夜来化石 ~遊郭に残された謎の四字に秘められた意味は?齢九歳にして天下一の盗賊と噂される俺は、盗みと女装なら誰にも負けねえっ!(「ウチの親方が一番かわいい」手下A・談)~
十五之巻、ついに明かされた真実(まこと)(後篇)
十五之巻、ついに明かされた真実(まこと)(後篇)
「やっぱり俺とねえちゃんは、与太郎さんの子だった」
「全員『職消除権』になってるぜ」
と金兵衛。皆、現住所不明なのだ。
「結局、ねえちゃんも父ちゃんたちも、どこにいるか分かんないんだ」
来夜は不安になる。皆、無事なのだろうか。
「きっと来夜殿のように、皆ひっそり元気に暮らしてるんですよ」
と、粛さんが励ます。
父ちゃんと母ちゃんは、遠い国でひっそり暮らしているかも知れない。だけどひとり都に戻ってきたねえちゃんは? 俺を
「だがそもそも誰が、お頭の戸籍を破いたんだんだよ」
あぐらかいた
「うわさ?」
と、来夜は首をかしげる。
「噂自体は
「そうだよ」
と、来夜は唇の端を吊り上げて、歯を見せた。「その愛らしい少女ってのは、俺なんだから」
目を点にしている亮警部に、来夜は無邪気な笑い声あげて、
「夜、土地戸籍部屋に侵入して、台帳が破られてるってことを突きとめたのさ」
これには粛さん慌てて、
「来夜殿、警部の前ですぞ」
と押しとどめ、亮に向き直り、
「いやまあ、申し訳ありません、聞き苦しい話をお聞かせして……」
粛さんの腰が低いのは性分らしい。来夜くん、大好きな粛が亮に頭を下げる姿が耐えられず、
「おい亮、ここをどこと思ってやがる。盗み屋マルニンの隠れ家でいっ!」
見栄を切って、水になったかき氷をぐっと飲み干す。亮警部は来夜を
「まあそんなことはどうでもよい。見に入るのも破りに入るのも同じ事だ。少々盗みに慣れた者ならば、台帳を破るのはさほど困難ではない。問題は来夜殿とそのお姉さんの戸籍を消すことで、誰がどんな利益を得られるか、ですな」
警部の口調ははっきりしていて迷いがない。一番の問題は、簡単に入られてしまう土地戸籍部屋なのだが、今ここでそんな討論をしても始まらない。
「誰か俺の名を
「旦那の名を騙ったって、何の特もありやせんぜ」
「
来夜の案は、金兵衛と
「それより、来夜殿の両親を追い回していた借金取りの線はどうです?」
「借金取りが、ねえちゃんの名を
来夜の推理には耳も貸さずに、亮くんは粛さんの方に向きなおった。
「借金取りの話を聞かせてくんなさい」
説明を聞き終えて原亮警部は、
「来夜くんのご両親が、子供たちへ請求の手が伸びないよう、ふたりの名を戸籍台帳から抜いた――考えられる状況としては、これが一番自然な線ですな」
亮警部の表情は相変わらずおだやかだが、その眼光は利口な者らしい冴えを帯びている。粛さんは、顎を撫でながら何度も首を縦に振り、金兵衛も
一座の皆は思案顔で沈黙する。ややあって、
「今日は
亮くんぱっと切り替えて、
「そろそろ約束の時間でしょうから……」
と目を向けた先には、幸せそうな
「
「それじゃあその間に、警部殿の
思わず不用意な発言をしてしまう、粛さん。
「おう、見てくださるか。それならば何かご批判願いたいのだが」
亮くんいそいそと、脇に置いた風呂敷包みをほどきだす。まず取り出したのは、長椅子に腰掛けた女性の図。
「鳥の声を聞いているところです」
粛さんは沈黙した。
「思うままを言ってもらえると嬉しいのです」
と、積極的な亮警部に、
「いや~、なかなか素晴らしい構図ですな。千年以上昔の画家ですが、ピカソをご存知ですか?」
「いえ、西洋画はあまり学ばなかったもので。浮世絵に興味を持つ前は、狩野派を学んでいましたから。しかし名前くらいなら」
「それはよろしい」
何がよろしいのか尋ねられる前に、
「人物に於いてはピカソのキュビズム時代を思わせる
「さすが粛殿。盗み屋などにしておくには、勿体無い見識ですなあ」
「お世辞がうま……んぐっ!」
何か言いかけた来夜の口を慌ててふさぎ、
「特にこの女性の表情、ムンクの描いた人物のようで、性別など分からぬほど魅力的ですなあ」
「そ……それはどうも……」
ここに至って亮くんも、本当に誉められているのやら、少々疑問を持ち始めたご様子。粛さんすかささず、
「やや、だいぶ暗くなって参りましたなあ」
すだれを通して夕日が差し込む。長い夏の日も、いつの間にか沈む頃になった。風が、どこからか風鈴の
「もうじき鐘の鳴る頃、そろそろ出られたほうがよろしいでしょう。いやいや、長々お引き止めしてしまって申し訳ない……」
穏やかな笑みは絶やさずに、
すだれを払い表へ出れば路地裏まで赤く染められている。来夜は大通りに出るところまで、お見送りだ。草履を引っかけ小走りに、亮と円明についてゆく。そこかしこの家から夕ご飯の匂いが漂い、来夜は思わず腹に手を当てた。
小さな風鈴をつるした家の角で、大通りを遠ざかる二人に手を振る。
暮れなずむ空の下、町屋の並んだ通りはにぎやかだ。米俵が山積みされた米屋の前を、出店をしまい、むしろやら商売道具を積んだ大八車が駆け抜ける。
暮れゆく空へ立看板がそびえ立ち、向かいの屋根には
・~・~・~・~・~・~
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