夜来化石 ~遊郭に残された謎の四字に秘められた意味は?齢九歳にして天下一の盗賊と噂される俺は、盗みと女装なら誰にも負けねえっ!(「ウチの親方が一番かわいい」手下A・談)~
十五之巻、ついに明かされた真実(まこと)(中篇)
十五之巻、ついに明かされた真実(まこと)(中篇)
かき氷をたいらげて、旅の疲れから
「ご免」
と、表に立った者がある。見れば、編み笠を目深にかぶった男の姿、片手に扇をゆらし、もう一方の手には風呂敷包みを提げ、この暑いのに黒い着物をきっちりと着込んでいる。
「あれ、その声は――」
驚く来夜に
土間に下りて、
「さあどうぞどうぞ、気兼ねなくお入んなすって。散らかったままで申し訳ありません」
編み笠の男は、敷居をまたぐ前に、路地の左右に目を配り、大通りにまで首を伸ばしてから、ようやく土間に足を踏み入れた。
「これをちと下げさせていただいてもよろしいか?」
「ええどうぞ」
巻き上げたすだれを下ろし、かまどの横に草履をきっちりと並べ、板の間に上がって、男はようやく息を付いて顔を見せた。
「やっぱり亮! どうしたの、こんなところに来ていいの?」
編み笠の下からのぞいた顔に、来夜は氷の溶けた器をひっくり返しそうになる。
「しーっ」
腕利き警部原亮は、顔をしかめて人差し指を立てる。「そう思うのなら、そんな大声で私の名を呼ばないで下さい!」
「ああ、すまねえ。お詫びに俺の宇治金時わけてあげようか?」
「宇治金時? そのにごった水が!」
原亮警部をここへ呼んだのは
「わざわざお越し頂いたのに申し訳ございません、今起こしますから」
と、粛さん、立ち上がり笑顔で
「なんでわざわざこんなところへ来たんでぃ?」
楊枝で口の奥をまさぐりながら尋ねる金兵衛に、
「版元の
「なんでぃ警部さん、色町の誰かから、金でも借りてんのか?」
「金を!? ではなく…… ああいったところはどうも苦手で――ああ、それから私のことは、警部ではなく亮とお呼び下さい。今日は私用で参ったのですから」
「しかし亮さん、役人なんてつきあいでよく行くんでしょ、吉藁にせよ岡場所にせよ」
岡場所とは、政府非公認の女郎屋があるところだ。
「ええ、つきあわされるから嫌いだということが分かったんですよ」
太い縄を首に巻きつけられて、
「
などとぶつぶつ言いながら、うっすらと目を開ける。
「今は真夏ですよ」
呆れ顔の粛さんに、
「そんなこたぁ分かってらぁ。何言ってんでぃ、お前さんは」
「今あなたが春眠
「はん、俺がこのくそ暑いのにそんな無粋なことを言うかってんだ。どこぞのおんぼろ小屋に住んでる警部さんでもあるまいに――」
亮の片目がすっと細くなる。
「ほう…… 本人を前にして口さがない」
「本人なんてどこに――」
と振り返った
「これはこれは警部さん、いるならいると言ってくんなせえよ、思わず本音が出ちまったじゃねえですか」
「本音がねえ」
亮くんお得意の、「口元笑って目は笑わず」だ。お寒い空気が流れたところで粛さんすかさず、
「ぬか漬けは我が家の自慢なんです」
と漬け物すすめ、
「して、戸籍の件はいかがなものでございやしょうなあ」
「私は土地戸籍部屋の者ではないから、令状もなく台帳を見ることは出来ないのだが、五年毎の台帳調査がかなり
と、満足そうに微笑む。戸籍台帳に不備がないか、五年ごとに調査するのは土地戸籍部屋の業務だが、実際には徹底されていない。役人は上役ほどくるくると配属先が変わるから、自分の担当中に不備をみつけたい
「戸籍が取り寄せられないという相談を個人的に受けたと言って、
亮警部は、ふところから折り畳んだ紙を差し出した。「雪花さんの戸籍の写しです」
「ほんとに?」
と、来夜は目を丸くする。
「きみの名も載っていますよ、勿論ご両親もね」
亮警部の手際の良さに、一同感心してのぞきこむ。
「よく旦那みてぇな指名手配犯の籍なんざ、取り寄せられたもんだ」
金兵衛のほめ言葉に、亮くんふっと笑んで、
「お姉さんの名前しか、出していませんから。そりゃ向こうだって、
へえ~、などと口先で相槌打ちながら、皆目は写しに吸い込まれている。すかしの入った紙に、青みがかった特殊な墨で、手書きされている。左下にきちんと、北町奉行所の判入りだ。
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