生の視界に入ってるので下手なアクションは取れない。ノートを取りながらどうすべきか悩んでいたが、藤枝先生は少し美登の方を向いただけで、また黒板に向かって板書を書き始めた。……見逃してもらえた? 良かったね?

 ひとまずひと段落と思った頃、授業が半分くらい進んだ頃、また藤枝先生がこちらを見た。さっきより目がちょっと怖いのは気のせいだろうか。視線の先には……まぶたが6割閉店ガラガラと落ちてぐわんぐわんと船を漕ぐ美登! やっぱり! 言わんこっちゃない!

「……色々と、ほどほどにしなさいね。文芸部もだいぶ大忙しみたい。文化祭、私も貴方達の頑張りを見るのが楽しみよ。けれども……貴方達の本分は学業だからね? そこ勘違いしないでね?」

 藤枝先生が優しい。いつかの新居戸君とは大違いだ(一応、なんとか起きようとしてるようには見えるからなのか?)。

「……というわけで赤城さん起きなさいね。清永さん、後はよろしく。」

「はい…はい?」

 突然の振りに返事しながら困惑する。が、藤枝先生直々のご指名とあらば。左腕を伸ばし美登をつんつんする。

「!」

 完全に目を覚まし、ビクッとなった美登は私を一瞬見た後、気まずそうにノートを取り始めた。うん、美登は去年もこうだった。……そういえば藤枝先生、今年からいらっしゃった先生だから去年のこと知らないよね。図書室でお話しするときのネタにしようっと。

 さらに授業は続き、いよいよ1限目の終わりを告げるチャイムが鳴った。2限目3限目と授業が終わりいよいよ昼休み。友人たちは昼ご飯を食べて早々にすやすやと仮眠を取り始めた。なんせメンバーは美術部に文芸部(そして吹奏楽部の私が一人)。一番悲惨なのは美登だろうが、他の子たちも余裕がたっぷりというわけではない。さて、早速図書室に行こうか。藤枝先生、いらっしゃるかな。

 図書室につくと、カウンターに藤枝先生がいた。

 私はカウンターに手をつき軽く寄りかかって立ち、先生に話しかけた。

「あら、清永さん。」

「えへへ、先生に会いに来ました!」

 何一つ嘘は言っていない。

「まあ。そのうちここで小テストの採点も出来なくなるかしら。生徒が来てくれるのは良いことだし、生徒に見られてはいけない仕事は本来ここでやるべきでは無いのだし。」

「先生、国語の授業に加えて文芸部の顧問に図書室の司書、仕事量多くないですか? 聞くだけですごくブラックに見えるんですが。」

「ブラックかどうかと言われれば、ブラックでは無いと言えば嘘になるわね。特に今は通常の授業と図書室の管理運営に加えて、文芸部の文化祭発表の事前チェックもあるし。まあ文芸部のチェックは、あまりにも問題になるようなことを書いていないかどうか流し読みのチェックくらいだけれど。誤字脱字とか推敲とか校正とかはもう、あの子たちに自分たちでやらせてる。文化祭が終わったら次はテスト作成。清永さん、中間テストのこと覚えてたかしら?」

「すみませんテストは現実逃避してました。……でも、藤枝先生、すごいです。今、私は毎日の授業と部活から帰ってきたらヘロヘロで、宿題はもうなんとか終わらせるだけでいっぱいいっぱいで。」

 藤枝先生は微笑みながら答える。

「ふふ、自分でもこの仕事量やってるのはどうかしてると思うし、よくやってると思うわ。今日の赤城さん、ノートの準備や予習はきちんとやってあったの。で、時期が時期だし、結果的には負けちゃってたけど睡魔には抗ってたし。だから、あんまり怒る気になれなかったの。」

「美登、納期や締め切りから逆算して予定や計画立てるってのがどうしようもなく苦手みたいで。いきあたりばったりというか。だけど納期や締め切りは守るし、宿題もちゃんとやるんです。ギリギリで。ボロボロになりながら。あの子、去年も授業中に内職でガリガリ下書きみたいなの書いてたり寝落ちたり……。高校で友達になったからそれ以前のことはわかんないですけど、あの子は真面目で誠実な子ですよ。」

「ええ。その通りだと思うわ。正直なことを言うと、最近涼しくなってきたのもあるし、私も図書室でこっそりうとうとしてることがあるわ。いつかの新居戸君は指示してきた予習や宿題やってないから論外だけど、赤城さんはしっかりやってる。勉強も、きっと部活も。ちょっとキャパシティと計画力がまだ力不足なだけで。ふふふ、それって、まだまだ伸びしろがあるってことだもの。彼女はもっともっと成長出来るわ。」

 美登が藤枝先生に褒められている。私の心に黒いもやがかかってくる。先生、私を褒めてよ。私を見てよ。

「先生! 私だって成長出来ますよね!」

 私は思わず身を乗り出して藤枝先生に迫っていた。

 藤枝先生は少しだけ後ろに下がりながらも、私の目をまっすぐ見て話しかけてくる。

「ええ。貴女もまだまだ伸びるわ。聴かせてくれるわね……? 素敵なソロを。」

 そうだ。わざわざ先生にソロやるって言ったんだ。ここで良いところを見せないと!

「はい!」

「その前に。中間テスト、忘れてないわよね? 私に一番よく見えるのは国語の成績よ? 貴女達の本文は勉強なんだから。」

「……おっしゃる通りです。頑張ります。」

 貴女藤枝先生に褒めてもらいたいから、という言葉を飲み込んで、私は返事をし、図書室から教室に帰った。


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