夜来化石 ~遊郭に残された謎の四字に秘められた意味は?齢九歳にして天下一の盗賊と噂される俺は、盗みと女装なら誰にも負けねえっ!(「ウチの親方が一番かわいい」手下A・談)~
十八之巻、一大事! 因縁のあいつが逃げただと!?
十八之巻、一大事! 因縁のあいつが逃げただと!?
奉行所警察部屋――
盗み屋マルニン頭目
逮捕されたわけではない。不敵にも開いていた裏の窓から忍び込んだのだ。忍び込んだ部屋はちょうど、原亮の個室だ。亮の身分は警部だが、小さな小さな個室を与えられている。
入り口に
すだれの向こうから声が聞こえる。
「この前は遅刻してくるし、噂によると胡散臭い町衆たちと近頃だいぶ
来夜は知らぬ事だが、声の主は亮くんの直属上司の警視さんだ。
亮警部はと言えば気にかける色など少しもなく、だが一応首だけは下に向けている。そこへ折りよくやってきた
「まあまあ原君の働きは皆の知るところ、いいではないか。原君だって人間なのだから、失敗もたまにはなくてはな」
「
警視は慌てて振り返る。
「ありがとうございます」
亮は深々と頭を下げると、声をかける女の子たちを適当に受け流して、来夜のいる部屋に戻ってきた。花ござを引き寄せ正座したところで、
「やあ亮、俺とねえちゃんの台帳破った犯人は、分かったのか?」
いきなり天井から声が降ってきて、危うく手にした湯呑みを取り落とすところだった。見上げれば、そこには予想通りの声の主。
「これはこれは来夜殿、
こんなところまで忍び込んできたのは、さすがの来夜でも今日が初めてだ。版元の
まあ、そんな難しいことを
「近頃ちっとも、竹林のぼろ屋に帰らないじゃねえか」
天井に張り付いた来夜は、さして声もひそめず悪ガキそのものの顔だ。脳天から下がる束ね髪がぶらぶら揺れるのを、亮はちょっとにらむようにして、
「それで我慢できずに乗り込んできたのか? 私は忙しいのですよ」
亮は普段、
「忙しい?
「…………」
亮が珍しく動揺している。
来夜はひらりと畳に降り立つと、亮のすぐ横にあぐらをかいて、文卓に両肘をついた。半纏の背に染め抜いたマルニン印の上で、夏風をうけた髪がほのかに揺れる。
「台帳が破られた上に一家全員行方不明なんておかしいよ。何か事件の匂いがする!」
事件好きの亮の心をくすぐってみる。
「台帳のことですが」
と、亮は小筆を止めた。「調べた結果、六年前の調査はしっかりと行われていたようです」
「てことは、破られたのはそのあと?」
「そういうことですね。六年前というときみが三歳のときですか」
「そうだよ、ねえちゃんが俺を
甘えて泣きそうな声出す来夜。
亮は小筆を脇に置き、わずかに眉をひそめた。「台帳を破ったのは、来夜の両親ではない」
六年前には
来夜が再び口を開きかけたとき、すだれの向こうから足音が近付いてきた。隠れろ、と亮が合図したのと、
「警部殿!」
と男が叫んだのは同時だった。「一大事です!」
すだれの向こうで、男は息を弾ませている。
「中へ」
亮が至って静かな声を出したときには、来夜は天井の隅にひっついている。
「警部殿、拘置部屋から
「成程。まだそう遠くへは行っていまい。追っ手は放ったか」
「へい、勿論で」
「関所は全て閉鎖したか」
「いえ、ただ今!」
男は走り出ていった。
天井を見上げて、亮はちいさな溜め息を落とす。意にも介さず、来夜は涼しい顔で飛び降りて、
「なっさけねぇ警察だなあ。逃がしちゃったのかよ」
「手引きした者があったと思うか?」
「勿論でい! ぎんなんを逃がしちまったろ?」
「ぎんなん?」
「ああ、俺たちのあいだじゃ、そう呼ばれてる。しろがねみなみってぇ男だ。今は
来夜はすくっと立ち上がると、人差し指をまっすぐ亮の額に向ける。「よぉっく見てな」
音も立てずに指が伸びた。眉間をさす前に、亮ははし、と受け止める。彼の手は目にもとまらぬ速さで動いていた。
「やめなさい」
「うっわ~ いってーな離せよ、ばかぁぁっ!」
伸びた指をぐりぐりと握られて、来夜は涙目になる。
「この技で見張りたちを気絶させた、か」
来夜は
窓枠に片足かけて、左右を注意深く点検する。よしと思ったか、
「それじゃあな!」
と言い残して、あっという間に消えてしまった。
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