1-2. 文化祭と恋の目覚め

6. 恋心は甘い調べに誘われて 1

 夏の吹奏楽コンクールは、地区大会は突破出来たが県大会で落選した。……まあ、そこまで聞くだけなら例年通りといえば例年通りなのだが。しかし順位としては例年より上がっていたようで、もう少し上を目指せば地方大会も夢ではないらしい。顧問いわく、曲の解釈をしっかり合わせたことで皆が同じ方向を向くことが出来たのが大きいらしい。うん、千利のやり方は間違ってなかった! そして何より藤枝先生のおかげ! 


 というわけで、夏休みが明けて2学期が始まってすぐ、休み時間の(誰もいない)図書室で私は藤枝先生にコンクール結果を報告していた。


「あらあら。それでも順位は上がったのね! うふふ。私がお役に立てたのなら嬉しいわ。実は私、この高校の卒業生で吹奏楽部だったの。だから貴女達のことを応援したくて。」


「えっそうなんですか!? 楽器は何を?」


「さあ、何かしら?」


「えー……フルート?」


「残念ハズレ。バスクラリネットだったわ。もっとも、大学では吹奏楽やらなかったから卒業したら吹く機会が全く無くなっちゃったんだけれどもね。」


「聞いてみたいです。先生のバスクラリネット。部室をよく探したら当時の先生の写真とかあったりしますかね?」


「ふふふ。あるかもしれないけれどもう10年近くは経ってるからそう簡単には出てこないと思うわよ?」


「高校生だった頃の先生、可愛いんだろうな……。あ、今も可愛いですけれど! ……あ。」


 ごく自然に口走ってしまったが遅かった。


 藤枝先生は一瞬固まった後、頬をほんのり染めて笑った。


「……ふふふっ。可愛いなんて言われたのは久しぶりだわ。」


「……失礼……でしたか……??」


 おろおろする私に藤枝先生は優しく話す。


「いいえ。嬉しかったわ。人によっては年下から可愛いって言われても嬉しくない人もいるみたいだけれど、私は貴女からそう言ってもらえて嬉しいわ。」


 私はほっとしてため息が出てしまった。


「ふぅ……ありがとうございます。先生。」


「あらあら。褒められてお礼するのは私の方よ。ありがとうね。可愛い清永さん。」


 え、藤枝先生に可愛いと言われただと!?


「は、はいぃ!」


 この図書室がガラガラなことに感謝するのは何度目だろう。こんなの他の人に見られてたら余計に落ち着かない。


「そういえば、コンクールの次は文化祭かしら。どんな出し物してくれるのかしらね?」


 藤枝先生に話を振られて、私は自分自身を御しながら落ち着きを取り戻す。


「それは当日までのお楽しみですね! もっとも、学校にいれば練習である程度はバレちゃいますかね。あ、ユーフォニアムは3年の先輩がコンクールで引退しちゃって、私と1年生だけになったから1年生をもっとしっかり育てないと!」


「まあ、頼もしい。」


 文化祭。うちの高校はだいたい毎年10月中旬に開催される。吹奏楽部の出番も、もちろんあって、思いっきり流行りのポップスやかっこいいジャズにロック、寸劇付きでアニメやゲームの曲を演奏出来る。(演奏練習そっちのけで)演出用の小道具やら衣装やらを作るのはやはり楽しい。


(『おい、本音を書くな』と脳内の千利が突っ込みを入れてくるが聞こえなーい聞こえなーい)


 そのとき、私はまたも悪魔に誘惑された。


 今回の文化祭では、私はユーフォニアムのソロを担当する。甘く美しい旋律だ。今まで、ソロは優音先輩の担当だったから深く考えたこともなかったけれど、いざ自分がソロを吹くとなると、やはり聞いて欲しくなるものだ。


 私は悩む。ソロを聞いてほしいと藤枝先生に言うべきか!


 そして察しのいい藤枝先生は私の様子を見て尋ねる。


「……清永さん、どうしたの?」


「……藤枝先生、ここだけの秘密にしておいて欲しいのですが……。」


「うんうん。」


 藤枝先生は私の顔をぐっと覗き込んでくる。あああっ。私の心臓の鼓動がどんどん加速していく。落ち着け。落ち着け私。ソロやるんだからこのくらいで動揺するな!


「今度の文化祭、私、ユーフォニアムでソロやるんです。すごく綺麗なメロディです。……私が上手に吹ければ、ですけれど。……先生……聞いて、くれますか? 先生に、聞いてもらいたいんです。」


 先生は静かに聞いてくれた。


「ええ、楽しみにしてるわ。わざわざ教えてくれたのですもの。……あと、貴女のソロのことは秘密にしておくわね。」


「ありがとうございます。ええ。練習で聞こえちゃうとはいえ、あんまりバラすの本当は良くないので……。」


 やった!藤枝先生がソロのこと把握してくれた! 練習をさらに頑張れる!




 ある日の練習にて。


「そのユーフォニアムのソロ、原曲聞けばわかるけど、好きになった人を想って歌う歌なんだよ。逢いたいとか触れていたいとか。お前、そういうのイメージつくか?」


 合奏中、指揮者である顧問に尋ねられて。


「好きになった人、ですか……。」


 私は想像を巡らせる。逢いたい人。触れていたい人。……あれ。藤枝先生。どうしてここで貴女が出てくるの。ここで出てくるべきは……。


 考えを一旦リセットする。それでも。やはり浮かんでくるのは藤枝先生である。


 いや、違う。同期達に言わせればここで適当な男子が出てくるべきなのだろう。必死で比較的顔の良い男子を思い浮かべるが。駄目だ。逢いたいとも触れていたいとも思えない。


 一旦、頭を真っ白にしよう。……いち、にの、ポカン! はい、真っ白! 私は今、一旦は何も考えてない!


 改めて。逢いたい人。触れていたい人。艶のある黒髪。白い肌に咲くローズピンクの唇。図書室で見せてくれる優しく可愛い一面。……ああ。もう。何度考えても。私は藤枝先生のことが……好き……なんだ……。


「……い。おーい……。」


そうだ。どうして今までわからなかったのだろう。


「……い。せんぱーい……。」


図書室で、国語の授業で、彼女を見て、話しているときはあんなに幸せなのに。


「……もしもーし。」


やっとわかった。私の中の、藤枝先生への気持ちの名前。


「こーとーはー!!」


それは…恋、だったのね。


「清永ァ!」「先輩!」「琴葉ァ!」


……あれ。みんな揃って私を睨んでる……?


「……とりあえず、お前は好きな人いるならその人を思ってソロを吹け。以上だ。全く。合奏中にぼーっとするとは。」


「琴葉先輩、らしくないですよ?」


「え、あ、わかりました。」


「次行くぞ。最後まで通したら、もう一回頭から最後まで通して今日は終わりだ。各自注意事項は復習しておくように。」


「はい!!」




 部活時間終了後、トランペットを片付けて部の活動日誌をつけながら千利はぼやく。


「やっと自分の気持ちを自覚したか。琴葉……。お前ほど分かりやすい奴はいないというのに……。」

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