8. 恋心は甘い調べに誘われて 3

前書き

 作中のユーフォニアムのソロがある楽曲および歌詞は架空です。



 文化祭まで後1週間ほど。私は部活の個人練習で、例のソロの練習をしていた。音域、運指、テンポの速さ、どれを取っても難易度はさほど高くない。その気になれば、初心者で入ってくれたユーフォニアム歴ほぼ半年の1年生の後輩、伊良湖 日々喜ひびきちゃんでも吹くだけなら出来るだろう。今後のためにもなるだろうし、藤枝先生に宣言した手前そんなことにはさせないしなったら絶望どころではないが、万が一私がソロを吹けないという事態も無いとは言えないので、日々喜ちゃんにも練習がてらソロの部分を吹かせている。

 日々喜ちゃん、上手くなったなあ。そう思いながら自分の練習をする。

 文化祭は、1日目の2年生3年生の各クラスのステージ発表は鑑賞必須であるが、それ以外、つまり2日目は全て任意参加である。つまり吹奏楽部の演奏も鑑賞は任意である(それでもおそらく毎年8割程度の生徒は鑑賞しているようだ)。

 それだけの聴衆がいるだろうと思っても、私はそんなことなどどうでもいい。私は藤枝先生に自分の演奏を聞かせたい。私を見てもらいたい。

 このユーフォニアムのソロがある曲、その原曲は好きになった人を想って歌う歌であり、逢いたい触れていたいと歌う歌だということは、なんという巡り合わせなのだろう。

 難易度は高くない、しかし美しい旋律。 

 先日、ぼーっとして顧問に怒られた合奏の後、私はこの曲の原曲およびその歌詞を調べた(流石に学校の図書室にJ-POPの資料はないのでインターネットであるが)。


 曲名:水辺に願いを


 歌詞(一部抜粋)


  さざ波に 私は願う

  逢いたいと 恋しい人に

  触れたいと 貴方の肌に


  だけれども 私は怖い

  貴方から 嫌われないか

  貴方をいつか 傷つけないか


  だから私は 心を決めた 

  私は秘める 私の恋を

  私は言わぬ 貴方が好きと


  水底に 沈めた想募そうぼ

  誰知らぬ はげしき恋慕れんぼ 

  水面みなもに映る 溢れる熱情ねつじょう


  涙は流れ 起きるさざ波

  波が貴方を 濡らしたならば

  届くでしょうか 私の恋は


  

 受け身で臆病、後ろ向きな歌詞。でも、私はこの歌詞に強く惹かれる。

 好きだから、愛しているから、だからこそ告白する思いを伝えることで、何かが変わってしまうのが、怖い。今は藤枝先生と普通の“先生と生徒”の関係。でも、もしも。私が先生に告白したならば。たった一瞬で、もう元には戻れなくなる。だから、前にも進まず後ろにも戻らず、ずっとこのままでいよう。私は一人で、恋を奏で、踊っていよう。

 どうして。私は藤枝先生と、“先生と生徒”として出会ってしまったの。もしも、違う形で出会っていたならば、あるいは。いや、どう出会っていても同じだ。行き着く所は同じ、ある一点で、その先へ進めなくなる。ならば、私は藤枝先生の生徒のまま、先生と一緒にいよう。

 私の先生への想いは水底に沈めてしまえ。私の中のはげしさは誰にも見せるものか。それを知るのは、水面に映る私自身だけだ。

「先輩、顔が怖いです。」

 日々喜ちゃんが話しかけてくる。そんなに顔に出てたのか。日々喜ちゃんに心配をかけるわけにはいかないし、こんなことは話せない。話せたところでわかってくれる、そして秘密を漏らさないと信用できるのは千利だけだろう、きっと。


「ありがとう。なんでもないの。せっかくのソロなんだし、綺麗な曲なんだし、難しい顔してちゃ駄目だよね。本番、音、外さないといいな。」

 銀色に輝くユーフォニアムに映る私は、迷った様に遠くを見ていた。


 文化祭当日……1日目。体育館は花や旗、幟などで飾り付けられ、全校生徒分の椅子が整然と並べられていた。

 1日目は2年生3年生のステージ発表本番だ。自分のクラスのステージ発表の準備はよくわからないうちにクラスの陽キャな人たちが進めていて、私や千利そして美術部や文芸部の友人たちにはそこまで責任のない適当な役割が振られていた。正直、それでいいのだ。部活でただでさえ忙しい時期にクラスのことなんて手が回らない。だから、藤枝先生にはクラスの出し物のことは言わなかった。2年生から3年生、学年内ではくじ引きのランダム順で発表がある。

 私のクラスの発表では、私はほとんどいなくても成立する役回り、ぶっちゃければ背景でガヤってるだけのモブである。まあ、こんな役割とはいえ、ステージに立つことには変わりないのだから真面目にやるのだけれども!

 (ちなみに、私のクラスの出し物の内容は、未来から来たロボットが持っている鞄から便利な道具を次々出して、その道具で殺人事件の科学捜査をするという……いやこれ混ぜちゃ駄目なやつでは? そして私の役割はご遺体の周りでビビっているモブである。)

 さて、私のクラスの出番がやってきた。モブとはいえ全校生徒と教員が見ているので恥をかかないよう、クラスに迷惑をかけないよう真面目に参加。良い感じに怖がる一般人を演じられたと思う。

 クラスの発表を終えた私は他のクラスの発表を見るためステージから席へ戻る。発表の内容も実にバラエティ豊かだった。ミュージカル路線、コメディ路線(モンテ〇パ〇ソンなんて誰が立案したのだろうか) 、女子の多い文系クラスではA〇B48とか。

 そして発表があるからには、いわゆる最優秀賞もある。なんとそれはモ〇ティパイ〇ン擬きをやったクラスだった。ジャーーーーーーン!!!! (これ、校長先生や教頭先生の趣味ではなかろうかとしか思えない。いや確かに面白かったし私も爆笑だったし生徒にも教員にも大ウケしてたけど!)

 ……さて、文化祭1日目は終わった。つまりどういうことか。明日は文化祭2日目、私達吹奏楽部の本番である! ジャーーーーーーン!!!!

 (そこでジャーーーーーーン!!!! は要らないだろう!! と脳内の千利が突っ込んでくる。しょうがないじゃない! あの効果音が耳に残っちゃったんだから!)

 ……気を取り直して。


 文化祭1日目が終わり、いよいよ2日目の吹奏楽部発表の前日を迎えた。

 文化祭のクラス発表のあれやこれやや、愉快だった他のクラスの発表で一時は頭の片隅に片付けられていたが、あのことを考えるとまた気分が曇ってくる。決めたじゃないの。藤枝先生には、この想いを隠し通すって! 前にも後ろにも進まないって! でも……溢れてくるこの烈しい感情は何なの……! 私の気持ちは……止められないの……!?

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